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155.折れて尚健在なるその精神

 兎角万事において微々たる差異、というのはある程度造詣の深い者でなければ理解出来ない物である。それが尚更高次の物であれば、二つがどれ程違っているのかは判別の付けようがない。


 されど、その対象――――この場合では二者の力量――――を比較する第三者自身との物になると、隔絶したその差は明白である。勿論それは己が最も理解しており、届きようも無い力の差を感じ、眼前で行われているのが遥か高みの戦いであると立ち竦む事は当然とも言えた。


 先程から幾度となく爆塵に晒されながらも無傷で呆然とする唯一男性の竜人、ウルシュ・ウィステリアは奥歯を噛み締める。


 突然の敵、それに伴って起きた阿鼻叫喚図。


 来襲した男の息を呑む程の凄まじい圧力と魔力は、それに敏感な種がすぐさま感知し、非戦闘員は我先にとこの場から離れる為に走り出した。なれど、数千にも及ぶ群衆が一斉に動けばどうなるかは自明の理。


 絶叫と怒号飛び交うと共に狂乱に陥ったまま押し合い、逃げるどころか広間の出口では大渋滞が起きていた。


 一般市民と共に演説を聞きに来た非番の軍人や今日の警備を任された兵士、そして一部の住み着いた冒険者は敵に背を向けるより先に伏兵を警戒して動けずにいる。背後ではパニックになった市民、広間には混乱と警戒の為足を動かさない戦士たち。


 誰もこの状況を収めるべく能動的に行動が取れていないが、それも仕方のない事だとウルシュは心の隅で思う。此処に居る大半の者は、二十年前の戦争すら体験していない若者衆ばかり。


 加えて旧き眷属達であろうとも、この停滞した二百年近い年月は実戦を忘れさせるには十分過ぎた。


「結局偽りの平穏であったことに間違いは無かったという事ですか……」


 どれだけ閉鎖的になり森の中へ潜もうとも、たった一人に攻め込まれただけで瓦解する平和など最早なんの意味があろうか。軍拡を怠り、技術の進歩を止めた結果、望んだ物とは程遠い結果になったのだ。


「……俺もお前も、随分と平和ボケしたものだな」


 そう呟く牛頭の長の言葉を聞きながら、ウルシュは自嘲気味に口の端を歪める。



 ――――たった一人、部外者であるにも関わらずこの状況で抗う男を見ながら。



 足が震えて動かない程の力を持つ相手に立ち向かう勇気が無い。


 この国の者でない男に現状守られているという事実に、不甲斐なさが込み上げてくる。何時から、何時からこの国はこうも腑抜けてしまったのか。その原因の一端を担った身として忸怩たる思いを抱えながら、ただその光景を見つめていた。







 庇うべき者が減った事で動き出したジンは、先ずゲッツを壇上から引き摺り降ろした。


「オオオォォッラァァァッッ!!!!」


「うおぉ!?」


 今日の為に誂えた木製のそれを突進で破壊し、崩壊する最中に足を掴んで地面へと叩きつける。たったそれだけで大地は悲鳴を上げて地割れを生むが、背中を打ったにも関わらずそのダメージは軽微。


「痛ってぇな、久しぶりに背中打っちまった。美女に押し倒されるならまだしも、野郎じゃちょっと()()()の反応も悪いぜ」


「…………次はその余裕こいた顔面を陥没するまで殴ってやる、この下衆野郎」


 そこからゲッツが仰向けになった瞬間馬乗り状態になり、引き絞った拳を顔面めがけて放つ。が、結果は外れ。蜘蛛の巣状の亀裂が入り、拳の陥没した地点から逸れるように首を捻っていた。


 ジンの振るう拳は二度三度動く顔面から逸れ、直後に隙を突いたゲッツの反撃により腹部へ爆炎が迸る。


 顔を顰めるとて、ジンは大した痛痒も感じてはいない。


 何方かと言えば衝撃によって拘束を解かれた事の方が痛いだろう。その圧力で体を仰のかせている間に抜け出したゲッツを追って立ち上がった瞬間、再び爆風が見舞った。


「クソ……!」


 ジンはまとわり付く黒煙を薙ぎ払い、遠ざかるように距離を取られた事で足を前に踏み出そうとするが何かに気付いて逆に後退る。それを見たゲッツが笑みを深め、なにもない筈の宙を引っ掻いた。


 途端、先程とは違った局所的な爆発が、遥か後方に佇むウルシュ達を襲う。


「成程成程、距離はこの程度か」


「お前、まさか……」


 巻き込まれたかに見えた彼らは再びジンのスキルによって守られ無傷ではあるが、当の本人の顔色は悪い。


「俺ちゃんの最大射程が、丁度お前が庇える能力の範囲ギリギリって所だな。つっても今のこの距離感あってのことだが」


「……」


「おおう、その反応! 割と適当に言ったんだが、正解(ビンゴ)だったぜ!」


 それもその筈、ジンにはこれ以上近づく……否、離れることの出来ない理由があった。


 ジンの《魂混形代サクリファイス・ノーツ》の範囲は凡そ半径一桁メートルが限度、それに対してゴットフリートのスキルの範囲は軽く見積もっても十メートルは射程がある。なれど、事も無げに己の能力の一部を晒し、更にはジンの能力も推測した上でのこの口ぶり。


「手の内晒しながらペラペラと御高説垂れて、その上圧勝出来る程の余裕があるって事か?」


「ガハハ! 口が勝手に動くのは俺ちゃんの悪い癖だ。まあ、慢心しても勝てる……が、そろそろおふざけは終わりにしようか」


 そう言った後に、ゲッツは横に腕を振って地面を爆破させると一筋の溝を生み出した。


 まるで境界線、侵入を拒むかのような直線にジンはこの溝が何を表しているのかを瞬時に察する。と、同時に忌々し気に歯噛みし、怒気の籠もった目で目の前の男を睨めつけた。


「この線から一歩でも前に出たら、後ろに居る奴らは全員殺す。当然てめぇや連中が逃げ出しても同様、森に潜ませている部下が丸腰の女子供を殺す」


「外道が……」


「なんとでも言え、俺達とて負けるわけにはいかない。部下の命守る為に安牌取ってんだよ、なんの為に俺が一人で暴れたと思ってんだ。てめぇみてえな規格外をおびき寄せる為だっつ―の」


 それまでの何処かふざけた雰囲気とは違う、覚悟の眼差し。ジンも良く知るあの竜人と同じ目をした男に、それ以上言葉を吐くことは出来なかった。代わりと言わんばかりに、ゲッツは草臥れた額当てを直しながら、大きな溜息を吐いた。


「白髪で赤い目をした女の半魔は何処だ、答えろ」


「……」


 その質問は彼らの目的をはっきりと告げる発言であり、言外に半魔を殺しに来たと言っているような物だった。故に、ジンは一瞬眉を顰めこそすれど、それ以上何か反応を示す事も無く無言を貫く。


 そんな、半ば意味のない事を分かっているかのような尋問の直後、ジンの胸元で爆発が起きる。あれ程傷の付かなかった外骨格へ少し裂傷が入っている事から、爆発は小規模ながら威力は先程よりも高い。


「巷では灰の魔剣士と呼ばれているらしい、当然知ってるんだろ?」


「……」


 再び爆発、今度は右の膝。


 関節部分は可動域の関係上脆い為か、それだけでジンは膝を着いた。なれど、呻き声の一つも上げずに只ゲッツを睨みつけている。


「お前とそいつとは関係者か? その女はこの村……いや、街か? で、一体どんな立場にある?」


「……」


 最早三度目にもなると、規程のような気もしてくる程あっさりと左足が爆ぜた。膝立ちになり、割れた外骨格の内側の肉が削げ、地面に血溜まりを作り始めている。


 だが、それでも口は固く引き結ばれたまま。


「そいつの戦い方は? 魔法と剣なら何方が得手だ? てめぇとそいつ、どっちが強い?」


「……」


 爆破。


 右腕の関節部位が砕け、血が迸る。


「このままだとてめぇ、死ぬぞ」


「……やってみろよ」


 表情の消えたゲッツは淡白にそう告げるが、ジンは尚も強情に譲らないどころか此処に来て笑顔を浮かべて見せた。それが気に入らなかったのだろう、何を尋ねられた訳でも無いのに膝を着く彼の背中が爆ぜる。


「そいつの弱点は?」


「……あるなら俺が知りたいね」


 既に答える気が無いのを察してか、食い気味に左肘が爆破で(ひしゃ)げた。


 両腕両足、その全てが使い物にならない程損傷を負っている。痛みで外骨格に覆われた皮膚に、玉のような脂汗を浮かべているのもゲッツには見えていた。これ以上は本当に命に差し障る。穏便に済ませるのなら此処が最後のタイミングである事は明白だろう。


「悪いな、俺らも色々掛かってんだ」


 だが、止まらない。


 其処から始まったのは戦闘と言うよりかは一方的な蹂躙。無抵抗の男をただ只管(ひたすら)に痛めつけ、死んでもおかしくない程の暴力で以て地面に伏させる行為だった。


 ただ只管に爆破し、仰のいだ体が戻る度にまた吹き飛ばす。



 吹き飛ばす。


 起き上がる。


 爆破する。


 吹き飛ばす。


 また起き上がる。


 吹き飛ばす。


 起き上がる。



 一体何度繰り返されたかも分からない。


 なれど、普通ならば一撃で絶命しかねない攻撃をその身に受けておきながら、ジンの意識は途切れることは無かった。その瞳は変わらずに強い意志を秘めた光を宿し、淀みない動きで何度も起き上がる。


 まるで、痛みを感じていないか、そもそもダメージを与えられていないのではと思う程精彩さは健在のまま。ただ、その全身からは防ぎきれない衝撃によって血が滴り、未だ意識を保ったままである方がおかしい状態であることは誰の目にも明らかだった。


「おいおいてめぇ、イカれてやがんな……」


「……お互い様だろ」


 流石に口の端を引き攣らせたゲッツが皮肉交じりにそう悪態吐けば、不屈の男は呆れたように瞑目しながら首の骨を鳴らす。


「何が其処までてめぇの心を支えてる? 死ぬかも分からねぇ中で、自分から助かる道を捨てて尚どうしてそんな目が出来る?」


「心の支え? ねえよ、んなもんとっくに折れてるに決まってんだろ。本当は今すぐにでもゲロって楽になりたい……けどな、それは許されない。仮に口を割ったとして、多分その時は自分で自分を殺すだろうな」


 心折れてまで口を割らないのは、この苦痛程度では許されない罪科があるから。


 只の痛みで浄罪が成されるのならば、あの時《堅忍之徳(ウリエル)》など獲得はしていない。一度心を折られ、彼はそこで終わりでない事を理解したのだ。


 絶望の先に見出したそれは希望であっても狂気とも言える、《堅忍之徳》は恐らく善い物ではないのだろう。寧ろ、ジンからしてみれば無理やり人間の精神を頑強に塗り固める、歪極まりないスキルであるとすら思えた。


 故に、彼は知っていた。 









「――――何を、している?」 



 同じ絶望の果てに心が怨嗟へと傾いた場合得られるスキルの底知れない闇に、目の前の男が決して敵わないということを。


 ジンか、はたまたゴットフリートか、何方へ尋ねたのかは分からない。なれど、感情の抜け落ちたような面貌で佇む白き竜人の王女は、確かにあの時と同じように心を暗澹へと浸していた。

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