162.期待は煽られ、陰謀は進展する
戦争屋との戦いは終わり、私達は勝った。
しかしながら、滅茶苦茶にされたこの場を収める為にすべき仕事が残っている。
私の演説を聴くために集った国民たちへの説明と、本来の目的。そう、ウルシュへと目配せをすれば、彼は分かっているとばかりに肩を竦めた。
私は問題なく歩ける事を確認してから、敢えて鷹揚とした態度で歩き出す。
しかして、木っ端微塵に破壊された演台を通り過ぎ、家やその陰に息を潜める人々の前へ。彼らも戦闘が此方の勝利で終わった事は察しているようだが、それでも未だに様子を伺っている。
私の姿を見て怯えたり敵愾心を抱いたりしていない事から、ウルシュの言葉に相違は無かったようだ。
それよりも状況を把握しきれず、困惑と説明を求めるような視線のほうが多い。後は心配そうに私を見る目もあり、その元を辿れば砂糖作りに協力してくれたギャル達が此方を見ていた。
さて、ここからは私の仕事というよりかは彼の仕事。
「……本来、本日は新ウェスタリカ政見の方針について語る為、この場を用意致しました。ですが問題が発生し、国民の皆様方に置かれましては多大なる不安と恐怖を与えてしまった事をお詫び致します」
こういう場において、素人の私が何か口にすればボロが出る。それを見越して送られた「そこで立ってろ」という暗黙の指示に従い、私はただ背筋を伸ばして不遜に佇むだけだ。
「こうなってしまっては体裁も何もございません、なので私共の意見を率直に申し上げましょう。この国は空っぽです、籠のなかに作られた仮初の平和を享受するだけの箱庭です。それが今回の襲撃によって露呈しました」
そんなウルシュの言葉に、国民たちはざわめきを抑えきれない。
自分たちの住んでいる国の、あまつさえ其処の政治家がそのような事を言い出すとは夢にも思わなかったのだろう。いや、私も思ってなかったし、自分では無く上層部の総意みたいに言いやがった。
事実ではあるんだろうけど、それこそ体裁とかもう少し言い方というものが……。
「それは過去、我々の祖先が人類に対して行った非道な行為によるもの。彼らは再び魔人が自らに牙を剥くのではないかと恐れ、我が国の発展を抑圧してきました。この国で生まれ育った者は当たり前のように感じている事も、外の世界では違う。もっと沢山の教養と文化に溢れているのです」
『そ、そうなのですか……? その、文化に溢れるって具体的に何が……』
民衆の中――――若い魔人――――から上がったその声にウルシュが「例えば、芋は生で食しません。そんな事をすれば蛮人と嘲りを受けるでしょう」と言えば、驚愕の声が上がる。
正直、焼いて食べる程度の発想は別に教えられずとも気付く筈だ。ただ、それはあくまでも間違った常識を教える上の世代がいない場合の話。生まれた時よりそうあるべきと教えられれば、疑問に思うこともないのだろう。
「芋はっ、蒸かして食べても良いんです!」
どうやら彼は蒸かし芋派だったらしい。
心做しか彼の口調にも熱が入り、力強く「芋」と言ったような気がした。そんなに生芋が嫌いだったのか知らないが、折角の雰囲気が台無しである。
「今回、この国を良く思わない勢力からの攻撃がありましたが、我々はそれに対して何も出来ませんでした。停滞の中で牙をもがれ、いざ敵が現れたというのに戦うという選択を取ることが出来なかった。過去の惨劇を知っている者、何も知らずに籠に囚われた若人、あなた方は本当にそれで良いと思いますか?」
『いきなりそんな事を言われるとよくわかんないけど、いい……とは思わない』
『よく……ねぇわな、けどよ……』
皆一様に現状が虐げられて自由を奪われた状態である事を理解して、口々に自分の意見を言い合う。が、特に老いた者たちはそれでも、何処か諦観の念の籠もった表情を見せていた。
「……皆、現状を良くないと思っているんです。けれども何も出来ずにいました、我々では力が及ばないから。実際、ウェスタリカの先代王は、それが原因で殺されたのです。故に先達は過去の技術、文化を秘匿し、あの惨劇の後に生まれた子供には間違った常識を教えて発展の芽を摘んだ。最早隠れて生きていく以外に、あの時我々に取れる選択肢が無かったからです」
『そうだったのか……そんな事、誰も教えてくれなかった……』
『教えればきっと反発する、そう思い我々老人が独断で決めた事だ』
『責めるなら愚かな儂らを責めろ……だがな、お前達を守る為にはそれしか出来なかったのだ!』
一瞬にして悲壮な雰囲気になり、真実を語ったウルシュ自身も瞑目して俯いている。
やるせない気持ちを吐きだす大人と、なにも言い返すことが出来ずにいる子供。国単位で情報の統制を行うとなれば相当な苦労があっただろう。自身の子供へと嘘を吐き、狭いこの森の中へと未来あるその身を押しやったのだ。
「ですが、それも今日までの事! 既に存じているでしょう、この御方が全てを変える!」
私を指してウルシュが一際大きな声でそう言えば、民衆の視線が一気に此方へ集まる。既に私を知らぬものはいないが、私を良く知る者もまた此処にはいない。にも関わらず、先程の発言も相まって何かを期待するような視線が多数向けられていた。
「今お方は、ルフレ・ヴィ・メイア・エイブル=ウィステリア。先代魔王バーム様の直系子孫であり、此度の襲撃者を追い詰めた立役者なのです! あなた方も見た筈です、強大な力を持つ配下達を従え、御方自らもそれを凌駕する圧倒的な強さを」
「配下ってもしかして……あいつらの事?」
「……そういう事にしておいてください」
私が背後にいるジン達を指差して小声で耳打ちすれば、ウルシュは口裏合わせを求めてきた。
ただ、連中自体は特に私に忠誠心とかなさ気であるし、唯一それらしいジェイドもウミノもこの場にいない。おや? そう考えるとウミノがいないのは変だな、何時も私を視界に収めることの出来る場所にいると思っていたのだが。
「そして、ルフレ様は父に人間の勇者を持ち、外の世界を旅なされて来た。その類稀なる才覚で以って、半魔でありながら人の国の王族に認められる程の人徳もあります。魔王の子孫であり、人類の希望の子であるこの方こそが人と魔人の橋渡しを成せる筈!」
『おお……』
「彼女こそが、我々をこの檻から解き放つ王となる!恐れるものは最早何もない、我らが王は強大な敵対者を降して証明して見せた! 皆、鬨の声を上げろ!!」
『『『うおおおおぉぉっ!!』』』
私の思案も他所にウルシュの宣誓が響き渡り、一瞬の静寂の後に集まっていた民衆から割れんばかりの歓声が轟いた。
彼も中々どうして煽るのが上手いというか、持ち上げ過ぎて少し怖い。そんなに期待値を上げて後で失望されなければいいけど……。
***
「―――――し、これでは完全に失敗ではないですか。折角大事な駒までけしかけたというのに!」
「そうねぇ、送り込んだ密偵も戻ってこなかったって事を考えると殺されたのかしら」
暗く光も差さない陰の中、二人分の声が埃の舞う空気を震わせる。
方や椅子に背を預けて優雅に足を組み、方や机に拳を叩きつけてその怒りをおくびも隠すこと無く怒鳴り散らしていた。報告を行った配下の男は跪いたまま肩を竦ませて怯えるが、声を掛けられるまでこの場を立ち去る事は許されない。
「本来ならばあの場で大量の魂を得られる筈が、ただの一つも手に入らなかったというのは計算外と、言わざるを得ませんな……」
「あら、でも初めからそんな上手く行くなんて考えては無かったわよ」
故に、この場で語られる言葉の全てを耳に入れる事になる。ただ、末端にも近しい男にとっては、その話の具体的な内容等は一切理解できなかった。理解しないほうが利口だと、本能が無意識に考えることを止めたとも言えるだろう。
「とは言え、此処までの失敗は全く想定の範疇を超えています。魂が一つも聖杯に溜まっていないということは、誰一人死んではいない。もしや、我々の計画が外部に漏れたのやも……」
「それは無い筈だけどぉ……誰かが妨害したって線ならありそうねぇ。あの娘にしたって、ニッカを殺せる程強いって話だし?」
「私もこの目で確かに見ましたが、あれ程の器ならば我らの計画に充分適用出来ます。強さという面では厄介なのも否めませんが」
「でーも、焦っちゃだめよ? 今は様子見。特にあなたは折角近くで情報を得られる立場なんだから、最大限活用しなさい」
背凭れに体を預けた女性は妖しげな笑い声と共にそう言うと、指を鳴らして煙管の先へ火を生む。
くゆる煙がお開きの合図となり、話をしていたもう一人は席を立って部屋を後に。その場に残った配下だけが、悩まし気に足を組み替えて煙を吐く主の言を跪いて待ち続ける。
「そうねぇ、次は……あの古巣でも利用しようかしら。今回を凌いだんだし、きっと次もとても良い結果をもたらしてくれるに違いないわ。ということで、伝令よろしくねぇ?」
「……御意に」
しかして、とうとう誰もいなくなった部屋の中、その女は灰が仄かに放つ光の中で艶然とした笑みを浮かべた。口へ差した紅が蠱惑的に曲線を描き、その奥に隠れた悪意と野望が見え隠れする。
「悪徳の王、邪悪の支配者、最初の黒き竜、暗黒竜帝。もうすぐ貴方にまた会えるのね、あぁ……」
蕩けるような表情で誰もいない空間へとそう呟き、闇の中で未だ明かされぬ野望は進展していく……。




