19.初めての武器
炎竜討伐から早くも一ヵ月が経とうとしていた。
この間にも結構色々あったので、順に言っていく。
まず牧場跡だが、あそこは焼け野原と化していて、生き残った家畜たちは他所に移されたらしい。
炎竜の残り香ともいえる魔力の残滓のせいで魔物が湧くようになってるらしく、街の入り口を牧場より後ろに改築する羽目になったとか。
俺達冒険者にとっては稼げる場所が増えただけなので別にいいが。
それと、牧場と言えば当初の目的のアイスだが、これはなんと再現に成功してしまった。
材料は仙牛の乳、赤鶏の卵、サトウキビ汁を結晶化したもの。
詳しくは端折るが、味の方はスラム街で子供たちに振舞って大盛況だったとだけ言っておこう。
その過程で俺の基本四属性魔法の適性が水と言うのが判明したり、スラム街で他の孤児たちと知り合ったりしたのだが、これはまた別のところで語る事にする。
もう一つ、銀龍の身柄は取り敢えず安全な場所に置いてある。
あの後もどこかへ飛んで行く様子もなく、俺に懐いてしまったのだ。
なので飼い主(仮)みたいな状態で、棲み処へ定期的に様子を見に行っている。
次にイミアなんだが……、この街を出てまた旅をするのかと思いきや豊穣亭に居着いていた。なんでも俺にまだ恩を返しきれてないとか。
炎竜討伐で結局役に立てなかったのを悔しく思ってるらしい。
別に俺は気にしてないんだがな。
でも、
『恩を返さない不誠実な女にはなりたくないんです!』
とか言ってたりするので、もう何も言わない事にした。
なんだかんだシェリーやエイジスとも仲良くやってるし、俺もイミアは嫌いじゃないからいいけど。
因みに彼女が(元)聖女というのは二人には教えていない。
シェリーはともかく、エイジスはちょっと勘付いているっぽいがな。
あの男がわざわざ面倒事に首を突っ込む訳も無いし、問題ないだろう。
だがもし教徒に異端者だと知られれば、石を投げられるとかなんとか言ってた。
幸いにして彼の教会は秘匿主義者の集まりらしく、聖女の素性は元老院や大司教を含めた数人しか知らないらしい。
お陰で特に顔を隠したりすることなく外も歩けるのだ。
まあ、イグロス人はこの国ではあまり歓迎はされないけど。
それでも炎竜討伐の功績もあって偏見の目を向ける奴は誰もいない。
そんな感じで、現在イミアは豊穣亭のウェイトレスとして働いている。
端整な顔立ちをしていて人好きのする性格なので、傍目から見ても結構うまくやれているんじゃないかと思う。
「どうしたんですか? そんな顔をして」
などと思っていたら、丁度イミアに声を掛けられた。
「なんでもない、考え事してただけだよ。それよりこんな所で油売ってていいのか?」
「小休止です、お昼の時間を過ぎて丁度暇になりそうですし」
しかしエイジスを筆頭に、みんな俺が考え事をしていると揃って同じ事を言うんだよな。
俺ってもしかして結構顔に出やすいタイプなのか?
「ああ、そう言えばエイジスさんが探していましたよ。なんでも例のものが出来たとかで」
……やっとか、結局一ヵ月もかかったな。
例の物とは、実は炎竜を倒した報酬としてエイジスが作ってくれる装備の事だ。
炎竜は一度ギルドに引き取られ、解剖して色々調べたりしたらしい。
その後の素材は全部俺達――――というかエイジスの物になった。
それを使った装備と言う事だが、一体何かは見てからのお楽しみ。
俺も完成するまで何を作るかは知らされていない。
「分かった、じゃあちょっと出てくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
俺は浮き立つ心を抑えながらそう言って、イミアに見送られながら豊穣亭から出た。
行先は冒険者ギルド。
レンガ造りの道を早足で進み、路地を二回曲がる。
建物の裏には魔物の素材や、鉱石を加工する為の工房があるのだ。
実は俺もエイジスに付いて回るまでは知らなかったり。
「工房に行きたいんですけど」
「はい! では冒険者証の提示をお願いします」
だが、俺も冒険者として正式にギルドへ登録したので、自由に工房へ出入りする事が出来る。
「Eランクのルフレ様ですね、どうぞ」
「ああ、どうも」
炎竜討伐後、エイジスからの報告を受けたギルドマスターによる推薦があった。
冒険者ギルドは国から独立した機関なので、種族問わず所属出来る。
あと……普通の職は大体成人の15歳からだが、冒険者は10歳を過ぎれば問題ない。
そして、ギルドへ登録している冒険者は非課税、徴兵義務免除。
他にも色々と国が課す義務などの半分程が免除されたりするのだ。
その代わりギルドへ年間で一定の額を支払わなければいけないが、税よりは割安。
それも受けた依頼の報酬から毎回数%引かれ、普通に働いていれば半年弱でノルマが達成できる。
世界で最も自由で、最も危険な職業。
それが冒険者だ。
中にはあくどいやり方で稼ぐ奴もいたり、ジンみたいな奴もいるがな。
ま、基本はご機嫌で陽気な連中という認識でいい。
「おう、来たか」
工房の中は金属と火の匂いが充満し、鉄を叩く甲高い音が耳朶を揺らす。
そんな中で軽装のエイジスが汗だくになりながら俺に手を振っていた。
「完成したらしいな、師匠」
「ふっふっふ……見て驚け、お前にゃ勿体ない代物だぞ」
エイジスは意味深な笑みを浮かべ、後ろにいるずんぐりむっくりな髭モジャの職人へ目配せする。
あの背の低さはドワーフだろうか?
亜人であるドワーフだが、先程も言ったように冒険者ギルドは人種を問わない。
きっとこの街で唯一の働き口なんだろう。
「炎竜の素材なんざぁ初めてお目にかかったが、こりゃ儂の生涯の中でも最高の逸品に仕上がっとる」
「だ、そうだ。ほれ、こっちへ来てみろ」
そして、やけにご機嫌なエイジスに手招きをされ、一歩前へ出る。
するとドワーフの職人は俺に一本の剣を手渡した。
「これは、刀……?!」
初めは細身の剣かとも思ったのだが、よくよく見て見ると違った。
鍔や柄などはかなり再現度が高く、昔一度本物を見ている俺も唸る程のクオリティである。
「このマルロッデは東方で修行していた事があってな、折角だからその土地で流行していた剣のデザインをって事になったんだ」
エイジスがそう言って、後ろに立つマルロッデは照れ臭そうに髭を摩る。
というか、この世界にも東には日本っぽい国があるのか。
そう言えばあの少年も日本人っぽい顔立ちをしてたし、そこの出身なのかもな。
「柄の大きさも、嬢ちゃんが持てるようになってる筈だがどうだ?」
「ああ、問題ないよ。なんというか……しっくりくる」
俺の手は小さいので刀を持てるか不安だったらしいが、問題は無かった。
翼膜を巻いて作った滑り止めや、握りやすいように少し凹型になった柄は匠の心遣いが感じられる。
鞘も漆塗りの上から紅色の鱗で見事な装飾がされており、素晴らしい。
これなら芸術品としての価値だってありそうだ。
やはり鍛冶、鍛造と言えばどこの世界でもドワーフが一番なんだな。
「剣を抜いてみろ、もっと驚くだろうぜ」
その言葉に促され、俺が剣を鞘から引き抜く。
すると、中からは漆黒に薄紅色の刃文が波打つ黒刀が姿を現わした。
刀と言えば普通は白味の強い鈍色をしているものだが、これは材料の違いだろうか?
「刀身はアビスライト鉱石を炎竜の燃焼液で鍛えたもんだ。粘り強く、頑丈で凄まじく折れにくい刃だろう」
「これもエイジスが……?」
「勿論だ。普通最初は安めの剣で慣れさせるのがセオリーだが、弟子に持たせる武器を妥協する程俺は金に困ってねえからな」
アビスライト鉱石と言うのは、地下深くで長い年月をかけて生成される鉱石の事だ。
魔力を浸透させることでその純度を増す性質上、生成される環境が酷く限られ、かなり貴重な素材の筈。
それを剣一本作れる程買ったとなれば、家一軒建つくらいの値段は余裕でする。
Aランク冒険者のエイジスはかなり金回りが良いのは知ってたが、まさかこれ程とは……。
「ま、お前くらいの膂力だとすぐにぶっ壊しちまいかねないってのも理由の一つだが」
「あー……」
白竜人にしては桁外れの怪力を誇る俺は、鍛錬の成果もあって今は自重の五倍くらいの重さの物なら片手で軽々持ち上げられる。
ここ最近は栄養不足も無く、すくすくと育っているのもあるだろう。
きっと炎竜と戦った時とは見違えるほどに強くなっている筈だ。
男子三日会わざるばなんとやらと言う奴だ……今は女子だが。
なので、下手に鈍らを持てば、逆に剣の方が俺の力に耐え切れず一振りで壊れてしまう可能性は確かにあった。
「ともかく、それは十四歳になった祝いも兼ねてんだ。大事にしろよ」
「ありがとう、師匠……って今、なんて……?」
「ん? だからそれはお前の生涯の相棒になるかもしれねぇから、大事にしろって」
「いや、違くて、その前。なんで私の誕生日を師匠が知ってるんだ?」
「あ、あー……ええっと……お前、いつだったか自分で言ってたじゃねえか。生まれ月はセンプトだとか」
……そんな事言ったっけかな?
確かに私の誕生日はセンプト、日本で言う所の九月だ。
しかし、この街に来てからそれを誰かに言った覚えはない。
大方どこかで口を滑らしたのかもしれないが、私自身全く記憶になかった。
と言う事は…………?
私、自分の誕生日を忘れているうちに14歳になっていたらしい。
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