179.はじまりの遺跡
廃墟と化した魔王城内を探索すること凡そ一時間弱。
城の内部構造自体は他の国々で見てきた物と大差なく、特に目ぼしいものは見当たらなかった。
唯一書庫らしき部屋にて、過去の文献や魔法に関する書物が一部見つかった事は個人的には嬉しい収穫物である。軽く読んで見たところ、古代魔法に関する記述もあったので持ち帰って研究することにした。
さてさて、それでは今回の目的である宝物庫の場所だが……。
玉座の間にて魔王の座っていたであろうそれの後ろに、隠し階段らしきものがあるのをアキトが発見した。どうやら石畳をずらせる仕組みになっているようで、そこから地下へ降りるらしい。
幅はなんとか大人一人が通れる程度で、通路の奥から来ている風の流れから相当な長さがあるようだ。四人で互いに顔を見合わせて順番に階段を下り始めると、更にその地下空間の異質さが浮き彫りになる。
感覚の鋭敏な私だから分かるが――――広大な地下特有の音の響き方といい――――これは考えを改めたほうがいいのかもしれない。宝物庫が一体どこに在るのか、どこまで行けばたどり着くのかすら見当がつかないのだ。
「先が見えないな、どこまで続いてるんだ……?」
「……もしかすると、この都市全体の可能性すらある」
「それって、地下にもう一つ街があるようなものですよね?!」
思わず声を張るアキトの気持ちも言葉も尤も、実際に地下都市と言って差し支えない物が広がっている可能性はある。
そうして再び進むこと暫く。下り階段は終わりを見せ、今度は地下通路が姿を現した。先程までの狭い横幅とは違い、人が三人程通れるスペースがある。加えて、最初に到着した私が地へ足を着けた瞬間、壁に掛けられた松明へと火が灯った。
「……成程な」
恐らくここから本当の宝物庫への道なのだろう。
松明により大分明るくなったことで歩調も早まり、足早に通路を更に前進。
石を積んで作られた通路の代わり映えしない景色に辟易しつつも、時折曲がり角や階段などを挟んで三十分程経った頃だろうか。突然、それまで人工的に作られていた通路の様子が変化した。
「洞窟?」
「あの扉、まさか……」
ある場所を境に人工の石畳から鍾乳石の交じる洞窟になっており、あからさまに広い空間へと出たのだ。
視界の先には特徴的な木の両扉、その目の前には二人分の骸が転がっている。まるで何かの入り口、やって来た客を迎える為の玄関のような佇まいに全員が思わず立ち止まった。
「それにこの魔力は……そうだ、これは……迷宮だ」
「……ダンジョン? ここって魔王城の地下ですよね? そんなところにダンジョンですか!?」
突然の景色の変貌、一定の法則によって紋様の描かれた扉は人工物との境に生まれたダンジョンによく見られる光景である。かくいう私も一度これと似た物を見ているし、間違いは無い。恐らくは何かしらの理由があって、魔王の宝物庫が迷宮と化してしまったのだろう。
曖昧な存在であるダンジョンは、一説によれば生物であると言われている。人間の欲望を理解しており、財宝を餌におびき寄せてダンジョンの中で命を奪い、養分にすると。
「どうやら魔王のお宝を核にダンジョンが生まれたらしい。全くもって不思議な現象だな」
「……つまり、ここが宝物庫で確定。奥にはお宝沢山」
「そう考えるとまあ……心配事は一つ消えたってわけか」
そう言ったジンは、誰のかもわからない亡骸の前でしゃがみ込んで両手を合わせた。仏様に対していい心掛けとは思うが、その死体はなにか不穏なものを感じる。
単なるダンジョンであれば、生き物が死ねば骨も残らず取り込まれる筈。それが未だ遺骨があるということは、今私達のいる場所がまだダンジョンでは無いか、もしくはあれがアンデッド系の魔物の可能性があるのだ。
しかし、あれ程接近しても動く素振りを見せないということは前者。扉の先からダンジョンということだろうか……?
「お、おい扉が!!」
と、そんな疑問がよぎると同時に、誰も触れていない筈の扉が徐に開き始めた。
「誘っているのか……?」
「みたい、行くしか無い」
それでも元よりこの程度のイレギュラーで帰るつもりは毛頭無い。私は一度深呼吸をしてから扉の先へ足を踏み入れ、全員がその先の部屋へと移動する。が、見事に先程と似たような部屋が広がっており、通路は行き止まり。
「どういうことだ、こりゃ」
「道が無い」
唯一、足元に一定の法則で刻まれた"溝"があり、部屋内にはある種の"魔力"が満ちているという違い以外は、単なる小部屋以外に目立つ箇所が無いのだ。
「いや待て、これはなんだか嫌な予感がするぞ……」
「き、奇遇ですね。僕もデジャヴを感じます……」
その異常に私は過去の記憶から似たような魔力を浴びた事を思い出し、次に地面に走る溝が丁度この部屋を囲むような円形に出来ていることに気付いた。"何もない"という異常から、ここが"何かをする為の部屋である"という事実に行き着けば、自ずと答えは出る。
《――――資格有す者、試練を踏破せよ》
「な、なんだっ!?」
「地面が光って……!?」
部屋に響く声と発行する地面に慌てるラゼルとジン。対してやけに落ち着いたメイビスと私、更にアキトは別の意味で冷静なまま、この地面に彫られた魔法陣の正体を理解した。
「……転移魔法陣、それも乱数の設定された無作為転移」
「やれやれ、まーたこういう奴か」
「なんか前もこんな事ありませんでした? 僕らこういう目に遭うの多すぎません?」
呆れと諦めの混じった表情でそう呟くと、以前メイビスに強制転移させられた時のような意識の離脱が始まる。この手の魔法は使用者の意思によってある程度抵抗されるので、強制させるということは意識を失わせる事を意味するのだ。
黒色では無い眩いばかりの閃光が部屋を満たして行き、肉体と精神がどこかへ飛ばされるのを感じながら内心で軽く反省をする。侵入者用の罠があると警戒していたのだし、一度部屋内をアキトに見てもらうべきだったと。
かくして私は遅すぎる反省と後悔の中、人生で三度目となるランダム転移をするのだった。
***
冒険者となれば、一度はダンジョンへ潜る事に憧れる。
最奥で財宝を見つけて一攫千金を成した英雄の話は有名過ぎる程有名で、最近の若手の中ではダンジョン攻略こそが冒険者の花形と謳われる程に盛り上がりを見せていた。特に開拓未開拓問わず、ダンジョンを踏破することは一種のステータスとされ、そこで初めて一人前という暗黙のルールすら生まれている地域すら在る。
ダンジョンというのは通常の卵生胎生で生まれてくるのとは違い、魔石により肉体を構築した魔物がひしめき合う魔境。生半可な腕では浅い層で細々と魔石を狩る事しか叶わない。
しかし、無理をしてでも深い層まで潜り、命を落とす冒険者が後を絶たないのだから恐ろしい話である。それほどまでに得られる恩恵は大きく、危険であってもそこへ飛び込んでしまう魅力がダンジョンにはあった。
此処にいるユーリという少年はその例に漏れず、ダンジョンへの憧れの為に冒険者となった内の一人。
十三歳で村を飛び出し、二年間熟練冒険者の雑用をしながらその力を磨いてきた。
彼を拾った冒険者はCランクと中堅所としては相当な実力者であり、ユーリ自身が逸って死なぬようにと敢えて雑用を押し付け、その間に冒険者としての常識を教えるような配慮をしてくれる良き師でもある。
普通、生きるために必要な知識は経験して学び、その際に運が悪ければ死ぬのが冒険者だ。それを上の人間から死なぬようにと手取り足取り教えて貰い、危険のないようにと面倒を見て貰えていることは非常に幸運と言えるだろう。
ユーリ自身、その事には感謝しており、師として優秀な男を尊敬もしていた。
だが、現実とは残酷なもの。
どれだけ経験を積んでいようとも、危険を察知出来ようとも死ぬときは死ぬ。冒険者とはそういう職業であり、皆が覚悟して日々戦っているものだとユーリは思い知らされることになる……。
「――――ここは俺達が食い止める! 役立たずは早く逃げろ!」
「師匠!?」
「いいから早くしろユーリ! お前じゃ荷が重いつってんだよ!」
二年目にして実戦経験を積むために初めて潜ったダンジョン、そこで想定外の自体が起きた。
ここは下へ下へと続く地下迷宮型で、とある金等級冒険者が一度最奥まで踏破済み。マッピングもされており、出現する魔物も低危険度で固定化された初心者向けのダンジョンの筈だったのだ。
実際、十層からなる中の比較的浅い四層までは何事もなく順調に探索が進んでいる。異常が起きたのはそこから先。六層に向かう階段を視界に捉えた辺りで、このダンジョンには本来出現しない筈のトロルが姿を現したのだ。
「ぐっ……!」
「不味いぞアレックス、こいつらは単体でもCランクだ、それが五体ともなると俺達じゃどうしようも無い!」
「そんなことは百も承知だ! だが今は目の前の敵に集中しろ、反省会ならあの世で幾らでもやってやるよ!」
ユーリの師であるアレックスとそのパーティメンバー。魔道士と斥候を含めた三人は、出現したトロル五体に対してなんとか死者を出さずに耐えることが出来ていた。
なれど、それも最初の内だけ。
その巨体を駆使して襲ってくるトロル相手に、パーティー単位で上銀等級の彼らは次第に劣勢に追い込まれ、苦渋の決断で見習いのユーリだけを逃がすことを選択した。
「いつまでボサッと立ってやがる! 行け! 行ってお前が組合にこの事態を伝えるんだよ!」
アレックスの怒号に、ユーリは半泣きになりながらも踵を返して来た道を走り出す。そして、それを守る為、アレックスたちは道を塞ぐようにトロルに立ちはだかった。
とは言え、ここから地上まではまた四層分の距離を移動しなければならないだろう。
道中で魔物と出くわせば一巻の終わり。優れた斥候であれば身を隠しながら到達することも可能だが、新米のユーリはそのような技能を当然持ち合わせていない。このパーティー以外にも、前後に潜っていた冒険者がいる事だけが唯一の救いか。それでも助命を請うたところで彼らが了承する可能性が低いのは確かである。
冒険者とは自己責任の世界である。
中には助けたいと思う者もいるだろうが、皆自分の生活が掛かっているのだ。赤の他人と自分の命を天秤に掛ければ、前者に傾く物は少ない。
ユーリはそんな絶望的な思考を頭から追いやり、階段へと続く広間を駆け抜ける。
見晴らしがいい為か何匹かの魔物が反応したが一々構っている余裕はなく、後ろから攻撃されるリスクも理解して走る足を緩めずに階段を上がり始めた。
ダンジョンの魔物は徘徊する階層とそれを繋ぐ階段の中腹までしか追ってこないという習性がある。恐らくこのまま振り切れるだろうと、そういう考えもあっての行動だった。
が、しかし。
「なん……で、追ってくるんだよぉ!?」
階段の終わりが見え始めた頃になっても、背後から迫る子鬼は追走をやめようとはしない。先程のトロル出現といいこれは明らかな異常であり、ダンジョンに何か起きている証明でもある。ユーリにそんな事を気にかけている余裕は無いが、組合に報告すればたちまちの内に大騒ぎになるだろう。
特級の依頼として大陸に十五人しかいないSランクが動く可能性すらある。
ここでユーリが死ねば組合への連絡が遅れ、必要のない被害が出る可能性があった。故に、単なる情だけではなく、そういった意味合いでもアレックスはユーリ一人を逃したのだ。
「――――ッ!」
それでも、彼が逃げ切れるという保証は無い。
目の前の物陰から新たにトロルが二体姿を現したことで、ユーリは声も出せずに目を見開く。背中を追うゴブリンに、眼前に立ちはだかるトロル。人一倍努力しているとは言え非才の身では、どうやってもこの局面を乗り切れる筈がなかった。
「俺、死ぬのか」
そう呟いた途端、本当の意味で死が間近にある事を理解した。理想と掛け離れたどうしようもない現実を目の当たりにした。力の無い者の見る憧れがどれ程愚かなのかをその身で感じた。冒険者という過酷な職業の一面を、ようやく垣間見た気がした。
だが、同時に目の前で起きている事だけは、ユーリの想像を遥かに超えて度し難いものだった。
「なっ……えっ……!?」
行く手を阻むように立っていた二体のトロル、その片割れの胸元から尖った刃のようなもの――――否、見紛いようもなく剣の刀身――――が生える。胸を貫かれたトロルはそのまま姿勢の制御を崩して前のめりに倒れ伏し、肉体を崩壊させて大ぶりな魔石だけが其処に残された。
「――――成程、やっぱりここはダンジョンで間違い無さそうだな」
しかして、魔窟には似つかわしく無い可憐な声音がユーリの耳朶に届き、その視線を前方へ釘付けにする。遮るものが無くなって初めて気付いたが、其処には何者かが立っていた。
「……」
この事態の連続に最早絶句する以外にない。
何故かユーリの目の前には、まるで悪魔の面貌を模した奇抜な仮面を着けた……一人の少女が居たのだ。