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閑話.似た者同士

ジン視点でのお話です

 外面と内面の剥離とは、往々にして悪い方向へ働く事が多い。


 猫を被り男に媚びる女や、笑顔で取り繕った腹の黒い貴族がいい例だ。とは言え、例外が無いとも思いはしないし、俺の知る限りでは少なくとも一人そんな人物に心当たりがある。


 良いか悪いかで言えば判断がつかないが、されど彼女が特別な星の下の生まれである事は関係者全員の知る所だろう。俺なんかは特に、一度は険悪な関係にあった事も考えるとその特異性は嫌というほど身に沁みている。


 最早引き寄せているのでは無いかと思う程問題事に巻き込まれる上、その悉くが背後に巨大な陰謀の蠢く大事だとか。窮地に陥る度にそれを覆す成長を土壇場で起こし、奇跡としか言いようの無い程勝ちの目を拾う悪運の強さだとか。


 そして何より、俺なんかとは生まれからして違うのだ。


 単なる行商夫婦の一人息子と、王族と勇者の間に生まれた娘では天と地ほどの差がある。言い方は悪いが、彼女が悲劇に見舞われる運命で無ければ、恐らく一生関わる事の無いような相手同士だったのだろう。


 最初は浮浪児とそれを雇った冒険者、そして同じ境遇に立たされた同類。何の因果か、結局は彼女に仲間とまで呼んでもらえるような関係にまでなってしまった。まあ、その事に不満は無いし、寧ろ感謝すらしているが。


「どうした、こんな所で黄昏れて」


「……なんでもねえよ」


 過去の思い出に耽っていると、いつの間にやって来たのか、僅かに不思議そうな表情を浮かべた少女が俺を見ていた。


 王の墓を移設し、立派な慰霊碑の建てられた丘の上。そこへ併設された小さな休憩所は、専ら俺が自分の世界へ没頭したい時に訪れる場所だ。しかし、俺と同様にベンチへ腰掛ける彼女へ、よもや『お前のことを考えていた』なんて口に出来るわけもなく。


 何時もしているように素っ気無い返事をするが、二人の間柄としては一国の主と単なる雇われの護衛。こんな口調で言葉を交わすのは不敬に当たるだろう。


「そうか? お前のなんでも無いは大抵何かあるか、あった時だろ」


「いや、本当になんでもねぇって」


「まあ……いいけど、相談なら何時でも乗るからな」


 しかし、そんな俺のぶっきらぼうな言葉遣いに彼女は何も言わない。その白皙の幼い顔に、不相応な達観した色彩を帯びるのみだ。


 この気安い関係に慣れてしまって良いものかと一時は思った。とはいえ、あちらが一切気にしていないのに、俺だけ悶々とするのも馬鹿らしくなって考えるのを止めた。本人から注意されない限り、このままでいいだろう。


「お前こそ、こんな所に何の用……いや、そうか」


「ああ、エイジスとシェリーの墓もメイビスに頼んでルヴィスから移したし、今まで出来なかった分墓前に顔を出そうと思ってな」


 話題を変えようとした俺の問いかけに、彼女は自らの師であり、半年とは言え父と呼び慕った男の墓を遠目に微笑む。


 透き通った氷雪のような白い肌と、美貌に憂いを帯びた横顔。度が過ぎると言ってもいい程可憐な彼女は、普段から凄まじいオーラを放っている。その上、時折こんな表情を見せられれば、大抵の男は一瞬で落ちるだろう。


 そうではない奴はとんでもない節穴か不能、もしくは男色かのどれかに決まっている。


 実際、強く美しい彼女に心を傾ける連中は少なくない。高嶺の花どころか、身分違いも甚だしいというのに実らぬ恋に焦がれる男を俺は知っていた。想いを寄せられている本人はそんな事に気を掛けている余裕すらないというのに。


 彼女はこの国の誰よりも強いが万能ではなく、また誰よりも特別だが普通でもある。自分と仲間の居場所を守るのに精一杯な一人の女性で、そのために身体を張って心を砕いて懸命に足掻いている俺の友人だ。


「なあ」


「……」


「私は、上手くやれてるだろうか」


 不意にそんな言葉が投げかけられて、俺は上手い返事が思いつかずに暫く押し黙る。


 運命の悪戯は、彼女から今まで平穏を奪い続けて来た。困っている者を放っておけない性格もあるが、普通でありたい彼女は何故かいつも大きな事態の渦中にいるのだ。


 そんな折に普通ではないものの、漸く掴んだこの安寧とした居場所を守る為に、彼女は本当によくやっていると思う。


「無責任に肯定は出来ない――――が、少なくとも俺は今のこの国の居心地が気に入ってる。それが答えじゃ駄目か?」


「……いや、充分だよ。そう思って貰えたなら、頑張った甲斐があったな」


 気を遣わせたのかは分からない。しかし、微かに見せた満足気な表情からそれが嘘で無いことも分かった。


 自分の言葉が少しでも救いになったのなら幸いだし、俺もそうであって欲しいと願う。というのも、今の所一切彼女の役に立てていないのだ。件の襲撃事件において人質を取られたとは言え、ゴットフリートに手も足も出なかったのは記憶に新しい。


 結局守るべき相手が全てを片付けて丸く収めてしまい、最良の結果だったというのに悔しい思いをした。


「今度はこっちが聞くが、俺はお前の役に立ってるか?」


「勿論、ゲッツと戦った時に死傷者が出なかったのはお前のお陰だよ」


 そう言って彼女は俺の肩を軽く叩くも、それは慰めでしか無い。


 負けこそせずとも、勝ちも出来なかった事を誇れはしないだろう。今の俺が彼女の役に立つには全くもって力が及ばないし、恐らく横に並ぶことすら未だ出来てはいない。ただ、遥か遠くにある背中を追いかけ、今もこうして劣等感に苛まれているのだ。


「……もしあの場で、誰かが殺されていたら私は多分奴らを皆殺しにしてた」


「お前は身内には甘いからな、俺だって毎日顔を突き合わせてる連中が死ねば悔しいぜ」


「違う、そうじゃない」


「あ?」


「事を起こしたのは相手だが、そんな事態を予測した上で私は皆を巻き込んだ。自分の力を過信した結果、死人が出たらと考えると……自分で自分を許せなくなる。強いだけで何も守れないんじゃ、それこそ意味がない」


 いや、違った。


 俺だけではなく、彼女もまた同じように悩んでいる。


 この女と戦って勝てる相手など限られてはいると思うが、そうではなく――――彼女はこの国を抱えて守ろうとしていた。つまり逆なのだ、勝つことは大前提として、その上で誰も死なせずに戦いを終わらせる事を望んでいる。


 俺は守り抜いた上で勝つための力を求め、彼女は勝つ事を前提として守り抜く力を求めている。


「……強くなろう、お前も俺も。一緒に、この居心地の良い国を守る為に」


「ああ、そうだな」


 もし、また同じような事が起きた時に、今度は彼女の抱える物を一緒に守り抜けるようになる。口にこそ出しはしないものの、俺は内心でそう固く誓った。

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