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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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173.氷結の竜王

 轟、という音を後に脇腹を掠める紅蓮は、背後の草花を一瞬で灰燼に帰した。


 振り回される炎の鞭が抉った大地とそれを操る女司祭長を見て、私は静かに攻撃の先を予測する。その間も脳内では魔法術式の詠唱を並列で行い、大規模魔法の行使の為に少しづつ組み上げていた。


「右、三時の方向だ、避けろよ」


「……ッ!」


 弧を描くようにラゼルの横へ飛来した鞭は、私の言葉で空振り。入れ替わるようにゴーレムがディエラへ突撃するが、一瞬で焼き尽くされて崩れ落ちていく。先程からこの繰り返しで、場は膠着状態に陥っていた。


 背後からはライネスも攻撃を加えてはいるが、炎の壁によって此方と連携を取ることを阻害されている。


「埒が明きませんわね、互いに」


「そうか? 多対一である以上、いつかはこちらが押し勝つと思うがな」


 と、相手だけが思っていることだろう。


 まあ実際の話、ディエラの戦闘力はうちの精鋭と比較しても相当に高い。ライネス一人では梃子摺るどころか敗北は濃厚、まともにやりあえるのはジンとゲッツ……それにメイビスくらいか。私がおらず、リリアが戦ったとしても犠牲者は出ていた可能性がある。


 故に相手はまだ勝ちの目があると思っており、この状況でもまだ粘っているのだ。


 私が油断すれば趨勢は分からなくなるが、格下相手だろうと慢心はしない。ゲッツ戦以上の不慮の事故でも無ければ、負ける事はまず無いだろう。


「では少し、わたくしの力をお見せしましょう」


 ディエラがそう言って胸へ提げたブローチを両手で握りしめると、周囲に渦巻いていた炎の色が段々と変化していく。赤から橙へ、橙から青へと変わっていき、最後には深い紫へと変貌した。


「《Reverse(逆位置)hate love(愛憎)》」


 変色した紫炎は先程のような激しさを失い、その代わりにまるで泥水のように大地を侵食し始める。


「なんだ……?」


「女の抱く愛憎の炎は鮮やかな緋色とは違う、昏く悍ましい物。それをとくと味わってくださいませ」


「―――ッ」


 余りに異質な雰囲気に思わず逃げる事が出来ず、足を紫炎に呑まれた直後。私の中にもう一つの感覚が生まれたのが分かった。


「わたくしの力は、魔力を通じて他人の痛みや苦しみを繋げるのですわ。今、貴女とわたくしの魂魄は同調している」


 一体どういう事だ、と私が尋ねた直後、


「それは何を」


 目の前の女は腰に提げたナイフを抜き、自身の腿を切り裂いた。


 鮮血が迸り、服を赤く染めながら地面へ滴る。傷口から疼くような熱を孕んだ痛みが広がって行き、下半身から力が抜けていくのが理解――――


「なっ……!?」


 見れば、私の足の――――ディエラが自ら付けた傷と同じ箇所から――――滲み、じくじくと肌を伝うそれが彼女と同じように足元へ血溜まりを作っていた。痛みに対する動揺は無いが、相手の能力を正しく理解した事で背筋に冷たいものが走る。


「陛下ァ!」


「慌てるなライネス、下がっていろ!」


 私は焦ったように叫び、此方へ駆け寄ろうとするライネスを制止する。


 これは私とディエラとの傷や痛みを共有する能力だ。如何に"ディエラが死ねば魂魄の同調している私も死ぬ"などという状況とはいえ、ここで心を乱せばそれこそ相手の思う壺。


「うふふ……これで、貴女と私は運命共同体。迂闊な事をすればどうなるか、分かりますわよね?」


 仄暗い笑みを漏らしてそう言うディエラは、自傷によって流した血によって顔を青褪めさせていた。どう考えても正気の沙汰ではないが、その目には邪なれど確固たる意志を感じる。


「お、おい……大丈夫かよ、血ぃすっげえ出てんぞ……」


「……成程な、そういう事か、ああ分かったとも」


 新たに取得した万能結界の穴を突いてダメージを与えられては、憤怒が半端な進化をした意味が無い。精神的な干渉も基本的に憤怒により遮断される為、最も手早く私に傷を負わせるのなら最適解だが……まさか初見の相手にその手を使われるとは思わなんだ。


「ただ、貴女の命が先に潰えた時に私が死ぬとは限りませんし、逆が成立する事は絶対にあり得ない事は胸に刻んでおくことです」


 しかも、生殺与奪権は相手にある。


 一見完全に私が追い込まれ、どうしようも無い状況であることは間違いないだろう。見る人によれば完全に詰みであり、ここから挽回することは不可能に思えて当然。


「まあ、誤算だったな……互いに一つ、二つか」


「あらあら、負け惜しみを言うのは少し早いのでは? もう少し粘って戴けないと、わたくしも命を掛けた甲斐が無いです……わ? 一体何を……」


 顔色が悪いものの勝ち誇った表情を浮かべるディエラに、私は左腕を持ち上げて見せる。そして、先程彼女がしたように剣の刃を当て、一息に切断した。義手が砕けて魔素へと還って行くのと同時に、目の前で生身の腕から激しく血飛沫が上がる。


「あ、あ……あぁああぁ……ッ!? 腕、腕が……ッ」


「ほう、片方が義手でも効果はあるらしい、駄目元だったが望外の結果だ」


「嘘っ……違!? そんな筈は無い! 私の能力は無生物に効果が無いのです! あり得ませんわ!」


 とは言え、実際に出来てしまったのだからしようがない。原因は恐らく、この義手が単なる無機物でなく私自身で生み出し――――第二の神経とも言える――――魔力の連枝によって動かしているから肉体と判定されている部分にありそうだ。


 重傷を負った腕を庇うように唇を噛み締め、漸くその顔を歪めて此方を睨むディエラ。


 対して、私は剣を逆手に持ち替え、更に自身の脇腹を抉る。


「っぐ……!」


「どうだ、私とお前、どちらかが音を上げるまで我慢比べでもするか?」


「……先程、その条件ではわたくしが圧倒的な有利にあると言った筈ですわ」


「それはそうだ……が、私が死んでもまだお前を殺せる者は此処にいる。人一人が死ぬ程の傷を負って尚、こいつらと戦う力が果たして残っているかな?」


「……貴女は王、それが自ら命を断つと?」


 その問いかけに私が無言で以て答えれば、ディエラは悲鳴にも近い音を上げて息を呑んだ。


 この場で死にたいかどうかで言えば死ぬつもりは毛頭無いが、殺す覚悟も死ぬ覚悟も決めて戦っている。それを今更死にたくないなどと喚き散らす程、私の培ってきた死生観は甘くない。如何に内心で恐怖が押し寄せようとも、運命が私を殺すまで全力で生きるだけだ。


「貴女は王が、民の為に命を捨てる事が出来ると、そう仰るのですか?」


「無論。それが最善ならば、私は喜んで命を差し出そう」


 今、私が死んでも軌道に乗り始めたウェスタリカは心配いらない。悲しむ者がいると信じたいが、人の死と言うのは、案外時間がその悲しみを忘れさせてくれる。たった一人の誰かが死んだ程度では、世界は廻るのを止めないだろう。


「……貴女の心意気、敵ながら天晴、感服致しましたわ。せめてわたくしもその覚悟に報いる死を貴女へと送りましょう」


「それは有り難いな、今までこの考えだけは理解されなかったんだ」


 されど、


「ただ、お前に私は殺せないよ」


 生きるのを諦めるのと、死を覚悟することは似て非なる。


「―――――遍く、霜を降ろす永久凍土の風よ」


 並列演算にて構築していた魔法術式が完成とすると共に、即時発動。再度私の足元にその法則を綴った大小様々の魔法陣が展開され、周囲に冷気が満ちていく。


「きゃっ!?」


 ブーツの底が凍り、燃えていた草木が凍り、一瞬にして世界が氷で閉ざされて変貌した。


「《凍纏(コキュートス)》」


 そして冷気の発生源である私の足元から霜が伝い、皮膚を凍結させる。次第に肉体の内側まで侵食して行き、筋肉を、血を、骨までも時を止めたかのように静止させた。


「さ、さ、ささ……さ、寒い……っ! に、肉球が凍るっ!?」


「お、おおおおお、ルルルルフレお前っ!? なんだこれ、滅茶苦茶寒いんだけど?!」


 ラゼルは体を震わせて私に抗議の声を送るが、半径五メートルを超えた周囲への影響は殆ど無い。精々冷え込みの強い日の明け方程度の気温だ。尚、範囲内であれば影響はその程度では済まないので、この中で生きていられるのはクマムシとかそういう類の生物だけだろう。


「……ッ……ッ」


「どうした、寒くて声も出ないか?」


 歯を震わせて体を掻き抱くディエラを見てそんな言葉を掛けるも、返事は返ってこない。


 恐らく本当に寒すぎて、心肺が殆ど機能していないのだろう。なにせ今の魔法は単に気温を下げたのではなく、周囲の空間全ての温度を下限まで落としたのだから。


 全ての物質は熱を生むことを許されず、常に氷点下の状態で維持され続ける。


「維持、という部分に梃子摺ったが、これは中々」


「ぁ……ぃ、お、し……た……ぉ、です……」


「どういう仕様か、私は絶対零度の中でも活動出来る。後、この苦痛の共有は双方向じゃないんだろ? 私が与えた苦痛は、お前からは返ってこないのが証拠だ」


 私の肉体は今温度の下限にあるが、その感覚は至って正常だ。心臓や肺の働きに変化も無く、ただディエラだけが凍りついた瞼を苦悶に歪めている。


 先程、ディエラが自らを傷つけた時に私は同じ箇所に傷を受けた。これはあちらから傷と痛みが共有されたからだ。しかし、私が義手を切断した際には、ディエラは腕が切断されて激痛に苛まれた筈。その痛みが私に返ってくる事を覚悟しての行動だったが、結局そうはならなかった。


 最後に自分で脇腹を軽く切った時に、その確信は確証に変わった。


「つまり、私が私に効果の無い方法で苦痛を与えれば、お前だけ苦しむって寸法だ。ナイフで心臓を刺せば互いに死ぬが、凍死であれば死なない」


 これが誤算の二つ目。


「……ぇ……ぁあ……そ……な……」


「お前の能力は中々面白いのに、使い方をちゃんと研究しなかったのか?」


「す、すすすすすすげぇ……けど、めめめめ滅茶苦茶ささ、寒いっすよ、ルフレ様ぁ!!」


 叫ぶゲイルを背に、とうとうディエラは膝を突いて能力を解除した。されど、一度下がった体温も内臓機能も直ぐに回復する筈もなく、青を通り越して白くなった顔を俯かせて肩を上下させている。


「こ、こんな事……ありえる筈が……わたくしの能力が、破られるなんて……」


「一つ聞くが、お前は私がウェスタリカの王であるのを知っていたな。ネーアスティラト近辺の地下室にいた女と何か繋がりがあるのか?」


 状況的に考えて、目的も無く私達を襲いに来たわけでもあるまい。


 こちらの素性を知っており、更に何か明確な理由があった筈だ。最低でも私を道連れに出来るような能力者がやって来たのだし、国に関連する何かしらであるのは確定。頻発される『魔王』というワードから、誰かの日記にも紐付ける事ができる。


 さて、ここまでくれば大体予想はできるが、恐らくは魔王の復活とかそういうベターな野望を抱く闇の組織的なアレだ。


「うふふふ……私が安々と口を割るわけありませんことよ? それに、こちらは言わば時間稼ぎ……邪魔な貴女をここに留めておく事がわたくしの最低限の仕事なのですわ」


「なんだと?」


 とは言ってみたものの、大方そんな気はしていた。此方の戦力を知っていて尚本当に私を殺そうとするのなら、彼女一人だけが投入される筈がないだろう。


「ウミノ……って、あれ?」


 そうウミノの名前を呼べばいつもなら二秒と待たせずに気配が現れる……のだが、何故かいつまで経っても彼女は姿を見せない。


「おかしいな……ウミノが居ないなんて事、あったか……?」


 私としては、この場が時間稼ぎであるのなら速やかに首都へ帰還して暗部と連絡を取り、何か異常が無いかを調べて欲しかった。と、非常に珍しいがいないものは仕方がないので、代わりに魔女と繋がる魔力の波長を声に乗せて呼ぶ。


「……なにか用?」


「悪い、少し問題が起きた。この場の全員を連れて首都へ戻れるか?」


「式の構築に五分掛かる、それまでに状況の説明」


 今度は直ぐに現れた魔女、メイビスは手に持ったままの茶器を何処かの空間へ飛ばしながらそう答えた。


 飛ぶ座標に明確な目印があれば即転移出来るものの――――大人数かつ地力で座標の割り出しを行わなければならない――――大規模転移の場合、少なからず時間が掛かるらしいのだ。


 まあ、彼女にも色々と知恵を借りたい所ではあるし、ディエラを拘束しがてら経緯を説明をするとしようか……。






【公開情報】


 《The Empress》ヴィエラの能力は、繋がった対象に同じ傷や痛みを与える。故に心臓へ刃が届いた場合、臓腑を貫いたという結果が同調し、相手は死ぬ事になるだろう。なれど、死の瞬間に繋がりが途切れるという性質上、片方に影響の無い方法で死んだ場合はその限りではない。

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