22.Another.1
途中で出会った青年と別れ、俺はようやく目的地にたどり着いた。
廃材置き場としか思えない物の山の中。
そこへ広がる空間を見つめ、小さく指笛を吹く。
「……? 何もないよ?」
「まあ見てろ」
ソラが訝しむが、数秒して中からガサゴソと音が立った。
そして、瓦礫の中から銀色の鱗を持つ竜が姿を現わす。
碧い目で俺を見つめ、一度短く鳴くと頭を擦りつけて来た。
「わぁ……! ドラゴン!?」
「きゅぅ~♪」
撫でろ撫でろとせがむので、鱗を撫でてやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。
以前銀竜が住み着いてしまったので、定期的に様子を見ていると言った事があると思う。
それは、裏街にあるこの場所の事だったのだ。
てっきり森の中にでも帰るのかと思ったんだがな。
どうやらこのゴチャゴチャ感が大変お気に入りらしい。
人間で言えば、部屋が汚い方が落ち着くタイプか。
俺もその口なので、割と親近感は湧く。
汚い汚いと言われるが、あれはその部屋主の中ではよく使う物が手の届く範囲にある最高の配置なのだ。
「よしよし……ほら、ご飯持って来たぞ」
俺は肩に掛けた荷物袋から肉の塊を取り出す。
それを宙へ放ると、銀竜が空中でキャッチし、丸呑みに。
「お前は本当に仙牛の肉が好きだな……」
「きゅきゅ~♪」
そういえば言ってなかったが、牧場から仙牛を攫っていたのは紛れもなくコイツだ。
しかも完全な肉食で、色々面倒臭いルールもある。
まず、ドラゴンは自分か、群れの仲間が殺した獲物しか食べないらしい。
そのルールに則ると、餌やりの出来る俺は銀竜に仲間だと思われてる。
竜人族というのは野生のドラゴンに仲間だと思われる程に近い間柄なんだろうか?
次にドラゴンは新鮮な肉しか食べない。
前に干し肉をあげようとしたのだが、そっぽを向いて食べる素振りも見せなかった。
血の滴る捕れたてが大好きなグルメなのだ。
ドラゴンの癖に生意気な奴め。
俺だって毎食賄いだって言うのに……。
「きゅ?」
そんな銀竜が仙牛の肉をモグモグしていると、不意に顔を上げて不思議そうな鳴き声を上げた。
「どうした?」
「あ……お姉ちゃん、う、後ろ……」
続いてソラまでが銀竜と同じ方向を向いてそんな事を言い出す。
なので、俺は訝しみながらも、二人の見ている方へ顔を動かしてみる。
「……」
すると、俺の目の前に立つ人影が視界を占有した。
革製の笠と、顔も見えないような鉄仮面を被った男? だ。
服装はこの地域では見たことが無い、和風テイスト。
手には錫杖らしきものを持ち、一見すると僧侶のようにも見える。
だが、何重にも羽織った服と数多の装飾品はよく見れば統一感が無い。
『現代人が描くファンタジー世界の住人をそのまま三次元にしました』みたいな雰囲気を感じる。
要するにスチームパンクとか、和とか中華とか色々混じってるのだ。
「えっと……どちらさま?」
体躯はこの国の人間よりも一回り大きい。
中世の欧州人の平均が大体165cmで、ここの人たちもそれくらい。
それと比較すると、この人は175cm以上はある。
確か前世の俺の身長もそれくらいだったな。
意外なことに、現代日本人は中世のイギリス人より背が高いのだ。
多分食生活とか、色々な要因があるんだろう。
「……すまない。そこの銀色の竜が珍しいもので、つい近くで見たくなってしまった」
「あ、ああそうか……」
男か女か、老人か若者かも分からない声でその人物はそう言った。
声のトーンは至って普通で、むしろ慣れ親しんだもののように感じる筈が、やけに空っぽな感じがする。
「きゅきゅぅ♪」
おや、珍しい。
銀竜が男の傍まで行くと、グリグリと頭を押し付け始めた。
これは一種の親愛行動であり、今の所俺にしかしなかった筈なんだがな。
今さっき出会ったばかりの人に懐くとは、この人相当動物に好かれやすいのかもしれない。
へへっ……お兄さん、いいハンターになれるぜ。
「……大人しくていい竜だ、この子をどこで?」
「多分近くの森だけど、それ以外は何も」
銀竜の頭を撫でそう言う男は、ジッと俺を見つめる。
顔が隠れてるから何を考えているのかは分からないが、何となく驚いている様子だと言う事は分かった。
「……1つ、変な事を聞くがいいか?」
「え? あ、まあ別に……」
「この街にブレッタという男がいると思うのだが、彼は存命か?」
「前にちょっと危ない目に遭ったけど、ちゃんと生きてるよ」
「……そうか、無事か。近隣の村で少し前に炎竜が出たと聞いて様子を見に来たのだが、杞憂に終わったらしい」
この世界には電話やメールなんて言う便利な代物は無いからな。
遠方に情報が伝わるのも遅くなる。
彼もこの国に入ってやっと炎竜が出た事を知って、知人の身を案じたといった所だろう。
「ついでに、もう1ついいか?」
「まあ、別に構わないけど」
男は改まり、俺をジッと見据える(気がする)。
「……炎竜は誰が倒した?」
「うちの師匠だよ、私もそれなりに頑張ったけどね」
「……成程」
俺の答えを聞いて、思索するように顎へ手をやる男。
暫くの間そうしていたかと思うと大きな息を吐いて、手に持った錫杖を揺らし、涼し気な音を立てた。
「……色々と尋ねてすまなかった。これは礼代わりだ、少し動かないでくれ」
「おお……!?」
そう言って男はその錫杖の先で地面をコン、と叩く。
すると、杖の先から地面に向かって幾何学的な紋様が現れた。
どんどんと形を形成していくそれは、やがて円になり、文字となる。
そこから青白い炎が立ち昇り、俺達を包み込んだ。
これは、火属性の魔法なんだろうか。
「……今のは加護の呪炎。災いが訪れた時、一度だけ身を守ってくれる筈だ」
いや、違う。
魔法的な物を感じたが、魔法とは形態が全く異なるようにも見える。
現象を起こす以前に、魔力をそのまま使っているような感じだ。
世界は広いな、まだまだ俺の知らないものが沢山ある。
「……邪魔をした、それではな」
「あ、おう」
淡々とそう告げ、男は踵を返して俺達へ背を向けた。
この世界で風来坊というのは珍しいものじゃない。
また、どこか別の街か国へ行くのだろう。
にしても、変な人だったことに変わりはないが。
「……ああ、そうだ。最後に一つ」
「ん?」
「……お前にも、大切な人はいるか?」
「大切な人……? うん……いる、いるよ」
「なら、どんなに辛い事があっても、その人達を信じて挫けるな」
籠っているのに、やけに明瞭に耳朶へ通る声。
俺にはそれが何処か聞き覚えのある、苦悶に満ちた物に聞こえたのは気のせいか。
「信じる……か」
歩き出した男の後ろ姿を見送りながら、俺は呟く。
彼が去り際にどうしてそんな言葉を残したのかは分からない。
けど、確かにエイジスを、人間を信じられず挫けそうになったことはあった。
前世では実際に挫けたし、今世だってエイジスやシェリー、イミアがいなければとっくに心折れていただろう。
俺が目指すのは安寧。
平穏を手に入れて、何不自由ない幸せな人生を送る事だ。
けど、今はそれ以上に彼らと共にいたいと思っている。
どんな平和な暮らしをしていようと、エイジスが、イミアが、彼らがいなければ俺の人生はきっとつまらないものになってしまう。
俺は彼らの傍にいる為なら茨の道を歩もうとも構わない。
最近、そう思えるようになってきたんだ。
***
「変な人だったね」
「ああ」
結局名前を聞くのも忘れたし、もう会う事もないんだろうけど。
やけに珍妙で、記憶に残る人物だった。
まあ、変人なんてものは何処の世界にもいるものだ。
「じゃあ、私もそろそろ戻らないと」
「え~、もう行っちゃうの?」
ソラが駄々を捏ねるようにそう言った。
しかし、こう見えて俺も色々とやるべきことがある。
いつまでもソラたちと遊んでいる訳にはいかないのだ。
そう言えば、あの人は無事豊穣亭に着いただろうか。
俺が紹介したんだ、街に戻ったら確認しないとな。
「む~……」
だが、ソラは尚もむくれた様子で俺を上目遣いに見る。
そんな可愛い顔しても駄目なものは駄目なのだ。
あと十年してから出直して来い。
俺はお姉さんタイプの方が好きだからな。
何とかして宥める方法を考えるか。
う~ん……。
……あ、そうだ。
「こいつの面倒、お前が見るか?」
「……えっ? いいの!?」
「私も毎日餌やりには来るが、普段はソラが遊んでやってくれ」
「きゅきゅ?」
俺がそう言うと、不思議そうな顔で銀竜はソラを見つめる。
ソラもジッと銀竜を見つめ、暫く互いがそうして見つめ合っていると――――
「きゅうっ♪」
「わあっ!?」
銀竜がソラへ覆いかぶさるように抱き着いた。
これは認められた証だ。
元々人懐っこいのもあるが、純朴な子供に害は無いと分かったのだろう。
「ねえ、この子の名前は?」
「あ、そう言えば名前……付けてなかったな」
いやはや、すっかり忘れていた。
確かに銀竜とか、コイツ、とか呼ぶのはかわいそうか。
丁度いいし、この機会に名前を付けてやろう。
えっと……ペットって、外見から名前を付ける事が多いよな。
コイツの場合、銀色、白銀、シルバー、ミスリル……。
《シルヴィア》
「……シルヴィア?」
「きゅきゅっ!」
その名前は、天啓のように頭の中へ突如降って湧いた。
まるで昔からその名前だったかのように、シルヴィアと言う名はしっくりくる。
本人も異論は無いようで、気に入った様子だ。
「じゃあ、お前の名前はシルヴィアだ」
「きゅうっ!」
そうして、銀色の謎の竜にシルヴィアと言う名前が付いた。
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