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転生竜人の少女は、安寧の夢を見る  作者: 椎名甘楚
六章.降誕せし魔の王
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168.勇者リリエ

 日が昇りきらない内から騒がしく人の出入りがあるのは北の駐屯地。


 第一軍団の拠点でもあるその場所にて、特異個体ゴブリンの調査の為に準備が粛々と進められていた。調査隊の編成は軍団長ライネスを含めたその部下と、一部冒険者を雇い入れたメンツになっている。


 そして今回私も半分は冒険者の立場として、現場へ同行することになった。


 『国として看過出来ない危険を調査する』という名目で冒険者組合に依頼したのは、私では無くバカラ。些かマッチポンプが過ぎるかも知れないが、冒険者の私が依頼を受けられない道理はない。


 流石に異例のことで功績点は加算されないらしく、単純に保険と息抜きの意味合いで付いて来たのだ。


「ルフレ様ぁ、本当に一緒に行くんですか……? なにも貴女が前線に赴かなくともいいのに、危ないですよ……」


「そんな台詞は一度でも私に勝ってから言い給えよ、ライネス。それに私も久しぶりに冒険をしたい気分なんだ、最近机に向かってばかりで体が鈍っていたからな」


 情けない声で私を諌めるライネスに私はそう返事をし、久方ぶりに冒険者装束へと袖を通す為に義手を生成する。


 当時針子にかなり無茶を言って作らせた、現代風のファー付きコートと黒々とした中に赤の紋様が入った仮面。何方も魔法の付加効果がされたこの世に一つしかない逸品だが、やはり剣帯に挿した得物だけは今一つ物足りない。


 エンデの仕事も一段落着く頃合いだし、そろそろ本格的に魔剣の製作へ取り掛かって貰おうか。


 さて、準備も終わり、後は組合から推薦された他の冒険者が到着するのを待つだけ。


「よし、準備出来たわよ! 早く行きましょう」


「……後、これの引率係が必要なのを忘れていないか?」


「は、はぁ……」


 そして今回同行した一番の理由であるアザリアを横目に、私は溜息を吐きながら言葉を溢した。


 絶対に付いていくと言って譲らなかった彼女は、いつもの豪奢なドレスではなく魔導士のような軽装を身に纏っている。何時も自分だけ蚊帳の外にいるのが辛抱堪らないらしく、今回のゴブリン騒動においてとうとうそれが爆発。


 致し方なく私が保護者として同伴する事になったのが事の真相だ。


「ルフレ様、残りの冒険者たちが到着したようなのですが……」


「ああ、ご苦労。顔合わせを済ませたら出発しよう。ライネスとアザリア以外は外で待機していてくれ」


「いえ……実はその中に……」


 ライネスの部下から報告を受けて立ち上がったのだが、どうにも報告した者の顔色が悪い。何事かとこの場にいる誰もが胡乱気な視線を彼へ送ると、その直後に別の兵士が息せき切った様子でやって来た。


「お、お取り込み中の所申し訳ありません! 勇者! 勇者がこの国へ来ました!」


「 何!? 勇者だと!?」


 心底顔を青褪めさせ、掠れた声でそう叫んだ兵士にライネスが怒声にも近い声音で聞き返す。


「は、はいっ……! 間違いありません、奴は自ら勇者と名乗っておりました!」


「拙いな……ルフレ様、アザリア王女を連れて速やかにこの場から退避を。お前達はお二人に付いて何が何でも守り抜け、残りはここで勇者を出迎える」


「「はっ!」」


 ライネスの指示を速やかに遂行するべく動く兵士たちと、何が起きたか分からずに呆けるアザリア。やはり過去の出来事が影響しているようで、この国の民は勇者という存在に過敏になっているらしい。


「待て待て、そんなに慌てるな」


 純粋な勇者とは魔王と敵対する事が多く、実際仕方ないとは言え私の父も最後は祖父の首を獲った。彼らが恐れるその気持もわからんでもないのだが、今此処にいるのは魔王ではない只の一人の魔人だ。


「勇者は別に突然斬り掛かって来たわけでもないんだろう? なら取り敢えず通せ、話はそれからだ」


「いや、しかし……」


 私の言葉に、彼らは動きを止めて困ったように此方を見る。


 勇者と言えど、ただそれだけで先入観を持ってしまうのは良くない事だ。相手が敵対的で無い限りは先ず言葉を交わす事、歩み寄る姿勢を見せるべきである。その辺り、長らく外部と関わりを持たなかった彼らはあまり得意では無い為、こうも外部の者に対して怯えてしまうのだろう。


「――――おや、そこにいるのは! 」


「ッ!」


 そうして、丁度会話が途切れた時。


 不意に廊下から女性の声が聞こえ、淡い緋色の髪を揺らして声の主が顔を覗かせた。そんな彼女のくりくりとした小動物のような目が私と合うと、嬉しそうに破顔させて此方へ駆け寄ってくる。


「灰の英雄殿ではありませんか! 探したでありますよぉ!!」


「お、おい! 待て!」


 それに対して咄嗟に叫んだ兵士の制止も気に留めず、私の手を取って上下に振り、かなり個性的な口調で親しげにそう語りかけて来た。


「お久しぶりであります……って、覚えてないでありますかね?」


「いや、覚えているよ。グリュミネ鉱山で聖人と戦っていた勇者だろう?」


「おおっ! 感激であります! あの時は辛くも英雄殿に命を救われ、どうにかこうにか助かったでありますよ! 本当に感謝しているであります!」


 勇者は満面の笑みで感謝を告げると、より一層握った手を激しく上下に揺する。


 当時、グラディンに敗北して死にかけていたので、その人と成りは分からなかったが相当マイペースな人物のようだ。周囲で慌てふためく兵士たちも我関せず、依然私から離れる様子はない。


「では、改めて自己紹介を。自分の名前は、リリエ・メルティファン。炎神に勇者の資格を与えられた、緋の勇者であります。以後お見知り置きを」


「私はルフレ・ウィステリアだ。一応この国の王をしている」


「なんと!? 女王様でありましたか!! それはとんだ無礼をしたであります!」


 私がそう名乗ると初耳だったのか、驚いた様子で彼女は再び何度も頭を下げる。一応彼女の事はアデウス氏に聞いていたが、あちらは何も聞かずに此処へ来たらしい……いや、話半ばで飛び出して来た、という可能性は多いにありそうだ。


「ところで、どうしてまたこの国へ?」


「それはもう、命の恩人にお礼を言いたかったのでありますよ」


「……それだけ?」


「はい、それだけであります。本当は直ぐにでもお礼を言いに行きたかったのでありますが、自分が意識を取り戻した時にはルフレ殿……様は既にアルトロンドから発っていたので、アデウスおじちゃ……ルヴィエント侯爵に行方を聞いて、急いでやって来たで次第であります!」


 あ、やはり私の予想は当たっていそうな予感がする。


 彼女はどうにも抜けた雰囲気が漂っていて、勇者と言うよりもポンコツで生真面目な女性という印象が強い。顔はいいのに表情がしまらないと言ったような、外見と中身の剥離が激しいタイプに見受けられるのだ。


「そして、いざやって来たら王都にはいなかったので冒険者ギルドで行方を聞いた所、北の森の異変の調査をしに行くと耳に挟んだのでその一団に付いて来たであります。自分、冒険者としても一応銀等級(Bランク)なので、何かのお役に立てるとは思うであります!」


「成程、それで素性を聞かれて勇者と名乗ったわけか……」


 安全面の為に雇った冒険者の経歴や素性を兵士に調べるように言い含めていたが、まさかそこで勇者が来ていると露呈するとは……。


「まあ……そういう事なら問題は無いな、礼は受け取っておくよ。是非今回の調査にも同行して欲しい」


「了解であります!」


「それと……あの時リリエ、キミがいなければもっと被害が出ていた。私からも礼を言わせて貰おう」


 アキトの働きによって明らかになった事実を受け、即座に行動を取ってくれた事。あの惨状の最中に瀕死の身を挺して最後まで戦おうとしたこと、私もこの目で見た全てが称賛に値する。


「そ、そんなっ! 自分はただ勇者としての責務を全うしただけであります! それに敗走して、逃げた先の鉱山で死人を出してしまったでありますし……」


「結果論だが、あの場に敵を連れてくるのは最善だったけどな。他の場所へ逃げられれば被害はそれだけでは済まなかっただろう。それとは別に、誰かを死なせた事は大いに悔めばいい。その上で次同じような事が起きた時に、どうするか考えるべきだ。私も、キミも」


「確かに仰る通りであります……」


 実際、鉱山にいる私とグラディンがニアミスした場合。もしくはあの場でリリエを助けに行かなかった場合、結末がどうなっていたかは計り知れない。最低でもアルトロンドは今より更に酷い状況に陥り、量産されていた戦車によって戦争が引き起こされていた可能性だって大いにありえた。


 ただ、人が死んだ事をそれで済ませていい訳ではないし、致し方ない事だったとも思わない。生きている私達に出来るのはそのどうしようもない程の苦汁を糧に、二度と同じ轍を踏まない為に努力することだけ。


「人の数だけ信念があり、それに善悪は関わらない。悪意ある意志に負けない為にも強く在るしか無いんだ」


「流石は英雄殿、それに一国の長というべきか……心がお強いのでありますな!」


「いや、こう見えても以外と一杯一杯だったりするぞ? 誰かに助けて貰わなければ服の着替えさえもままならないような女だしな」


 私はそう言って義手の左腕を捲って見せ、おどけたように笑ってみせる。


 義手を常に作り続けるのは魔力を延々と垂れ流す行為と同義。実質不可能に近いお陰で腕一本での生活にもすっかり慣れきったが、それでも依然片腕では出来ない事の方が多い。


 因みに金属や木材で作ろうかと思ってはいるものの、本物の手と同じように動かせるこれ以上に便利な物が出来ない気がして先送りにしている。魔力を良く通す素材があれば神経網を代替出来るだろうし、色々と物理法則の違うこの世界なら探しに行くのも手だろう。


「……さて、そろそろ談笑の時間は終わりだ。残りの冒険者諸君へ挨拶をして、出発しようか。日帰りの予定なんだし、早く済ませて首都まで戻りたいしな」


「御意に」


 元々不安はそこまで無かったとは言え、勇者と言う保険まで手に入った北部森林の調査は楽に済みそうだ。なんらかのイレギュラーでも無い限りだが、そう頻繁に何度も問題が起きたりはしないと……思いたい。

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