163.ただ一つの目的の為だけの行い、という本音
あの戦いと宣誓の後も、色々とあった。
というのも、ジェイドが新たに十数人の捕らえられた傭兵を連れて戻ってきたり、破壊された広間の修繕に対して「石材が足りない」だとかで建築部門を一任しているミノスに泣きつかれたりと、色々大変だったのだ。
その中で幸いだったのは、私が王として国を纏める事に国民は満場一致で同意を示した事だろう。
元十二氏族牛頭族はその甲斐あって此方に協力的な姿勢となり、彼らが主軸となって家々の建て直しを行っている。次建てられる家屋は単なる藁葺きの小屋ではなく、しっかりと設計図を用いた現代建築様式に変遷する予定だ。
一から検証するのではなく、埋没していた技術を覚えて貰うだけというのも有り難い。私は土建の知識なんて殆ど無いからな、顧問のエンデに任せてしまって問題なかろう。
後は人間であるジンが民衆を守った事で、ヒト種全体と関わるハードルも若干下がったようにも感じられる。突発的な問題とは言え、お陰でフラスカとの国交樹立にも反対されることは無い筈だ。
既に手紙を持ったメイビスが先方へと届けに行っている。返事が返ってくる頃には、受け入れの態勢も整っているだろう。
かくして、表向きは死者も無く戦争屋との戦いは最良の結末を迎えた……。とは言え、まだまだ彼らには聞くことがあり、事情聴取を行わなければならない。
「――――だ、か、ら! 俺達だって依頼主の正体なんて分かんねぇんだって! この問答何回目だよ!?」
「五十六回目」
「数えてんのかよ、つっても本当に知らねぇがな」
執務館の一室の――――所謂会議室にて、机から身を乗り出して声を荒げるのはゴットフリート。対してメイビスは無表情のままそれを受け流し、静かに紅茶を啜っている。私はそんな向かい合う二人の横で腕を組んで静観しています。
つい先日殺し合った相手とは言え、牢屋に放り込むのもなんだか違う気がしたので彼らはある程度自由にさせている。民衆からすれば未だに恐怖の対象故、執務館内を監視付きで歩き回れるのみだが。
しかしゴットフリート……ゲッツに話を聞いても、堂々巡り。
「依頼人は幾つも仲介を用いて俺らに依頼を出してきた。端から尻尾を摑ませる気はねぇんだろう」
「その仲介人を辿る事は?」
「不可能だ。うちの部下が前金突っ返しに行ったら、どいつもこいつも殺されてやがったからな」
「成程、絶対に痕跡を辿らせないという意志を感じる」
ヴァルハラ傭兵団に依頼を出した勢力は、おおよそ何処か予想が出来ている。
なので答え合わせをと思ったのだが、何故か連中は此処へ来て証拠を隠滅を図ったらしい。今までは割と大雑把に痕跡を残していたというのに、どういう気の変わりようだろう。はたまた、本当はイグロスではない別勢力からの攻撃なのか?
「まあ……どことでも戦争するって謳い文句のうちが、一度受けておいて後から断るってのも初めてのことだがなぁ」
「なんだゲッツ君、こっちを見てその顔は」
ゲッツは半目になって私を見ると、そのまま首を横に振って視線をメイビスへと戻した。
「……これは流石に殺せねぇわ」
諦観、最早可哀想なくらい気持ちの籠もった溜息を吐き、彼は天井を仰ぐ。その態度と言い草は少し癪だが、確かに言わんとしている事は当事者としてよく分かる。なにせ今の私は、スキルが十個もぶら下がっている状態なのだ。
従来の二つに加えて単品で八つの権能を所持し、その全てが高性能という壊れっぷり。
尚、一時新たなスキルを大量に得た副作用か、著しい体調不良とスキルが一切使えなくなる状態に陥ったものの今は復活している。
お陰で昨日漸く検証を始めたので全てのスキルを確認したわけでは無いが、中でも《万能結界》と《空間操作》に関しては最早最強と言わざるを得ない性能だった。
前者の《万能結界》は文字通り物理と魔法の両方を防ぐ権能であり、よくある半円形の結界にも体を覆う膜のような結界にも自在に変形出来る。
実際の防御力はと言えば、私が自らに放った現状最高火力の雷属性魔法を防いでみせた。物理の方は検証不足……とはいえ、ライネスが全力で振るった木剣が私の腕に当たって折れた――――こちらは無傷――――ので魔法と同等の性能を有していると見ていい。
ゲッツが溜息を吐いたのは恐らくこの結界ともう一方のスキルせいだろう。
前提として、彼のスキル《爆瀑暴々》は頭の悪そうな名前とは裏腹に、半径十二メートル程の射程内の空間へ無条件に爆発を起こせるぶっ壊れスキルである。これは空間が一つの繋がりを持つ事を利用しているだけで、直接触れた物を爆発させる事も可能だ。
が、未検証とは言え遠隔爆撃であればそもそも結界に阻まれ、直接触れることは許されない。
そして《空間操作》、これがまた……とんでもない性能をしている。
感覚的にスキルの権能は理解出来るのだが、《空間操作》は空間に作用する事象全てに干渉出来てしまうのだ。この"空間に作用する事象"というのは、グラディン、ゲッツ、ジンのスキルやメイビスら魔女の扱う転移魔法。
これらを纏めて空間属性と仮称し、有り体に言えば私はその領域を半ば掌握してしまった。
ゲッツの爆発は空間を固定する事で無効化し、メイビスの転移は彼女が空けた空間の穴を閉じる事で妨害できる。勿論膨大な演算が必要になるが、それも同時に取得した二つのスキルによって解決していた。
思考とは別のベクトルで情報の処理を行う《並列演算》と、その処理速度を大幅に引き上げる《高速演算》。今も私の頭の中では自らの考えとは切り離された場所で、五感や文字として取り込んだ情報が処理され続けている。
この状態でも不思議と違和感がないのは、もしかすると元々前世の"俺"の分の自我があったからやも知れない。
記憶が戻る以前は時折二人分の思考をしていたわけだし、それが単なる情報処理の役割に変化しただけとも言えるだろう。寧ろ役割分担が出来たお陰で、以前よりも物事をはっきりと捉えられているのだ。
「まあ、何も知らないというのは分かったよ……っと、それならそれでお前らには仕事があったんだ」
「仕事? この状況の俺らにか?」
訝しげな表情で見やるゲッツに、私は後ろへ控える――――全員が暗部の――――女中から受け取った書類を渡して見せる。机の上を滑って寄越されたそれを手に取り、一頻り読み耽ると彼は嫌そうな顔をして再び私を見た。
「街の清掃や復興の手助けなどの慈善活動……ってなんだよこれ」
「文字通り、まずは国民に誠意を見せることが肝要と思ってな。お前達も今のままでは窮屈だろう」
「要は謝罪と罪滅ぼしをして来いってことか……?」
「おお、理解が早いね」
尚、そんな顔をされたとしても、彼に拒否権などはない。
彼らは先ず先日の事について謝罪し、民衆からの信用を得る所から始めるべきなのだ。真面目にこの国へ貢献する意思を見せれば、この国の人々もきっと認めてくれる。少なくとも、これからはもう害を為さない存在だというアピールは出来るだろう。
「私は人間と敵対する気は無い。出来るなら共存して行きたいと考えていて、これはその一環とも言えるかな」
「本気で違う価値観の種族が仲良く出来ると思ってんのかよ、あんたは」
「本気も何も、私は魔王の娘と勇者との愛の結晶だぞ。うちの両親に出来て、他の誰かに出来ない道理は無い」
「それを言われるともうなんも言えねぇわ、つくづくブッ飛んでんな……ほんと」
以前、人間に対しての憎悪が膨れ上がっていたのは、憤怒の干渉が原因によるものだった。
あちらが望むのなら交流を持って共生して行きたいというのが本音であり、種族単位で憎んでいた事自体がおかしいと言える。当然私を苦しめた殆どは人間だが、そんなもの母数の多さで考えれば当然だろう。
人が善悪両方の性質を持つなどは前世でとっくに理解していた事だし、イミアやアキトたちは人間でも私の大切な存在だ。
当然、その対応が適用されるのは、害をなしてこない相手に限るが。
「――――そう考えると、お前たちは運が良かった」
「あ?」
「もし死人が出ていたら、その椅子にはお前の生首が据わっていたことだろう」
「……っ」
流石に此方の陣営の誰かを殺した者へかける情けは持ち合わせていない。
敵対者は何か事情が無い限り必ず殺す、そうしなければ死ぬのは私の仲間かも知れない。私は人間の基準で言えば善人ではないし、道徳的な理由で殺しを咎めるような権利は"あの日"に失った。故に誰かが私を殺しに来るのなら、ただ力で以て応対するだけだ。
「まだ生きていたければ、精々敵対しようと思わない事。それが敗者の性」
「そこまでは言ってないけど……まあ仲良くしようって事で、仕事の方も宜しく頼むよ」
「はぁ……わーったよ。今はあんたが俺らのボスだからな、逆らうなんて真似は死んでもしねぇ、というかしたらそれこそ死ぬか……」
「殺し合いじゃないのなら、再戦は何時でも受け付けてるぞ」
そんな私の台詞に対して、ゲッツは軽い調子で手を振りながら部屋を後にした。あの様子だと問題はなさそうだが、念の為に監視だけはしっかりとして貰うように言い含めておいたほうがいいか。
漸くイミアを迎え入れる準備が整うのだ。後は伝言にあった通りの時節にその場所へと向かうだけ。
――――蛇の月、豊穣の宴、闘神の眠る空の下にて再会を望まんとす
それぞれ蛇の月は秋、豊穣の宴は収穫祭、闘神の眠る空の下は彼の神がルーツ、ギュリウスの王都を表す。つまり『秋、ギュリウスにて行われる収穫祭にて再会を望む』となるのだ。
冬期を過ぎた今は地球で言えば二月、約束の日までは凡そ六ヶ月以上もある。
それまでの間は、抜かり無く再会までの時間を使わなければならない。私の本音は、今も昔も微塵たりとて変わりはしないのだから。
【公開情報】
妄執-未来を縛る呪い-
執着心は時に人を狂わせるが、それを抱いた本人に自覚があるとは限らないだろう。
誰か特定の個人へ向けた妄執であれば尚更。
求めて居るのに手を伸ばさない矛盾に、既に居場所を得て切り捨てる事が出来る状況にあっても気付く事は無い。
何もかもを失った少女はそれでも自己を喪失せずに生きていく為、縋り、偽り、求め、傍から見れば頭がおかしいと思われても仕方がない程の妄執に囚われてしまったのだから。




