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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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174.舐められたら負け

 予定外の事態に忙しなく帰路を辿った一行は、首都から少し離れた森の中へと転移していた。


 ここは魔女の家が一軒だけぽつんと建っており、普段は使用人のアンネ以外に人の行き交いは殆ど無い。雰囲気が何かおどろおどろしいのと、森の奥は普通に魔物が出るので一般人は余り来たがらないのだ。


「というか、またなんか変な装飾が追加されてないか……?」


「ドアリース。黒蛇の抜け殻と山鴉の羽根で作った、かわいい」


 特にメイビスが魔法で木々を捻じ曲げて作った家はかなり不気味で、正しく魔女の住処と言った風貌をしている。


 と……家の事はさておき、流れでゴブリン達も連れてきてしまったが、ラゼルに対しては従順なので今の所非常に大人しくしている。アザリアもディエラが能力を解いたことで今は落ち着いており、じきに目を覚ますだろう。取り敢えず皆はここにいて貰うとして、私だけでも一度官邸へ戻るべきだ。


「――――ルフレ様、取り急ぎご報告致したいことが」


 メイビスへその旨を言い含めてから歩き始めると、音も立てずにフランが姿を現して後ろを追随し始めた。


「何があった?」


「ルフレ様の留守中に怪しげな侵入者を発見しました。その時点では現場含めた首都にて特に異常は無く、怪我人や死人もありませんが……取り逃がしてしまいましたので、現在暗部が総力を挙げて追跡しているところです」


 成程、やはりディエラの言う通り、時間を稼いでいる間に本命は首都で行動を起こしていたらしい。誰も危ない目に遭っていないことだけが幸いだが、速やかに侵入者を確保する必要はあるだろう。


「それと獣人国ラフコズからの使者と名乗る者達が来ております。こちらは迎賓館にてウルシュ様が対応をしておられますので、先ずは侵入者の件についてシシド様からのご報告を聞いて頂ければと」


「分かった、直ぐに官邸へ戻ろう。それと……ウミノを見かけたら、私が探していたと声を掛けておいて欲しい」


「ウミノに、ですか。了解致しました」


 侵入者と同僚の行方を探す為、フランは一度深々と頭を下げると再び森の中へと消えていった。


 しかし……侵入者もそうだが、このタイミングで他国の使者が来るとは間の悪い。対応が後回しになった事を咎められはしないだろうか……? あんまりそういうので失敗したくないし、先に顔だけでも出しておいて謝る方がいいのかもしれないな。






***






「――――いやぁ本当に申し訳ない、我らが国主は現在諸用で少し首都から離れていましてね。外交に関しては僕に一任もされてますので、お話は此方で聞かせて頂くということでよろしいでしょうか?」


「このような田舎の国では、使者に応対するくらいには王も暇を持て余しているものと思っていたがな。まあいい、どうせ誰に話しても同じだろう」


 貴賓室に置かれた一対のソファにて対面するのは、二人の獣人と一人の竜人。


 彼らは獣人国ラフコズの遣わせた使者であり、二人ともが誇り高き狼人族の貴族である。態々そのような人材を派遣して来たということはそれなりに重要な話であり、且つ相手に絶対に舐められたくはないということなのだろう。


(……まあ、殆ど見栄か。亜人種の……狼人は特に自尊心が高いし、下手に使いを送るよりかは、そこそこの支配階級者が自ら出張る方が相手を威圧出来るって寸法だろう)


 明らかに国と国主を貶めるような発言をした黒毛の狼人族に、ウルシュは笑みを崩さずに手厳しいと笑った。なれど、内心では溜息を漏らし、この不遜な使者相手に話すことなどあるのだろうかと独りごち。服装からしてかなり身分の高い相手でもあるので、如何に腹立たしくともここで言い返しては後々に差し障ることも確か。


「ところで、この国は客人に茶も出さんのか?このような辺鄙な土地、馬も使えずに歩き通しで疲れたのだが」


「ああ、いやいやすみません。ほら、早くお茶の用意して、お菓子も出して差し上げなさい」


 入り口で待機している使用人は、明らかにこの態度の大きな使者に対して嫌そうな顔をしている。が、流石に上司の言葉には逆らえず、察されない程度に渋々といった様子で紅茶を淹れだした。


「さて、ラフコズの使者の方々。お二人とも相当に高貴な身分であるとお見受けしますが、そのような方が一体何用でこの国を訪れたのでしょうか?」


「我々がラフコズから来たことが分かるのなら、もう用件は分かっているだろう?」


「はて、この数十年、そちらとは何も関わりが無かったと記憶しておりますが」


「ふん、白々しい事この上ないな。これだから魔人種は困る」


「えぇ……いやあ、なんのことやら……」


 困惑するウルシュを呆れた様子で見る使者の一人は、背後に控える従者から一枚の羊皮紙を受け取る。それを机へと広げ、視線だけを睨むように眼前の竜人へと向けた。


「これは?」


「ラフコズの王、ビスマルク様による貴様らへの警告である」


 それはウェスタリカによる領土侵犯を咎める旨の文書であり、はっきりとラフコズの領土――――大陸西部を縦断する森林地帯の一部――――を侵したなどの文面が羅列されていた。


「……待ってください、ラフコズとの国境は森林地帯を抜けた先の筈です。まるで僕らの土地があなた方の物のような言い草ですが、どういうことなのでしょう?」


「どういうことも何も、貴様らがいつこの森全域を自らの領土と主張したのかね。そのような声明も文書も我々は認知しておらぬ故、あるというのなら提示して頂きたい」


 大陸に存在する国家間においては、隣接国と同意の条約を交わした上で国境線が引かれる事が常識とされる。侵略戦争など過去に度々有りはするものの大抵が年功序列、旧き国が仲介を行い国々の安寧が築かれていたのだ。


 されど、ウェスタリカは元来突発的に発生した魔王を祀り上げる為の集団。四代目に及ぶまでに人間国家と近しい制度は敷かれて来たとは言え、他国との取り決めなどは殆ど行ってはいない。


「おやぁ? 無いというのならば、その場合ギュリウスとミシリアとの国境線に従う事になりますな。そうすると……そちらの生活圏を除いた領域は我々の領土内であることは確かですぞ」


「確かに我々には土地を主張する文書も有りませんが……我々が何かそちらの利権を脅かすような事をしたわけでもないでしょう。それなれば、人の国のルールに従って一から話し合うべきではないのですか?」


 隣の焦茶の狼人へウルシュが作った笑みでそう言えば、黒毛の狼人が鼻で笑い飛ばした。


「フン、何を言うかと思えば。魔物の縁戚種如きが人の世の理を使おうなどと馬鹿げた事を! そもそも秩序無き貴様らに態々警告をしている事自体、配慮していることを理解して欲しいものだ」


「なるほど、そちらの黒毛の方はお若いのに魔人種の歴史にお詳しいのですね。魔人が魔物と同列に扱われていたのは八百年以上前の事です、よくお調べになっている。それと、先に人の世のルールを持ち出したのはあなた方である事を忘れていらっしゃるようだ。もう少し……"犬"にも分かりやすいようにお話しましょうか?」


「ハハハ、そういうそちらは情勢については疎いと見えますな。今、この世界での魔人種の扱いを存じてはいないようだ。因みに諸説ありますが魔人種とは、魔物が人に憧れた末の生物という見解もあります故、犬にも劣る哀れさがありますな。無理をして人間の真似をしなくても良いのですぞ?」


 ただ、互いに退く気は無く、どちらも非常に皮肉めいた口ぶりで言葉を交わしあう。心做しか部屋の気温も数度下がり、ウルシュのこめかみには青筋が立ち……。



「……いい加減にしておけよ、小僧共」


「―――ッ!」


 とうとう我慢の限界と言わんばかりに、そんな声が部屋に木霊した。


 机に肘を乗せ、二人を眇めた目で見上げて縫い止める。眼鏡の奥に覗くその剣呑さが在々と表れた顔に、狼人たちは背筋へ氷を入れられたような寒気に襲われた。


「僕が怒っているだけの内に、今直ぐその減らず口を閉じろ。この国には我慢の効かない連中が多いんだ、分かるか?」


「なっ……何を、そのような脅しに――――」


 普段より数段低いウルシュの声音に、半ば裏返った声で反論をした瞬間。


「いいか、二度までだ。警告は二度、流石に殺しはしないだろうが……僕も彼らを御せるわけじゃあない。まあ、折れた足を引き摺って国へ帰る覚悟があるのならその言葉、続け給えよ」


「う……」


 使用人の出払った筈の部屋に、当然として複数の気配が浮き上がってくる。


 背後、頭上、横。ともすれば、息遣いの聞こえるような直ぐ近くにさえ、何かの気配を感じていた。


 その数は凡そ十はくだらず、武人としての側面も強い狼人にすら力量を測りかねるような強者ばかり。もし彼の言う通りこのまま言葉を続けていたのならば……この気配は殺意に変わり、自らを襲っていた事は容易に想像出来た。


「……分かった、先程の言葉は全面撤回する。少し頭に血が昇っていたようだ」


「いやぁ、すみませんね! 此方こそ、客人に対しての無礼を侘びます」


 故に、汗を掻かない筈の頬へ何かが伝うのを感じながら、黒毛の狼人は観念したように謝罪する。それを受け、ウルシュも先程までの表情を改めて何時もの微笑みへと戻した。


「では仕切り直しまして、前向きで建設的な話し合いをしましょうか。互いを尊重して、どちらも納得の行く話し合いを……ね?」


「あ、ああ……」


 かくして、最初とは完全に主導権が逆転し、狼人二人は引き攣った表情を浮かべて頷くことしか出来ない。


 領土の件に関しても、ラフコズ側の主張は完全に有耶無耶になってしまった。元々王に指示された通り、強引に相手を丸め込む算段だった故に、その卑劣な企みが潰えただけとも言えるが。それもこれも相手が世間知らずで矮小な存在だと見下し、尊大な態度で一方的な事を口走ったが為。


 努々、今後は二度と物事を見誤る事なかれと、狼人の彼らは深く心に誓ったのだった……。





【公開情報】


 魔王領


 古来より大陸西部を縦に分かつ森林地帯は魔王領とされ、人類国家不可侵の領域であった。が、近年魔王という存在に対する危機感も薄れ、この広大な森林地帯を領土として取り込もうと企む国家が増えつつある。その大半はウェスタリカを国家として認知しておらず、知っていても無断で領土の開拓を行おうとする国も存在する程。ラフコズのように一応の伺いを立てる事は、実はどちらかと言えば丁寧な対応とも言えるだろう。

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