表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
184/210

171.邂逅

 ラウスの後を追った一行は比較的直ぐに彼らと再開することが出来た。


 魔力感知の範囲内では生命であれば何人も隠れる事が出来ないのもあるが、敵方はどうやら私達がやって来るのを想定して敢えて待っていたらしい。大樹の森の合間に存在する開けた土地で、幾らか装備の上等なゴブリンが配下を従え、天然の櫓の上で胡座を掻いていた。


 その下には土塊で生み出された枷を手足に嵌めたラウスとその仲間、向かいには対面するライネスの姿がある。


 大方あの馬鹿共が罠に掛けられて捕縛された後、追いかけてきたライネス達はどうすることも出来ずに立ち尽くしていると言った所だろう。


「畜生! なんだよこれ、解きやがれゴラァ!」


 特に何かされたわけでもなく、至って元気そうなのだけが救いか。


「お前らも見てねぇで早く助けろってんだよ! おい! この愚図共がよぉ!」


 この状況で喚き散らした挙げ句仲間に当たるのはどうかと思うが、事前にどういう人物か聞かされていただけにあまり怒りも湧いて来ない。自分が捕まっているから此方が手出し出来ない事を理解していないし、言っても聞かなそうだし。


「あれが連中のボスか」


「お、おお……ルフレ様、いつの間に……。いや、本当申し訳ねぇんですが、ちょっと状況がですな……」


「見れば分かるよ、お前は悪くない」


 困ったように眉尻を下げながら(へりくだ)るライネスにそう声を掛け、私は彼の前へと歩み出る。それを見てボスのゴブリンは目を眇め、徐に立ち上がった。


「えー、っと……その、なんだ。言葉は通じるか?」


「……」


 軽く咳払いをして言語が理解出来るか尋ねれば、ゴブリンは問いには答えずに無言で私を見つめる。


 リシア語は通じていないようだが、理知的な光の宿るその瞳は普通の魔物とは違うように見える。恐らく、此方が何かしらのコミュニケーションを取ろうとしていることは理解しているのだろう。まるで続きを促すかのように見下ろしたまま、微動だにしない。


「お前達は、何故ひと……人を襲う? ころす事……が、えっと、目的じゃないんだろう?」


「……」


 若干拙いサン語も試してみるも、不発。


 ウェスタリカでもリシア語が通じるからと言って、練習を怠けていたのは多分原因ではない筈だ。彼らは知性があるものの、ヒト種やそれに準ずる存在の言語を一切知らないのだろう。


「……あの、ルフレ様、なんかヤバそうですけど」


「……そ、そんな事私が一番良く分かってるよ馬鹿! まあ、言語が通じないのは想定内だし……」


 そんな、ゲイルの耳打ちに若干狼狽えつつ、再度ゴブリンへのコミュニケーションを図ろうと視線を戻した時だった。


「――――ライオンの獣人と角のある亜人か……その見た目で人間側の種族みたいだし……? 枠組みがよく分からんな……」


「……あの、アイツ今喋りましたけど、なんて言ってるか分かりました?」


「あ、え……? 今の言葉を聞き取れなかったのか?」

 

「いや、さっぱり。別の大陸の言語ですかね……」


 ゴブリンが突然流暢にそう口にし、私は思わず耳を疑った。にも関わらずゲイルだけでなく、他の誰も今の発言を聞き取れないと言った風に眉を顰めている。


「あ、ああ……いやいや、そりゃそうだ、私だけが聞き取れるんだから当たり前か」


「まあいいや、人間がいるってことはいつか俺達を討伐に来るとは思ってたし。覚悟は出来てたわ」


 尚も誰に向けたわけでもない言葉を溢すゴブリンと、一人納得する私。


 この場で状況を正しく把握出来ているのは私のみであり、そして場の収め方を知っているのも私だけ。ただ、相手にその気があるかどうか分からない以上、不用意に正体を明かすのもリスクが高い。


「さて、身ぐるみ剥いだらお家には帰してやるから、大人しくボコられてくれよな」


 その言葉と共に足元の土が盛り上がり、私の体を拘束しようと覆いかぶさってくる。案の定敵対行動に出た訳だが、別にこの程度戯れ以外の何物でもないだろう。


「うっわ、なんだよそれぇ! 反則だろ馬鹿馬鹿っ!」


 雷光を身に纏って魔法による土の壁を全て砕き、そのまま抜剣して背後から密かに接近していたゴブリンの得物を全て真っ二つに両断。


 ボスゴブリンは焦ったように飛び跳ね、何か合図するように手をせわしなく動かした。


「またこれか、もう見たぞ」


 直後に左で蔦を切り、振りかぶられた破砕槌が私へ迫る。


 ただ、一度見ただけに加えて、この程度の物を受けて身じろぐような鍛え方もしていない。左手を翳して受け止めると、そのまま力を籠めて粉砕。木片と化した破砕槌が地面へと降り注いだ。


「くっそ……そう言えばアイツらがやられたから……今のはバレてたか……けど、これならどうよっ!?」


 まだ手の内は残っているらしい。ボスゴブリンの周囲で魔力が迸り、その奔流が木々の根へと変化を起こした。


「ほう」


 これは中々どうして、珍しい魔法を使う。


 木の根が魔力によって操られて急激に伸びたかと思うと、槍のように先端を鋭く尖らせて襲い掛かって来た。密度を高めて全方位から迫るそれは、さながら天然のアイアンメイデンのようにも見える。


 全て斬り飛ばしてやってもいいが、それだと時間が掛かって仕方がない。


「木相、暁の(あずま)、方陣たるは青龍の碧――――《楼閣》」


「はっ……えっ!?」


 私は術式を詠唱にて構築し、同じ性質の魔法を木々へとぶつける。そうすれば、途端に根の勢いは消え失せて元の地中へと帰って行った。加えて、逆に更に深い層に眠る種子を発芽させ、ゴブリンを閉じ込める樹木の檻を生み出す。


「桜……?」


「綺麗……」


 周囲の大樹のような大きさこそ無いが、それは魔法の名の通り桜色の花を咲き誇らせていた。


「なんだよこれ、ありえない……無詠唱で魔法撃てる俺が、なんで……」


 まさか魔法をそのまま返されるとは思っても見なかったらしい。ボスゴブリンは呆然としたまま、根が複雑に絡み合った檻の中で羽交い締めにされている。


「……ふざけんなよ、異世界転生したってのに種族はゴブリンで、チートがあったからまだ良かったけど、なんだよこれ……俺なんかより強い奴いるじゃんか、これじゃ意味ねーよ……」


 そうして何事か呟き、頭を揺らしていたかと思った矢先――――


「ふざけんじゃねえよ! クソが……ッ! 異世界来たらチートましましでハーレム盛り盛りだろ普通はぁ……ッ!! こんなのぜってー認めねぇ! 転生者は最強じゃなきゃ意味ねーんだよっ、こっちは意味分かんねぇ理由で一回死んでるっていうのに、今度はクソゲー強いてきやがって理不尽過ぎるだろォ!」


 最早喉が心配になる程の絶叫を発し、森の中で木霊した。


 さて……多分ここにアキトがいたのならもう気付いているだろうが、彼はまず間違いなく異世界転生者である。それも割とそういう展開に夢を持っていたのだろう、転生系の創作物が好きと伺えるような感じの。


 この世界の言語が通じず、私以外が聞き取れない日本語を話していた時点で分かっていた。しかし、あの状況で正体を明かしても和解出来るとは限らなかったので、取り敢えず相手の手の内を全て叩き潰した上で話し合いに入りたかったのだ。


「ふざけんなよ……こんなんで終われるか……ふざけんな……また死んで転生出来る保証も無いんだぞ……」


 ただ、


「ふざけんなよボケカスがぁ!!」


 相手にその意思があるかどうかはまた別の問題。


 明らかに暴走に近しい魔力の奔流が巻き起こり、大地が揺れ動いた。木々を根こそぎ抉り取るように土が隆起、土中から浮上するように巨大な土塊が人のような姿を形造って行く。


『ォォオオオオオン!!!!!!!』


「これは土塊の人形(クレイ・ゴーレム)……しかしなんだこの大きさは……」


 金属が軋みを上げたかのような咆哮を上げ、ゴーレムは泥中にある赤黒い単眼を発光させる。高さにして凡そ五メートルはあろうか、このサイズのゴーレムを人為的に顕現させる者は私も初めて見た。恐らく土系の魔法としては、この世界でも片手の指に入る程の能力だろう。


 これは些か拙いな。奥の手が予想外に凄まじく、段々楽しくなってきてしまった。


「ちょっとルフレ、何笑ってるのよ! やばいわよ、こんなのどうやって倒すの!? 無理無理無理無理! 死んじゃう!」


 アザリアがそう叫ぶのも尤もだが、(しがらみ)の無い中で出会う強者に悦を抱くのは私にとって自然な事だ。


 握り固められたゴーレムの拳が振り上げられ、徐に此方を狙い澄ます。


 流動的かつ質量を持った暴力にどう対抗するか、この場合だと属性は土なので相克関係で言えば木。古代魔法の異端、水と土の合成魔法である木属性にて相殺するのが適切だろう。そんな考えから術式を組んでいたのだが……。


「……これは」


 ゴーレムの動きが思った以上に早い。私が魔法を放つよりも先にあちらの攻撃が届いてしまう。


 《魔力支配》を手に入れたとて、まだ上位の魔法を行使するには使いこなせていないのが現状だ。このままでは相殺に間に合わない。致し方なく水を分離させて土にて押し止める為の魔法へと切り替えようとした時の事。


「――――ッ!?」


 ゴーレムの拳を、紅蓮の壁が阻んだ。


 魔法ではない、なれど自然の火でも無い。炎の幕はまるで強固な防壁のようにその土塊の剛拳を押し留め、あまつさえ肩口までを焼き尽くして破壊したのだ。


 熱や光に質量は無い筈だと言うのに、一体どういう原理なのか……確かにあれは物理的にゴーレムの攻撃を止めている。


「魔力を感じないということは、まさか……!?」


 慌てて周囲を見回すと、たった一人を除いて誰もが驚愕した様子で炎を見つめている。いや、"彼女自身"も放心した状態で、数十センチ先に迫っていたゴーレムの拳だったものを見て立ち尽くしている。そして、その瞳には何か意味の感じられる紋様と、あの炎と同じ紅蓮が迸り舞っていた。


「アザリア! 目を閉じろ!」


 既に土はほぼ焼き固められ、ゴーレムの肉体は崩壊し尽くしている。


 それと相反するように炎は激しさを増し、このままでは周囲の木々に燃え移ることは必至。咄嗟のことだが、恐らくあの炎はアザリアの瞳に起因して発現している筈。


「アザリア! 目を瞑って炎を消すんだ! おい、聞こえないのか!?」


 その旨を伝えようと叫ぶ私の声は業火に掻き消され、彼女へ届かない。


 否、届いているのだが、彼女は平静さを欠いて私の言葉に耳を傾ける余裕が無いのだ。ここまで歩いてきた肉体的疲労と連戦において何度も狙われた事による心的なダメージ。きっとこの状況で最も混乱しているのは彼女自身なのだろう、でなければアザリアが私の声を聞き逃すなどあり得ない。


「拙い、拙い拙いぞ……物理法則にも魔法にも起因しない炎なんてどうやって消すんだ。あれは多分スキルだ、ゲッツと同じなら基本的な世界の法則を無視するし、ただ水を掛けただけで消える筈が無い……」


 突然の不測の事態に、私はこめかみから伝う汗を拭いながら唇を噛み締めた。ただでさえ炎熱を受けるのは苦手なのに、これをどうにかしなければいけないと思うと少し泣き言も言いたくなるというもの。


 されど、やらねばなるまい。このままでは森だけでなく、私達まで燃やし尽くされてしまうだろうから……。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作の投稿はじめました! 興味のある方は下のリンクから是非!

↓↓↓↓↓↓↓↓↓
『創成の聖女-突然ですが異世界転生したら幼女だったので、ジョブシステムを極めて無双します-』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ