17.苦い後味
「油断すんなって言ったろ、このバカタレ」
「い、いや師匠、今の一体なんなんだよ!」
「そりゃこっちの台詞だ、さっきのはなんだ? 魔法か? 俺ぁ教えた覚えはねえぞ」
残心を解き、俺の元へ歩いてやってくるエイジスはあっけらかんとした様子でそう言った。
今の今まで死闘を繰り広げていたとは思えない気楽さだ。
こっちはもうヘトヘトだって言うのに。
……というか、そうか。
「今度こそ終わった、のか……」
「ああ、俺達の勝ちだ」
俺達の、ね。
結局最後はエイジス頼みだったが、とにかく炎竜の危機は去ったのだ。
俺は、今一度自分が生きているという事実を強く噛みしめる。
本当に突発的に現れた脅威だった。
エイジスがいなければこの街諸共滅んでいた可能性すらあったかもしれない。
「ま、ともかくお前さんが無事でよかったよ」
「……そっか」
ワシャワシャと頭を撫でるエイジスにされるがままの俺は、どこかバツの悪そうな口調でそうとだけ言った。
「お二人とも! 無事ですか!?」
「イミア、そっちこそ大丈夫だったか?」
そんなちょっと変な空気を払拭するような声をイミアが上げ、遠くから駆け寄ってくる。
「先程のはルフレ様の魔法ですよね、やはり私の目に狂いはありませんでしたか」
「と言っても、私自身よくわからずに使ったんだけどね……」
割と無我夢中で使ったけど、あれでよかったのだろうか?
魔法に関しては完全初使用だ、何が正解なのかよくわかっていない。
それに、詠唱をしていないのに発動したのも謎だ。
「キュイ」
「おっ」
俺が思案を巡らせていると、頭の上に何かが乗っかる感触がして上を向く。
すると、そこには銀龍の大きな蒼い瞳があった。
銀龍は嬉しそうに顎を擦りつけて来て、疲労困憊の俺はそれだけで倒れそうになる。
だが、まだ倒れる訳にはいかない。
戦いの後は後始末が残っているのだ、特に死体の方は大変である。
炎竜はともかく、死んでしまった衛兵たちはキチンと埋葬してあげないと可哀そうだからな。
「……まずはイェルドさんを呼びに行かないとか」
***
俺達が街の中心へ戻ると、案の定大変な騒ぎになっていた。
イェルドが報せた炎竜出現に人々は初め半信半疑だったが、牧場の方で上がった爆発を見て炎竜の存在を確信したらしい。
流石に着の身着のまま逃げ出すような奴はいなかったようだが。
みんな家の中に閉じ籠るか、道の真ん中で「もうお終いだぁ!」なんて叫んでたりと世界の終わりを見ているようだ。
「エイジスさん! 町はずれの牧場で炎竜が出たってイェルドの爺さんが!」
「ああ、知ってるよ」
「エイジス! 炎竜が出た、この街で頼れる冒険者はお前しかいない! お前ならきっと炎竜を倒せる!」
「まあ、そうだな……」
「エイジス! 頼むよ、街を救ってくれ!」
「「エイジス!」」
などなど……。
イェルドを探して歩いていると、あちこちから人が集まって来てエイジスに助けを乞い始めた。
矢継ぎ早に繰り出される言葉に、エイジスは中々言いだすタイミングが掴めず曖昧な返事ばかりをしている。
「あー……えっと、な。みんな、ちょっと落ち着け。落ち着いた上で黙って話を聞いて欲しい……その、アレだ、炎竜はもう倒して来た」
「「「「え?」」」」
エイジスがポリポリと頭を掻きながらそう言う。
すると、人々はポカンと口を開けて異口同音の一文字を口にした。
そりゃまあ、そうなるだろうな……。
街一つ消し飛ばしかねない化け物が出たって聞いて騒いでいたら、エイジスがもう倒して来ちゃったんだもん。
「そ……それは本当か?」
「マジだよ、ちゃんと死体も残ってっから確認してぇ奴はして来い」
最初に尋ねたのは若い冒険者風の男。
彼はエイジスにそう返され、牧場の方角を一度見てから仲間に無言で頷き、数人がその方向へ歩いていく。
「いいのか? あそこはまだ色々大変なままだぞ?」
「別に問題ねぇだろ、ちゃんと首は斬り落としたんだから」
いや、そういう問題じゃなくて、死体とか戦闘跡とか色々あんじゃん……。
と、数分後。
彼らは血相を変え、一枚の大きな鱗を抱えて戻って来た。
あれは間違いなく炎竜の鱗だ、しかも一番大きい背中の部分だな。
「こ、これは……確かに炎竜の鱗!」
「な、なんだぁ。もうエイジスが倒しちまったのかぁ」
「畜生、俺も戦いたかったぜ」
「全く人騒がせな……」
まあ、街の人からすれば急に現れて急に討伐されたし、人騒がせと言えばそうだな。
死んだと聞かされてから、後出しのようにヘラヘラと炎竜へ文句を言いだすのはどうかと思うが。
恐らく彼らにとっては、今この瞬間にも炎竜出現などは他人事になったのだろう。
だが、俺達に、あの衛兵たちにとっては命を落とすかどうかの瀬戸際の話だったのだ。
だからそういう態度はちょっと気に入らない。
倒したエイジスに感謝の言葉くらいあってもいいと思うんだよね。
もう終わった事と街の人々はそれぞれが平常運転に戻り始めてるので、多分無かった事にされたっぽいが。
「どうしたよ、そんなむくれて」
「……なんでも無いし、それより……その……」
今回の件で自分の力が圧倒的に足りない事が分かった。
エイジスが何故飛竜討伐を蹴ったのかも、偽善だけじゃ人は救えないのも。
まさしく俺はエイジスと言う名の炎竜のまたぐらに居座っていた弱虫だ。
しかし、それを口にしようにも上手く言葉が纏まらず、口籠ってしまう。
「私は、弱い」
「ああ、そうだな。でも頑張った」
頑張るだけじゃ駄目なのは知ってる。
だからそれが単なる慰めの言葉でしかないのも、俺には分かっていた。
「あのイミアって嬢ちゃんが俺のところへ来た時、それを聞かされて俺は死ぬほど心配したんだぞ? けどな、それと一緒にちょっと嬉しかったんだ。やっぱりお前は優しい奴だって思ってさ」
「私が? 優しい?」
馬鹿を言え。
社会の最底辺屑ニートの何処に優しさの要素があると言うのだ。
今世では偶々女で、まだ子供なだけで性根の部分は変わっていない。
今だってもし俺の自我が消えて、ルフレが前のように戻った時の為に極力悪い事はしないようにしてるだけだし。
「ああ、お前は優しいよ。俺な、牧場に来る途中でこの街の衛兵とすれ違ったんだ。そいつらなんて言ってたと思う?」
「――――」
そう言えば、死んでしまった二人以外にも後三人の衛兵がいた。
どうやらその話を聞く限り彼らは無事に逃げる事が出来たらしい。
俺個人の死生観などはさておき、倫理的に人の命は粗末にしちゃいけないからな。
生きていたのは良い事だ。
『俺達を庇ってまだ小さい女の子が戦ってる、あの娘を早く助けてやってくれ! 命の恩人なんだ!』
「とかなんとか言って、縋り付いて来たんだよ。多分その辺にいるだろうから、無事な姿を見せに行ってやれ。俺はイェルドの爺さんを探してくる」
「……」
馬鹿共め、俺がやりたいようにやってるだけなのに勝手に恩を感じやがって。
エイジスもそうだ、俺が優しいだのなんだのと……。
最早嬉しいのやらイライラするのやらよくわからん。
きっと俺は天邪鬼なのだ。
褒められれば斜に構えた態度でしか受け取れない。
それに、俺の勝手な行動の結果で命の恩人と言われても、嬉しくとも何ともないのだ
……多分。
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字脱字報告やブックマーク、下にある★など入れて頂くと嬉しいです。