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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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169.ゴブリン突撃

 ウェスタリカ北部森林の最中、凡そ三十名の隊列が鬱蒼とした木々を縫って進んでいた。


 正体は言わずもがな、特異個体のゴブリンを調査しに来た我々である。ただ、如何せんこの地域は未開拓というのもあって、魔物の生息環境が分からずに虱潰しの調査をする羽目になっているのだが。


「――――それで、自分が四歳の時には母にラグミニア公国の神山へと連れられて、勇者の証を継承したのであります」


 調査隊の半数を占める冒険者の徒党は、軍の面々とあまり距離を縮める様子は無い。


 現在まで何も起きていないのもあって、専らリリエを中心に勇者についての話で盛り上がっている。まあ、一応各々のパーティーリーダーとは軽い紹介と陣形の相談をしているので、戦闘になった際にはしっかりと連携を取ってくれるだろう。


「……東に小型動物の足跡があった、恐らく山犬や狸の類だろうが獣魔かもしれない。警戒を怠るなよ」


「此方は特に痕跡らしい物は見当たらないな、もう少し索敵の範囲を広げてみる」


 斥候はどこも変わらず本隊からやや離れた場所で周囲を警戒しており、時折別のパーティー同士で情報交換をしながら仕事をしっかりとこなしていた。彼らは戦闘系の冒険者と比べて一つの徒党に留まる割合が低いので、逆にこういう即席の場では冒険者や兵士の括りに囚われないのだろう。


 因みに、十四人いる冒険者の中で六人、都合二パーティーがグリュミネ鉱山から私に付いて来た冒険者達だ。残りは最近外部からやって来て、ウェスタリカに滞在しているヒト種が占めている。


「あの、ルフレ様……ちょっといいっすかね?」


「ん、どうしたゲイル?」


 そんな光景を後列で眺めていると、ゲイルがやや困ったような顔でそう言いながら私の元へやって来た。


 《巨刃》の二つ名で知られる彼は一応この中では最も位階の高い冒険者なので、纏め役として言い含めてあったのだが……何かあったのだろうか?


「いや、実はですね、ちょっと面倒な奴がいまして……忠告というか、余裕があれば気をつけておいて欲しいんですけど……」


「面倒な奴? ギルドの職員が選んだ面子だろうに、どういうことだ……?」


「あそこにいる茶髪で片手剣と小盾の男……ラウスって言う奴なんすけど、クソほど協調性が無くてこういう依頼では割と他のパーティーを蔑ろにするんですよ……」


「ふむ、位階は?」


「上銀っす、一応俺と同じっすね」


「あー……偶にいるんだなぁ、そういうのは」


 上銀等級(Bランク)で面倒な奴と聞けば、私は当時のジンを思い出す。


 上銀なんて冒険者の中では上から三番目に位階が高いにも関わらず、一部は腕っぷしだけの叩き上げ故にかなり素行が悪い事で知られるのも確かだ。半端に強いだけに誰も文句を言えず、高い討伐難度の魔物に対抗できる貴重な戦力として職員も強く言うことが出来ない厄介な立場にいる。


 ラウス自体が一体何処まで面倒な奴なのかはまだ分からないが、ギルドに出入りしていれば嫌でも一度はそんな輩を目にする。


「まあ、気をつけてはおくよ。まだ何も問題は起こしてないし、特に注意もしないがいいか?」


「はい、気を遣わせてすんません。俺も監視してるんで、何かあれば取り敢えずこっちでなんとかします」


 とは言え、何時も何時も所構わず暴れるような馬鹿はいない。


 なにもしないのであれば別段私がなにか言うこともあるまいし、加えて今回は軍が主導する――――王も同伴している――――調査依頼なのだ。ここでやらかせばどうなるか分からない程頭の悪い者で無い限り、集団内でいざこざが起きることは無いだろう。


「……ところで、結構歩いたが、そろそろ疲れてきたみたいだな?」


「も、問題ないわ……! これくらい平気よ、馬鹿にしないで頂戴……」


 そしてもう一つ、額に脂汗を浮かせながら覚束ない足取りで私の横を歩くアザリアが目下の問題だ……。


 城から出る際はほぼ馬か馬車、そしてほんの少し前まで筋金入りの箱入りだったお姫様がこの行軍はやはり厳しかったか。


「ねぇ、ゴブリンはまだ見つからないの……? もう二時間は森を歩いてるわよ……」


「まだ見当たらないな、恐らくもっと北の方にいるんだろう」


「そう……」


「はぁ……だから馬を用意するって言ったんだ。お前、この森を往復して歩き切る体力なんて無いだろう」


「……嫌よ、みんな歩いてるのに私だけ馬なんて。我儘言って付いて来たんだから、これくらい我慢するわ」


「さいですか」


 彼女は伏し目がちにそう強がるが、どう見ても限界だろう。途中で倒れられても面倒なのでやはりこれ以上歩かせるのは拙い。ライネスにでも背負わせるかと声を上げようとした時の事。


「―――おいっ! 何か来るぞ!」


「方向は!?」


「十時! 複数の足音! 二足の魔物だ!」


 とうとう痺れを切らしてあちらからやって来たのか、北西を見張っていた斥候の叫び声と共に場が慌ただしく動き出した。


 それまで静寂を守っていたのが嘘だったかのように森はざわめき、未だ正体の見えぬ敵の襲来を知らせるように梢を揺らす。談笑に花を咲かせていた冒険者の一党も既に臨戦態勢に入り、私とアザリアを囲むようにして陣形を張っていた。


「三十四……いや、五か。少し多いな」


 斥候の報告と同時に魔力感知を展開した私にも、凡そ三十を超える数の小型の魔物が此方へ迫っているのを把握している。その全てが子供のような特徴的な体型に刃物を持った姿であり、十中八九報告にあったゴブリンに間違い無い。


 しかし……繁殖力が強いとは言え、三十五匹もいるとなれば少々厄介だ。


 これが全て特異個体だとするとライネスやゲイル達は兎も角として、他の冒険者が捌ききれるかどうかという話になってくる。相手は元々小賢しい子鬼達であるからして、知恵の付いたゴブリンなんぞ何をしてくるか分からない。


「ああ…………いや、成程。そういうことか」


 ただ、その憂慮は最もであるものの、私はそこまで考えてとある事実に気がついた……というよりも見つけたと言った方が正しいか。


「接敵五秒前! 四、三、二、一……来ますっ!」


「構え! 盾持ちは一匹たりとも中に通すんじゃねえぞ!」


 ライネスの怒号の一拍後に木々の合間から飛び出したのは案の上ゴブリンだった。実物は初めて見るのだろうアザリアは先程までの疲れた表情は何処へやら、興味津々の様子である。


 昨今の――――ライトヘビィ問わず――――ファンタジー界隈で知られる彼らは大抵『老人のような鷲鼻の醜い面貌をした小型の魔物』だが、この世界のゴブリンは少々違う。


 体色は確かに緑がかった茶色で、体格も概ね同じだ。なれど餓鬼のような顔立ちはしておらず、どちらかと言えば先鋭的な輪郭の悪魔種(デーモン)に近い。骨格そのままに皮だけを貼り付けたような角張った額や、牙の露出した頑強な顎などの共通点がある。


「ギッギ!!」


「一定の距離を保て! 互いにカバー出来る位置にいるんだ!」


 尚、その悪辣な性質だけは同じで、積極的に人や家畜を襲う危険な魔物だ。


 奇襲して来たゴブリンたちの半数は最も近しい冒険者と切り合いになり、残りはその合間を抜けて此方へ来ようとしている。それを止めるべく隊列がV字へと変化して行ったので、相手は囲まれる形になったが……。


「くっ……! こいつら動きが普通じゃねえ!?」


 冒険者と軍の混成隊にも負けず劣らずの連携を見せ、非常に上手く立ち回っていた。


 囲まれているとは言え隣の仲間の邪魔にならないようにすると、同時に対面出来るのは精々十人弱が限度だろう。対してゴブリンはその小柄な体躯を生かして、敵一人に対して二匹で応戦しているのだ。


「ほう、考えて戦ってるな。普通のゴブリンより強いとは言え、手練の彼奴等を相手に一歩も引かないとは中々……」


「ちょっとルフレ! そんな悠長に感想を言ってる場合!? なんだかヤバそうよ!」


「いや、問題あるまい」


 一点突破、突撃の布陣を敷いてきたのならば、相手の考えは大凡『中央にいる非戦闘員の女を盾に敵の行動を制限する』と言った所か。作戦としては卑怯だが、この場においては対象が王族ということで非常に妥当な案であろう。


 尚、その作戦が妥当であるのは、女子供の片割れが"私"で無ければの話だ。


「おい! 一匹抜けたぞ! 何があってもルフレ様とアザリア様には指一本たりとも触れさせるな!」


「ギィ……!」


 丁度良く戦線の合間を縫って飛び出た一匹のゴブリンが此方へ駆けてくる。


 それを見た兵士たちは血相を変えて更に後ろから追うが、足の速さだけで言えば敵に分があった。瞬く間に距離を縮めて私へと切り込んでくるそれを止める事は叶わず、ゴブリンの鉈が袈裟斬りに振り下ろされる。


「しっかり捕まってろよ、少し走るぞ」


「あ……えっ、ちょルフ――――」


 その直前、私はアザリアを抱えて術式を構築すると、肥大化する魔力を全て身体強化へと費やして大地を蹴った。


「ギッ!?」


 コマ送りの世界の中、鉈を振るゴブリンが瞬きをするのを横目に、その脇を通り抜けて一気に冒険者の戦っている地点まで一足で飛ぶ。そうして私が地面へ足を着けて暫くしてから、漸く背後で刃物が土を捲りあげる音が上がった。


「る、ルフレ様!?」


「心配せずとも、何があろうと指一本たりとも触れる事は、他の誰でもない私自身が許す筈がないだろう。当然、アザリアにもだ」


「あ……」


 後列で唖然とする兵士の一人へそう告げ、所謂お姫様抱っこのまま私を見つめて微動だにしないアザリアへ微笑みかける。流石にこれは少し格好つけが過ぎただろうか、しかしもう私は誰かに守られているようでは駄目なのだ。


 背後に守るものを抱えつつ、不敵に笑みを浮かべたまま勝ってしまえるくらいで無ければならない。


 それが私の目指す強さであり、エイジスが私に見せてくれた手本でもある。


「ギ……、ギギッ!」


 と、どうやら私が単なるひ弱な女で無いことに気付いたのか、ゴブリン達が狼狽えつつ後退し始めた。


 一匹、また一匹と元来た方向へ逃げて行き、とうとう殿を務めた最後のゴブリンも背中を向けて走り始める。しかし、私にはそれが単なる敗走では無いことに気付いていた。こんなあからさまな撤退は、追ってくださいと言っているようなものだ。


 大半の冒険者もそれを察してか後を追うような奴はいない――――


「お前ら追うぞ! あんなレアモノ逃してたまるかよ!」


「ま、待て! おい!」


 いや、いた。


 先程ゲイルに忠告を受けたラウスという冒険者は、パーティーメンバーを引き連れて逃げたゴブリンを追おうとしていた。


 制止するゲイルの言葉にも耳を貸さずに森の奥へと入っていき、ライネスが困ったように此方を見て指示を仰いでいる。仕方が無いので「追いかけろ」と視線で指示を送れば、数人の兵士を引き連れて彼もラウスの後を追った。


 なにやら嫌な予感がするが、ライネスがいるのなら滅多な事で惨事にはならない筈だ。


 ……寧ろこちら側で何か起きる気がするのは、私の杞憂だろうか?

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