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154.戦争屋、急襲

 (オーキッド)商会。


 約二十年前に発足し、瞬く間に並み居る競合商会を押しのけて大陸有数の大店へとのし上がった大商会。


 発足当初から女性用下着を主に販売しており、新たな生地と前衛的なデザインを取り入れたそれは密かに貴族子女の中で流行している。商会長がヒト種であるに関わらず、商会員のおよそ半数以上が亜人で構成されている事も異質と言えるだろう。


 滅多な事では表に顔を出すことはない会長に代わり、全権委任を受けた副会長が亜人である事が影響していると専らの噂である。


 現在は副会長自らその辣腕を振るい、様々な事業へと手広く展開している。


 が、実利を重んじた手堅い古豪とは違い、未開拓の領域へと手を伸ばす挑戦的な気風は未だ衰えてはいない。そんな、積極的に新たな国との繋がりを得ようとする姿勢は、アキト・メイブリアの献身ぶりからよく読み取れる。


 予め商会の提供する品を検める機会があったウルシュは、些か肌面積が少ないものの機能性に優れた下着を思い出して一人頷いた。恐らく好奇心の強い民の事、これらの商品には必ず食い付いて来るだろうと。


 一氏族として国を崩さない為にも、表向きは中立派を装って現在まで過ごして来た。なれど心の内では二十年前の惨劇に忸怩たる思いが渦巻き、いつかまた再起の時が来ることを粛々と待ちわびていたのだ。


 その思いは、この国に暮らす殆どの民が少なからず抱いている事に相違はない。


 口では変化することを疎み、発展が新たな悲劇を生むのでは、と皆がそう言う。ただ、内心では人間に屈した結果として、この狭い世界で停滞の中緩やかに終末へと向かう事を是とする者は誰も居なかった。


 単にこの状態を覆すだけの力が無かったから、誰一人動けなかっただけに過ぎない。


 不甲斐ないという自覚はある。


 出来るならばかつて栄華を誇ったウェスタリカを取り戻したい、とウルシュはこの国の誰よりも願ってきた。沢山の魔人たちが行き交い、如何なる国よりも発展を極めたと聞かされて育ったウルシュにとっては、それが正しい祖国の姿なのだから。


 されど「もう二度と人類と敵対し、滅ぼされる事があってはならない」という三代目の言葉も重々に理解していた。人の世にて目立たぬようにと交わりを捨て、技術を捨て、伝統を捨て、残った物は一体何か。


 捨てられない誇りと、形だけの国。即ち、抜け殻のようなこの景色だった。


 かつて魔王に仕えた旧き世代は既にその殆どが国を見捨て、何処へとも知れず姿を隠してしまった。今やこの国に居るのは戦争を知らぬ若者と、重い腰を上げるに上げられない老いた眷属のみ。


 そんな中で自らも子を授ったことで若い頃の野心は鈍り、徐にその停滞に呑まれていくのを感じていた。


 だが、止まった時間は、従妹の娘が成長して帰ってきた事で再び動き出す。


「これで、きっと再び時代は変わる」


 そう小さく呟けば此方を見つめる獅子の双眸と目が合い、互いに頷きあう。


 敏いものは、既にあの魔王の孫娘が尋常ならざる寵児であることに気付いていた。政治の才覚は無きにしろ、賢人と呼べるだけの知識はある。意欲もあり、そして何よりも他を寄せ付けない圧倒的な強さを彼らに見せたのだ。


 問題はその理想の甘さのみだが、その辺りはウルシュや旧元老院――――現大臣連中――――で制御すればいい。


 傀儡とは言えずとも、良き国を育てる為には多少己等の思惑通りに動かすことは必須。そもそも政策の殆どをウルシュらに丸投げしている時点で、あちらも政治の委細は自由にしていいと暗に告げている。


 故にこの政見発表の場を誂えたのだ。台本は勿論ウルシュが書いたし、一部彼女の思想と異なる部分も違和感を感じさせない程度に織り込んでいる。


 後はこの本番でかの王女が声を発すれば、自ずと民は一丸となって同意を示すだろう。そもそも、一部反対派などは彼が折衷案をさり気なく呈する為の嘘に過ぎず、本気で反対しているのは彼女の祖母程度なのだ。


「しかし……遅いですね、もう時間だと言うのに準備に手間取っているのでしょうか?」


 顔を上げ、辺りを見回しながら言葉を溢すも、集まった数千もの民を待つ肝心の主役が未だ広間に現れる気配はない。準備をしているのはウィスタリア家の邸宅なので、もし向かっているのならば、其処から此処へ続く街道を見通せる彼から見えないということは無いのだが――――


「は?」


 そんな時ふと、背後から差す影にウルシュは空を見上げた。


 付近に背の高い建物は無く……そもそも、壇上に立つ彼の頭に影が落ちるなどはありえない。そう思い、上を向いた彼の視界に映ったのは、爬虫類によく似た瞳孔を持つ双眸だった。


「よお、テメェが灰の魔剣士チャンか?」


「あなたは……!?」


 その長駆に黒髪を細かく編み込んだ"人間の男"は、口の端から獰猛な犬歯を剥き出しにしてウルシュへ問いかける。この面容は従姪の連れてきたヒト種の中には居なかった。


 ならば、気取られる事無く何処からやって来たのかと一瞬で様々な疑問が頭に湧いたが、それを口にすることはない。


「ああいや、アレは女だって話だな。……なんか面倒臭えし、この辺一帯吹き飛ばせば死ぬか出てくるかすんだろォ!」


「なっ――――」


 そう言い放った直後、男が掌を突き出した瞬間に視界が閃光で埋め尽くされる。


 視覚も聴覚も一瞬機能しなくなる程の音と光の氾濫の正体は爆発。


 一瞬にして千人近い魔人の集う広間の半ばを巻き込んで噴煙を上げ、誰も彼もが例外なく衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされた。


「あー、また派手に爆ぜたなぁ。こりゃ一撃で全滅か?」


 唯一、その発端である男だけは壇上で顎を(さす)るが、濛濛と巻き上がる煙が次第に晴れるに連れてその目は段々と剣呑に細まっていく。


「おお、一人残ったか」


「一人じゃねえ、全員無傷だ」


 そんな、腹の底に響くような声を発し、広間の中央で黒煙を纏ったまま仁王立ちする鎧の魔人(ジン)が男を睨みつけた。


 言葉の通り、魔人化したジンの外骨格には傷一つないどころか、周囲に倒れ伏す魔人たちの誰も外傷を負っていない。男はその事実に気付くや否や、嬉しそうに広角を釣り上げる。


「今の攻撃を防いだ、いや……違うな。そうか、全部自分で受けたか! オイオイオイオイなんだそりゃ!? さてはオメー、滅茶苦茶強いだろ!」


「……よく喋る男だな」


「雑魚しかいねぇと思って思わずぶっ放しちまったが、強者には名乗るのが礼儀ってもんだ。俺の名前は《戦争屋》ゴットフリート・ホーエンノウ・シリングフェルト、ゲッツって呼んでくれよな」


 饒舌な男――――ゴットフリートはそう言うと一段上の壇上へ足を乗せ、肉食獣もかくやと言わんばかりにその目を眇める。


 ただ、その言葉通りジンは《堅忍之徳(ウリエル)》の魔人化を用い、《魂混形代サクリファイス・ノーツ》により無理やり敵意ある攻撃全てを己に肩代わりするという離れ業をやってのけていた。


 瞬時にそれを看破したゴットフリートの方が恐らくは一枚上手、ジンも当然実力差がある事は相対した時から理解している。


「――――ッ」


 故に、機先を制する。


 能力の全てが暴かれる前に決着を着けるべく、勢いよく地面を蹴った。しかして、肉弾戦に持ち込もうとするジンを見て、ゴットフリートは彼に向かって伸ばした掌を握りしめる。


「ぐおッ!?」


 同時にジンの周囲の空間が歪み、火の気が無いにも関わらず激しい爆発が起きた。


「ふははッ! なんだなんだ、痛そうな声の割に全然効いてねぇじゃねえか! 不死身かおい!?」


 攻撃が効いていないにも関わらず、蛇眼の戦争屋は何故か嬉しそうな声を上げる。それと同時に二発、三発と再度爆発を起こしてジンを近づけまいとするが、尚も進撃を続ける彼を止めることは出来ない。


「止まんねぇなおい! 北部戦線で見た騎馬戦車(チャリオッツ)も顔負けだぜこりゃ!」


 結果、四発目を放って漸くその悉くが無意味であった事を理解すると、すべからく次の策へ出た。


「コイツ!?」


 ゴットフリートはジンにではなく、彼の背後で未だまごつく民衆に向かって手を伸ばす。それに気付いて足を止めるのは当然、そう言わんばかりに歯を剥くと、ジンが彼らを庇うように何歩か後退ったところで再び爆破を起こした。


「がっ……」


「ほーん、成程なぁ。ある程度距離が開くと庇いきれねぇ、範囲型の身代わりか」


「ジンさん……!!」


 その背後では漸く起き上がったウルシュがライネスへと肩を貸し、再び己を庇った鎧の男の名を叫ぶ。


 いくら頑丈とはいえ、範囲内の――――凡そ五百にも及ぶ――――魔人達へ向かう筈だった衝撃を一つの体で二度も受ければ無事では済まない。強靭な外骨格には幾つかの亀裂が走り、臓腑へ届いてしまった痛撃によって口からは血を吐いていた。


「おもしれぇ、こりゃ何処まで耐えられるか見物だな」


「……なんの目的で襲ってきたかは知らないがお前もう無事じゃ済まねえ。一体何処の誰に喧嘩を売ったのか、理解ってないのなら死人の出てねぇ内に謝った方が……良いぜ」


 血混じりの唾を地面へと吐きながらそう告げるジンに、壇上の傭兵は悪辣な笑みを浮かべるのみ。その沈黙が、これ以上の言葉は最早意味を成さないことを暗に告げる。


 既に灯ってしまった戦火は、双方何方かが折れるまで消える事はない。




***




 これはまた随分な仕打ちだと、アルテアの戦士、ジェイド・アストラ=ルグリアは独りごち。


 現在は休耕地の多い時節柄暇を持て余しているので、偶には警邏の任くらいはやるべきである。そう思ったのが運の尽きか、同伴したラフィの姿を横目に己を取り囲む数十の武装した人間を見て嘆息を漏らした。


 本来、警邏兵が都市の境界線を巡回している為、滅多なことでも無い限り外部から無断で侵入者を出すことはない。鼻の利く獣魔(ライカンスロープ)の多いここなら尚更、獣人(ビーストノイド)であるラフィを連れていてこうなったのだからさもありなん。


 よく考えずとも、どうやらこれは滅多な事らしい。


 統一した黒の装束に鎖帷子と魔銀の胸当てを見るに、冒険者崩れの野盗ではなかろう。かと言って騎士のような品位も感じられず、とすれば残る選択肢は一つ。


「傭兵か」


 何処かの国に雇われたか、誰しも腹に一物抱えた己等の境遇を鑑みれば心当たりは無数に見つかる。とは言え接敵するまで気配を気取られず、此処まで練度の高い動きをする連中となれば自然と正体の目星自体は付くだろう。


「その通り、あたしらは此処に居るっていう灰の魔剣士を探してる。何処に居るか教えてくれたら見逃してやってもいいけど、どうかしら?」


「……」


 そう言って最後尾から優美に歩み出たのは、金髪の女性。


 過度な露出にも思える腿へ入った薔薇に乙女の入墨、豊かな金髪を手で払った彼女の提案をジェイドは無言で受け止める。なれど、それは逡巡の為に押し黙ったのではなく「成程、やはり上司の面倒事か」と得心が行った末の沈黙だ。


「やはり付いてきたのは失敗だったか、あの方は面倒事を呼び込むスキルでも持っているとしか思えないな……」


「あら、独り言。私とはお喋りしてくれないのにねぇ、早急に返事がほしいわ」


 今更何をと自嘲気味にそう呟けば、眼前に佇む女性から返事の催促がされる。故に、ジェイドは望み通りに己の答えを返す為、何かを鷲掴むように拳を握りしめて振るった。


「返事が欲しいといったな、いいだろう答えてやる」 


「はっ……!? えっ!?」


 総勢十八人という、たった二人――――内一人は幼い少女――――を相手するには些か過剰戦力かと思われたそれが、ジェイドの振るった右手の先にいた半数が突如水平に吹き飛ぶ。まるで見えない何かに押されたかのように、腹部を圧迫されて木々に叩きつけられた彼らの意識は既に刈り取られていた。



「貴様らに教えることは只の一つとて無い、即刻この国から立ち去れ」


「おととい来やがれ、です!」


 明らかに変化した雰囲気、膨らんでいく戦士の威圧感に金髪の女は鼻白む。


 彼女らは急襲した側の筈が、思わぬ存在によって当初の作戦とは大きく逸れた道筋へと向かう事となった。それが一体どういう結果を齎すのかを、全てが終わった時悟ることになるであろう……。

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