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164.検証、深まる謎

大変有り難いことにヨシヒコ様よりレビューを頂きました!これからも本作品をどうぞよろしくおねがいします!

 通常業務に加えて突発的に起きた戦争屋絡みの執務諸々を終え、既に日が傾きかけている夕刻にやっと仕事から開放された。


 恥ずかしい話、前世では無職だったが為に、仕事に忙殺という初体験をして中々に疲労困憊である。日本であればこの時刻はまだ定時であろうし、ここから更に働かされると考えると本当に現代人は働きすぎだと思う。


 まあ、これでも相当下の方で処理されて、私に回ってくる仕事は少ないのだけども。


「君臨すれども統治せず、ねぇ」


 イギリスの政治ではないが、そのうち内閣でも勃発させて全部丸投げしてしまおうか。現状私の価値って暴力装置的な部分が占めているのだし、抑止力と象徴として踏ん反り返れる環境を作るのも良いかも知れない。


 誰もいない部屋の中、静かに紅茶を口に含んで思索に耽る至福の一時。


「ふぅ」


 そして、漸く新たに手に入れたスキルの検証が出来る時間になったとも言える。日中の執務室は割と人の出入りが激しいので、業務時間外でないとおちおち実験もやってられないのだ。


 手近な文鎮を手に椅子から降り、部屋の中央へと向かう。そうして机からだいぶ離れた頃合いを見計らって、手に持ったそれを再び元の場所へと"飛ばした"。


「うん、成功」


 机の上の元あるべき場所へ佇む文鎮を見て満足気に頷くと、今度は文鎮を手元へ戻す。


 この、今使用したのが《転移》の権能であり、昨日検証したおさらいになります。《転移》は文字通り物質を移動させる権能で、メイビスの空間魔法に酷似した能力だった。とは言え、動かせるのは最大八十センチ程の無機物のみという制限付き。


 他人の手に持たれた物や生物は権能の及ばない範囲なのか、幾ら試しても転移させることが出来なかった。


 離れた所にあるペンや本を手元に持ってくるのには便利だが、やはり彼女の魔法には劣る。もしくは、私の使用している《転移》とメイビスの用いる魔法は、全く別のプロセスを辿っている為に結果が違うのやも知れない。


 今度彼女の魔法講座――――国民の自衛力と自活力を高める為に行われている――――を傾聴しに行こうか。個人的に尋ねると大抵碌なことにならないし。


 さて、《転移》の汎用性は物の運搬に限られ、それも食物等は適用外と来れば検証は後回しでも良いだろう。次は一つに纏めて欲しいと思う程似通ったのが四つぶら下がっている、《過食》から《美食家》までの食事系スキルだ。


 《識見深謀》や《憤怒之業》に統合された物以外でも、此処まで後天的に取得できるものなのかという疑問は勿論ある。そもそもスキルの獲得を告げる声は何者なのか、システムとは一体何かと疑問が付きないが……今は一端置いておこう。


 推測としてこれらスキルの獲得理由は、現代の食事を再現しようとした事に起因している可能性が高い。


 唯一《過食》だけはよく分からないが、《甘味舌》と《料理人》は甘味の再現という心当たりがある。《美食家》も、食事の質を上げようとした私の行動が獲得の理由と考えれば辻褄が合うだろう。


 尚、権能の内容としては『料理が非常に上手くなり、甘い物を食べた時の味覚が強化され、食事のグレードが高いと効率的にエネルギーを吸収出来る』という汎用性の無さ。


 最早食事以外で何の役にも立たないこれらだが、《過食》と組み合わせる事でその真価を発揮するのだ。


 《過食》の権能は胃の許容量を超えた食物を取り込む事ができ、それらを全て魔力へと還元蓄積する。特に《美食家》との相性が良く、これを用いれば普段から本体とは別に予備のエネルギーを貯めておく事が叶う。


 まさに自炊しろと言わんばかりのラインナップ。今までメシマズだった反動もあってか、最近は本当に食が進んでいる……。


「……いや、まあ、それはいいんだ」


 誰へとも分からずそんな言葉を溢し、権能へ向けていた意識を戻す。


 現在私の魔力は本来の物とその三人分に値する蓄積分を併せて、とんでもない事になっていた。


 因みに魔力は筋肉と燃料を足して二で割ったような性質をしており、消費すれば当然体内に保有する魔力は減るが、大気中から取り込むのと魔石の生成分で自然と回復する。そして大量に消費すれば、その分魔力を蓄える器が鍛えられて大きくなるのだ。


 私は先天的にこの器が大きく、加えて幼少時より母から魔法の手ほどきを受けていた。そんな私の最大保有魔力を更に三人分ともなると、この国を一撃で焦土に変える魔法を放つことが出来る量を秘めているだろう。


 万が一に備えて蓄えを作っておくのは大事だ、これからもコツコツと貯めておこう。


 残るスキルは《魔力支配》《精神耐性》《限界突破》だが、《魔力支配》に関してはより精密に魔力を操る事が出来るのと、以前開発した魔力探知を併せたような性能をしている。《精神耐性》もその名の通り、外部からの精神攻撃に強くなるだけ。


 この中で検証の必要があるのは《限界突破》のみだろう。とは言え、私自身もこれについてはよく分かっていない。


 限界を超えようとした時にのみ何かが得られるとしか認識出来ず、検証するのがほぼ不可能なのだ。恐らく何か強化系の物と思われるが、憤怒のようなデメリットが付随していた場合を考えると平時では使用するのは憚れる。


「そもそも、スキルという仕組み自体が謎だよなぁ……」


 そんな検証不可というもやもや感からふと、再び先程過ったスキル自体に対する疑問が再浮上した。


 この世界ではなんら当たり前のようにスキルという概念が認識され、少ないとは言え人々はその恩恵に預かっている。私から見たそれはゲームのようなシステムで、現実に存在する事自体が歪に思えるのだ。


 ……いや、今まで使ってきた身でそんな事を言うのはアレだが。


 魔法は大気中にある魔素に干渉を起こす事で発現するが、特別なスキル以外は使用時に何かしらのエネルギーを消費することはない。世界の法則そのものを無視し、神の如き現象を実現する。


 そしてスキルの取得の際に脳内で響くあの声。私は勝手に天の声と呼んでいて、今までで三度その無機質な言葉を聞いてきた。あれは誰なのだろうか、私の幻聴で無ければ実在する人物なのかも知れない。


 三度目に聞いた、システム権限レベルというのも気に掛かる。


 少なくとも私の憤怒は進化するらしいあれが上がると、一体何が起こるのだろうか。そもそもシステムというからには、それを管理する管理者がいる筈だ。声の主かはたまた別の何者やも知れぬその者は、何を目的にスキルなんてシステムを……。


 ――――知りたいか?


 ……やっぱいいです。


 心の深淵で眠っていた憤怒が、片目を開けて私にそう問いかけてきた。


 考えてみれば、自我を持つ黒き邪竜のこれもまたスキルの一つだった。認めたくはないものの、私にとって必要不可欠である《憤怒之業》はなんとなく特別な気はしている。


 ――――無論、特別に決まっている。俺は魔王の核となるスキルだぞ


 ああ、そう。その魔王の核という話を戦闘中にしていたが、それは一体どういう事なんだ?


 ――――魔王とは因子により決定づけられる、そしてその因子とは魔神ゼニスによって授けられる力


 えっと……つまり?


 ――――《憤怒之業》には魔王の因子が付随している、必然的に俺の所有者が次代の魔王となるのだ


 はい、正直に答えてくれた所申し訳ないが、今の話は聞かなかった事にしよう。今ならまだ間に合う、この事は私だけの秘密として墓まで持っていけばいい。


 ――――ただ、今の《憤怒之業()》に魔王の因子は存在しない、二代目魔王が敗れた時に(スキル)と因子の繋がりは断たれた


 あ、そうなんですね……って、いや待て。


 二代目魔王の時代からということは、その後の魔王はどうやって生まれた? お前は以前、四代目魔王と面識があるような口ぶりだったろう。


 ――――三代目は知らんが、四代目であるお前の祖父は俺が唆して魔王に仕立て上げた。本当は認められていないが、条件を半分満たしているので魔神も何か言ってくる事は無かったな


 ……それはもしや、嘘を教えたということか?


 ――――そうなるが、あれは俺を使おうともせず、因子の無い魔王故に脆弱だった。やはり因子とスキルが揃わなければ真の魔王とは言えないだろう


 今更言っても仕方のない事かもしれないが、やはりコイツは気に食わない。唆したということは、間接的に私の祖父が死ぬ原因となったのだ。それを明け透けに告げやがって、このクソ野郎が。


 しかもこいつの言葉が真実ならば、私は既に魔王となるのに王手を掛けている事になる。因子の実態など具体的なことは謎のまま、不安要素だけが増えてくな……。


 ――――それと比べてお前はいい、強さもそうだが心に巣食う闇は歴代と比較しても相当なものだ。今はまだ辛うじて安定しているその心の箍が外れた時、どうなるかが楽しみだな


 好き勝手言ってろ。


 私の闇なんてそんな大層な物ではないし、お前の思い通りに事を進ませるわけがなかろう。元々が平和主義者の日本人で、転生して偶然色々大変な目に遭っているだけなんだからな。


 ――――うん? お前は前世であった時から既に、相当な心の闇を抱えていた気もするがな。加えて出自による苦悩、師と仰いだ父代わりの男を自らの手で終わらせ、依存先を失い、後々慕っていた乳母を失った事を知ったショック……と、そう殺気立つな。俺にとっては好物だが、お前のそれは権能により魔力を孕んでいるから弱い者が受けると死ぬぞ


 やっぱ、私、コイツ、嫌い。


 権能と深く繋がる事のリスクを教えて貰えていればこうはならなかっただろうに。何が御するだ、住み着いてかなーり好き勝手に振る舞っているではないか。


 私はあのハルという人物にまた出会う事があれば、その時は文句を言ってやろうと心に誓った。


 




***





 暗い、どこまでも暗い闇の中に俺はいた。


 今日の晩飯なんだったっけとか、いつ寝たのかとか他愛も無い考えが浮かんでは消えていく。心地のよいぬくもりと、浮遊感にも似た現実味の無さの中で延々と思考を繰り返す。


 こうして微睡みの中で揺蕩う前は、何をしてたっけか。


 意識を失う直前に嘔吐感と倦怠感があったのは覚えている。あれ? それもなんでだっけ? 確か、俺は何時も通りに深夜にネトゲをして、それで腹が減ったから冷蔵庫漁ってたら急に気持ち悪くなって……。


 ああ、そうだ俺――――死んじゃったんだよ。


 ちょうど明け方に夜勤から帰って来た姉貴が俺を見つけて、救急車を呼んでくれたことも覚えてる。意識が朦朧とする中でそのまま病院行って、結局間に合わずに死んだ。


 死因は血管に血が詰まって死んだとか、そういう感じの。


 普段から生活習慣病まっしぐらみたいな感じだったから納得は行く。毎日ベッドと椅子の往復だけ、飯も禄に食わない癖にエナドリとかカフェインだけは死ぬほど摂って……そりゃ体壊すわ。同じネトゲ仲間と早死する早死するって、笑い話みたいに言ってたけど本当に死ぬとかやばいな。


 俺は企業に雇われて大会とかに出る、所謂プロゲーマーって奴で、合法的にインドアな生活を満喫していた。


 収入がある以外はニートとさして変わりなかったし、悲しんでくれる友達も身近にいない。母子家庭で母と姉だけだから、多分ちょっとショックだろうけどあの二人は強いから直ぐに立ち直るだろう。


 それよりもだ。


 確実に死んだ筈なのに、どうして未だにこうして思考が出来ているのかが目下の問題である。


 感覚はあるが、視界は真っ暗、匂いも音も感じない。辛うじて何か柔らかくて温かい物に包まれていることだけは分かる。寧ろそれ以外の感覚が無いと言ったほうがいいだろう。


 いや……待て、良く良く感覚を研ぎ澄ませて見れば、俺の身体は恐らく縮こめられている。そして、段々下へ下へと降りて、どこかへ向かっているようだ。どうしてか身体は動かないが、なんとなくこの動きに逆らわなくてもいい気がする。


 暫くそんな流れに身を任せていると、唐突に足先へ冷たさを感じた。それは段々全身へと伝わり、最後には完全に俺の体は何か冷たくてゴツゴツとした場所へ放り出されてしまう。


 同時に眩しさと何かの音、匂いも感じるようになり、薄っすらと開いた目の先に何かがあることに気付く。


 これは、誰かの顔だろうか。


「――――グギッ」


 ん?


「ギギッ、ギィ」


 あれ?


 目が光に慣れてくるとその正体が分かり――――緑がかった褐色の肌に鋭角な顔つきの――――どう見ても人間ではない何かが、俺の顔を覗いていた。


「ぁ……き?」


 一体どういうことだと声を上げようにも、呂律が回らずに意味の無い音を発するのみ。しかも、起き上がろうとしても、筋肉が無くなってしまったみたいに体が持ち上がらない。


「きゅ……ぁだ?」


 そうしてなんとか両腕を上へと持ち上げた時、俺は漸くこの状況を薄っすらと理解し始めた。


 目の前の異形と同じような薄緑の肌に、殆ど爪の無い小さな手。そんな俺をこの何かは抱きかかえるように持ち上げて、周囲にいる同じ緑の化け物へ見せびらかすようにその場で一回転。


「ギッギ! ギィ!」


「グギギ!」


 最後に過度な装飾にも思える程着飾った化け物の前へ持っていかれ、その胸に下げられた金属のネックレスに映る自分の顔を見て、俺は目を疑った。いや、なんとなく察してはいたが、改めてショックを受けたという方が正しい。


「ぁ……ぁ……」


 そこには幼い顔立ちながらも、俺を抱く化け物や、目の前に佇む化け物、そして周囲に犇めく同胞らしき化け物と違わず異形の姿をしている自分が映っていたのだ。いやいやなるほど、そう考えるとこの緑色の化け物は見覚えがある。






 そう、どうやら俺は死んで――――ゴブリンに転生してしまったらしい。

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『創成の聖女-突然ですが異世界転生したら幼女だったので、ジョブシステムを極めて無双します-』
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