178.廃都で宝探し
古くから魔王の領土として存在する森の最北。其処にはまるで時を止めたかのように、営みの全てが失われた都市がある。
その名をティルトヤ、嘗て初代魔王から二代目魔王までが君臨した魔人たちの楽園。
文献も殆ど残っておらず詳細は不明だが、凡そ数十万の人々が暮らしていた黄金都市は今や灰色の中にある。長い年月を経て建物は老朽化し、埃と瓦礫に塗れた遺跡と言っても差し支えのない具合だとか。
「だとか……じゃなくて本当に遺跡だろこれ」
「遷都したのが二百年前らしいからまあ、想像通りじゃないか?」
廃都を見下ろせる丘の上で、ジンは半目になってぼやく。その隣にはラゼルとアキト、私の後ろにメイビスと面子は少数……だが、今回は余り大勢で来ても意味が無い。
さて、何故ティルトヤへやって来たかと言えば、エンデからの依頼で魔剣を打つ為の材料として希少な金属を探しに来たのだ。普通は秘境の鉱脈を掘ったりするらしいけども、そんな時間も掛けたくないのでウェスタリカの知恵袋であるシシドに頼ったところ、廃都の旧魔王城という単語が挙がった。
翁の話によれば、旧魔王城の宝物庫にはそういった貴重な金品が眠っている可能性が高いとか。当時は希少金属自体が資産となり得たので、ちゃんと素材のままで残っている可能性もある。加工品でも一応なんとかなると言っていたし、その辺りは然程気にしてはいない。
「俺は未だに宝物庫に物が残ってるっつー方がびっくりだけどな」
「それがな、宝物庫がある事は分かってるんだが……魔王以外に誰も詳細な場所を知らないらしくて、未だに手付かずなんだと」
「隠し財宝、いわば魔王のへそくり」
「その言い方はちょっとお宝の価値が下がるのでやめてくれませんかね……?」
まあ……メイビスの言う通り隠し財宝で間違いはなく、シシドもマシラも大雑把に魔王城の地下にあるだろうと進言してくれた。
「魔王の隠した財宝を求めて迷宮へ潜る……なんてお伽噺もあったか。まさか本当にそれを実践するとは思わなかったぜ」
「でもこういう探検ってちょっとワクワクしません? 早く行きましょうよ!」
「あ、因みにこの辺りの魔物の討伐難度は下限でもDはあるから気をつけてな、アキトは私から離れるんじゃないぞ?」
「うわぁ……やっぱりそういう感じなんじゃないですかぁ……」
丘を迂回して降りながら肩を落とすアキトに、一同は苦笑を漏らす。
実際、これが単なる宝探しなら良かったものの、人の居なくなった廃都には魔物も住み着いているらしい。
地下ともなるとアンデッド系のエネミーも湧いている可能性がある為、今回は閉所での戦闘に優れるジンとラゼルを同行させている。アキトはといえば、彼にはスキルを用いて宝物庫に鍵が掛かっていた場合解錠する役回りの為に連れてきた。
ホメロスは別件で国を離れているし、ゲッツのスキルは狭い場所だと危険なので必然的にこの面子という訳である。まあ……メイビスは前回お留守番だったので、今度は連れて来ないと拗ねそうだったので渋々だが。
そんな事を思案しつつも、都市の入り口であったのだろう門の残骸を潜る。
すると、私達を察知したのか瓦礫の陰から早速何かが這い出てきた。
「おい、出迎えが来たみたいだぜ。泥人とはまた懐かしい魔物だ」
「歓迎にしては少し剣呑だがな」
それは人の姿ながら全身から泥を滴らせ、流動的な下半身で移動する異形。特に人気の無いこうした廃墟に好んで棲み、冒険者からは泥人と呼ばれるそれなりに強い魔物だ。
今、私達の目の前にいるのは五体。討伐難度はDランクだが、この数であれば中堅どころからやや下程度のパーティーだと全滅する可能性すらあるだろう。
「コイツらは火に弱いから適当に熱して固めてしまえばいい。メイビス、頼めるか?」
「……ん、分かった」
メイビスは私の問いかけに頷くと、直ぐに掌へ球状の火を生み出してスワンプマンへ放った。
「ォォオ……ッ!」
魔法に長ける彼女がこの程度を外す訳もなく、火球は先頭を這っていた一体に直撃。スワンプマンは熱されて皮膚が固まってしまい、無理に動こうとした為にその場で体が崩壊してしまう。
「造作もない、全部私に任せて」
そう言って続けざまに今度は四つの火球を背後へと作り、その全てを同時に別々の方向へ放ってスワンプマンは全滅。辺りには乾燥した土塊が五つ転がるのみで、再び場に静寂が戻った。
しかし……火球は簡単な魔法だが、五つ同時に別の動作を行わせるというのは意外と難しい。それを事も無げにやってしまう辺り、やはりメイビスは頼りになるな。
「どう?」
「どうって何が? 敵は倒したんだし、早く行くぞ?」
「……む、もういい」
ま、口にすると調子に乗るから本人には言わないけど。
そうして進むこと暫く、時折現れる魔物は基本メイビスとラゼルが駆除して危なげなく廃都の中心に到着。途中、まだこの世界の言語に疎いラゼルへアキトが言葉を教えたりと、それなりに和気藹々と久方ぶりに心の休まる時間も過ごせた。
余談だが、ラゼルのことはジンやメイビスなどの現地人に対しては"ヒト種に近しい価値観や思考を持つゴブリン"と説明しており、特にゲッツなんかは彼を珍獣扱いしてからかったりと比較的仲良くしている。
しかし……やはりこうして冒険している時が一番落ち着くと言うか、身分や立場に関係なく仲間と過ごす時間は大事なのだと改めて実感する。度々休みを取っては何も柵に囚われない旅に出たいものだ。
まあ、王としている限り、中々そういった機会は作れないだろうが。
かくして、そんな穏やかな時間も終わりを告げ、我々の目の前に現れたのは旧魔王城。
ファンタジーRPGプレイヤーの期待を裏切らない古風な建築様式で、非常に雰囲気のある趣で都市の真ん中へ鎮座している。間近で見るとやはり迫力は段違いであり、今にも中から恐ろしい魔王が顔を覗かせそうな威容に思わず息を呑む程。
「これが魔王城か、なんかおどろおどろしいぜ……」
「滅茶苦茶大きいですね……ボロボロだけど」
「いや、ドラクエじゃんこれ……」
口々に感想を溢す三人を横目に、私は一人で入り口であろう大門へと向かう。これも大分錆びついているようだが、押せばどうにか大人一人くらいは通れる隙間を作ることが出来そうだ。
「中はどうなっているか分からない、ここからは少し気を引き締めて行くぞ」
そう言って力を籠めて壁のようなそれを押せば、数百年沈黙を守り続けた大門は耳障りな金属音と共に開かれた。
少し露わになった城内は、外の光を取り込んで尚ほぼ真っ暗。その全容を把握することは叶わず、ただ無限に広がる闇がその大口を開け、私達を迎え入れようとしているかのよう。不安と言うには少々具体的過ぎる悪寒が背筋を走り、私は中に入るのを躊躇してジン達へ振り向いた。
されど、
「……今、明らかに嫌な空気が流れ出てきたな」
「気配がする。よく分からない"ナニ"かの気配、それに視線。多分、ルフレが扉を開けた事に気付いてた」
「ぼ、僕も感じました……城に棲み着いた魔物でしょうか……?」
「っべえな……。見てコレ、凄い鳥肌立っちゃったよ……」
それは私だけが感じた物ではなかったらしい。
確かにメイビスの言った通り一瞬何かに見られたような感じはした。明らかに意思を持った何かの視線だが、どこからかは一切分からないのが余計に恐怖感を煽る。
ただ、ここでまごついて居ても仕方ないのも事実。
得体のしれない何かがいるとして、それが実体を持つ化け物であれば私が幾らでも殺してやればいい。そう内心で自分を鼓舞し、大股で城の中へと一歩踏み込んだ。
「……灯魔火」
火の魔法で明かりをつけると、闇の中にその寂れた光景が映し出される。
城の中は外以上に廃れきっており、二階へと続く階段の半ばから崩壊していたりと中々に廃墟らしい佇まいだ。雰囲気があるというか、そういうものが出てもおかしく無いような空気を感じる。
「あの……ルフレさん」
「……なに?」
そんな中、私の前を歩くアキトが、呆れたような声音で声を掛けてきた。
「どうして僕の服の裾を掴んでるんでしょうか……」
「それはお前、こんなに暗いんだからはぐれないようにだよ。わかるだろ?」
「確かにそうですけど、にしてもこんなにくっつかなくてもいいんじゃ……もしかして、暗いの怖いんですか?」
「そ……そんなわけないだろ。単に私がお前を守れる位置にいないと駄目だと思っての事だ」
全く、人をなんだと思っているのか……。
別に極端に暗いのが怖いとか、そういうわけではないのだ。暗闇の物陰にありもしない気配を感じ「もしかするとそこに誰かいるかも」とか想像が膨らんで勝手に怖くなったりは……多少無いとも言えないが、別にこの行動に他意はない。
「……怖いんですね」
「うぐ……」
他意は無い、これは仕方ないことである。
精神的なダメージに耐性をつけるスキルを持っているとはいえ、それは外部からの干渉に限ったものだ。私自身の心の中で生まれた純粋な恐怖心などは対象にならないので、妄想だけでこうなることもあったりしてしまう。
つまり、考えることの出来る生き物故の性、別に私が特別怖がりなのではない!




