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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
195/210

182.それぞれの苦悩

今回はそれぞれアザリアとフレイ、そしてディエラとリリエの視点のお話です

 仄かに明かりが灯るだけの部屋にて、紅髪の少女は一人宙を眺める。


 寝台に座り込み壁へと体を預け、思いつめたような表情でしきりにその美しい紅蓮の髪を弄っていた。何か考えたい筈なのに、思考が纏まらない。そんな風にしてかれこれ二日と半日、迎賓館の一室に籠もり続けている。


「私って、どうしていつも迷惑ばかり掛けてしまうのかしら」


 起伏の無い声音でそう呟いても、答えが返ってくるわけでもなく。


 何方かと言えば――――自身の中でとうに理解しているそれを――――敢えて疑問として吐き出す事で、絡まった頭の中を整理しようとしているのだろう。


 王女という身でありながら我儘を言い、自身だけどころか周囲を危険に巻き込んだ。有り体に言えばその一言に集約される事態を、彼女は絶対に迷惑は掛けまいと誓っていた相手を前に起こしてしまった。


 敵に身体の自由を奪われた当時、殆ど残っていない記憶の半ばで感じたのは悔しさ。後々になってまたも助けられた事を知った時、胸が詰まる程の何かが心の底で湧き上がって来た。どうしようも無いほど無力な自分自身が恨めしく、こうして助けて貰った礼も言えないまま部屋に引き籠もっている。


 あの日、黒蟲に襲われて死を知った。弱い存在は圧倒的な力の前では何の選択も、抵抗すら出来ずに蹂躙されてしまう事を理解した。


「それに、守られてばっか」


 王族という立場上、アザリアは常に誰かに守られて生きている。代わりに目の前では彼女を守るその誰かが傷つき、時には命すら落とすような危険に身を晒すことになるだろう。


 対価として「それ以上に多くの民を守るのが役目である」と言われれば、恐らく彼女も何も言い返せない。なれど、身近に極々例外的な存在である竜人の女王――――守られる必要の無いと言わんばかりの圧倒的な力を持つ――――がいる為か、彼女と自身を比較して思い悩んでいるのだ。


 フラスカから連れてきた家臣や身の回りを世話する侍女も部屋から追い出し、一日中呆けたように思案に耽るだけの生活。


 当の比較対象本人は仕事で首都を離れているし、本来は大使として仕事をするべきなのだろう。


 実際、このままではいけないと思っているが、


「どうせ、私に出来ることなんてないもの」


 心の内で過る「役に立たないお荷物」や「そこに居るだけのお飾り王女」などの言葉と共に、自己嫌悪が勝ってどうしても動けずにいる。


 王族にしては平凡で自身にも突出した能力が無い事を理解し、その上で自分に出来る事を頑張ろうと思った矢先のこの事件は、アザリアの心を沈ませるには十分過ぎる物であった。


 結局、そうしてまた一日の半分を無為に過ごそうかとしていた時の事。突然部屋の扉をノックする音が聞こえ、アザリアは思わず肩を跳ねさせる。


「……誰?」


「私です、アザリア様」


 おもむろに開かれた扉の向こうから顔を出したのは、薄く灰色がかった髪に明るい赤の瞳と彼女も良く知る特徴の女性。ともすれば、もう少し髪が長ければ見間違えていたであろう、ルフレの従姉のフレイであった。


 迎賓館での応対はほぼフレイが行っており、数日とは言えアザリアも世話になった相手である。


「何の用かしら、呼んだ覚えはないわよ?」


「そうですね。ですが少しお話を、と思って来ました」


「話? 悪いけど今はそんな気分じゃないの、出直して来て頂戴……ってなんで勝手に入って来てるのよ!?」


 アザリアは不機嫌そうにフレイから視線を逸らすが、彼女は意に介す事もなく部屋へと進入。そのまま寝台へとやって来ると、アザリアの横へと腰を下ろした。


「侍女の方から聞きましたよ? 食事も全然取らずに、部屋へ閉じこもっていると」


「そ、それは……少し考え事があって……」


「考え事があったとしても、ご飯を食べないのは駄目ですっ。元気でません!」


「う……」


 そうして縫い止めるようにしっかりと目を合わせ、子供を叱るような声音で語りかける。対してアザリアは碌な反論も出来ずにたじろぐのみ。


 彼女はその様子を見て何を思ったか、白い髪を揺らしながら瞑目して溜息を吐いた。


「ふぅ……アザリア様が悩んでおいでなのは、きっと私の従妹(ルフレ)の事でしょう?」


「別に、あいつの事なんかじゃないわよ……」


「顔に書いてありますよ、図星だって」


「なっ……!? う、うるさいわね! 違うって言ってるでしょ!?」


 言葉に詰まりながら顔を真っ赤にして言い返すものの、その反応こそが当たりと言わんばかりに対面からは苦笑が返ってくるのみ。


「ふふっ……実はですね、あの()からアザリア様の事を任されてるんです」


「私の事を……?」


「ええ、確か『どうせ森での事で迷惑を掛けただのなんだのとウジウジ悩んでるだろうから、相談に乗ってやって欲しい』とか言ってましたよ」


「うっ…………だ、だから悩んでなんかいないわよ!」


 器用に声真似をするフレイに劣勢ながら、アザリアは尚も強情な態度で外方(そっぽ)を向いた。


「少し、我儘を言った割にちゃんと出来なかった事を反省してただけ……それだけ」


 ただ、心境を察されていた事や、それに対して相談役を残して行く辺りの周到さになんとも言えない気持ちのまま、次第に内に溜まっていた苦悩が表に出始める。


「本当は、自分の事は自分でしたかったのよ。でも、なんにも出来なかった。あいつに……ルフレに迷惑を掛けて、最後まで邪魔なお荷物でしかなかった」


「そうですね……あの娘はなんでも小器用にこなしちゃって、他人の事まで面倒見る余裕がありますからね」


「でも、全部面倒見るなんてお人好し過ぎるのよ……」


「ですが、内心は『なんでこんな事も出来ないんだろう』とか思ってますよ、多分。出来ない人の気持が分からないんです、天才は」


「うう……あり得るわ……」


 とうとう曝け出したアザリアの本音にフレイは否定こそせずとも、彼女の気持ちを傷つけないように相槌を打った。そして憶測に頭を抱え、あの女ならあり得ると二人して苦笑いを浮かべる。


「……ああいう人って、迷惑を掛けられた時に何も思わないから質が悪いんです。こっちからすると申し訳ないと思ってるのに、大したこと無いみたいな反応で片付けちゃいますからね」


「分かるわ! 私なんてずっと迷惑掛けっぱなしなのに、一回も本気で文句を言われた事ないもの! 無茶振りを涼しい顔でこなされた時なんてもう……! 次は本当に凄い無理難題でも突き付けてやろうかしらと思う程よ!」


 次第に話はルフレへの愚痴へと変わっていき、互いに声のトーンを数段上げながら白熱していく。


 ここに本人が居れば遺憾であろう話だが、二人の仲では共通とも言える話題の為に何方もそれに気付くことはない。寧ろ気付いた上で普段感じている不満を曝け出していると言った方がいいだろう。


「私だって、一応年上で姉みたいな立場なのに、全部負けてるんですよ!? 魔法も、学問も、剣術も……果ては料理だってあの娘のほうが上って! 本心を言えば、もう……ほんっとうに嫉妬してます! 自慢の従妹ですけど、やっぱり悔しいんです!」


「そうよ、私は悔しいの! いっつも守られてばっかで、何も役に立てないことが悔しいの! 強さが欲しい、あいつみたいに凄くなりたい!」


 そして、それは本心からの叫びだった。


 守られる者から守る者へ変わる分岐点とも言える、アザリアの偽り無き本当の言葉。間近で本物を見続け、憧れた少女の切望をようやく曝け出した。


「だからお願い、私に――――私に戦い方を教えて頂戴」


 最早何の迷いも無いアザリアの言葉に、フレイはただ無言で頷き返すのみ。幾度の焦燥と忸怩を味わった末の彼女の覚悟に、行動で以て応えようと言わんばかりに。




***




 緋の勇者リリエは牢獄へと赴く為、併設された軍の詰め所を訪れていた。


「――――よ、なんか最近カミルの様子が変なんだよなぁ」


「変って、何が変なのよ?」


「いやな、やけにぼーっとしてたかと思えば、急にふらっとどっかへ行っちまったり……あの戦いの時も一人でデボラさんの所に行ってたし……ちょっとおかしくねぇか?」


「言われてみれば彼、ここの所一人で何かしてる事は多いわね……後で話を聞いとくわ」


 元傭兵、及び寄せ集めの第三軍団が首都の警らに当たる周期のようで、中では彼の元Sランク冒険者、ゴットフリートとその部下たちが何やら相談事で盛り上がっている。


 人懐っこいリリエとしては彼らとも個人的な交友を持ちたいとは思うものの、今回の目的は別にある。話すのはまたの機会にしようと足を止めず、そのまま扉を潜って詰め所の更に奥へと進んでいく。


 次第に壁や天井の材質が丸石の冷たい雰囲気に変化し、奥に幾つか並んだ檻が姿を現すとリリエは足を止めた。


 その中で唯一、女性が枷で繋がれている檻を一度確かめるように見つめる。そして見張りの兵士に目で合図を送ると、檻の前へ立って小さく溜息を吐いた。


「あら、人類の守護者たる忌々しい勇者が、このわたくしに一体何の用でございましょうか?」


「尋問はかなりキツいと聞いておりましたが……意外と元気そうでありますな」


 檻の中の女性、二代目魔王"シス・グディール・ウィステリア"派閥のディエラは、リリエに気付くと憎々しげにそう言い放つ。


 現在までの尋問でディエラが吐いたのは、彼女がシスと呼ばれるかつての魔王を信奉する勢力の仲間だということ一つのみ。森の地下に存在した研究室との繋がりは否定しているものの、現在は存在しない筈の魔王に対する発言からしてほぼ黒であると国の上層部は決定づけていた。


「先程、貴公の処遇が決まったであります」


「ふぅん……縛り首? それとも火炙り? 水責めの末に死刑というのも有り得ますわね」


「いや、そのどれも違うでありますよ」


「ではもしかすると、貴女の手でわたくしの首を切ったりしますの?」


 憶測で自身の罪がどう裁かれるかをディエラが口にするが、リリエはその全てに首を横に振る。確かにその身体に刻まれた傷を見れば、余り良くない未来を想像するのも当然と言えた。


「死罪は無し、貴公の身柄は自分が責任を持って預かる事になったであります。生きて、その罪を償わせよ、と」


「……どういう事ですの?」


 ただ、返ってきた予想外の答えは、ディエラに胡乱な表情をさせるのみ。


 勇者の預かりになった事もだが、そもそも情状酌量の余地が無いと思っていただけに、死罪を免れたのは彼女としても予想し得ない最たる結果だろう。


「安易な死罪は何分自分も反対だったでありますし、英雄殿……ルフレ陛下の計らいが大きいでしょうな。捕虜として、利用価値があると考えたそうであります」


「そう、それはとんだ甘い考えですわね。折角の配慮に悪いですが、わたくしは捨て駒。利用価値などは無いに等しいですわ。いっそ殺して頂いた方が良かった、もうこの身には何も残っては無いのですから」


 諦観を籠めて吐き捨てるように放たれた言葉に、リリエの顔が少し歪む。


「死にたいだとか、殺して欲しいなど、そんな事を軽々しく口にするべきでは無いであります」


「あらあら、お説教ですの?」


「……そうでありますね、これはお説教です」


 そんな皮肉めいた言葉に、リリエは一度大きく息を吐いて表情を改めると肯定するように頷いた。


「自分は、誰かを斬ったことが無いであります」


「それで? 私はこう返せばいいのでしょうか? それは何故……と」


「……斬るのが怖いからであります、自分の手で誰かの命を奪うのが恐ろしい」


「そう言えば、あのゴブリンさん達も誰一人として斬っていませんでしたわね」


 少し震えた声で始まった話に、ディエラは意外にも興味を惹かれた。それが勇者の言葉であったからか、もしくは冷たい牢の中で久方ぶりにまともな会話が出来たからかもしれない。


「魔物であっても斬りたくないと思ってしまうのでありますから、勇者としては失格なのでしょうな。ですが、それでも自分は……誰も傷つけたくない、殺したくない」


「それはとんだ甘い考えですわね。勇者が魔物を斬らないのなら、貴女が守るべき人々はどうするのです?」


「出来れば、誰も死なせずに皆を守りたいと思っているであります。当然、それが甘い事も承知した上で……自分は勇者としての責務を全うしたい」


「ふぅん……で? 結局、何が言いたいのです? 貴女の信念なぞどうでもいいので、早く結論を言って下さいまし?」


 なれど、表面上は興味無さ気な素振りで冷たくあしらい、リリエに結論を早く言うように促す。彼女もそれを理解しているのか、一瞬間を置いたものの直ぐに続きの言葉を接いだ。


「勇者としては失格の自分でも、必要としてくれている人はいるであります。本当に無価値なものなんてこの世界の何処にも無いでありますよ」


「つまりわたくしにも人として尊い価値があって、それに希望を見出して生きろとでも言いたいのですか?」


「それは貴公がどう考えるかによるでしょう。自分はただ、安易に生きるか死ぬかの二択を選ぶべきではないと……そう思っただけなので」


 リリエは最後にそう言うと牢に背を向けて歩き始めた。


 足を踏み出し、一度だけ思い出したかのように振り向き、また何も言わずに視線を前へ戻す。そして、そんな姿を見送るディエラの表情は平坦ながら、何か言いたげな雰囲気を視線に纏わせていた。


「…………小娘が、誰にも必要とされない苦痛を知りもしない癖によくもまあ、言ってくれますわね」


 実際、独り言ちた言葉が冷たい牢の中で響く。なれど、返事なぞ無いまま、言いそびれた皮肉は誰に届く事も無いまま宙に吸い込まれ。尋問の時でさえ見せなかったような、酷く苦しげな彼女の横顔が薄明かりに照らされるのみだった……。

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