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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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190.魔王城地下回廊にて

 第三の試練、ザムトゲル火山洞窟の次に姿を現したのは、何処か建物の廊下と思わしき空間だった。


「ここは……」


 赤い絨毯と壁に配置された甲冑や絵画など、内装は城を思わせる。加えてこの薄暗さと誰かに見られているような視線を感じる空気は、確か覚えがあった。


 私は鼻を衝くカビの臭いに眉を顰めながら――――今しがた通り、跡形もなく消え失せた扉だった場所――――背後の壁を振り返って確信する。


「戻って来たか」


 ここは恐らく、あの魔王城の地下に広がっていた広大な空間だ。


 最後かどうかは不明だが、このダンジョンも試練の一環に組み込まれていたらしい。元より戻ってくるようになっていたのか、はたまた偶然繋がったは別として。


「なんか、不気味なとこだな……」


 私とジンを除いて総勢十一名になったダンジョン探索者達の一人、アレックスが不安を含ませた声音でそう呟いた。


 現在は廊下を進むのには若干手狭という事で二つの組に分かれて進んでおり、殿を務める私達のグループは背後が真っ暗なお陰で余計に怖い。廊下の少し先を照らせるかどうかといったランタンを手に、私も自分の頬が引き攣っているのを感じる。


 なんでこういう怖い雰囲気にしちゃうかな……体より先に心が保たなくなりそうだ。


「……おい、なんでこんな静かなんだよ」


「……知るかよ、大声で話す空気でも無いだろ」


「……見ろルフレさんのあの顔、真剣そのものだ。ここも相当やべえってことだぜありゃ」


「……じゃあ一層こんな雰囲気良くないだろ、あの人ただでさえ火傷と炎症でしんどいんだからさ。もっと和やかに……………よし、歌でも歌うか!」


 背後の馬鹿共は声を潜めてそんな会話を繰り広げるが、この静寂と距離では丸聞こえだ。


 特に最後の一人。人の心配をしてくれるのは嬉しいが、能天気が過ぎる。


「黙って歩け、いつ魔物が湧くかも分からないんだぞ」


「けどよぉ、こんだけ人数がいりゃあんまり心配することは無いんじゃねえの?」


 私の物言いに若干納得が行かないのか、話をしていた一人が不満気にそう言葉を返してくる。


 此処にいるのはそれなりに修羅場を潜ってきた冒険者達ばかりだし、そんな彼らの言うことだから一理あるだろう。なれど油断は禁物、そういう心の隙に付け込まれてしまえば途端に窮地に陥ることだってあり得るのだ。


「……弁死のアグロ」


「それって、あの童話の?」


「嘗て無敵と言われた戦士だが、あと一歩と言う所まで敵を追い詰めてから油断し、自分の強さについて口弁を垂れていたところを、その発言で弱点を見抜かれて殺された間抜けの話だ」


 冒険者の間で有名なこの話は寓話に近い。勝利を確信した時こそが一番危うく、また自分の力を必要以上に誇示する事は相手に付け入る隙を与えるという教訓が多分に含まれている。


 かくいう私も、何故かエイジスに子供扱いされて寝かしつけられた時に何度か聞いていた。


「まさか、それに俺たちがなるなんて言わ――――」


 剣士の男がそう言いかけたと同時、剣を彼の肩の上へと抜き放つ。


「状況は違えど、圧倒的に余裕があったり、万全を期していると思った時こそ気を引き締めろ。綻びというのは自分からは見えにくいからな」


「あ……」


 ……その剣先には頭部を貫かれた巨大な蜘蛛の魔物が体を痙攣させており、ややもすると霧散した。


 私は青褪めた表情でその光景を見ていた男に溜息を吐き、足元へ転がった魔石を拾い上げる。


 これだけの人数が居て私以外気付かなかったということは、気配を消せる類の魔物だったのだろう。魔力感知の使えない彼らは、本当に注意して辺りを見回さなければならない。


「ちゃんと隣の奴の死角を警戒して進め。そうすれば不意打ちされるような相手じゃない、分かったか?」


「す、すまねえ……分かったよ」


 それからは彼らも油断すること無く警戒に務め、時折前方集団の合図を見つつも歩を進めていく。


 道中は何度か魔物が襲っては来たものの、先程の肝が冷える場面のお陰か私の補助に回る形で対処は出来ている。やはり曲がりなりにも熟練の冒険者というべきか、油断さえしていなければ大丈夫のようだ。


 ただ、このダンジョンは道が渦を巻くように屈折しており、まさに無限回廊とも言うべき長さをしている。今だってもう何度目になるかも分からない突き当りを曲がったが、何処かへ行き着く様子は全く無い。


「なあ、この道さっきも通らなかったか?」


「馬鹿言え、俺たちゃずっと真っ直ぐに進んでるんだぞ。同じ道を通るなんて事がある……のかな?」


「……いや、そこで聞いたら駄目だろ。もう少し自信持てよ」


「まあ、前の連中がなんにも言わねぇって事は問題無いって」


 余りに同じ風景が続くものだから、延々と同じ場所を回っているように錯覚し始める者まで出てくる始末。それでも私の魔力感知と五感では、しっかり別の道を通っているのが分かっている。その証拠に、次の曲がり角へ辿り着くのが少し早くなっていた。


「そうだな。段々内側に収縮するように廊下が短くなってるから、いい加減階段なり部屋なりに着くはずだ」


「あ、本当だ。もう曲がり角だぜ」


 前を進むジンとアルカのパーティーは一度私達に止まるように手を振り、廊下の角を警戒しつつ曲がっていく。先に危険がなければまた合図が送られる為、暫くこの場で待機することに。


「しかし、第三の試練は何を試される……? あの魔王の事だから碌な仕掛けじゃあ無いだろうが……」


 今の所は少し薄暗い廊下を魔物に注意しつつ進んでいるだけだ。今までのものと比べれば、余りにも簡単過ぎる。またグラファールのようなボスが待っていれば別だが、今の所脅威となり得る魔力は感知出来ていない。


 空間構造もなんとなく把握しているので、無限ループやそういう類の謎解きというわけでも無さ気だ。


「なあ、そう言えばあんたってなんで冒険者やってんだ? 魔法も剣も相当な腕だし、適当に騎士か宮廷魔道士にでもなれば人生楽だったろ?」


 そんな思索に耽っていると、この時間の暇を持て余したのか冒険者の一人の――――名を確かレンと言った――――黒髪の魔法使いの男に尋ねられた。一応喋りつつも顔は常に周囲を見回しているので、この程度の質問は答えてもいいだろう。


「そういう道もまあ……考えなかった訳じゃないが、城勤めなんて窮屈そうでな」


「成程、その点冒険者は自由だもんな。分かるぜその気持ち」


「とかなんとか言ってっけど、こいつ宮廷魔道士の試験受けて落ちてんだよ。だから酔っ払うと毎度『あの時受かってりゃ俺たちと冒険者なんてやってねえ!』なんて喚きだすんだぜ?」


「おいギド! それは言わない約束だったろ、しかもよりによってこの人の前でよぉ……!」


 彼らアレックスのパーティー、ユーリの先輩達は贔屓目に見ずともそれなりの強さがある。特にパーティー単位での戦闘は、格上相手でもしっかりと通用する練度に達しているだろう。個で見ればC上位からBの下位、四人合わせればBランクの中位はある強者たちだ。


 故にレンが宮廷魔道士を目指していたというのも頷ける。アレックスで言ってもそこらの兵士より地力もあり、ギドは……足が早くて少しみみっちい。


 ……と、その上度胸と人情もあると来れば、冒険者としては非常に優良物件だろう。突出した強さの金や白金の冒険者ばかりが注目されがちだが、こういう連中こそ冒険者組合を支える一番太くて大事な柱だ。


「後は、お前らみたいなのと出会えるから冒険者をやってるというのもあるな。引き篭もってばかりじゃそういう出会いは無いだろうし」


「そ、それってつまり……俺たちのこと認めて……」


「あんた、態度は素っ気ないけどやっぱりいい奴だな――――」


 が、


「いや、時々こうして普通に弱い連中を見ないと、強さの基準が分からなくなるからさ」


「「「そんなこったろうと思ったよっ!! 畜生!」」」


 素直にそんな言葉を掛けてやる程、私は純粋ではない。


 叫ぶアレックスたちの姿に思わず笑いが漏れ、増々彼らの顔がむくれる。こういうのを見て面白がる辺り、もしかすると私って結構人をからかうのが好きなのかも知れない。


「……あれ? ところで合図ってもう来たか?」


「そういや、確かに誰も見てねえな」


 ただ、彼らはこれ以上笑われまいとあからさまに話題を逸らした。


 実際問題として純粋に合図が遅いというのもあるし、無駄話はこの辺りで終わらせて様子を見に行った方がいいのは確かだ。この先で何か不都合があったのか、もしくは合図を送れない状況にあるのかもしれない。


 そうして不気味な灰色がかった空間の先を見つめ、この静寂が異常であることに気付いたのはその少し後。


「まさか……」


 元より無言で前を進んでいた事を鑑みても、一瞬おかしいと思わなかった方がおかしい。あの面子ならば声を上げる事すら出来ずに魔物に倒されるなんて事は無いはずだ。


 私は脳裏に過る嫌な予感を押し込め、一歩、また一歩と曲がり角へと足を進める。


「ジン……?」


 この先にいる筈の男の名前を呼ぶが返事は無く、ただ虚空に声が吸い込まれていく。聞こえるのは自分の息遣いと、不思議な程響かない足音のみ。


 手でその場にいるようにとアレックス達を制止し、ゆっくりとその屈折した道の先へ一歩を踏み出す。何度も言うが、こういうシチュエーションは怖くて嫌いだ。出来ることならば、ジンの子供じみた悪戯だと思いたい。


 急に現れたジンは驚く私を見て大笑い、意外とビビりな事がバレてネタにされる。きっとただ、そんな気の抜けるような冗談が待っていることだろうと。


 だがそんな私の淡い期待を裏切るように、この迷宮の悪辣な試練は牙を剥く。


「――――ッ」


 廊下の角を曲がった瞬間視界に飛び込んで来たのは、地面に飛び散った赤黒い血と臓物だった。


 最早原型を留めず、肉塊と表現した方が良いそれは辛うじて伸ばされた腕から人の死体だと分かる。それが五人分、壁に剣で縫い付けられたものもあれば、全身が黒く焼け爛れて白濁とした眼球だけが見開かれたものもあった。


 そして、半歩前に踏み出しかけた足に触れた誰かの頭部らしき部位は、見慣れた男の顔。両の眼から血を流して固まったジンの顔だ。


「……成程、趣味が悪い」


 それを見つめる私の胸中は穏やかでは無いものの、先行した彼らが突然死体として現れた事に動揺はしていない。というよりも、目の前の光景が一体どういうものなのかを理解していた。


「つまり今度は、精神強度を測る試練というわけだな」


 この、目の前に転がる死体は全て作り物だ。


 人間特有の皮脂や汗から、内臓や血に至るまでの匂い全てが違う。随分と精緻に作られているが、私の嗅覚は誤魔化せない。視覚だけに頼っていたら、もしかすると騙されたかも知れないが。


 そしてもう一つ。それ以外にも、今私のいるここは先程の廊下とは違う場所である。


 転移か……いや、意識に干渉された感じは無かったし、私達の位置は変わらず、建物の構造が一瞬で入れ替わったとかそういう類の物だろう。


「ただ、どちらかと言えばはぐれた方が痛い……か」


 無駄に広い構造と何処からも繋がっていないらしき空間の存在もぼちぼち感知出来ていたのは、こういう事だったらしい。今頃他の皆も何処かの部屋か廊下に行き着いて、私と同じ光景を見ている筈である。


 こんな事になるなら、アレックス達を待たせたのは悪手だったか……。


 出来れば全員一塊で居てくれると助かるが、まずジンとアレックスの組はバラけているだろう。この死体が偽物だと気付いて慌てず、無事でいてくれる事を願うしか今は出来ない。


 そして、その心配とは別に、目の前の景色は非常に腹立たしい。


 見下ろした先に、自分の足元に、偽物であろうと見知った人間の死体がある。それが私の神経を非常に逆撫でしていた。


 成程そっちがその気なら、此方にも考えがあるぞ、と。


  合流するのに魔物を相手にすれば一々足を止めて時間を食うので、本当は使うつもりの無かった広範囲殲滅魔法を使うことにする。


「《凍纏(コキュートス)》」


 魔力を足先から地面へと伝わせ、その端から廊下に霜が降り始めた。しかしそれは以前ディエラに対して使った物とは違い、際限なくその冷気を廊下の先へ先へと放ち続けている。死体のダミーも完全に凍結し、奥の空間では何かが引っ掛かったのを感知していた。


 それから暫く、凡そ半径三十メートルは《凍纏(コキュートス)》の範囲を広げた辺りで歩き始めた。


 吐く息は白く、冷気の源流である私の体も霜に覆われている。さながら巨大な冷凍庫に変貌した廊下の先では、何匹かの魔物が氷像となって地面に転がっていた。


「悪いが先を急ぐんでな、雑魚に構ってもられないんだ」


 相手が私の嫌がる事をしてくるのなら、もう素直に攻略してあげる気は失せた。魔物も罠も、尽くを無効化させて最短で試練を突破させて貰う。マッピングの要領でこのまま全てのフロアを氷漬けにして、ダンジョンを丸裸にしてやる。




 ……ちょっと怖いのは、相変わらずだけど。

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