151.着々と進展
首都に住まうウミノの知人達――――十二名の魔法が使える女子――――を集め、軽い説明を挟んだ後に早速作業へ取り掛かって貰った。
流石はウミノと言わざるを得ないのは、彼女たちが単なる家事手伝いのギャルかと思いきや、器量の良い娘達ばかりであったことか。中でもはじめに私へ突っ掛かって来たアテネとスオウ、そして羊人の……ミイが、各々得意属性の上位魔法を修めていたのには驚いた。
上位魔法の区分は人間の定めた指定魔法及びそれに匹敵する魔法術式の構築であり、この場合で言えば彼女たちは後者を扱える事になる。術式の組み方は独特ではあるものの、戦闘技能に置き換えても単なる人間の兵士に劣らない能力を有しているのは純粋に凄まじい。
「そう、そこは風魔法で空気を密閉して、沸点を下げるんだ」
「うわっ、マジで!? ほんとにポコポコ言ってんだけどウケるぅ!」
現在は、風魔法と水魔法の両方を十全に扱えるアテネを筆頭に、本来は機械によって処理する過程を魔法に置き換えて作業を進めている。
「ふわぁ……お砂糖さんはこうやって出来ていくんですね。なんだか不思議です」
「にしても、アンタ……いや、ルフレ様は一体何処でこんな事を覚えたんだ……ですか? 魔法をこういう風に使う奴なんて見たことないぞ……から」
煮詰めたキビの液体と固体を分離しながら、スオウが横目にそう尋ねてくる。まあ、実際魔法は人々の生活を豊かにするよりも、殺傷能力を高める事に重きを置いて研究されているのは確かだ。
「極東の国に凄い凝り性の友人がいてね。料理以外にも色々と小器用な奴で、私の知識はだいたいそいつからの受け売りだよ」
「ふぅん……極東ねぇ」
ただ、真実の全てを言うわけにもいかないので嘘を交えず濁して答えると、スオウは納得したのかしていないのか曖昧な反応で作業に戻った。
しかして、それと同時に、
「……魔法とは、説明のつかない不可思議な現象を表す語。何もない空中に物が浮いたり、幻覚で人を騙したり、息を吹くだけで蝋燭に火を灯したり、突風を巻き上げて女の子の下着を顕にしたり。故に、本来生活に根ざしたそれを人間が戦いの道具に置き換えて行った事が、戦闘技能に偏った進化を遂げた原因」
「……っ!?」
珍しく早口でそう述べながらスオウの背後に撫子色の魔女が顕現した。
しかも彼女の長いフレアスカートを手で捲って、可愛らしいドロワーズを人の目に晒しながら。当然ぎょっとしたスオウは手に持った木べらを取り落し、慌ててスカートを抑えてしゃがみ込んだ。
「ふむ、お尻にくまさんの刺繍とは中々……」
「なっ、なっ、なに、何をしてんだお前ぇ!!?」
「強気な印象とは裏腹な、可愛らしい下着を履くこのギャップ……とてもいい」
感情に同調してはためく翼と、熟れた林檎のようになるスオウの顔。
やらかした当人はさも質の高い芸術品を見たかのような、厳かな態度で彼女の下着の品評を下している。やはりコイツ、女なら誰でもいいのではないだろうか。色々と言いたい事もあるが、取り敢えず拳骨を脳天に一度落としておこう。
「ぐ……恥じらう勝ち気女子を拝む代償がこれ……ならば妥当!」
「なっ、なんなんだよコイツはぁ! ルフレ様!」
「まあ、そうなるのが普通よな……」
かくいう私も先程まで高圧的だった彼女の顔が真っ赤に染まるのは、少しばかり良いと思ってしまったが。それはそれ、これはこれ。
「……ん、フラスカとアルトロンドからの手紙を預かってきた」
「苦労を掛けるな、お前がいて本当に助かってる」
労いの言葉を掛けながら二通の異なる封蝋がされた手紙を受け取ると、彼女は眠そうに大きな欠伸をした。
暫く離れていたせいか、そろそろ魔力の非活性状態に入りかけているのだろう。そう言えば、初めてフラスカの城内で戦った時もメイビスはこの状態で、実力の半分も出せていなかったらしい。
「……んー、やっぱり今は忙しい?」
「悪いな、また今度時間を作るからそれまではお預けだ」
「わかった、待ってる」
そう言って私の手のひらを握り、多少魔力の受け渡しをしてから彼女は影に溶けるように姿を消した。魔力供給は契約者として行わなければならない義務なので、明日の夜辺りに私はまた彼女に滅茶苦茶(卑猥ではない)にされる。ぶっちゃけ怖い。
「え、あれってルフレ様のコレなんスか……? 人の下着覗くって普通に軽犯罪者じゃありません?」
「小指を立てるなおい、違うから。それと軽犯罪者じゃなくて貴族殺害……は実行と王族の拉致未遂を目論んだテロリストだな」
「は? え? 待って、なんか規模がおかしいッス。 貴族の殺害……? テロ、テロリスト……? ペロリストじゃなくて?」
むしろあの女がペロリストである方が私にとっては恐ろしいが、それを除いても相当に酷い経歴だなおい。時代が時代なら、もはや顔晒して外を歩くことすらままならないだろう。むしろ一回襲った国にメッセンジャーとして赴く面の皮の厚さが驚きだ。
まあ、頼んだのは私なのだけど。
「兎も角、君たちにはウミノを監督に付けて暫くこの作業を続けて貰うから。私は諸用を片付けてくるが、くれぐれもサボらないようにだけ言っておく」
「私が責任を持って監督いたしますので、ご安心ください」
「あーい、任しとけってルフレ様! ウチら面倒くさい事はとことんやらねぇけど、自分たちに利がある事なら頑張れる性質なんでぇ!」
「自己PRになってないからな、それ」
少し心配になるような返事を貰いつつ工房から出た私は、手紙片手に官邸へと歩を進める。
というか、本当に大丈夫なのか? ウミノに任せたとは言え、先程まで非協力的な態度だった連中だし……よし、何かあったらアキトに全部投げよう。
「ちょ、ルフレさん! 待ってくださいよ!」
「おいおい待てよ、なんでお前付いてきた?」
私が思索を巡らせていると、背後からアキトが声を上げて追いついてきた。なんだ、女子に混ざってお菓子作りをしているかと思いきや、やはり童貞には荷が重すぎたか? 折角良い所に程々に口の回る人材がいたというのに。
「彼女達の言いくるめなら必要ありませんよ、ちゃんと本心……欲望からルフレさんに協力したがってましたし」
「いや何故ばれたし。今そこまで聞かなかったよね?」
「そういう顔、してました。コレでも人の顔色伺って仕事して来たんで、その程度は分かるんですよねぇ」
なんだこいつ、面倒くさい対人スキルを身に付けてやがる。
都合よく扱われていればいいものを、これでは何か起きた際は全部私の責任ではないか。
「……心の声、漏れてますよ」
「あっ、丁度一人で歩くの暇なところだったんだ。話し相手が出来て良かったさ」
「次そういう扱いしたら…………いや、やっぱりいいです、もう」
「本当に申し訳ない」
ただ、その途中で切った言葉の先に、なんだか恐ろしい気配がしたので速攻で謝った。割と傍若無人な自覚のある私が、素直に謝罪するのは案外珍しいことだったりするのだが果たして。
彼に対してはなんとも、他の誰とも違う安心感を持ってボケる事が出来るのでついついやり過ぎてしまう。
「全く、信用されてるんだか、オモチャにされてるんだか……分かったもんじゃありませんね」
「両方正解だろ」
「はぁ?」
「ごめんて」
やはり彼は親密度が高くなるに連れて友人の扱いが雑になるタイプだ。似た奴は前世でも確認済み故に間違いはない。これもアキトなりの親愛表現と捉えてしまえば可愛いものだし。というか多分何言ってもツッコミ返ってくるから楽しい。
「なんか……前世にもいましたよ、ルフレさんみたいな人」
「奇遇だな、私もだ」
「事ある毎にボケ散らかして、結局オチを丸投げするような馬鹿野郎がね」
「はて、私はそこまで酷い奴ではないと思うんだが………いや、冗談だって。ちょっとしたじゃれ合いだろ!?」
いい加減顔がマジになって来たので、慌てて話を切り上げる。こういうのは引き際が肝心、相手を本気で不快にさせない冗談で済む範囲を見極めることこそが大事なのだ。それを私がちゃんと出来ているのかは、この際置いておくことにしよう。
丁度目的地へ到着したので、手紙の話題にでも切り替えればいい。
「えっと……これの内容次第では、商会が交易に一枚噛む時期も早まるかもな」
「そうであって欲しいですよ。でなきゃ、なんの為に僕が態々同伴したのか分からないですからね」
流石帰還して早々、新たな国との繋がりを得る為に使い走らされた男の台詞は重みが違う。そんな乾いた笑いを漏らす彼と共に執務室へ入り、手紙を読むべく椅子へと腰を下ろせば、見慣れぬ箱が足元へ置かれている事に気付いた。
「うん?」
色褪せと日焼けした古臭い代物だが、そのシンプルな外観からは想像も出来ない程強い存在感を放っている。
「これは……いつの間にこんな所に?」
「随分と古そうな箱ですね」
疑問と共に箱を持ち上げると、然程重くない。
薄い何かが擦れる音も聞こえることから、恐らく中に入っているのは紙か布だろう。誰が置いていったのかは知らないが、なんとなく中身が気になるのは私だけか。
「……」
いや、身を乗り出して凝視している彼もまた、この謎の箱に興味津々であった。
無駄に演出すると中身がガラクタだった場合悲しくなるから、こういう場合は溜めとかは作らないでパッと開けた方がいい。そう思い、私はかぶせの蓋を持ち上げて、中身を検めたのだが……。
「本だ」
「本ですね」
箱の中では、厚さで言えばそこそこの羊皮紙を挟んだ本が佇んでいる。表紙は黒革でなんの文字も綴られていない、持ち上げて裏表紙を見るも同様。割としょぼい本のように見えるが、内容の方はと適当に捲ればそこには非常に汚い字で誰かの体験が記されていた。
『――――六■月、三百と八十二日目。とうとう三■式■■から■■フォー■■業への切り■えが■った。飛躍させずに■々に■らして■っ■のが■を奏したのだろ■』
『――――二の月、今日からある■■の■に■土を■■してい■が、発■と■用の■地を■す■に■業や建築の■■だけに■めて■■事にする』
ところどころが掠れたり滲んだりしていて読めないが、どうやら誰かの記した記録らしい。事細かに出来事を記載し、それが最後のページまで延々と続いている。
「誰かの日記……ですかねぇ」
「いや、日記というよりかは、データのようにも見える」
『――――十一の月、二十三年目。そろそろ時間が無い、■■の■が十分に■■せる■壌は■った。早く後■に■を■がせ、この国を■なければ』
この記録を付けた人物は明確な目標が定まっていて、それの達成の為に何かを行っていたのだろう。しかし、恐らく肝心であろう部分が、まるで塗りつぶされたかのようにして解読出来なかった。
『――――十二の月、二十五年目。これがここへ書き込む最後になるだろう。この■■はグ■■ミ■■■で■事■を■■し、■■を■り■■た■■の■、■■■が■回と■じ■筋を■■た場■に■ずその■へ■し■■うに■■んだ。故に警告しよう、■歴七■四十七年の■の■に■■■によって■代■魔王が復活する。■■にこ■を■うに■■て■■しなければその後、この■■は■■ることになるだ■う』
「 魔王が……復活……!?」
たった一つ、重要な文面を除いて。