177.魔剣、製作開始
あれから数日、良くも悪くも何も起こる事無く日々は過ぎていた。
墓荒らしの足取りは依然として掴めないままで、それ以降あちらからのアクションは無いままである。そしてもう一つ、新たにラゼルと彼の率いるゴブリン達がこの国の仲間入りを果した。ラゼル特有のカリスマかスキルの力かは不明だが、従来の魔物よりも高い知能と人語を理解して社会生活に溶け込むゴブリンは非常に興味深い。
私も私で仕事をしつつも努めて平常通りに生活をしている。
今は一日休みを取ったのでエンデの鍛冶工房へ赴くところであり、いよいよ雑事に追われて保留にしていた魔剣作りを始めるつもりだ。
明確にこの国を狙う敵がいるというのなら、いつまでも得物を失ったままなのは良くない。ここらで一気に戦力強化と行きたいし、私以外の者にも武具を製作して貰うのもありだろう。……とは言っても、ドワーフが如何にして魔剣を作るのか、どのような基準を満たせばそう呼ばれる程の武器が出来るのかは一切不明だ。
意気揚々と宣言していたが、果たしてエンデが実際に魔剣を作れる技量を持つかどうかも定かではない。
「まあ、信じてみないことには始まらないか……」
そう独り言ち、工房のドアベルを鳴らして潜れば、中からは熱気と共に腹の底に響くような笑い声が出迎える。
「ガッハッハ! まさかお前さんがこんなところで工房をやってるとはな!」
「それを言うなら兄弟、おめぇだって態々新しい組合の工房に出向されられたって話じゃねえか!」
そんな会話が――――店としての体裁を作る為に誂えた――――カウンターの前で二人のドワーフから聞こえ、次いでエンデでは無い方の男に見覚えがある事に気づいた。
「お、来なすったか盟主サマ。ちと昔の知り合いと再会してな、話し込んでたところだ」
私に気付いたエンデに声を掛けられて近付くと、もう一人のドワーフも此方に振り向く。
「ああ、あんたが噂に聞いてたこの国の王……って、おいおいおい! そ、その顔………!?」
そうして、その髭面に驚嘆の色を浮かべながら私の目の前までやって来ると、頭頂部から爪先まで視線を二往復。暫しの間を置いてから一歩後ずさり、
「あんた、まさかエイジスさんとこの嬢ちゃんじゃあねえか!?」
「久しぶりだな、マルロッデさん。健勝そうでなによりだ」
嘗て"私の愛刀を打った男"は建物を震わせるような声で叫んだ。
紅蓮刀の製作者であり、ルヴィスの組合工房にて随一の腕を持っていたマルロッデ・ロックベル。彼がここにいる理由は先程の会話で大方想像が着くが、まさかエンデと知り合いだったとは。思わぬところで人脈とは繋がっているものらしい。
「なんでい? 二人は知り合いなのか?」
「知り合いも何も、この嬢……いや女王様の師匠とは長い付き合いでよお!」
「マルロッデさんは私が初めて持った剣を打ってくれた鍛冶師なんだ、そんなに畏まらないでくれ」
「ほう、初物をねぇ……? そりゃ名誉なこった。なにせ今じゃ、この大陸で名を知らねえ奴はいねえって程の剣客だかんな! だろ、灰の魔剣士様よ?」
そう言ってエンデはマルロッデの肩を叩き、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「は、灰の魔剣士……まさかあの英雄が嬢ちゃんで、しかも女王様……なんという……」
対して声を掛けられた側は若干放心状態のまま、ブツブツと何事か呟いていた。
まあ、彼も事件当時はアルトロンドにいた事だろうしその名は知っていて当然だろう。しかしそれがイコールでウェスタリカの王と言われたから、恐らく情報を処理しきれていないのだ。
と、
「なんだか色々と驚きだが、これも剣の神が導いた運命なのかねぇ……エイジスさんの言ってたことがなんとなく分かった気がするわい」
「師匠が?」
マルロッデは次第にその表情を感慨に変えながら師匠の名前を出した。
「ああ、もう時効だろうから言うけども、エイジスさんは嬢ちゃんが大成すると予見していたんだわ。当時『純粋な力で言えば恐らく既に俺よりも強い、将来どうなるか怖いくらいだ』とな」
「そんな事を言ってたのか……」
死ぬほどしごかれたあの鬼のような師の本音を初めて聞いて、私は思わず目を伏す。なんだかんだ言っても認めてくれていた事や、絶対的な壁のように感じていた人間をとっくに超えていた事を含めて、なんとも複雑な気持ちだ。
「ところで、儂の打った刀はまだ使ってるか? 今提げているそれは別の剣だろう?」
「あー……それが実は……」
帯剣している鋼の細剣を指して尋ねたマルロッデに、なんとなく申し訳ないという気持ちで言葉を濁す。が、本当の事を言わないわけにもいかないので、私は渋々鉱山での戦いにて折れてしまった事を告げた。
「成程なぁ、戦いの中で起きたんならそりゃあしょうがねえ話だ。物はいつか壊れるもんだし、そんな申し訳無さそうな顔をしないでおくれよ」
「あんたの打ったこの剣で無かったらあそこで勝ててなかったかもしれないし、最後まで本当に良くやってくれたと思ってるさ……ただ、それでも名残惜しいけどな」
グラディンの攻撃をいなすのも、あの鋼のような皮膚を切り裂くのも紅蓮刀で無ければ叶わなかっただろう。それを考えると最早無二の相棒を無くしたも同然、魔剣を手にするのは楽しみであるのと同時に、完成したそれが手に馴染む感触では無かった時の事を想像すると少し物悲しい。
そう思い、私は御守代わりに何時も身につけている紅蓮刀の残骸を取り出すと、凄まじい音を立ててカウンターからエンデが思い切り身を乗り出した。
「おいロッデ、こりゃ……すげぇな……!」
「あ、ああ……まさかこんなことになってるとは……」
無残にも噛みちぎられたように刃の欠けたそれを見て、二人は唸るように言葉を交わす。流石に自分の打った剣が此処まで破壊されたのをみて、ショックを受けたのだろうか。職人としてはあまり見たくない物だったのかもしれない。
「嫌な物を見せたかな、悪い」
「いや、いやいやいや、そうじゃねえよ! ちょっとソイツを俺に貸して見てくれ!」
「あ、ああ……別に構わないけど、これを修復出来るとかそういう話――――」
「……ッ!? おおう、手が!」
何故か興奮しているエンデに紅蓮刀を手渡すと、運悪く残った刃の部分が彼の掌を薄く割いてしまった。しかして、声を荒げて血を滲ませながらも受け取ったその顔が嬉しそうなのはどういう事なのだろう?
「ルフレ様よぉ、こりゃあ修復出来るとかそういう話じゃあねえぜ。こいつを打ち直して……魔剣の芯に使えるぞ!」
「ほ、本当か!?」
その言葉に私も一段声を大きくして聞き返す。
いやまさかそんなことが出来るとは……もうどうしようもない、と思っていた物が再利用出来るなんて聞かされて喜ばない方がおかしい。
「ああ、ロッデの打った剣、この俺が責任を持って魔剣に生まれ変わらせてやる。それでいいよな?」
「……いや待て、そういう話なら儂が魔剣を打つのが道理じゃあねえか? 元はと言えば儂の作った作品を再利用するって話だ、お前と儂とじゃ打つ剣の癖も違かろうが!」
「えっ?」
ただ、すんなりと話が終わるかと思いきや、ここでマルロッデが何故かエンデに食って掛かった。
私にはよく分からないが、何か彼の触れてはいけないものに触れてしまったらしい。一体どういうことなのかしら……?
「そもそも嬢ちゃんに魔剣を打つってどういう話だぁ!? お前さんさっきは一言もそんな事言ってなかっただろ!」
「ったく……うるせえな! それ言えばこうなるって分かってたから言わなかったんだよ、分かんねえのか!?」
「お、おい二人とも、ちょっと落ち着いて……」
「嬢ちゃんは」
「ルフレ様は」
「「――――ちょっと黙ってろ!!」」
「あっはい……」
うわあ……なんだか手が付けられない感じになってきたぞ……。
先程までの仲よさげな雰囲気は完全に消え失せ、睨み合う職人同士。もしかするとこの二人は鍛造のことになると、余り気の合う相手じゃないのかもしれない。エンデは元より頑固な職人気質であることは知っていたし、工房勤めのマルロッデとは方向性がまるで違う。
「そもそもてめぇ、いつものように硬いだけで柔軟性の無い剣を作ったから、こんな風にぶっ壊れたんじゃあねえか? 剣っていうのはよお、粘りがあってなんぼのもんだろうが。それを蔑ろにする奴にルフレ様の持つ剣は打たせらんねえよなあ!?」
「そういうお前こそ昔から靭性だのなんだの言って、骨に擦っただけですーぐ刃こぼれするフニャフニャの剣ばっかり打ちよってからに。剣というのは鋭く物を斬る為にあるんだわ! 仮にも王族が使う剣がそれでいいとおもっとんのか!?」
そうして互いの鍛冶のスタンスや拘りを誹謗中傷し始め、唾を飛ばしながら口論は激化。
確かにエンデの剣は紅蓮刀のような頑強さは無いが、代わりに受け流しや弾き等の際に驚く程柔軟に剣が受けてくれる。目指すところの違う二人ならではの欠点の言い合いに、思わず私も納得してしまう。
「バカの一つ覚えみたいに一つの長所だけで剣を打つなと、いっつも師匠に言われとっただろ! 耄碌して忘れたかこのジジイめが!」
「なんだと!? そりゃこっちの台詞だ! お前より五十程年が上なだけだろうに! 人をジジイ扱いしよって!」
どうやらマルロッデの方がエンデよりも年上なようで、しかも同じ師の元で修行した兄弟弟子のようだ。この調子だと、それこそ昔からこうしてずっと口喧嘩を続けていたのだろう。
まあ、もういい加減にやめてほしいけどね?
「えっと……その、一つ聞いてほしいんだけど、魔剣を二人で作るっていうのは駄目……なのか?」
「……俺とコイツが?」
「……二人で魔剣を?」
取っ組み合いになりそうな程鼻先を近づけた二人を遮るように私がそう言えば、どちらも呆けたような顔を此方へ向ける。
「おお! その手があったか!」
「確かに、それなら面倒も無い!」
「分かってくれて嬉し――――」
と、二人共が喜色を浮かべてそう言ったのだが。
「芯を打つ工程は儂が、刃はお前が作って」
「どちらの部分がより優れているか、ルフレ様に決めてもらおうじゃあねえか!」
「あの……?」
……どうしてそうなる?
かくして鍛冶に関して絶対に相容れない二人は、対決と言う名の共同作業を行うこととなった。
いや、こうなったらもう知らん! 勝手にしろ!
***
ルフレと兄弟子――――マルロッデが工房を去ったのちの事。
アグリガラシャと呼ばれるドワーフの集落にて育った男は、自身の手に握った一振りの剣の残骸を見て再度息を呑んだ。
柄から十センチ程しか刃の残っていないそれは、折れていようとも巧みな細工の施された鍔や漆の仕上げの丁寧さから確かな名工の打った業物だとわかる。実際、これを打った兄弟子は、昔から弟弟子であるエンデよりもこういった技工に優れていた。
そして何よりも、
「こいつ……やっぱりまだ生きてやがる」
波打つ紅蓮の刃紋に光すら吸い込むような漆黒の刀身は、満身創痍ながら未だに寒気のする程の妖しい威圧感を放っているのだ。なれど、これは断じて作り手の想定した物では無い。使い手の元へ渡った後、正しく生き物を殺す為の道具へと昇華している。
それは最早、エンデの呟いた通り生きていると表現するべきだろう。
魔剣――――嘗て一度だけ見た本物の――――に近しい雰囲気を纏うこの剣を灰の英雄が取り出した時、エンデは死という概念が形を模した何かを幻視した。手渡された瞬間に掌が切れたのも、七年以上も仕えた主から引き離される事を嫌っての事だと直感した。
「……安心しな、おめぇを悪いようにはしねえさ。きっとまたご主人様の役に立てるようにしてやる」
それだけで、あの少女がどれほど自身の得物を大事に扱っていたのかが良くわかる。あの絶大な力を持つ者が振り続けた結果、魔剣の一歩手前とでも言うべき性質へ変化するのも頷けた。
鍛冶の事となれば一切意見の合わないマルロッデと共同で魔剣を作る事になったのは不服だが、それでも仕事は一切手を抜くつもりは無い。例え嫌な兄弟子に小言を言われたとて、渾身の一振りを打つ気概がエンデにはある。
故に、天の落子とそれに見合う程の金属を手に入れる為、今日は冒険者としても名高い彼女を呼んだのだ。
――――灰の魔剣士へ出した依頼は『幻の金属、ヒヒイロカネの入手』
世界に数える程しかないそれを求め、彼の英雄は二代目魔王の宝物庫が埋もれる"廃都ティルトヤ"へと赴く事となった。