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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
197/210

184.グラファール・テイルロード

横薙ぎに振るわれる――――私の身の丈ほどもある――――大剣を刀身で滑らせるように頭上へと逸し、隙の出来た胴へと返す太刀で斬りつける。


「……ッ、踏み込みが甘いか」


 なれど、高い金属音を立てて刃を弾いた鎧を前に、反撃を躱しながら二度後ろへ飛び退く。


 ――――巨大な鎧との戦闘が始まって凡そ五分弱。


 現状、只の一つも敵に傷を負わせられずにおり、趨勢は完全に五分の状態にあった。攻撃を当てられているという部分だけを見れば、私の方が幾分か有利ではあろう。


「しかし……この硬さは予想外というか、正直威力が足りないな……」


 魔法使用不可という状況の中、身体強化の無い私の膂力などたかが知れている。素で鉄を切れる程では無いし、その上この鎧は魔物の癖に剣術の心得があるのだ。


「……不倶戴天、目測を見誤ったか」


 そう、空洞の兜の内側から乾いた声音を漏らし、奴は大上段から大剣を地面に打ち付ける。


「それはこっちの台詞……だよっ!」


 対して私は一回転することで攻撃を避けつつ、鎧の弱点である関節部分に刃を突き刺すが手応えは無し。


「くっ……」


 相手はその隙に腰に提げていた予備の直剣を抜き放つと、そのまま私目掛けて下から振り上げた。騎士というのは大抵長物と剣の両方を持つが、こいつの場合は少し事情が違う。


 元の体躯からして三メートルはある巨体にそれと同等の大剣なのだ。セカンダリウェポンが何にせよ、私からすればどちらも規格外の武器である。


「《二双》ッ!」


「……神鉄流、再三目視。故に対処可能だ」


 剣圧で直剣を弾き返し、そのまま二撃目で手首を狙うものの大剣によって防がれてしまう。


「しかも会話出来る知性まであるか……本当に厄介だ」


 私は一度呼吸を整える為に間合いを取るとそう呟き、剣を鞘に収める。


 実際、人語を解す事は素直に驚いているし、こいつにはそれなりの知性と理性があるように見受けられるのだ。転移する前に聞いた"試練"という単語を奴が言ったのも気に掛かるし、この鎧は迷宮に起きている異変について何か知っている可能性がある。


 ただ、それ以上に今はまるで魔物ではなく人間の剣士を相手取っているかのような感覚で、どうにも調子が狂う。


 のだが、



「孤月流抜刀術――――」



 それならそれでやりようは色々とありはする。



「――――《嵐月》」



 抜刀術としては基本的な袈裟斬りの一撃は空を切り、鎧に届くことはない。相手も私が何をしたのか理解していないようで、身構えたまま此方の様子を伺っている。


「まあ、私としてはそれでいい」


「……ぐっ!?」


 そうして一秒が経った頃、斬撃の軌道上で突如突風が吹き荒れた。


 重量のある鎧とは言え下から吹き上げる風には逆らえず、一瞬その身体が仰のく。私はその隙を見逃さず瞬歩によって肉薄し、剣の柄でその鋼の肉体を叩きつけた。


「成程、魔石は此処か」


「貴公まさか……!?」


 先程から守勢に徹し――――私の攻撃に対してカウンター気味に動く――――ていた事も含めて、コイツは先手を取るには些かアジリティが足りないことが分かっていた。そして、魔物とは違う人のような冷静な判断力は、状況が分からない内は動かない事を示唆している。

 

 つまり見えざる攻撃ならば様子見か、一度は受けるかのどちらか。対処して来るのはそれからだろうと踏んだ私は正解。


「奥義――――《天斬崩地ティアマット・ブレイブ》!」


「驚天動地、これは彼の剣神の一撃……!」


 最下段から独特な構えで繰り出される一撃は、身体強化無しでも風圧だけで人が切れる。さしもの鋼の鎧とは言え、完璧な手応えと共に掠めた箇所に亀裂が入った。


「よもや、よもやよもや……剣の戦において我が身が傷を負うとは、青天霹靂」


「……寧ろこの程度で済んだ運の良さを喜ぶことだ」


 これは本来の威力で放てば金属どころか、鉄の要塞の一つや二つ程度軽く真っ二つに両断する程の技なのだ。


 エイジスの見様見真似である以上、あの空を斬るような一撃はまだ私には出せはしないが……。それでもいつか、私も同じように天を裂き、地を割ってみせると決めている。


「ならば、我が秘奥も見せねば非礼というもの。受けてみよ、小さき剣客」


 しかし、私の一撃を受けて鎧の雰囲気が一変した。


 先程までも十分に威圧感があったのだが、今その比ではない。左右の手に得物を持ち、肌を刺すようなプレッシャーを放ちながら構えを取っている。死の予感を間近に感じた事で全身が警鐘を鳴らし、自然と私も受けの型を取っていた。


「六韜三略、これぞ我が奥義――――」


「やばっ……!?」


 だが、剛腕が二振りの巨剣を大上段から振り下ろした瞬間、《識見深謀》が私の身体を叩き潰す未来を予見。


「――――《衝天破潰》」


 慌てて受けることをやめて横に大きく飛び退くと、鎧の踏み込みと共に先程まで私がいた場所に激震が走った。恐らくあの場で受けていれば、神鉄流の技を使っていようと物理結界を突き破って死んでいただろう。


「何だこの威力は……」


 巻き上がる土煙が収まり始めると、私はその光景に思わず目を見開いて言葉を漏らす。


「弄巧成拙、外したか」


 基本的に破壊不能の筈の迷宮の地面が、まるで爆発したかのように放射状に抉れていたのだ。背筋が凍るような恐ろしいまでの威力、こんなものを生身で受けて生きれいられる存在などいない。


 だと言うのに、私は笑っていた。


「なにゆえ、笑う」


「……初めて、初めて勝てないかも知れないと思える剣士に出会ったが、どうやら私はそれが嬉しいらしい。変だよな」


「いや……情意投合、奇しくも同じ気持ちだ。好敵手よ」


 そう尋ねた鎧も私の言葉に同意するように頷き、不思議と戦いの中で心が通じ合っていた。


 太刀筋を見れば、どれだけの研鑽を積んできたのかが分かる。それは魔物だろうと関係無く、高みを目指す者として、一人の剣士として尊敬出来るものだ。


 そして、互いに次の一合で決着が着くことも感覚で理解している。


「貴公、名は」


「ルフレ、ルフレ・ウィステリア」


「ウィステリア…………そうか、そうだったのか。合縁奇縁、この世の(えにし)とはまこと不可思議なものだ」


 体勢を立て直して向き合うと、鎧は徐にそんな言葉を小さく溢す。なれど、再び鋼の肉体全身から凄まじい程の圧が放たれ始め、必殺の一撃に備えていることが見て取れた。


「己が名はグラファール・テイルロード。今この場にて貴公のような勇猛な剣士と相まみえた事、心より誇りに思おう」


「私もだ、グラファール。お前を倒して、また強くなれる事を感謝するよ」


 私は左足を後ろへずらして半身になり、鞘へと収めた剣の柄を握りしめる。


 あの超質量の一撃を後手で受ければ敗北は必須、故に威力が乗り切る前に勝負を決めるしか無い。攻撃の隙間を縫い、あの鎧に隠された魔石を破壊する。好機は一度きり、逃せば逆に私が死ぬだろう。


 しかし《天斬崩地》は斬撃の軌道を変えるのが難しく、しかも一度見られている為見切られる可能性がある。土壇場で新技を試すのは些か無謀としか言えないが、一分でも勝つ確率の高い方に懸ける胆力が今は必要だ。


「秘奥」


「……雷鳴、招雷、弾けて唸れ、神鉄流奥義閃行」


 見様見真似、トレースは私の専売特許。成否などスキルを使う必要もなく、身体が教えてくれる。


「《衝天破潰》」


「《斬鉄剣 (いなずま)》」


 二人の声が重なり、交差するように剣が頭上から振り下ろされる。


 それを懐に飛び込んで回避すると、抜身になった刀身が白熱を始めた。


 術式なんて大層な物ではなく、全身から魔力をかき集めて無理やり一瞬プラズマ化する程の熱を産んだだけ……だが、ほんの一瞬で良かった。


 抜き放たれた刃は剣と鎧の隙間を通り、空洞の内部に潜む魔石を捉える。速度を増して熱を孕んだ剣と、相手の勢いと重心によってバターを斬るかのように両断され、二人の身体はすれ違うように互いの元いた場所に足を着いた。


「……見事」


 残心を崩して膝を折るグラファールは一言そう称えると、鎧が四散して辺りに散らばる。


 リリエが変化させた神鉄流奥義《斬鉄剣》を更に属性を変化させることで速度に特化させたのはやはり正解だった。まさか一発で成功するとは思っても見なかったので、自分でも驚きだが。


 かくして、周囲に湧いていたリビングアーマーも消え、戦っていた冒険者達も誰一人欠ける事無く鬨の声を上げている。ダンテはしっかりと彼らを守ってくれたようで、魔法が使えないのによくやってくれたと言うべきだろう。


「さて、お前が消える前に聞きたいことがあるんだが、いいか?」


「……答えよう」


 まだ消滅するのに多少時間がある筈のグラファールの兜へそう尋ねると、消えかけのモノアイが明滅して肯定の言葉が返ってくる。


「試練とはなんだ? 此処に来る前とさっき、二度その言葉を聞いた。迷宮の異変といい、関係があるのなら教えてくれ」


「……試練とは、世界に抗う者を見定める仕組み。故に我が、我らが試練を課す。此処は最早、単なる迷宮ではない」


 どういう事だ……?


 試練という謎の仕組みが発生したから迷宮が変化したのは分かる。だが、世界に抗うとは……誰が何の目的でそんな事をするのかが不明瞭過ぎてわけわからん。


「我に勝ったとて、油断はするな。試練はまだ始まったばかり、この先も苦難が待ち受けているであろう」


「あ、おい待て! まだ聞きたいことが……って、消えたよ……」


 まだ聞きたいことがあったというのに、それだけ言うとグラファールは光の粒子となって宙に溶けて消えた。どうやら名と感情があるとは言え彼も、ダンジョンの生み出した存在に違いは無かったらしい。


 私は瞑目し、その場で――――出会いが違えば友人になれたであろう――――好敵手の冥福を暫く祈り続けた。




***




 最早不快感すら覚えるような暑さの中、半ば覚醒した意識の中ではじめに頭の中に浮かんだのは「首と背中が痛い」という肉体の悲鳴。


「ん……ぐ……?」


 寝すぎて逆にしんどい時のような頭痛と倦怠感に苛まれながら寝返りを打つと、何かざらついた感触が全身に伝わってくる。ゴツゴツと、荒涼としていて、おおよそ寝るには適さない環境だろう。目で見ずともこれが剥き出しの岩肌であることは分かるし、背中の痛みは確実にそのせいだ。


 そして何故自分がそのような場所で眠っていたのかを数秒考え、それから徐に上半身を起こした。


「ふあぁ……よく寝た……って何処だ、ここ?」


 胡座と欠伸を掻いて目尻を擦れば、視界に入ってきたのは真っ赤な空間。


 予想通り岩に覆われた場所で、あちらこちらに溶岩溜まりのある洞窟のようだった。凄まじい熱気の正体を理解して溜息を吐きつつ、男は半目で肩を竦める。


 最後の記憶は謎の部屋に入り、魔法陣が起動した所まで。その間の記憶も事態も不明だが、どうやら全くもって別の場所にいるらしいことだけは理解出来た。仲間の姿も無いことを見るに、自分だけがここに転移したと考えるのが妥当であろう、と。


「出口は……」


 そう呟いて立ち上がり周囲を見回すも、溶岩洞窟は遥か先まで続いている。


 思った以上に広大、直ぐに抜け出せるような場所では無いらしい。その事実に思わずまた溜息を吐き、意味もなく目を眇める。


「お」


 ただ、男の向かい――――凡そ数十メートル離れた地点――――に人の姿らしきものを見つけた。探窟家か冒険者か、いずれにせよ人の立ち入らない魔境では無いのが分かっただけでも救いだろう。


 此方に向かって走りながら両手を振っているところを見ると、どうやら男の事を認識しているようだ。


「――――い―――ーぇろ――――に――――ろ!!」


「なんだ……?」


 距離が縮むに連れて何かを叫んでいることが分かるが、肝心のその内容が聞き取れない。辛うじて三文字であること、同じ単語を連呼している事だけが分かる。


「に……げ……ろ……、逃げろ?」


 しかし、その口の形と必至の形相が目に見える所まで近付くと、ようやく彼らが何を言っているのかをなんとなく察することが出来た。どうやら逃げろと言っているようで、男の背後を指して身振り手振りで状況を伝えようとしているらしい。


「おい後ろだよ! 早く逃げろ! 死にたいのかっ!?」


「あ? 後ろ?」


 とうとう数メートルという距離までやって来たのは、冒険者風の身なりをした四人の男女。軽装の女斥候が一人に男の術師二人、剣士らしき女性の四名で、今叫んだのは斥候の女性である。


「何をそんなに慌てて……」


 そんな彼らがしきりに「後ろ」と「逃げろ」を連呼しているので、訝しみつつも背後を振り返った時だった。


 頭部に半透明な液体のようなものが降り注ぎ、粘ついたそれを拭うと――――



「あ」



 ――――巨大な瞳孔と目が合った。


 見上げてみれば無秩序に並んだ白く鋭い針のような何か……否、それは牙であろう。男の目の前には、五メートルはゆうに超える大口を開けた鯰のような怪物が鎮座していたのだ。しかも自分の体は今その口内の半ばに位置し、有り体に言えば食べられかけている状態にあった。


「やっば」


 思わずそんな言葉が口を衝いて出た直後、凄まじい速度で鯰の口が閉じられた。


「あぁ……だから警告したのに……!」


「いや、まだよ。今ならまだ助けられる」


「そんなこと言っても、あの化け物鯰……モルテンウェルスに捕食されたらもう、グチャグチャのバキバキ……。今更死体を引き摺りだしたって助からねえですよ」


 呼びかけるのが遅かったと、冒険者達は足を止めて口々にそう言い合う。


 その中でも女剣士だけは諦めまいと抜剣し、モルテンウェルスと呼ばれた鯰へ斬りかかろうと戦いの姿勢を取るが……。


「お、おい……なんだ?!」


 突然眼前でモルテンウェルスが暴れだし、地面をのたうち回り始めた。まるで毒虫でも食べたかのような反応に一同は唖然とするのみ。更には何やら鯰の体内から低く響くような打突音が鳴り出し、増々何が起きているのかわからなくなっていく。


「あの男……毒草でも持っていたのか……?」


「いやでも、こいつに生半可な毒は効かねえって図鑑にも乗ってたぞ……」


「じゃあなんでこんな腹下しのジョンみてぇに跳ね回って暴れてんだよ……」


 剣を抜いた少女もこれには攻撃する気勢を削がれ、呆けたようにその光景を見続けていた。


 そうして暫く――――モルテンウィルスが苦しげに跳ね回り続けて――――その動きが段々と弱々しくなって行き、最後には何度か痙攣したかと思えば動かなくなってしまう。


「死んだ」


「死んだぞ、マジか」


 最早何が原因でこうなったのか考えるのも止めて、一行はただ目の前で為すすべもなく命を落とした怪物にそんな言葉を漏らした。


 が、


「おい……なんか動いてね?」


「いや、さっき死んだって……」


 死んだはずのその身体の口の部分が何故か蠢き、ゆっくりと開かれたのだ。これには全員が後退るも、次の瞬間には別の意味で腰を抜かすこととなった。


「――――ったく、胃液でベトベトじゃねえか。俺の一張羅をこんなにしやがってよ……」


「あ……えっ……?」


 息絶えたモルテンウィルスの口から姿を現したのは、先程確かに食われた男。涎やら胃液やらで粘ついてはいるが、その身体の何処にも傷は無い。巨体が霧と化し、魔石が地面を転がるのを背景に男は『やれやれ』と首の骨を鳴らす。


「おお、お前ら。悪かったな、折角忠告してくれたのに食われちまった」


「「「はぁあああああぁぁぁ!?!?!」」」


 先程と全く同じ元気な男の様子に、思わずと言った三人の絶叫が洞窟内に木霊する。


「俺の名前は"ジン"。冒険者なんだが、お前ら同業者だろ。実は道に迷っちまって……此処が何処か、教えてくれねえか?」


 そんな彼らの驚きぶりも意に介さず、男……ジンはマイペースに話を続ける。


 ただ、ここが全十層からなる溶岩窟――――ラグミニア公国アステント伯領ダンジョン、ザムトゲル火山洞窟第五層――――第二の試練場であることを彼が知るのは、まだ少し先の話だ……。


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『創成の聖女-突然ですが異世界転生したら幼女だったので、ジョブシステムを極めて無双します-』
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