181.出れなくなりました
五層は起伏がなく直線が多いので、宣言した時間よりの半分で目標が見えてきた。
此方に背中を向ける男が三人、それに向かい合うように四体の大型の魔物が熾烈な戦いを繰り広げている。どうやら誰もリタイアしていないらしいし、それどころかトロルを一体倒しているようだ。
余談だが、よく考えれば魔力感知に引っかかった時点で、こちらも襲われていた事を把握しておくべきだった。それを気付けず、真っ先に手前のユーリに意識が行ってたらしい。こういう部分ではまだ、並列演算を活用しきれていないと思い知らされるなぁ……。
「降ろすぞ、私はこのまま行く」
「ちょ!?」
トロルまであと数メートルというところでユーリを怪我させないように放り投げると、私は逆手に剣の柄を握る。
「流雲の暗夜、微光かく照世――――《孤月流抜刀術 鏡月》」
そのまま冒険者三人の隙間を縫ってトロルへと肉薄すると、右から左へと薙ぐように抜刀。一振りで四体の首と胴体を泣き別れにした。
剣速だけであらゆる物を切り裂く力技故に、衝撃が肉体を貫通して壁にも亀裂が走る。
孤月流はこうして剣や建物を壊したりするから余り好きではないが、敵を屠るには最も合理的な剣術と言えるだろう。この流派の始祖は剣神の弟子だったらしいし、そういう部分では細かい部分は神鉄流と違えど、動きの根底は似ている部分もあって応用が効くしな。
「……無事か?」
転がっている魔石を拾い上げつつ私が尋ねると、背後に立つ三人は無言で顔を上下させた。
信じられないものを見た、というか実際「夢か……?」と呟いている奴もいる程なので、彼らがどれだけ絶望的な状況にいたかが良く分かる。
「た、助かった……ありがとう……」
「別に助けた訳じゃない。偶々進路上にお前たちがいた、それだけだ」
「師匠っ!!」
「おいユーリ、まさか、お前が助けを……?」
師匠と呼ばれた男は駆け寄るユーリと私とを交互に見つつ、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「馬鹿野郎……逃げろつったのによぉ……」
「ご、ごめん……でも、師匠たちを見捨てるなんて俺には出来なかった……」
「ガキのくせに格好つけやがって、見習いは自分の身の安全だけ考えてりゃいいんだよ……つってもまあ、今回はお手柄だ。よく助けを呼んできてくれた。感謝するぜ」
「へへ……!」
再会を喜び合う彼らを横目に、私は今しがた拾った魔石を見て小さく息を吐く。出現しない筈の魔物と、転移によってやって来た私。これらを関連付けることは出来ないが、明らかに何か良くないことが起ころうとしているのは明白だ。
魔王の宝物庫を探しに来たという当初の目的は忘れていないものの、一先ずはこのダンジョンに起きた異変――――その原因を突き止めることにしよう。
アキトも拾って帰らねばならないし、最奥まで行って帰るのと足労はさして変わらない。
「ところで、あんたは一体何者だ?」
「……別に大した者じゃない、単なる通りすがりの冒険者だ」
「いやいや、そんだけ強いって事はこの辺りでも名のある冒険者……」
一頻り喜びあったのか、リーダーであろう……確かアレックスという名の男は私にそう問うた。なれど、完全に振り向いた私を見て段々と語気を弱め、最後には音も出せずに口を上下させるのみになってしまう。
「……子供?」
そして、自身の胸元辺りまでしか無い私の姿を見て呟いた。「こんなちんちくりんが、今自分たちを助けた相手なのか?」なんて、ありありと顔に書いてあるのが見える。
「子供に見えようがなんだろうが、お前が瞬きしている間にその間抜けな顔を首から斬り落とす事は容易だ。早死したくなければ外見で人を判断しないことだな」
「あ、ああ……悪い。あんまりちっこいもんだからよぉ、うちの姪っ子とどっこいどっこいってところだし……」
当時、確かこんな口調だったような……と思い出しながら、そんなアレックスの失礼な態度に釘を刺す。五年前は相当荒れていたので、他者に対する当たりも結構辛辣だった思い出がある。そう考えると最近は随分と丸くなったものだ。
「俺はアレックス、あんたの名前は? さっきの腕を見るに、相当な使い手と見受けるが……」
「……ルフレだ、別に覚えなくてもいい」
「ルフレ? どっかで聞き覚えがあるような……無いような……」
「ルフレなんて名前はありふれている、恐らく同名の別人だろう」
記憶を探るように顎を擦るアレックスにそう言うと、私は背を向けて階段を降り始める。
「私はもう行く、お前たちは地上へ戻って組合に報告でもしていろ。その実力でここに留まるのは馬鹿のすることだ」
一度襲われたが、もう上階に彼らを脅かす魔物の反応はない。ここで引き返せば安全に帰れるだろうし、これ以上面倒を見る必要も無いだろう。というか、そろそろアキトやメイビスたちと合流しないと、心配だ。
「待てよ、あんたはどうするつもりだ? 自分で言ったように今このダンジョンは何かおかしいんだぞ。この先はもっとヤバいかもしれない」
「この程度で引き返す程柔じゃないんでな。最奥にでも行って、その異変とやらも突き止めてやる」
「お、おい――――」
冒険者としては市井の安寧を脅かす異変や異常は見過ごせない。私たちは勇気ある開拓者であると同時に、人々を魔物の脅威から守護するのも仕事だからだ。
ダンジョン内の魔物が外へ溢れるなんて事象は目にした無いが、実際に「ゴブリンが階層を無視して追ってきた」という、ユーリの話を聞けばその可能性だってあり得る。縁もない国の問題とは言え、課せられた責務を果たすのが私のポリシー。
お節介が過ぎるとは思うものの、私とはそういう生き物なのだ。
と、
「チッ……、俺達の他にも冒険者がいやがった!! おい、お前ら!」
引き留めようとする声を無視して歩き出した瞬間のこと。背後からまた別の男の呼びかけが聞こえ、思わず足を止める。
「まずい事になった! ダンジョンの入り口が塞がってて地上に出れないんだ!」
「なんだと!?」
アレックスらとはまた別のパーティーなのだろう、冒険者の一行がそう告げながら此方に駆け寄って来た。というか、ダンジョンの入り口が塞がったって、それはかなりやばいのではないか……? もしかして閉じ込められた?
「そりゃ一体どういうことだ、入り口が塞がったって蓋でもされちまったのか?」
「違う、入り口が消えたんだよ! 最初からそんなもの無かったように、全部壁になってる!」
叫ぶ冒険者にアレックスは困惑の表情を浮かべる。
私はそんな彼らを横目に壁を見やり――――先程付けた筈の――――刀傷が、綺麗に消え失せているのを確認して息を吐いた。
彼らの言葉を信じるのならば、最早ここから脱出する手段は無いに等しい。
ダンジョンは外部に面している壁や天井、その他階段などは謎の力によって破壊が出来なくなっている。仮に傷を付けたとて、上述の通り数秒後には修復されて無くなってしまう。どれだけ頑張ろうと、正規の出入り口以外からは絶対に脱出が不可能となっているのが迷宮たる由縁なのだ。
「じゃあ、ここから出られないってことかよ!?」
「それはまずいな。 このままジッとしてても助けは来ないし、暫くしたらまた魔物が湧く可能性があるぞ……」
「ああ、正直トロルだけでも厳しかったのに、もしそれ以上に強い魔物が出ればそこで終わりだ……」
「そんな……俺たちここで死ぬのか!?」
アレックスの仲間は口々にそう言いあい、悔しげに俯いたり壁に拳を叩きつけている。
「くそったれ……一体どうすれば……」
先程はトロルだったが為になんとか耐えれていたが、もし亜竜や本物の竜種が湧けばこの面子だと恐らくどうしようもないだろう。
そんな彼らの絶望的な雰囲気を察したのか、この事を知らせてくれたパーティーにも悲壮感が漂い始めた。特にユーリは初めて潜ったダンジョンでこの異常事態が起きた為か、完全に参っているらしい。
「…………分かった、不服だが仕方がない。お前達は私が守ろう」
「何?」
「その代わりここにいる全員、最奥まで付いてきて貰うからな。私はそこに用があるんだ」
「待て待て! 勝手に話を進めてるけどよぉ、お嬢ちゃんが俺たちを守るってそれ本気で言ってるのか? 」
「あ、おい……いや、この子はな……」
私の提案に対し反論をする冒険者と、間に割って入るアレックス。
「装備はまあ……上等そうだ。しかし、戦えるようには見えねえぞ。見栄を張るのもいいが、金持ちの道楽と本職じゃ差ってもんが――――」
相手方は先程の戦闘を見ていないせいか、どうやら私を世間知らずで装備だけ立派な金持ちの道楽娘と勘違いしているらしい。背丈で言えば成人前の娘と同じかそれ以下の私を見れば侮りたい気持ちは分かるものの、こちらとて伊達や酔狂で冒険者をやっているわけではないのだ。
まあ、道楽というのはあながち間違いでもないけどね……。
「成程、私で不足というのならお前達はそれ以上に強い、つまり自分の身は自分で守れるわけだ」
「――――き、金の冒険者証!?」
首にかけた冒険者証を持ち上げてそう言うと、先程まで胡乱気に私を見ていた冒険者の顔色が変わる。大陸に三十人、それも私の冒険者証には組合が定めた暫定Sランク昇格の印まで押されているのだから当然。
(……丁度先日昇格の通知が来ていて助かったな)
「ま、待て……"ルフレ"って名前はどっかで聞き覚えがあったと思ったが……思い出したぞ! この白髪に黒地の仮面、それに金証保持の冒険者なんて奴は、一人しかいねえよな……!?」
「まさか、この子供があの噂の白い悪魔……灰の英雄ッ!?」
「は、初めて見た……本物だ……怖えぇ……!!」
冒険者証を見てようやく正体に行き着いたのか、彼らは愕然とした様子で口々にそう言い合う。此方でもその名が知れ渡っているのは、些か複雑ではあるが……。
まあ、お陰で私の提案を受け入れてくれそうな雰囲気になったので良しとしよう。