18.残る課題
「おお、きみは! 無事だったか!」
「まあ、うちの師匠は強いので」
道を歩いていると、数分もかからず件の衛兵たちと再会した。
俺が生きている事に驚きと喜びの混じった声を上げ、先頭に立つ30代くらいの男が一歩前に出る。
「先程は本当に助かった、君は私達の命の恩人だ」
「それ、さっきも聞いたよ」
「まあそう言わずに受け取ってくれ。炎竜もエイジスさんと一緒に倒してくれたんだろう? 感謝してもし切れないんだよ」
「……分かった、素直に受け取っておくよ」
魔人である俺に対しても屈託のない笑みを向ける辺り、コイツもエイジスと同種の人間だな。
衛兵とは街の出入り以外で顔を合わせないし、関わりが薄いのだ。
街の中にいれば否応にも忌避の視線が向けられるので、彼のような人間に出会うのは基本難しい。
「私の名前はブレッタ、こっちがバスカルとエラだ。きみは?」
「ルフレ・ウィステリア」
「ルフレか、改めてよろしくと、ありがとうの言葉を送らせて貰う」
そう言ってブレッタは握手を求めて手を差し出してくる。
俺は仕方無くそれに応じるが、手を握った瞬間にブレッタは目を丸くした。
「……きみはこんなに小さな手で、あの炎竜と戦ったのか」
「悪いか? 少なくとも私はあんた達よりは強いんだ、心配される筋合いはない」
「確かに、逃げ出した我々よりも君の方が強い。だが、君は見た感じまだ十歳になったかどうかの子供だ。そんな子が戦っていると言う事実は……」
あれ?
十歳?
「いや、私は十三歳だけど」
「あ、え!? そうなのか……幼な過ぎて、てっきりその位の歳かと……」
この世界の人間の大半は地球で言う所の白人で、確か日本人より肉体の成長が早いんだっけか。
俺としてはこれくらいが13~4歳くらいだと思ってたが、向こうにしてみればまだ10歳かそこらに見えるらしい。
一応目鼻立ちはどちらかと言うと彫りの深い方なんだがな。
「ともかく後日改めてお礼をさせて貰いたい。今は何かと忙しいだろう?」
「別にいい……って言ってもするんだろう、勝手にしてくれ」
俺はそう言ってブレッタと約束をしてこの場を離れた。
まだやる事があるのだ、長居は出来まい。
***
その後、イェルドを連れて牧場へ戻った俺達は、ギルド主導の元で衛兵たちの弔いや、炎竜の死骸の運び出しを行った。
残念ながら衛兵の一人は殆ど炭同然になっていて顔も分からなかった。
この街に血縁は居ないらしいので、後日彼の故郷に骨が運ばれるらしい。
もう1人はこの街に家族がいたらしく、彼の妻と息子は相当ショックを受けていた。
あの時は俺も自分の事で精一杯だったが、今にして後悔の念が込み上げてくる。
何も出来ない愚か者の自分が恨めしい。
親を失った子供の、あんな辛い顔は出来れば見たくない。
エイジスのように、街一つ軽く救って見せる強さが俺にあればいいのにな。
イェルドの牧場に関しては、厩舎も焼け落ち、家畜達も大半が死んでしまった。
その為、再建に相当時間が掛かるので、暫くは店じまいらしい。
「ほれ、そんな顔しなさんな。ルフレちゃんはな~んにも悪くないんじゃから」
俺の頭を撫でて、鷹揚に笑って見せたイェルドに俺は何も言えなかった。
事実、俺がどうこう出来る問題では無かったのは分かる。
けど理屈じゃないんだ。
頭では分かっていても、心は納得しない。
どうしようもない理不尽に屈してしまうのが嫌なだけかもしれないが。
「そうじゃ、助けてくれたお礼にこれを渡しておこう」
「これ……なに?」
イェルドに渡されたのは、瓶に入った黄色がかった液体。
この辺では透明なガラス自体が珍しいのだ、彼の大事な物に違いない。
だがしかし、中に入っているのはもっと珍しいものだった。
「これはの、とある植物から取れる甘い汁じゃ。取っておきなさい」
この匂い……やっぱりサトウキビか。
やはりこの世界にも本物か、それに準ずる何かがあったんだ。
まだ結晶化の製法までは生み出されていないっぽいが、それでも貴重なエネルギー源。
手に入れるには相当苦労する代物だろう。
「ありがとう、大事に食べるよ」
「ほっほ! じゃあの、また遊びにくるんじゃぞ」
そう言って、イェルドは帰って行った。
聞けば彼がここに牧場を開いたのは十五年も前だと言うのに、随分あっさりとしたものだ。
イェルドは、悔しくはないのだろうか?
ほぼ全滅した牛や鶏だって大事に育てていた筈なのに。
そう思うとやっぱり申し訳ないな。
「なーにしょぼくれた顔してんだ、全部済んだことじゃねえか」
去っていくイェルドの後ろ姿を見て、そんな思いに耽っているとエイジスに頭を掴まれた。
「そうは言っても、割り切れないもんもあるし、私だって色々思う所はあるし……」
「ガキの癖に妙に大人ぶった事言ってんじゃねえよ、それこそ終わった事だろ」
終わった事で済めばどれだけいいか。
俺だってあっさりと割り切れる性格をしていたら、そもそも暴走トラックに轢かれに行ったりはしていない。
前世でも今世でもあれだけ人間が嫌いと思っていたのに。
どうしても無関心に、冷徹になり切れない。
イェルドの事を無視できず、結果的にうだうだと悩んでいるのもそのせいだ。
「いいか? 自惚れんなよ、お前は弱い」
「うっ……」
それを言ってしまえばもう何も言い返せないだろ……。
今回も俺が強ければ全部解決した訳だし。
降りかかる火の粉を払う程度の力も無かった俺が悪い。
「だがそれは腕っぷしの話じゃねえ、心の問題だ」
「……?」
「目に見える物全部を救おうとしてたら、それこそ勇者様でも手が足りねえって話だよ。切り捨てる勇気もいる。爺さんの命とこの牧場の存続、どっちかを選べって言われたらお前だって前者を選ぶだろう?」
「そういう話なのか?」
「例え二つ大事な物があったとしても、時にはどちらかを選ばなきゃならねえ。そうでもしなきゃお人好しのお前は直ぐにおっ死んじまうだろうが」
「私は自分がお人好しだと思った事は無いんだけどな……」
ああ、確か心理ゲームにそんなのがあったな。
家族と恋人が海で溺れていて、そのどちらかしか助けられないという条件でどっちを選ぶか。
あれはくだらないものだが、今エイジスが問うているのはそう言う事だろう。
「まあ、今すぐ答えを出せとは言わねえが、長生きしたけりゃいざと言う時迷わねえようにはしとけ」
「……分かった」
エイジスはそう言って、もう一度強く俺の頭を撫でた。
なんだか最近は落ち込んでばかりいる気がする。
以前までの俺なら、こんな事で悩んだのだろうか。
少なくとも精神年齢では30を超えたおっさんなんだけどな。
これもルフレの精神が未熟な状態で記憶を取り戻したせいなんだろうか。
まあ、単に俺の心が弱いってだけかもしれない。
この矛盾ともいえる二人分の感情が俺の中にある原因もいつか分かる日が来るんだろうか?
そんな俺に数多くの課題と悩みを残して、炎竜襲撃事件は終結した。
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