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153.変調

 良き王とは選民意識、つまり自己が特別であると言う傲慢さがなければならない。


 それも名誉と力の頂と言える魔王であれば尚更、民と軽率に言葉を交わす事はおろか、同じ目線で物を語るなど言語道断。王の言葉は絶対であり過ちを認めることすらも許してはいけない、とウェスタリカ十二支族が一つ、牛頭族の長であるミノス・アステリオスは常々思っていた。


 旧魔王国においては、微々たる差こそあれど二代にも及んで暴君を頂点にした階級のピラミッドが形成されている。彼らの統治のお陰で大陸でも過去に例を見ない程の発展を遂げ、力による支配が根付いた実力主義的風習の強い国であった事は間違いない。


 とはいえそれも昔の話。


 二代目魔王と勇者との戦争により滅び、六百年という月日の経った砌。次代の築いた新たなウェスタリカは随分と衰退した。原因は、魔王としては歴代で最も認知されていないものの、実力で言えば二代目をも凌ぐと言われた筈の三代目が日和見の政策を敢行した為である。


 王政は領土侵略よりも畑を増やして民の食い扶持を増やす事に心血を注ぎ、縦の関係を限りなく省略して組織の一変を図った。その一つが氏族制度であり、二十近い種族の暮らすこの国の中で、特に能力的に秀でた十二の氏族を選定して(まつりごと)を行わせたのだ。


 国内での上下関係が平坦化する中では当然反発もあり、かくいうミノスもその一党の一人であった事は過去の武勇だろう。


 今でこそいたずらに土地を増やしても胃袋に収まる食事の量は増えないと悟ったが、当時は反戦思想である魔王の首を獲るか否かまで話が進む程に国内情勢は二分化されていた。輪栽式農業による作物の安定供給という実績が無かった場合、本当に内乱にまで勃発していた可能性はあった筈である。


 無能でなくとも、野心も傲慢さも持ち合わせていない王はこの国に必要ない。


 平穏無事に暮らす生活を享受している今も、内々に抱えるその思想は未だ潰えず。次の王こそはと家で鍛錬に身を窶せば娘にウザいと煙たがられ、鍛え上げた筋肉も家内には都合のいい荷物持ちか力仕事の要員としか見られていないが。


 首都の広間に設置された講演の為の台座を見ながら腕を組む偉丈夫は、長老と呼ばれる古参程旧くはなく、三代目の時勢より二世紀は長く世を生きてきた。


 つまりは過去の惨劇、そして人間に気を許した先代の末路を知る者の一人。


 軽々には扱えぬものの、かと言って然程発言力を持たない中堅どころとして歯痒い思いをしてきた。それも余り回らない己の頭のせいであることも承知しており、武以外に誇れる物の無い典型的な戦闘民族故である。


 しかし、先日長い国外逃亡の末に帰還し、最高権力者の座に就いた四代目の孫娘は、単に腕っぷしが強くて力仕事が得意と言う理由だけでこの牛の頭目に古豪の長達と同等の権限を与したのだ。


 これにはミノスも困惑して、何かの間違いではないかと本人に尋ねた程である。


 そうして返ってきたのは、適材適所という言葉。


 一体彼女が己のどれ程の事を知っているというのか、益々その魂胆が不透明になり、只々困惑するのみ。が、聞く所によれば彼女の掲げる思想は四代目の模倣に近く、ミノスからすれば馴れ合いにしか見えないものであった。


 力こそが全ての時代より、暫くの間肩身を狭くして生きてきたのだ。今更役割を与えられて責任を伴うのは果たしてどうなのかと、ミノスは嘆息を交えて傍聴席から壇上を見やる。


 そもそも、一介の氏族如きが今更何を言おうと国は動かない。それが分かっていただけに、最早この国に留まる理由を半ば見失いかけていた。


 故に、今から始まる新王による演説には殆ど義務的に出席したに過ぎない。噂で耳にした甘ったるい理想論を掲げる子供の夢物語を改めて聞かされようとも、何ら響くものは無いだろうから。


「しかし……」


 隣に着席している獅子の頭目を見て、何故そうも期待に満ちた眼差しを向けているのかと言葉を溢した。彼とは旧知の間柄で、背丈こそは同じものの年は孫と大祖父程離れている。"あの事件"当時は青臭い青年だったのが、今ではもう立派な二児の父親なのだから驚きだ。


 感慨に耽りつつも思索に興じていると、壇上に竜人の旧長である男が立った。それと同時に横目に見える獅子が興奮を抑えきれず声を上げたので、思わず目を丸くする。


 思えば一月前辺りから彼の白皙の女王にやけに従順と聞くので、実はかなり疑問ではあった。停滞に反発する手合いであったと記憶している彼は、あの子供に何を見たというのだろうと。


 お陰か、今更期待などは無い筈が、何時からか掌に薄っすらと汗を掻いている事に気付いた。


 何かに熱中している時や先に待つ催事の折にはこうしてよく手汗を掻いていた事を思い出す。


 しかし、これは単なる祭りではない。あまりにも稚拙で空想じみた演説だった場合、ミノスにはそれこそ家族を連れて国を出る覚悟すらあった。


 もし仮にそうなったとしても、特別この国がどうにかなるとも思えない。牛頭族は然程数が多いわけでもなし、国に対してなんらかの重要な貢献をしているわけでも無かったのだ。力仕事の代わりなどは他の種族で十二分に務まるだろう。


 ただ、そこまで考えてから、未だに彼女への期待値がゼロを下回っていない事に気付く。なにかの間違いで、また過去のような魔王が君臨する強いウェスタリカが戻ってくるのではないかと、一瞬でも想像してしまった。


 一体何を、と内心で呆れながら居住まいを正し、ミノスは着々と進む講壇の設営風景を見て再度大きく息を吐く。個人的な好き嫌いは兎も角、あの優秀な竜人の男長が表に姿を現したのならば準備はもう殆ど終えているのだろう。


 既に見切りを付けた身だ、どうせなら悪い意味で度肝を抜くような話を聞かせてくれてもいい。


 むしろ、何か面白いことでも起きてくれないかと、突発的なハプニングを望んですらいた。


 しかしながら、実際この後に巻き起こる事件と幼い理想を掲げる王の本質に触れた時、牛頭の頭目は己の浅慮さを思い知ることになる……。






【公開情報】


 魔王の存在しない時勢においては、大抵それに代わる力を持つ者がウェスタリカを治めてきた。彼らは自らを王とは名乗らない。ただ、代理人として粛々と新たなる魔の王が生まれるまでの間、国という形を維持することだけを至上としている。






 改めて、豪奢に衣装を着込むという行為はなんとなく苦手意識がある事を再認した。


 普段着と同じ形式の服の上から、何枚もの毛皮を誂えた布とファーのどちらが主役なのだか分からない上着を着て、更に深めのスリットが入った貫頭衣型の祭服を被されると流石に暑い。


 平安貴族の女子たちは常にこれに近い重装備をしていたのかと考えると、頭が上がらない思いである。というかこの風習考えた奴は馬鹿だ、偉そうに見せたいからって数着りゃいいってもんでもねえぞ。


「大変似合っております、正しく女神の如き美貌かと」


「ねえ……無表情でそういう賛美はするものでは無いよ……」


 早朝から何度も湯浴みを繰り返させ、頭皮が削れるかと思う程私の髪を櫛った張本人、ウミノの褒め言葉に乾いた笑いが漏れた。


 今は香油を用いて丁寧に髪を結われている最中である。加えて、元々両耳は炎熱への耐性加護のある装身具を身に着けているが、今回新たに角へ幾つか穴を開け(ピアッシング)て環状の装飾を施した。


 一応骨の延長線状に位置する角は、幼年期に高すぎる魔力を内向的に――――体内へと――――放出してしまう一部種族特有の物である。魔石のある心臓部は干渉を受けない為、次点で無意識に魔力を集中させがちな頭部へ異常発達した骨が形成されるのだ。


 環境にもよるが、魔力制御が得意な子供は綺麗な形でこの角が生えてくると言われている。「魔法の才覚を知りたければ子の角を見ろ」という言葉すら存在する種もあり、実際魔法に長けた白竜人のウルシュやフレイは非常に整った角を有していた。


 尚、これは幼年期特有の物であり、一度折ったり穴を開けるとそれ以降はもう生えてこない。


 少し逡巡もしたが体に穴を開ける事に忌避感は無かったのと、魔法の感覚器以外には神経が通っていないので折角だから開けてもらった。厄除けの意味合いが強い古代地球やこの世界のピアス文化は、恐らく現代日本ではあまり理解されないのだろうがね。


 さて、何故私がこうもめかし込んでいるのかと言えば、いよいよウルシュにごり押されていた演説(プレゼン)の日だからである。


 首都に住まう二千人の他、四つの耕作地帯からさらに五千の民が聴講の為に今日は集まっているのだ。自分でも中々化けたのではないかと思える化粧に、ガチガチに作り込んで来た台本。喉に良いとされる蜂蜜金柑を一匙入れたホットミルクも飲んで準備は万端である。


 今日のプレゼンでは先ずオーキッド商会の提供する商品と、協力者として立候補してくれたヒト種の者達を紹介し、人間社会と関わる事の安全性と有用性を説く。その後に国の発展を前提に置いた政策を発表、どれだけ生活が豊かになるかを知って貰う予定だ。


 国民にはそれで納得して貰う――――


「いや」





 ――――納得してもらわなければ困る。


 なにせ私には時間がない、他の何を捨てても優先すべきものがある。穏便に、平和に済ませればそれでいいが、もし仮にそうならなかった場合は最早悠長に選択肢を選ぶことは出来ないだろう。


 だって、この世の全ての事柄と彼女(イミア)を天秤に掛けたなら、何方に傾くかは言わずもがな。そもそも、この私がイミア以外の存在に配慮している事自体が、既に最大限の折衷を以て行動している事に他ならないのだ。


 この生命が誰かに生かされた命であることは理解している、その誰かが一体何故そうしなければいけなかったのかも理解している。


「そう」


 それは全て、人間のせいだ。


 自分と違うものを嫌悪、忌避、排他し、独善的で他者を貶める事に躊躇がなく、醜い存在だ。そんな人間に私もイミアも苦しめられ、そして一体どれだけのものを失ったか、奪われて来たか分からない。


 その筈だ。


「その通り」

 

 そうでなければいけない。


 彼女は私に残された最後の生きる(よすが)なのだから。彼女だけは、私が守らなければいけない。


 もし必要とあらば悪にだってなろう、二代目の引き起こした過去の惨劇を繰り返したとて構わない。憤怒の咎を背負うというのはそういう事でもあるのだから、私が世界中の憎しみを一身に受けて、彼女がそれに晒される事が無くなるのならばそれでいいのだ。


 臓腑から滴る吐泥(へどろ)のような感情が、私の思考を黒く染め上げていく。憤怒の権能による精神的な汚染は時折認知を歪ませるが、大した問題ではないだろう。私の本心はその程度では偽れない、しっかりと取捨選択をした結果であるから大丈夫の筈。

 

「ご主人様? 如何なさいましたか? 顔色が優れないようですが……」


「……いや、問題ない」


 故に()は正常であろう、なにせこんなにも平和な政策を態々妥協して提案してやっているのだからね。







【公開情報】


 人と魔人とではその精神性は大きく(たが)い、とりわけ力による支配階級が成立する文化は魔人種独自の物であると言えるだろう。その要因として、魔人のルーツが魔物の変異種であるからと言う説が最も有力視されている。

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