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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
206/210

192.見定める者、そしてやって来たナニか

 その者は視ていた。


 第四の試練、暗夜の無限回廊にて資格者が進むのを。


「ふぅん、ベアの幻覚や地形変化にも惑わされないかぁ……中々厄介だねぇ」


 天井に這う蜘蛛の目を通した水晶からの映像、そこに映る白髪の竜人を見て独り言ち。白金の髪を指で弄びながら、クツクツと笑い声を上げる。


「で、次はどうしたら良いのかな? ハル様」


 計器や何かの道具が乱雑に散らかった部屋の壁には、それらと並ぶには少々似つかわしく無い巨大な水晶が埋め込まれていた。中には膝を丸めた裸体の少女が閉じ込められており、只眠っているだけでは無いかと思う程にその血色は良い。


 なれど、その手足を見れば人間ではない事は明白。球体のような関節に、煌めく虹色の髪は不自然な程に美麗で人間離れしている。


「やっぱ、返事は無いか……外部干渉があった事も予定外だし……ほんとにどうなってるのかなぁ」


 そんな眠る人形の少女に語りかけるのは、この迷宮の管理者だ。


 決して世には知られないダンジョンマスターと呼ばれる存在――――名をシャーロットと言う。


 今は失われたローグ大森林を治めるアイクラインという一族の王家に連なる少女であり、凡そ千二百年もの時を生きるハイエルフ。


 そして、嘗て魔王へと与した唯一の亜人種でもある。


「脳筋のグラファールも簡単に突破されちゃったし、二層はそもそも誰も守護者は居ないし……もうこうなったらボクだけでどうにかしなきゃいけないんだよねぇ……」


 故あって迷宮……もっと言えば試練の一部となり数百年。封印される直前の魔王の言葉だけを信じ、彼女は迷宮を管理し続けて来た。


 ――――いずれ現れる資格を持つものへ試練を課し、その力を見極める事。


「……とは言っても、コイツ強すぎ~! 一層二層は兎も角、この三層の魔物は全部瞬殺出来るような相手じゃ無いのにぃー!」


 シャーロットは視ていた。


 始祖より、テイルロードの名を名乗ることを許された剣豪が打ち負かされたところを。炎熱に強い黒竜人ですら躊躇するような灼熱の溶岩窟を、仲間を助ける為に何往復もしたところを。


 そして今も、熟練の騎士だとて時間を掛けて追い詰め、漸く倒すような魔物をたった数秒で二体屠った。


「うぅ……このままじゃハル様にダンジョン管理を任された身として、立場が無いよぉ……」


「……案ずるな、冷静沈着だ。あの者が試練を突破する事は、願ってもないことだろう」


「もう、()()()負けておいて、普通そういう事言うかなぁ?」


 いつの間にか横に座っていた――――第一の迷宮管理者――――グラファールに半目で一瞥をくれると、シャーロットは鋼鉄の体を肘で叩く。巨大な鎧は軽い金属音を鳴らすのみで身じろぎもせず、叩かれた本人は微かに笑うのみ。


「一騎当千。あの者の力は本物だ。我が全力で戦ったとて、勝てた保証も無い」


「キミがそう言うならそうなんだろうけど、少しは初代魔王の配下としてのプライドみたいなの、無いわけ?」


「……古色蒼然。如何せん我らは旧い。次代の強者を前にそんな黴た自尊心を持ち出す程、無粋ではいられんよ」


「そういう考え、ボクには理解出来ないや」


 シャーロットはそう言って手足を投げ出して倒れ込むと、光源の少ない天井を見つめて溜息を一つ吐いた。


「ねえ、この娘どう思う?」


「どう、とは? 既に強さなら語った筈だが」


「そうじゃなくてさ、性格とか雰囲気とか。キミの印象が聞きたいんだって」


「………魅力的だ、とは思う。妻にするなら、昔から我と渡り合えるような強い女と決めていた」


「は……?」


「それに、あの可愛らしい声とは裏腹な気の強そうな口調。全体的に小柄で、手足が少し小さいのも好みだな。何よりも強い」


 何の気もなしに投げかけた言葉へ思わぬ返答が返ってきた事に、思わず間抜けな声が漏れる。


「キミ……まさかそういう趣味なの!? 昔からハル様の事時々変な目で見てるなぁとか思ってたけど、あれもつまりは……ちょ、近寄るな変態ぃ!」


「落ち着け。我が好きなのは小さな体躯と儚げな色素の薄い肌と髪、そして豊かで長い髪が揃っている事が条件故、短髪で快活な貴様は対象外だ」


「うっわ……増々キモいんだけど……」


 流石に千年以上付き添った仲間から、今更そんな性癖が飛び出すとは思っても見なかったらしい。淡々と諭すような口調で語る姿を見て、シャーロットは口の端を引き攣らせて後退った。


「まあ、キミの所感はアレとして……ボクはね、あの娘はハル様に似てると思うんだよねぇ」


「我が主に、似ている……?」


 気を取り直して話を戻すと、グラファールは眼下のハイエルフへ頭を向ける。その表情こそ読めないものの、兜の面には胡乱さがありありと浮かんでいた。


「そうさ、纏う雰囲気もなんとなく昔のハル様に似てるように思わないかな?」


「言われてみれば、どことなく……。強さで言えば未だ及ばないが、我が主と同様の底知れぬ物を感じたのも確か故……」


「きっと彼女は来るよ、試練に選ばれた時点でもう決まってるようなものだ。ハル様に似ているのもそういう事なんだろう」


 どこか郷愁を感じるような顔つきでそう言えば、グラファールも同様に頷き返す。


 二人にとって初代魔王……ハルとは人類の敵ではなく、人を惹き付ける魅力を備えた一人の王。今の歴史に語られるような悪者では無い。寧ろ世界の調和を重んじ、不必要な争いも軋轢も好まない人物だった。


 それが勇者により封印され、たった一言『資格者に試練を課せ』という言葉だけを残したのだから、ルフレが試練を突破することは彼女らの宿願とも言える。


 と、


「分かるよ、僕も彼女には是非とも試練を達成して欲しいからね」


「……!?」


 感傷に浸る二人の背後から突如声が聞こえた。


「何者だ、貴様」


 振り向いたグラファールたちの視界に映ったのは、黒い軽鎧に同色の外套を纏った人物。その顔はフードの縫い付けられた面によって表情を伺い知れない。


「僕はね、魔王の古い知り合いだよ。故あって、資格者が現れた時には試練の運営に参加するようにと、彼から頼まれている」


「主の知り合いだと? 我は貴様のような素性も知れぬ人物に覚えは無いが」


「同感だ。なにせハル様がこの世界に生まれてから、二番目に出来た友人がこのボクなのだからね。キミが知り合いであるというのなら、知らない筈が無いんだよ」


 魔王となる以前からハルに付き従っていた二人より古い知人など、そう多くはないだろう。寧ろ最古の友人と言えるシャーロットからすれば、この目の前の人物の存在など聞かされた事も見たことも無く、不審者以外の何者でも無かった。


「嘗ては魔法の師として、彼を支えたりもしたんだが。そうか、忘れてしまったか」


「師だって?」


「まあ、君等が分からないのも無理は無いよ。今の僕は昔と姿が大分違うからね」


「まさかキミ、いや……あなたは!?」


 ただ、謎の人物のその言葉でシャーロットは一つ心当たりを思い出し、あり得ないと言わんばかりに目を見開く。グラファールも身構えてはいるものの、小さく呻くと敵対の意思が無い事を表す為に一歩後退った。


「思い出してくれたようで嬉しいよ。けど、その名は口にはしないでね、もう僕は立場を捨てた身だ」


「して、け……いや、貴公が試練に携わるというのなら、一体どうされるつもりか」


「そうだねぇ、溶岩窟のときと同じで使い魔を差し向けてもいいけど、やっぱり僕強いからさ。最後の試練、みたいな感じで待ってる事にするよ。どうせここも突破されるだろうしね」


「確かに、ボクらとしてもそうして貰えると助かる。あなた程の術者ならきっと最奥の試練としても申し分ないと思う……というか、やっぱあの干渉はあなただったんだね……」


「同上」


 二人の返事を聞くと、フードの男は踵を返して歩き始めた。そうして数歩程進んだところで空間に歪みが生じ、彼はその中に溶けるように消えていく。


「待って」


 が、


「最後に一つ聞かせてくれ」


「……何かな?」


 シャーロットはその後ろ姿を引き止めるように声を掛け、半ばまで虚空に消えた顔が彼女へと向けられた。


「あなたなら八百年前のあの時、なんとか出来た筈だよね? どうして何もしなかった? いや……何故、どうしてハル様を見捨てた。答えろ」


 その素顔の知れない面貌を見つめるハイエルフの顔は鋭く、眼光はまるで縫い止めるようにフードの男へ突き刺さる。


「そりゃあ多少なりとも、他の人より出来ることは多いよ。ただね、きみが思っているよりも……僕は無力だ。僕が直接この世界に影響を与える事は難しいんだよ、言わば部外者さ。ハルを救えなかったのに言い訳をするつもりは無いけど、あの時僕が何をしていようとも……結局は今と似た状況になっていた。ごめんね」


「……そっか。いや、いいんだ。ボクの方こそごめんよ、あなたに責任を追求したいわけじゃないんだ」


「分かってるさ。でもね、やっぱり抗う事の出来なかった僕が悪いよ。本来なら、僕が皆を守る筈だったのに……こうしてまた()()()()()()んだから」


「――――」


 飄々とした態度ばかりの男が初めて見せたその後悔の滲む声音に、シャーロットは何も言葉を返すことが出来なかった。一拍の沈黙の後に、小さく息を吐いた男が『またね』と、短い別れの言葉を告げて消えた後も場には静寂が漂っていた。


「……彼女には色々と、望まぬ運命を背負わせてしまうかも知れないね」


「それでも我らは止まれない、止まるにはもう遅すぎる。我が主の宿願を果たすには、この可能性の芽に懸ける他ないのだ」


 漸く口を開いた二人はそう言葉を交わすと、八百年前から変わらずに淡い光を帯びた水晶を見つめる。中に眠る主君の言葉を、再びその心の中で何度も反芻しながら……。

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