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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
207/210

193.追われ、至るそのルーツ

 仄かに暗い廊下へと靡く風を纏い駆ける。


 足を一歩前へと踏み出す度に横を走る黒髪の友人が遅れていない事を確認すると、背後から規則的な音を立てて迫る存在に距離を詰められないように速度を上げた。


「ああぁぁぁぁああ!! なんなんですかあれぇえええ!!」


 そんな叫び声に後ろを見れば、先程の小部屋にあった筈のチェストがひとりでに跳ねて私たちを追いかけてきている。コミカルな動きとは裏腹な途轍もない速度と、接地する度になる重低音は恐怖心を駆り立てて止まない。


 まあ、私はそうでもないが。


「兎に角走れアキト、止まったら食われるぞ」


「はひっ……なんで、なんでそんなに冷静なんですかっ!」


「いや、地面にぶつかるってことは実体のある物質だし」


「僕もうっ、ルフレさんの言う基準が分かりませんっ! というかどうしてこうなったんですかああぁ!!」


 既に全力疾走のアキトは息も絶え絶えにそう言い放ち、廊下に声が木霊する。そして、どうしてこうなかったかと言えば、実は特に思い当たる節はない。


 小部屋を出た後も暫くは順調に進んでいた所、不意に背後で何か音が聞こえたかと思うと、暗闇からあのミミックが徐に姿を現したのだから説明の仕様がないのだ。強いて挙げるなら、アキトを助けた時点でもう狙われていたのだろう。


「なんか、部屋を出る前もちょっと動いてるなぁ……とは思ってたんですよっ!」


「そう言えばそんな事も言ってたな」


「ああもうっ! ちゃんと注意してればよかったのに……っと次、右に曲がります!」 


 ただ、こうして走りながらも冷静に進路を選べる辺り、アキトも七年前と比べて体力が付いている。私にとっては駆け足程度だが、このまま行けば追いつかれる事は無い。


「ルフレさんっ、あれって倒せないんですか!? さっきみたいにズバっとやっちゃって下さいよぉ!」


「多分無理だな。直感だが、あれはまともにやって壊せるような物じゃない」


「そんなぁ……」


 この追いかけて来るミミックもどきは、なんとなく斬ったら拙い気がしていた。


 アキトの言う先程まで襲って来た迷宮の魔物と比べても異質。恐怖心はもう無いとは言え、手を出すべきではないだろう。


 加えて、


「お前のスキルでも解析出来ないんだ、壊せないダンジョンギミックを相手にしていると思え」


 アキトの《能力看破》でも解析不能と出る始末だ。


 適当に逃げ回っていれば撒けるか、捕まる前に次の階層へ進めば追いかけて来なくなるか、そのどちらかであることを祈る事しか出来ない。もしくは……。


「どちらかが囮になるかすれば、あるいは」


「それは駄目ですよっ……どうせルフレさんのことですし……ひっ、囮役は自分がやるって言いますから!」


 アキトは額の汗を拭いながら此方を見て、一刀両断に私の案を却下した。


 実際やるとして、囮になるのなら逃げ切れる可能性の高い方が適任だろうし、実現性の高さから見ても私がやったほうが絶対に良いに決まっている。が、そういう損得勘定で隣を走る者を危険に晒す事を是としないのがアキトだ。


「……やっぱりお前は優しいな」


「違いますよ! あのミミックもどきがルフレさんを追いかけても、僕の方に別の魔物が襲ってきたらどうしようもないじゃないですかっ! 結局僕らが逃げ切るには、二人でいるしかないんですって……」


「まあ、そういう事にしておくよ」


「あ、でもジンさんたちと合流したら好きなだけ囮になって貰っていいですよ」


「お前なぁ……」


 どうやら冗談を言える程度にはまだ余裕があるらしいので、もう一段階走る速度を上げる。


「でっ、でも実際、どうしたらいいですかね……! 一応道は合ってるっぽいですけど、このまま行くと大部屋の行き止まりですよ!?」


「……いや、それでいい。多分そこがゴールだ」


 ペースが上がった事でまた余裕の無くなってきたアキトの問いかけに、私は先程の後者の可能性に懸ける事に決めた。運が良ければ次の階層に続く階段も見つけられ、それで追いかけっこもお終い。


 遺跡のようにボスが待ち構えている事も考えられるが、それならそれで倒してしまえば問題は無いだろう。


「足跡もこの先に続いてますし、きっとジンさん達も居ます!」


 アキトがそう言った矢先、廊下の先に扉が見え始めた。そして、その横道から歩いてくる複数の足音と、先頭を歩く強面の男が顔を覗かせる。


 しかし、ここで走る足を止めるわけにも行かず、そのまま扉を目指す。


「ルフレ、お前こんな所に――――」


「悪い、話は後だ!」


「僕らの後ろにいる変なのが通り過ぎたら、追いかけて来て下さいっ!」


 すれ違う瞬間にそう伝え、呆けた顔で此方を眺める彼らを横目に、私は瞬時に空間魔法で光を屈折させる。


 これで傍目からは姿が見えなくなった為、あのミミックもどきの意識がジンたちに行くことは無くなった筈だ。万が一行ったとしても、ジンがいれば最悪の自体は避けられる。


 一応私達自体がこれで隠れる事も考えたものの、追いかけられ続けている状態で姿を消す余裕はない。


「ラストスパートを掛ける、少し目を瞑っていろ」


「えっ……あっはい!」


 アキトの手を取り、重力を操作。抵抗の失せた体で深く踏み込めば、一歩で先程の倍進む。そうして勢いのまま扉に辿り着くと、少し開いた隙間から部屋に滑り込んだ。


 大部屋と言っていた通り部屋はかなり広く、私の手に灯る魔法以外に天井から巨大な魔石が光を放っている。


「はあっ……はあっ……」


「……撒いたか?」


 扉から少し距離を取りつつそう呟き、外で断続的に鳴り響く硬いなにかの跳ね回る音へ耳を(そばだ)てる。近くで聞こえていたそれは段々と遠ざかり始め、同時にアキトがその場にへたり込んだ。


「も、もう大丈夫ですかね……疲れたぁ……」


「まだだ……来るぞ!」


 だが、それも束の間。遠ざかった筈の音は再び――――先程よりも速い間隔で――――近付くと、一際大きな音を立てて扉が開かれ……


「うわあっ!!?」


 案の定先程のミミックもどきが飛び込んで来た。


 それはそのままアキトへと覆いかぶさると、蓋の部分を口のように上下させて噛み付く。なれど、襲っているようには見えず、アキトも特に怪我を負わされたり痛い思いをしているわけでもない。


「ちょ、な、なんですかこれ!? くすぐった、擽ったいですって!」


「あれぇ……?」


 おかしい、何かがおかしいぞ。


 あれは迷宮のギミックで、私達は襲われない為に逃げ回っていたのではないのか……? いざ追いつかれてみれば、単に(じゃ)れているようにしか見え……いや、本当に戯れてるのみたいだ。


 一体何を恐れていたのかも分からなくなってしまい、ただ大型犬と戯れるようにして転げ回るアキトをぼけっと見ている事しか出来ない。


「……いや、ルフレさん!? 見てないで助けてくださいよっ!」


「あ、うん……」


 そう言われて漸くミミック……略とアキトを引き剥がしに入り、なんとか助ける事に成功する。そして、目の前で尚も蓋を口のように開閉して小さく跳ねるのを見ながら、取り敢えず危険の無いことを理解し、二人して溜息を吐いた。


 人を襲わないミミック――――それもそもそも怪しい――――など見たことが無い為、どうしたものかと首を傾げてしまう。


「……これ、なんなんでしょうね」


「さっきまでは不気味な正体不明感があったが、今は種類の分からない犬を見てる気分だよ……私も」


「悪い魔物じゃなさそうですけど……」


 状況だけ見れば、単にアキトに懐いて追いかけてきたというのが最もそれらしいが……そんな理由で納得していいのか!? ここは初代魔王の課した試練の場で、このミミックもその中に張られた罠であった方がまだ頷ける。


 いや、何も無いならそれが一番いいけども、普通は疑うだろう。


「……それはともかくとして、此処は随分と明るいな」


 それでも考えたところで答えが出るわけでも無さそうなので、話題を換えるべく部屋を見渡してみる。


 廊下の薄暗さと違い、発行する魔石のお陰で相当に明るい。どうやら巨大な書庫のようで、入り口の面を除いた全ての壁が本棚になっていた。それ以外にも長机が幾つか並び、中央には高価そうな安楽椅子が一つ置かれている。


 そして、そこへ座る誰かもいた。


「……いらっしゃい、パックとの戯れは済んだかしら?」


 私は声の主を見つめ、きっと愕然とした表情を浮かべていたのだろう。


「あら、どうしたのかしら? そんなに驚いた顔をして」


 鈴の鳴るような可憐な声は決して大きくは無いが、明瞭に耳朶を優しく揺する。病的なまでに白い肌と、対比のような桜色の瞳。目の上で切り揃えられた青色がかった白髪に、後頭部へ向けて伸びる灰色の双角は見覚えがありすぎた。


 そう、目の前にいたのは、


「あなたは、私と同じ……」


「私はベアトリクス、竜人族よ。貴女のお名前は何と言うのかしら、小さな同族さん」


 私と同じ白き竜人族、白竜人の女性だった。


 ベアトリスクと名乗った竜人は、しとやかに微笑みを浮かべて私に問いかける。その優しげな表情と、慈しみを覚える雰囲気に思わず息を吐く事すら出来ずに唇を噛み締めた。


「……ルフレ・ウィステリアだ」


「あら、やっぱり」


 漸く肺に溜まった空気を押し出すように一言だけ喉から絞り出せば、ベアトリクスは再度満面の笑みを湛えて柏手を打つ。


「じゃあまずは、改めていらっしゃい。第三の試練を――――はじめましょう」


 そう言った瞬間に部屋の扉が閉まり、彼女の手へ一冊の本が虚空から現れた。


 こうして思いもしない相手の出迎えた第三の試練が、更に予想の出来ない事実を知らしめる事になるのを、私は知る由も無かった……。

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