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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
198/210

185.熱風の最中に

 第十層のボスを倒した後、その戦利品であるチェストの開封を行っていた。


 普段はダンジョンの中で無造作に置かれている筈のこれらだが、"試練"という特殊な状況下にある今は丁寧にもボス戦の後に貰える仕組みらしい。


 ただ、私は目の前に鎮座する二つの木製チェストの前で、どうにも解せずに頭を悩ませていた。


「試練、ダンジョン、報酬のアイテム……こんなの、まるでゲームか何かだ」


 開かれた箱の中には一振りの小刀と幾つかの金銀貨、それに見せつけるように金気の強い鍵が埋もれている。


 ボスを倒せば財宝を得て、次の階層へと進む鍵がドロップする……なんてありきたりな設定を此処で見るとは思いもしなかった。というか、少なくともこの世界の人間が思いつくような仕様では無い。


 ゲームの設定を意図的に再現したようなやらしさを感じずにはいられないのは、私の考えすぎだろうか?


 まあ、試練とやらをクリアすればそれも分かるかも知れない。この状況を生み出した奴の思う壺で不服だが、今はルールに従う他ないだろう。


「持ってろ、お前のだ」


「あっ、えっ?」


 私はそう結論を出して小刀を拾い上げると、後ろにいたユーリへと投げて渡した。


「俺が貰っていいのか? さっきの戦いでも、なにもしてないけど……」


「それは刻印魔法が付与されている。適当に振り回してるだけでもトロル程度なら追い払えるから、寧ろここで一番戦力の低いお前に持たせるのは妥当だ」


 もしも戦力の上昇という点で見ればアレックスに持たせるのが一番だが、全員生きたままここを脱出するのが最低条件。ユーリの自衛手段を作り、全体的な生存率を上げるマージンを取った方が良い。結局彼らに対処の出来ない敵は私が対処する事になるだろうしな。


 因みに小刀には刻印魔法――――刀身に風の刃を纏う術式――――が付与されており、見た目よりも数段切れ味は高い。抜身であることを除けば、王金貨が数枚飛んでもおかしくない質をしている。


 だからか、若干羨まし気……もとい師匠を差し置いてそんな武器を持った事を宜しく思わないアレックスや他の冒険者はユーリを睨んでいた。それでも何も言わないということは、ユーリの安全を考えればこれが最適解なのは理解しているのだろうけど、やはりこういう武器は男の憧れなのだろう。


「さて……このダンジョンは確か、十層のこの部屋が最奥だったか?」


「そうだ、俺の目の前には何故かもう一つ扉があるけどな」


 アレックスはそう言って扉に一瞥をくれると、不服気に鼻を鳴らした。


 存在しない筈の十層より先の空間、そこへ続く扉が私達の前に佇んでいる。単なる隠し部屋などでは無いだろうが、グラファールの言葉を信じるならダンジョンコアがあるようにも思えない。


 また、この部屋のように試練と称した何かが待ち受けている筈だ。出来る事ならば次で最後だと信じたい。


「形状、材質は……普通だな。単なる扉だ」


 問題の扉自体は古い材木と鉄で作られており、鍵穴も至って普通。


 魔力の流れだけがやや歪ではあるものの、ダンジョン自体不思議な魔力の温床みたいなものだ。この程度は不自然の内には入らない。


「開けるぞ」


「あ、ああ……」


 一度背後に確認を取ると、私は拾った鍵を鍵穴へと差し込む。鍵が回る方へと傾ければ軽快な解錠音が響き、不動だった扉が少し上下に軋んで小さく隙間を作った。


 しかし、そこで異変に気付く。


「っ……!?」


 遺跡という名の通り、また湿度の高く薄暗い通路と階段が現れるのだろう。そう思っていた私の想像は裏切られ、扉の隙間から突如として熱風が吹き付けたのだ。


 思わず顔を仰け反らせ、呆気に取られた私を他所に扉はどんどんと開いていく。


 そして、徐に軋みを上げながら最後まで扉が開けば、私の目の前には洞窟が広がっていた。溶岩の胎動する大地と肌を焼くような焦熱、見紛いようもなくマグマで溢れた大洞窟である。


「うそだろ……」


 背後を振り返れば埃っぽいものの砂レンガで造られた情緒ある遺跡の姿が。なれど、再び視線を前へ戻すと、見渡す限りの溶岩窟……。


 扉を隔てた先の物理的にあり得ない光景は、その場にいる全員を絶句させるには十分過ぎた。


「この遺跡は……溶岩溜まりに繋がっていたのか?」


 唯一アレックスだけは一人状況を理解しようとしてはいるが、その顔は冷静さを欠いている。当然だろう、こんな非現実的な光景を見せられれば誰だってそうなるわ。


「ふむ……やはりここが空間の歪みの根源だな。恐らく『扉』という空間を隔てる概念を触媒にして、別の空間と繋げているのであろう」


「この洞窟も……大陸のどこかに実在していると?」


「さもありなん、である」


 そんな彼の疑問に答えるダンテはどうやらこの現象を正しく理解しているらしい。開ききった扉と向かいを隔てる薄い空間を睨み、いつになく真面目な顔で頷いた。


「ま、何度言うたが考えていても詮無し故、前に進むしかあるまい。ほれほれ、ボケっと突っ立ておらんで、早く扉を潜れ」


「うっ……それはそうなんだけど、少しくらい待ってくれてもいいだろ…………いっ!?」


 ただ、そんなシリアスも長くは続かず、直ぐに表情をいつもの悪戯っぽいものへ変え、私の背中を押し出した。此方も此方で何の気持ちの準備もせずに通りたくは無かったのだが、全員ダンテに向かいへと放り込まれてしまう。


「あっ――――」


 しかして、


「――――っづぅ!!?」


 まるで蒸し風呂……いや、それ以上の熱気渦巻く溶岩窟に足を踏み入れた私は、開口一番にそう叫んだ。


 熱に耐性を持たせる刻印をした耳飾りを付けているとは言え、白竜人の弱点である暑さを諸に受けて一瞬で全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出す。これはもう、なんか気休めでなんとかなるレベルを超えている、無理だ、私にこの環境は厳し過ぎた。


 あと数分もこんな場所にいれば、多分全身が茹だって死んでしまう。


「おいおい、大丈夫かよ……ルフレさん」


「……も、問題ない。温度差で少し驚いただけだ」


 しかし、全員を無事に最奥まで連れて行き、その上で帰還させると約束した手前弱音は吐けない。取り敢えず氷魔法で周囲の気温を幾らか下げ、なんとか活動出来る程度に整えていく。


 魔力の消耗が激しいだのなんだのと、この際そんな事は言っていられないだろう。


「ふぅ……」


 外套を脱いで仮面も外し、これで漸くアレックスらと同程度の体感温度になった筈だ。仮面を外した辺りから、なんだか彼らに見られているのは謎だが……


「お前達、なに人の顔をジロジロと……」


「あ、いや……あんた、女だったんだなって」


「馬鹿強いしその口調だから、てっきり小人族かなんかのハーフかと……」


 どうやら私の性別を測りかねていたらしい。


 仮面で声がくぐもっていた上にフードを被っていれば、存外どちらか分からないようだ。小人族は中性的な者が多いのも理由だろう、ゲイルの仲間であるビスケスを見ればそれは分かる。


「しかし、なんつーかその、アレだな」


「ああ、アレだ」


「悪魔だなんだと怖がられてる割に、可愛い顔してたのは意外だ。冒険者の女っつーのはどいつも粗暴で筋肉馬鹿ばっかだからな、目の保養になるぜ」


「噂と違って、結構優しいしな」


 アレックスパーティーの面々は、なんだか若干ニヤついた顔で私の顔を横目に見ながら口々にそう言う。もう一方の連中も同意するように頷き、面白がるように口笛を鳴らす奴まで出る始末。


「……よし、今ここで挽き肉になりたい奴だけ続けろ」


「ほんの冗談だって……いや、可愛いと思ったのは事実だがよ。あんま怒らないでくれよ、ルフレさん」


「そうそう、怒った顔も美人だけど……ってうおぉ!? 待って、冗談だから! その剣をしまってくれぇ!!」


 それに思わず剣を抜いて斬り掛かろうとすると、尻もちを着いて慌てる術士の男。アレックスは彼を見てゲラゲラと笑ってはいるものの、目を合わせれば両手で自分の口を抑えて黙りこくる。


「本気にするなよ……もう、冗談通じねぇなあんたは……」


「五月蝿い、私はそうやって容姿に関して何か言われるのが嫌いなんだ」


 本気も何も、最初から言わなければ良いものを……。


 自分の容姿に自信があったことなど一度も無い。どれだけこの世界に馴染もうとも、男としての価値観が邪魔をしてしまう。


 女性として可愛くあろうだとか身だしなみに必要以上に気を遣ったりだとか、そういう事をするのが憚られるのだ。色恋に現を抜かせるような立場でも無いし、寧ろ私みたいなのを相手にする男は気が知れないと思う。


 いずれその内――――それが男か女かは関係なく――――私も本気で誰かを好きになる事はあるのだろうか。


「……無駄話は終わりだ、早く進むぞ。長く此処にいれば体力を消耗する」


「お、おう」


 ただ、今は為すべきことを為す為、弱さを隠して前に進むしか無い。冒険者としては一流と言えても人としては未熟な私が、少しでも強くなれるように。


 そうして環境の変化におっかなびっくりしつつも歩くのを再開し、溶岩窟を進むこと暫く。


 先程までの元気が嘘かのように全員が無言で歩き続けていた。この暑さ故か、もうおふざけをする余裕も無く、足取りも重い。


 とは言え収穫もあり、泥人の亜種である溶岩の魔物やこの場に適応した魚型の魔物を幾らか倒した所で、やはりここもダンジョンである事が分かった。前者はダンジョンでなくとも倒すと消えるが、死体の残る筈の後者が粒子となって消えたので確定だ。


 もう一つ、道中にはここで息絶えたのだろう冒険者の亡骸があった。中には死んで間もないと思える者もおり、恐らく数日……もしかすると今日死んだのかも知れないその骸に、アレックス達が同僚の死を悼みつつ顔を青褪めさせていた。


 私の魔法でかなり軽減は出来ているが、改めてこの環境で活動する事の厳しさを認識させられる。


 それでも下へ続く階段を一つ降り、また広大な迷宮を一歩一歩進み、階段を降り……。最初の階層から三つ程下へとやって来た辺りで、環境に変化が訪れた。


「……参ったな」


「まだ、暑くなんのかよ……」


 それまでは池に近しかった規模の溶岩溜まりが、ほぼ溶岩の海へ変化している。洞窟内に籠もる熱も心做しか上の階より高いし、何より足場が殆ど無い。


 際限無い責め苦に汗も出し尽くし、嘔吐感や頭痛といった症状を訴え始めた者もいる中でこれは少し拙いだろう。倒れかけの冒険者はダンテが背負っているが、ここに至るまでで体力も既に限界に近しく、全員いつ倒れてもおかしくはないのだ。


 遺跡の迷宮が十層であったことを考えれば、最低でもあと七層。


「……ダンテ、氷の魔法は使えるか?」


「使えるが、貴様の魔力はまだ残っておるだろう?」


「私が一人ずつ下へ続く階段まで運ぶ。お前はここで皆を守りつつ、体力が尽きないようにしていてくれ」


 冒険者にとって一番の敵は魔物ではなく、過酷な環境だ。


 名だたる冒険者の死因も、その三割が環境に適応出来ずに心身を壊した結果のものである。


 過去にSランク冒険者が永久凍土にて発見した財宝を持ち帰ろうとして、その帰路の途中で氷漬けになって死んだと言えば如何に生物が脆いかが分かるだろう。豪傑と謳われた英雄とて、自然の猛威には勝てない。


「待てよ、そんな事したらあんたが一番……」


「……このまま歩けば……お前らは何処かで倒れる。こうするのが一番全……員生き残る確率が高いんだ。ここで体力を温存していろ」


「…………」


 私の提案に反論しようとしたアレックスも、既に自分の体力が尽きかけているのを理解している。返ってきた言葉に対して何も言わず、それきり口を噤んだ。


「……頼んだ、ダンテ」


「任されたからには引き受けるが、貴様の顔が一番死にそうだぞ?」


「……疲れてはいるけど、それだけだ。この程度想定はしていた」


 ダンテに彼らを託し、最初の一人――――既に意識のない術士の男を背負って歩き出す。


 少し目が霞むが、私の体力は人並み以上にある。全員を七階分運ぶくらいは訳ないことだ。直ぐに試練を全て突破して、このくだらない発想をしたやつを問い詰めてやる……。

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