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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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175.勇者の墓

 此方側で少し問題があろうとも、都市の機能は問題無く循環している。ほんの数ヶ月前と比較しても、格段に人の行き交いが増えた街を歩きながらふと、そう思った。


 穏やかな雰囲気に安堵しつつ足早に官邸を目指して歩けば、道行く人々に声を掛けられる。


「ルフレ様、こんにちは!」


「ああ、特に変わりは無さそうで安心だ。宿のおかみさんは元気か? また遊びに行くと伝えておいてくれ」


「おお、ルフレ陛下! 城下の視察ですか?」


「ルフレ様! 昨日流れの商人からいい果実が手に入ったんだ、またあの美味いパイに使ってくれよ!」


「出先から帰ったところでな、悪いがまだ仕事が残ってるから今度改めて伺うよ」


 気さくな距離感で話しかけて来る彼らは、本来ならば王に対する正しい態度では無いのだろう。


 しかし、私はこんな民たちを好ましく思い、そしてとても居心地が良いとも感じていた。必要とあらば偉ぶりもするが、やはり根が小市民なだけにフランクに接してくれた方がいい。


「……首都自体に異常は無し、か」


 侵入者こそあれど、国民達は変わらずにいつもどおりの生活を送っている。恐らくは大事にしたくないが為に、上層部だけしかこの情報は知らないのだろう。私としてもそれが最善であることは当然分かる。


 下手に不安を煽るよりかは、彼らが何も知らない内に解決出来る事が一番なのだ。


 だからこそ急ぐべく歩調を早め、官邸の扉を潜る。


 何も言わずに頭だけを下げる兵士に手振りで示し、そのままフランに言われた通りシシドの執務室へと直行。部屋前に佇む使用人に面会したい旨を伝えれば、既に話が通っていたようで直ぐに部屋内へと通された。


「戻りましたか、陛下」


「かなり急いでな。それで、状況はどうなってる?」


 外套を受け取ろうとする女中に断りを入れ、せめて軽く泥を払ってから客人用のソファへと腰を降ろす。森での戦闘のお陰か、少し汚れてはいるが問題は無い。


「侵入者があった事はもうお聞きのようですので、簡潔に結論だけを申しましょう。いや、実は非常に申し上げ難い話なんですが、リフレイア内の墳墓にて陛下の父君、ヒナタ様の棺が盗まれてしまったちゅー話で……」


「……父の棺が?」


 少しバツの悪そうな表情でそう告げられ、私は思わず眉を顰めた。何も人的被害はなかっただけに、あれだけの足止めをしておいてやったことの規模の小ささが不気味。いや、墓荒らしも許されざる行為だが、ディエラが命を掛けるとなれば採算が合わない。


 ……彼女はこんな事の為に命を捨てる覚悟で挑んできたというのか。


「理解出来ないな、今更勇者の墓を暴いてどうするつもりなんだ」


「それが分かりませんで、我々としてもどうしたもんかと……」


 如何に勇者といえど、その遺骨に価値があるわけでもないだろう。生前の父が東方諸国最強と謳われる程だった事は知っているし、健在であれば勇者を攫う価値は――――


「違う」


 そうだ、ディエラの口ぶりからして、あの地下室の女は彼女と同じ勢力の筈。そして、あそこで研究されていたのは死者の復活だ、これで辻褄が合う。ダンテの魂魄から力を簒奪し、死体を捏ね繰り回して命を植え付けた奴らならやりかねない。


「……敵は父を、"死んだ勇者を生き返らせる"つもりだ」


「なんですと……っ!?」


 その先は考えたくないが、恐らく碌でもない事に利用されるのだろう。人間を魔物と合成して生み出された歪な命は、自我があるとは思えなかった。そうするともし父が生き返ったとして、そこに本人の意識があるかどうかも……。


「してやられたな、今回は敵が一枚上手だったらしい」


「しかし……拙いことになりましたな。ヒナタ様は生前、我らが束になっても敵わない程の力を持っておられた……もし当時の力のまま生き返ったとなれば、最早対抗出来る戦力は無いに等しいですわな」


 イグロスに意識を向けすぎて、地下室女の件を後回しにした事が祟ったか。


 連中は明らかに組織立って動いており、此方の内情もかなり把握している。完全に対応が後手に回ったのはそのせいだろう。


「それにしても、こうも簡単に侵入を許したのは謎だな。ゲッツの時然り、検問を介さない外部からの侵入者がいれば、警らが直ぐに気付く筈だ」


「……儂も身内を疑いたくはありませぬが、もしかすると」


「内通者か」


「ええ」


 シシドの短い返事に、私は大きく息を吐いて眉間を抑えた。


 彼の言う通り仲間を疑いたくは無いが、最も力を入れているのは軍部の拡張だ。それに伴って国の内外問わず万全を期した守りを徹底しているというのに、あまつさえ侵入者を許した挙げ句逃げ出される始末。普通に考えれば、内通者が招き入れた可能性を思い浮かべるのは当然だろう。


「……嫌な想像だ」


 もしもの話、先程見た街の中で、親しげに話しかけて来た者の誰かが間諜であってもおかしくはない。王としてはその線を疑わなければならず、喉の奥から苦いものが込み上げてくる。


「とにかく、現場を見ないことには何もわからない。墓所へ向かおう」


 出来るだけ元気な声でそう言い、立ち上がった私を見て苦い顔を浮かべたシシドはこの時、何を思っていたのだろうか。




***




 私にゆかりのある者達が眠る丘の上、リフレイアの墓所は厳戒態勢が敷かれていた。


 この墓所は静かで人気の少ない土地を好む鼠人族に墓守の役目を命じており、私も良く墓参りにくるので、管理人とも顔見知りである。


 今は首都のメインストリートから程よく離れている為か、もしくはそもそも墓所には滅多に人が訪れないのもあって一般市民の姿は無い。入り口を兵士が固めており、私とシシドを見つけると慌てて駆け寄って来た。


「陛下、お待ちしておりました。現在は中にて墓所の管理人に事情聴取をしている所でして、どうぞ此方へ……」


 そうして、促されるまま墓所入り口へ備え付けられた管理棟内へ入る。中でも忙しなく兵士たちが行き来しており、すれ違う者も会釈をしながら小走りに外へと出て行く程だ。若干緊迫した雰囲気に、此方も気の引き締まる思いである。


「あっ、陛下!」


 奥の部屋へ通されれば、聴取を受けていたのであろう背の低い鼠人の女性が此方に気付いて立ち上がった。 

 特徴的な耳と灰色の髪の彼女の名はナト、幼子のように見えるがその実私よりも一回り年は上。鼠人族の特徴が低身長童顔なので、彼女に限らず種全体で見た目は子供そのものだったりする。


「この度は墓守として私がいながら、このような事態を引き起こしてしまい誠に申し訳ございませんでした!! 悪いのは全てこのナトです! 何卒家族には罰をお与えにならないよう、お願いします!! そしてこのナトめに挽回の機会をお与えください、必ずや犯人を捕らえて見せますから!!」


「おお……、落ち着け落ち着け。別に罰とか与える気無いし……やる気があるのはいいが、取り敢えず状況の報告をして欲しいな」


 開口一番、ナトは部屋を震わせる程の声量でそう言うと、五体投地で私に嘆願を始めた。


 この小さな体のどこから、耳が痛くなる程の声量が出ているのか不思議である。筋骨隆々の巨体でボソボソ喋るミノスもそうだが、この国の民は割と外見にそぐわない個性を有している事が多い。


「報告ですか! えっとですね、今日も陛下に指示されたようにいつも通り一族でお墓の見回りと入り口の監視をしていました! 午前中は特に問題も無く、お昼ご飯を食べて……あっ! 今日のお昼は竈屋さんの所の新作の塩パンだったんですよ! 貴重な塩を使って焼いただけあって、とっても美味しくて……」


「これこれナト、話が脱線しておるや」


「ああ! ごめんなさい、ナトったら連想ゲームが得意で直ぐに別のことに話題が行ってしまって……えっと、それからですね! お昼ごはんは美味しかったんですけど、問題が起きたのは午後でして、ついさっき一族の一人がヒナタ様の墓が掘り返されてるって騒いで、直ぐに兵隊さんを呼んだんです。直ぐに墓所は封鎖されてナトはまだどういう風になってるか見てないんですけどね!」


「そうか……」


 つい先程といえば丁度私がディエラと戦っていた時間にも重なる。


 相手は私が今日首都を離れる事を知っていて、その上で更にあの場へ留めておく為に刺客を差し向けたのだろう。全くもって周到な作戦であり、肝心の侵入者が見つかっていないだけにしてやられた感は凄まじい。


「ところで……墓が荒らされる前に、墓所の周囲で何か変わったことはなかったか?」


「変わったこと、ですか……? そう言えば、今朝は珍しくウミノさんが来ていましたね。声を掛けようかと思ったんですが、なにやら怖い顔をしていたので大事な用なのだとナトは察してそっとしておきました!」


「ウミノが?」


「まさか、とは思いたいが……」


 眉を顰めて言い淀むシシドが思っていることは聞かずとも何となく分かる。ただ、私にしてみれば"それ"はありえない事であり、認めたくない可能性だ。


 よもや、彼女が裏切り者などと誰が口に出せようか。


 シシドも彼女を知るからこそ心苦しいのか、どちらかと言えば違ってほしいと願うような表情をしている。


「……まあ、本人のいないここで疑うのは益体もなし、後ですな。早く現場を見に行きましょうぞ」


 そんな話題を切り上げようとされた提案に一同は頷き、管理棟を出て『灰の勇者ヒナタ』が眠る墓へと向かった。


 道中、痕跡が無いか私も権能を使って調べては見たが、それらしき物も見当たらない。匂いでも足跡でも、見慣れない物があればそもそも獣魔の連中が見逃す筈は無いので、恐らく犯人は相当慎重に事を運んだのだろう。


 そうして何も手かがりが得られないまま封鎖された区域へと辿り着き、私はその惨状に重い息を吐いた。


「酷いな」


「なんとも、お労しや……気をしっかり持ってくだされ」


 父の名と功績を綴った石碑は完全に破壊され、棺が埋められていた地面は根刮ぎ掘り返されている。


 それを見た私の顔は、シシドが励ます程に険しかった筈だ。しかし、こんなもの誰だって怒るに決まっている、誰が親族の墓を荒らされて怒らずにいられようか。


「ルフレ様、ご安心召されて下さい。犯人は軍部と暗部の意地に掛けて、必ず見つけてみせます故」


「……ああ、期待しているぞ」


 どちらの部署も優秀な人材は多い、心配せずとも直ぐにでも犯人が見つかることだってありえるだろう。私も落ち込んでいる場合ではなく、自分に出来る事をするべきだ。ディエラから情報を引き出し、奴らの目的を明白にすれば、幾らでも対策を立てられる。


 最早以前までの慢心も下手な損得感情も無い。何があろうと、私は絶対にこの国を守り抜いてみせるのだ。

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『創成の聖女-突然ですが異世界転生したら幼女だったので、ジョブシステムを極めて無双します-』
― 新着の感想 ―
[一言] やっぱ、あまり考えたくないことではあったけれど、黒兎くんがあのとき見た使用人服の死体はウミノなのか?
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