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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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172.エンプレス

 昔から私は熱いのも暑いのも苦手だった。


 それも前世の頃より、夏場は完全に動けなくなるし、なんなら冬の方が活発だった記憶もある。夏生まれが全員暑さに強いと思うなかれ、こういう例外は必ず存在するのだ……。


 と、そんな思い出話をしている場合ではなく、早急に暴走したアザリアをどうにかしなければならない。


「気絶させるのが一番手っ取り早いか……」


 業火を纏い、渦中にてその紅蓮の髪を靡かせる少女はただ呆然と燃ゆる炎を見つめていた。その瞳にはやはり普段は見ることのない、円形幾何学的な紋様が刻まれている。凄まじい熱量の中で彼女だけが火傷すら負っていないのは、恐らくあの瞳の力なのだろう。


 私は彼女の意識を奪い、強制的に瞳を閉じさせる為に手を伸ばしながら近付こうとする。


「……ッ?!」


 すると、アザリア自身は私に気付いた様子も無いのに、指先を掠める程の距離で炎の壁が展開された。それはまるで本人の意思とは無関係に、近付くものを全て燃やそうとする意思すら感じられる。


 意思……意思?


 其処まで考えてから、私は改めて彼女の周囲をつぶさに観察した。


 見えない無数の手を伸ばすかのように魔力感知の範囲を拡大して行けば、アザリアの背後に隠れるようにしてもう一つの存在が露わになる。いや、ともすれば私が気付かなかっただけで最初から其処にいたのだろう。その反応が余りに小さすぎて、気付かなかっただけだ。


「其処にいるのは誰だ、姿を見せろ」


 私がそう言えば、どこに隠れていたのか小柄な彼女の背後から一人の女性が姿を現した。


 その女は修道女のような服装をしており、大凡この場には似つかわしく無いほどの清楚な雰囲気を纏っている。薄い青みがかった頭髪を足元まで伸ばし、薄い唇が緩やかな弧を描いたその表情はいっそ不気味に思える程の穏やかさだ。


「あらあら、もう気付かれてしまいましたか」


 聞く者の心を落ち着ける声音は、こんな状況でなければ彼女がとても楚々として優しい女性に見えたことだろう。


「……お前、何者だ? アザリアに何をした、いつから其処にいた?」


「そんなに一度に質問をなされても、わたくし困ってしまいますわ。そうですわね……なら、まずは自己紹介から致しましょうか」


 右手を頬へ当て、困ったように笑う修道女はそう言って一歩前へ躍り出る。


「わたくしの名前はディエラ、伍神教グディール派の司祭長に御座います。此度は、皆様方へ顔見せの為に馳せ参じた次第ですが……折角の機会です。よろしければその命、置いて逝って頂けると嬉しいですわ」


「司祭長……? 伍神教の信徒に階級は無かった筈だ、それに顔見せだと? お前達の派閥では幼気な少女を嬲るのが挨拶だとでも言いたいのか」


 言っている事は正直理解したくないが、このディエラという女が明確な敵であることだけは今のではっきりとした。原因がアザリア自身に無いのならばそれはそれでいい、私がこの手で直接ぶちのめせば済む話なのだから。


「ええ、ええ、場合によってはそうですわね。特に……人間などは、私達の打倒すべき敵とも言えますわ。魔王様の作る世界には不要ですもの。どれだけ痛めつけようとも、良心が咎める事などある筈が無いでしょう?」


「……今すぐにその薄汚い手をアザリアから離せ」


「嫌、と言ったら?」


「力尽くで離させるだけだ」


 微笑みを崩す事なくそう返したディエラに、私は即座に斬り掛かった。


 阻む炎の壁を強引に剣圧で裂き、地を這うようになるべく地面へ接地している時間を減らして接近する。


「あらあら、せっかちなこと。ですが、これは少し想定以上ですわね。ニッカが何も出来ずに死んだのも頷けますわ」


 そんな事を言いながらも、ディエラはアザリアを盾にするように後ろへ退いた。


「近づけば、この少女がどうなるか分かりますわよね?」


「……やっぱりそう来るか、性格悪いぞお前」


 私がそう毒吐いて足を止めると、両側面から炎が呻りを上げて迫る。


 どういう原理かは不明だが、どうやらこの女はアザリアの力を操っているらしい。彼女を盾にされている限り攻撃は出来ないし、あちらはこの強力かつ私には効果が絶大な炎熱によって一方的に攻め続けられる。以前の私ならばここで多少は詰んだとか、焦ったりもしたのだろう。


 残念ながら、仲間が人質に取られた時の事を想定した戦い方はゲッツと共に考案済みだ。


「なっ……武器を!?」


 炎を前に跳んで避け、私はそのまま武器を宙へと放った。流石にそんな行動は予想外だったのか、視線が一瞬武器へと向いた隙に肉薄。ディエラはすぐさま視線を戻すも、アザリアから離れて後ろへ飛び退くしか無い。


 しかし、既に次手は打ってある。


「らっしゃい! 鉄の塊を食らわしてやるよ!」


「後ろ!?」


 背後に待ち構えていたライネスの一刀がディエラに迫り、初めてその顔を苦々しく歪めて炎を盾に横へと回避した。


「アザリア……ッ」


 私はその間にアザリアを取り戻したものの、引きつけでも起こしたように目を見開いたまま硬直を起こしてどうにもなりそうにない。そのこめかみには血管が浮き出て、脂汗を浮かせて苦しそうにしている。彼女を元に戻すには、こうなった原因を排除しなければならないという事だろう。


「リリエ、アザリアを頼んだ」


「りょ、了解であります! 身命を賭してお守りするでありますよ!」


 この場で二番目に安全であろうリリエにその身を預け、私は再びディエラへと向き直った。


 あちらも崩れた体勢を建て直し、若干苛立ちの滲む表情で私を睨みつけている。漸く憤怒を制御出来るようになって、元々の性格が短気で義憤に駆られる事の多かった事を思い出す。日本人的気質とでも言えばいいか、私はテレビの向こう側で起きている事件を見て、当事者でも無いのに腹を立てるような人間だった。


 (かつ)てはそれを偽善と自嘲し、結局他人の受け取り方一つであると結論を出したりもした。


「アザリアを苦しめたお前は、絶対に許さない」


「はい? その子は人間ですよ? どれだけ苦しもうがわたくしの知った事ではありませんこと。貴女も魔人なら分かるのでは?」


「分からないな、彼女も魔人も皆が同じように生きている。その尊さに違いなんてある筈が無いだろう」


 そう言って、私は剣を下段に構える。


 対するディエラは炎を両腕へと螺旋状に纏い、鞭のように撓らせて此方へ振り抜いてきた。剣でその一撃をいなし、一歩前へ足を出せばすぐに反対側から同じように攻撃が迫る。


「神鉄流――――《二双》」


 斬り上げにてそれを弾き、剣を何もない空中へ袈裟斬りに振り下ろした。


「……ッ! 斬撃がここまで……」


 飛ぶ斬撃……とは少し違うが、剣圧による衝撃が空気を伝って大地を抉りながらディエラを襲う。これはエイジスの得意とした技で、《天斬崩地ティアマット・ブレイブ》も同じ原理で遠くの空間を切り裂いている。


「凄まじい剣技ですこと……ですが、この程度でわたくしを倒せるなどと思わないことですわ」


 ディエラは質量を持った炎を展開した事によりダメージを負っていないが、それ自体は想定内。この隙に私は先程生み出した桜の木の根を解き、転生者らしきゴブリンのボスを自由にする。


 彼は意図的に開放された事に訝しみながらも立ち上がり、その黄色の瞳を此方へ向けた。


「な……なんのつもりだ、お前」


「悪いな、ひとまず休戦だ。今はあいつを倒すために、手を貸してくれないか?」


「日本語……ッ!? お前まさか、俺と同じ……」


「ちょっと詳しく説明している暇はないから、手を貸すのか貸さないのかだけ答えてくれ、ゴブリンの王よ」


 ディエラから視線を外さないままに私がそう言えば、彼の声に動揺が色濃く表れる。なれど、その逡巡はとても短く、一瞬後には私と彼の間に数体の中型ゴーレムが生み出された。


「ゴブリンじゃねえ、"ラゼル"だ。まあ、これも本名じゃねえけど、この世界じゃネトゲのハンネのほうがしっくり来るからな……というか、意味は分かるか?」


「分かるさ、私もそういう人間だった。今はルフレという名前だが、嘗てはな」


 互いに顔を向けずとも暗黙の内に共闘が成立し、ラゼルと名乗ったゴブリンは彼の配下も呼び寄せて臨戦態勢に入る。


「はて、こんなか弱き子羊を相手に二対一とは……あなた方は卑怯だと思わないのでしょうか?」


「よもやだな、他人の影に隠れてコソコソやっていた奴がよく言う」


「おい、ちょっとお前ら何言ってるのかわかんないだけど? 通訳は?」


 ただ、私がディエラと言葉を交わすと、ラゼルは苦い顔を此方へ向けた。折角戦意が高揚するいい雰囲気だったのに台無しである。


「あ~……お前、ボスとか一人で倒すタイプ?」


「いや、ソロとか柄じゃねえわ」


「ならいい、要は囲んで棒で叩かれたくないって、エネミーが喚いてるだけだ」


「成程了解、じゃあ遠慮は要らないな。数の暴力でボコボコにしてやんよ」


 今度こそ、そう言って二人はディエラを見据えて構えを取った。突然の異世界人との遭遇から謎の勢力と相対する羽目になったが、こんな局面程度軽く乗り越えて見せる。


 それに、ゲッツと戦った時より私がどれだけ強くなったのかを確認出来るいい機会だ。存分に暴れさせてもらおうではないか。

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