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158.Another.3

 走る、ただひたすらに走る。


「はっ……はっ……」


 酷使した肺が凍りつきそうで悲鳴を上げるが、そんな事に構っている暇は無かった。


「もう限界っす……なんすかアレ!? 頭おかしいでしょ、あんなの絶対死んじゃうっすよ!」


 先程まで目の当たりにしていた光景が脳裏に浮かび、背中に氷を放り込まれたと錯覚する程に寒気が走る。濃厚な殺意と死の予感、戦意を折るどころか潰される程の威圧感。どれを取っても凡夫でしか無いカミルには耐え難いものだった。


 故に、広間にて灰の魔剣士と呼ばれる女と戦う同僚たちを見捨てて、あの場から逃げ出した。


 幸い誰にも気付かれてはいないようだが、何時あの悪夢のような少女が目の前に姿を現すか分からない。多少の罪悪感と引き換えに命が助かるのなら、躊躇などしている暇がある理由もなし。


 今までその類まれなる幸運で助かってきたカミルとしても、あれはそういう類の物でどうにかなる領域を逸脱していた。運が良ければ痛みを感じずに死ねるかどうか、悪ければ地獄のような痛みと共に殺される羽目となったやも知れない。


「はっ……運のいい死に方って、はっ……なんすか! 死ぬに、はひっ……良いもっ、悪いも無いっ……すよ!! コンチクショーッ!!」


 ゾッとするような思考を叫ぶ事で隅に追いやり、元来た森を全速力で駆け抜ける。


 足の速さには自身がある、要らぬ荷物を捨てて一人走れば日が落ちる前に森を抜けるのも叶うだろう。


 ただ、もと来た道とは言え殆ど地理も把握できぬ森の中だ、何処かで方角や道を間違えようとも分からない。そうなれば長い時間森を彷徨う事になり、必然的に追いつかれる可能性は高くなる。


 事実、カミルはゆっくりとだが、着実にウェスタリカから離れる為の道を逸れ始めていた。


「んぐっ……!?」


 それを証明するが如く、前方から誰かの声が小さく伝わって来た。彼は耳聡くその声を捉え、思わずその場にしゃがみこんで樹木の陰へと這って隠れる。心臓が早鐘を打って全身から汗が滝のように流れるのを自覚しながら、必死で呼吸を整える。


 声の調子からすると密談のようにも感じられ、先程の叫び声で己の存在が気付かれた訳ではないようだ。


「……」


 一体誰が話しているのだと顔だけを声の方へと向ければ、そこにいたのは二体の魔人。


「――――尾は―――うだ?」


「――――り―――ない、やはり大――――系ス―――の持ち主――――った 」


 かなり声の音量を抑えている為に聞き取れない部分も多いが、今までの経験則から碌な話し合いでないことだけは分かる。加えて、何かが彼らとあの少女が仲間である事を否定していた。


 理由などは無く、単にその雰囲気やこの状況で密談をしていることのみで判断した言わば直感。なれど、普通の人間ならば馬鹿馬鹿しいと一笑に付すそれは、カミルにとって今まで生き延びてきた生命線でもあった。


 かくして、直感に従ったまま視線を下へと向ければ、その裏付けとも言える光景が映る。


「……ッ! ……ッ!」


 今までどうして気付かなかったのか、侍女と思わしき服装に身を包んだ女性が血みどろで倒れ伏していた。下半身が八脚であることから蜘蛛型の蟲人族だと分かり、余計に先程の直感が確かな物だとカミルに認識させる。


「……おかしい、明らかにおかしいっす」


 あの魔人の女性は彼らが殺したとしても、広間で騒ぎが起きている最中に事を起こしたのは何故だろう。まるで、あちらへ視線が逸れるのを見越して何かをしているようにも見える。


 だが、状況が混沌を極めたのはその直後の事。


「がっ……」


「な、おい何がお――――」


 今しがた言葉のやり取りを行っていた二人の頭が順に宙を舞い、耳障りな水音を立てて地面へと転がった。木々の隙間からその光景を覗き見ていたカミルは、突然のことに目を見開いて絶句すると、息を吐くことすら忘れて硬直する。


「……やはり、流石に間に合わなかったか」


 しかして、死体が三つに増えたその場へと現れたのは目深にフードを被った男。外套から覗く顔はフードの縫い付けられた錆色の鉄仮面に包まれ、それ意外にも一切肌の見えない不気味な格好をしていた。


 なれど、驚くのはそこではなく、彼が何もない空間から突如として姿を見せた事だ。


 カミルに知る由はないものの、それは空間属性を用いた転移の一種。彼の人物がただならぬ存在である事を示しており、その異常性だけは見ただけでも十分に伝わる。


「証拠は隠滅、喀血で貧血……ふふっ」


 男は謎の韻を踏みながら、今しがた死んだ二人と蟲人の死体へと手を翳しただけで消してみせる。この手際の良さから見て恐らく殺したのも彼であり、この時点でカミルは恐ろしい程に震え上がっていた。


 必死に存在感を殺し、音を立てず、ただ静かにこの場からあの男が去るのをジッと待つ。息遣いだけでも気付かれるような気がして、両手で口も覆った。蹲るように体を丸めて、傍から見れば無様としか言いようの無い格好で耳だけを欹て続ける。


 暫くの間衣擦れと砂利を踏む音が空気を震わせ、辺りを歩き回るような足音が聞こえたかと思えば、段々とそれはカミルから遠ざかっていった。


 必死の苦労の甲斐もあってか、どうやら気付かれる事無くやり過ごせたらしい。


 そう思い、俯けていた顔を上げた瞬間――――




「やあ、こんにちは」




 ――――目の前にその男がいた。


 目線をあわせる為にしゃがんでいるにも関わらず、木の(うろ)のように格子状の鉄仮面の中はただ只管に昏い。


 その表情を伺い知る事はできないが、カミルには男が何故か笑っているように見えて仕方がなかった。


 男の態度に敵意は感じられないものの、それ以上に正体の分からない不安が押し寄せてくる。何か自分の理解できない領域に居るような気がして、隔絶した存在の壁のような物を感じていた。


 が。


「キミは、ゴットフリートの部下だね?」


「えっ、はっ………はひっ!?」


 よもや親しげに話しかけてくるなどと思わなかったのか、思い切り噛んでしまう。


「大丈夫だ、僕は敵じゃない。落ち着いて、ここは安全だ」


「そ、そうなんっすか……?」


「そう、僕はキミと、キミの仲間を助けに来た」


「わ、分かったっす。敵じゃないなら、いいっす」


 そんな台詞を言われて信じて良いものかと、内心で思いながらも警戒心が薄れていく。先程まで感じていた不安は消え、何故こんな親しげな人物を恐れていたのかとすら思い始めていた。


 当然のように不自然な認識改変が起きているにも関わらず、カミルはそれに気付くことはない。


「でも、アンタはなんで俺達を助けに来たんっすか? それに、さっきの奴らは一体?」


「奴らはこの状況に乗じて悪いことを企む連中さ、ウェスタリカとヴァルハラが潰し合うのは連中にとって都合がいいからね」


 何故その事を知っているのか、カミルは疑問に思うはずの部分も無視して頷く。


 尚、当然奇襲である今作戦が他勢力に露呈はしていない。単に『月下の森を抜けた先にある街にて住まう灰の魔剣士を殺害しろ』という依頼故、ヴァルハラ側としても情報不足なのだ。


 その中で第三勢力の台頭が起き、更にそれを察知した第四勢力が阻止しようと暗躍している。


 かように事態が単純では無い事を理解している筈が、カミルは男の話を鵜呑みにして只々頷くのみだった。


「一つ、キミに頼みたいことがある」


「なんすか? 俺に出来ることならなんでもするっすよ!」


「……ありがとう、そう言って貰えて助かるよ」


「なーに、困った時はお互い様っす! 俺もさっきはやばかったっすからね!」


 カミルがそう言ってはにかめば男は少しの間押し黙り、それから立ち上がると背中に挿した奇妙な形の杖を手に取る。


「いいかい、これから僕のすることは他言無用だ」


「は、はいっす……」


 その杖の先で何度か地面を叩き、やがて虫が這い回るように青白い文字たちが姿を現した。それらは意味のある言語を形成するように並び、次いで記号と図形が縁取るように文字列を囲んでいく。


「――――」


 完成したそれ――――魔法陣が発光し、文字が宙に溶けて消えていくと共に術式は結実する。


「んなっ!?」


 その結果に、カミルは驚愕に目を見開いた。


 なにせ空間へ歪が生まれたかと思えば、其処から人が三人地面へと落下して来たのだ。統一された黒い衣装に団のモチーフの彫られた防具、そして何より見慣れたその仲間の顔に口から意味のない音を出すことしか出来ない。


「リーゲルトさん、ラズィ姉さん、ガイさん!」


 それは先程カミル自身が目にして逃げ出す原因となった、灰の魔剣士に殺された三人の傭兵の姿であった。

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