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16.蒼天の一閃

 絶体絶命だった俺は聖女の魔法と、師匠の一撃に命を救われた。なので、これから反撃と行きたいところだが……。


「なんとかって……師匠がいれば一人で倒せると思うんだけど」


「馬鹿を言うなルフレ、奴が今まで本気だったと思うか? お前が大した怪我も無く生きてたのは確かに地力が付いたお陰かもしれんが、殆どあの炎竜が手加減してたお陰だ」


 つまりは、エイジスという強者が現れたことで炎竜も本気になると。

 

「正直言って今の不意打ちで腕一本持って行けたのが奇跡な程さ。次はもうそんな隙を見せてはくれないだろう」


 エイジスはそう言って俺を一瞥すると、直ぐに炎竜へ向き直った。


 腕を切り落とされ、炎竜は苦悶の唸り声を上げてのたうち回る。だが、その動きに精彩を欠いた様子は無い。むしろ痛みで怒りのボルテージが上がっているようにも見えた。


『グゥルル……』


 暗雲によって暗く影を落とす大地に、より一層赤熱した燐光が禍々しい風体を醸し出す。まさしく竜の名に相応しい威厳と邪悪さ。


 RRGで言えばさしずめボスのセカンドフェーズと言ったところだ。


「そこの嬢ちゃんは見た所戦えるようだな、ちょいと手伝ってくれるか」


「勿論、ルフレ様に恩を返すのに絶好の機会ですので」


 横目に交わされるエイジスの言葉にイミアは二言なく同意を示す。しかし……恩だなんだと言っても、チンピラから助けたのと炎竜を倒すのでは釣り合いが取れないと思うのだが。


「有すは燐光、我が求むは空の固。古き王、尖刃の長よ、信たる者の肉体を介し、その力の一端を顕現させたまえ……《光輪槍斧(ライトハルバード)》!」


 そんな俺の思考を他所に、イミアが詠唱と共に光る槍斧を顕現させた。


 どうやら魔法で出来た武器のようだが、遠目に見てもその意匠の凝り方と仰々しさは尋常ではない。イミアは身長より長いそれを片手で持ち、炎竜へ切っ先を向けている。


「鍛えてるって、そういう事かぁ……」


 もしかしたら重量が無いのかも知れないが……どう見てもこれは年頃の女の子が片手で持てる得物じゃない。やはり筋肉の波動は間違っていなかった、あれは脳筋聖女で間違い無いだろう。


『グルアアアアッッ!!!』


 そして、それを見た炎竜が猛り、薙ぎ払うようなブレスでイミアを襲う。


 駆けだしたイミアは重心を限りなく低くして、一足にそれを躱した。しかし、炎竜は避けられる事が分かっていたのか、連続でブレスを吐きだす。


 尚も足を止める事はせず、接地する時間はほとんど皆無のまま、彼女は跳んでいるかのような軽やかさで全ての火球を回避する。


「はぁあああ!!!」


 地面を蹴り、跳び上がったイミアが空中で何度か姿勢を変えながら炎竜へ斬りかかる。


『ルォオオオン!』


「おお……」


 そして振り下ろされた切っ先が首元へ命中した。


 炎竜が雄叫びを上げてバランスを崩す程の、正しく会心の一撃。そんな凄まじいイミアの攻撃に、勝利を確信した俺が小さく感嘆の声を漏らした。


「……くっ、通って無い!?」


 だがしかし、そんな感動とは裏腹にイミアの槍斧の穂先が砕かれ――――


「きゃあっ!」


「イミア!」


 ――――姿勢を崩したかと思われた炎竜が立て直し、尾でイミアを弾き飛ばした。


 先程の衛兵の死が脳裏を過り、俺の全身から熱が引いていく。


「……も、問題ありません。かすり傷です」


 幸いにも受け身を取れたようですぐに立ち上がったが、俺の心中は穏やかじゃない。


 が、


「よそ見してんじゃねえ! 来るぞ!」


 エイジスの叫び声で正気に戻るも、その隙は大きすぎた。炎竜は標的を俺へと変え、地面を抉りながら前脚で殴りつける。


「かはっ……!!」


 鳩尾に砕けた岩が激突し、肺の空気が全て押し出された。そして、そのままとんでもない激痛に受け身も取れず、背中から叩きつけられる。


 ……痛い、息が出来ない。


 視界がぼやけて意識が朦朧としている。


 そうして立ち上がれずにいると、俺の頬を誰かが押した。


「キュル……」


「あ……ぐ……」


 ああ、銀竜だ。

 なんだよ、お前は隠れてないと駄目じゃあないか。一体何のために俺達が戦ってると思ってるのだ。


 俺は意地で身体を起こし、銀龍を見る。


「そんなに不安そうな顔をするなよ。大丈夫だ、エイジスがきっと炎竜を倒してくれるから」


「ぐぁあっ!!」


 ……いや、倒してくれるのか?


 俺の視界の端に、炎竜のブレスに吹き飛ばされて受け身をとるエイジスの姿が映る。


 この一瞬の攻防だけだが、あの強い男が苦戦している。最強と信じて疑わなかった俺の師匠が、苦戦している。


 やはり炎竜は俺相手に本気を出していなかったのか。


 今までとは全く動きが違う、ちゃんとエイジスとイミアの動きを見て行動しているのだ。


 傍目に見れば二人は対等に渡り合っているように見えるが、消耗しているのはこちらだ。イミアもエイジスも少しづつだが疲弊の色が見え、かすり傷程度だが怪我も負っている。


「俺は、私は、何も出来ないのか……?」


 ただ拳を握りしめ、二人が戦っているのを見ている事しか出来ない。


 怖い、もうあんな化け物を相手に戦うなんて嫌だ。死にたくもない、もう転生出来ると言う保証もない。でも二人が死んでしまう方がもっと怖い。


 だというのに、俺に戦う術なんてものはない。


「くそっ!」


「キュ……」


 歯噛みし、拳を地面に叩きつける。


 その先にいる銀龍は俺を見上げるように一度鳴くと、俺の腰辺りに頭を押し付けた。


「なんだよ……私は戦えないんだ、こんな所にいたら死ぬぞ」


「キュウ」


 何も出来ない俺を笑うのか、とそんな卑屈な思考が浮かんでくるが……。


「これは――――」


 銀龍が俺の荷物袋を指している事を理解すると、俺の鬱屈としていた思考は一気に晴れた。


 慌てて袋の中から一冊の本を取り出し、どこでもいいからページを開く。賢者リフカの残した古代種にしか扱えない魔導書だ。

 

「……っ、何でもいい、何でもいいから使える魔法を……!」


 焦る気持ちを静めながらページを捲り、この現状を打破できる魔法を探す。


 すると、頭上から水滴が手の甲へと落ちて来た。いや、水じゃなくて雨だ、今の季節に降る筈の無い雨が降っている。


「熱波……上昇気流が雲を……?」


 どうやら炎竜のあり得ない程の熱波が、大気の水分を水蒸気に変え、雨雲を生み出してしまったらしい。


 だが、今の俺には邪魔以外の何物でもなかった。

 

「炎熱系統魔法は効果がない、《氷属性魔法》はそもそも火相手には相克関係が悪すぎる、鋼……は駄目だ、戦闘に不向きだ。クソッ……雨で滑るな……」


 水気を吸い込んで湿る羊皮紙のページを数枚捲っただけでも古代魔法は爆、鋼、氷、そして――――


「雷……」


 雷属性の魔法がある事が分かった。


 電気ならば、あの硬い鱗に覆われた炎竜にもダメージが通るのではないだろうか。幾らあの炎竜の外殻が頑丈でも、内臓までは鍛えようが無い。

 

 恐らくこれしかない、今の俺に出来る事は多分これだけだ。魔力の知覚は出来た、なら俺にも魔法は使える筈。イミアだってそう言っていたではないか。


 土壇場で覚醒なんて格好いい事は出来ないかもしれないが、二人の助けになるならやってみるしかない。というか、正否なんて気にするよりも兎に角やるしかないのだ。


「……頼む、私に力を貸してくれ」


 魔導書を片手に、俺は立ち上がり真っすぐに炎竜を見据えた。


 目を瞑ってゆっくりと息を吸い、そして吐く。呼吸を整えた後は全身を流れる魔力に意識を集中させる。血管のように張り巡らされた魔力の管から、それを一点に集めるように意識。


 すると、じわじわと手の先が暖かくなるような不思議な感覚がやって来た。


 これが魔力が集まっている感覚だろう。そして、魔導書に綴られた術式の通りにそれを事象へと起こすのだ。


 明確な電流の理論と映像を想起し、魔力を電力に変換するように万象から雷の性質を抽出した術式の配列を構築していく。それらを詠唱として口に出す事で、世界の法則に則って魔法が発動する筈だ。

 

 詠唱は――――


「いでっ!?」


 しかし、俺が詠唱しようとした途端手の中で何かが弾けるような痛みが走った。


 見れば紫色の光が迸り、今にも俺の手から離れんとしている。ただ、何となくだが、これをままに手放せばいいと分かった。


「っ……!」


 耳朶を叩く破裂音と共に、俺の制御下を離れた紫光は爆ぜ狂いながら地面へ落ちる。そして、大地を走り、炎竜の元目掛けて勢いよく突き進んでいく。


 それとは別に、頭上の暗雲が呻るような轟音を奏で、一度光った。


「な……嬢ちゃん! 離れろ!!」


『グ――――――』

 

 かくして、地走りする紫電が炎竜へ到達した瞬間の事だった。

 

 大地から頭上へ伸びるように炎竜の体を這い回った電流が、天から降り注ぐ極光を呼び寄せた。


「お……」


 凄まじい光の奔流と、爆風。目を開けていられない程の閃光に、イミアとエイジスは顔を伏せていたが、俺には見えていた。


 瞬膜と呼ばれる、爬虫類や猛禽類に見られる目を保護する器官のお陰だ。半魔とは言え先祖返りをしている俺にも薄いが瞬膜があり、無意識にそれを閉じていた。


 だが、そんな事がどうでもいいと感じてしまう程に、俺は目の前の光景に圧倒されていた。

 

 幾重にも枝分かれした極光は炎竜を貫き、大地を抉り取り、空気を焦がす。


 神の怒りが降り注いだと思ってしまう程の、凄まじい一撃だが――――




「帰還雷撃……」


 


 ――――それはれっきとした科学現象だった。  

 

 10億ボルトにも及ぶ電圧と、大気をも焼き焦がす数万度の高熱。遅れてやってくる世界が割れてしまいそうなくらいの雷鳴。太古の人間が神格化し、畏れ崇めた災禍の(かたち)だった。


 自然が生み出した雷雲は既に電荷の放出をする直前であり、何処へ落ちるかも分からなかった雷が、どうやら偶然にも俺の放った紫電に結びついたらしい。




 ただ、これは全くの偶然、奇跡の産物と言ってもいい。俺は今、魔法で科学的現象を引き起こしてしまった。そんな魔法などよりも、圧倒的な破壊力を誇る自然の猛威を炎竜は受けのだから、無事で済む筈も無く。


『ガ………………ア…………』


 帰還雷撃(リターンストローク)を終えた雷が数度その激しい極光を竜の体へ往復させた事で、あの尋常ではない分厚い鱗を持つ肉体を焼いて見せた。


 その証拠に炎竜は全身から黒煙を立ち昇らせ、天を見上げたまま動かない。鱗は焼け焦げ、内側の肉は炭化してすさまじい悪臭を放っている。翼もボロボロで、全身から血を流している事から最早生きているのが奇跡な程だろう。


「やった……のか……?」


 だから、思わずそんな台詞を口走ってしまった。やったかどうか、確証もないままに呟けば大抵の場合において悪い方向へと転ぶ悪魔の一言を。


『ア……グ、グォオオオオオオッ!!!!!』


 白目を剥いていた双眸に光が戻り、炎竜が猛り狂う。


 満身創痍の体を怒りで震わせ、口からは燃焼液が垂れて燃え盛っている。しかも炎竜はしっかりと俺を標的に見据え、ブレスを吐く予備動作をしていた。


「ああ……これは、拙いな」


 魔法を使ったせいか、全身から力が抜けて動けない。このままでは今度こそブレスに焼かれて死んでしまうだろう。せめて――――せめて、後ろにいる銀龍だけでも逃がさないと。


 喉の奥からせぐり上げるように炎の塊が射出されんとしているのを見て、俺は思わず瞼を閉じた。


 死なずに大火傷で済む事を願ってみるも、こうなったら天命を待つしかない。まあ……折角こんな奇跡を起こせたのに死ぬのは、ちょっと勿体ない気もする。イミアやエイジスが助けてくれたのもあるし、本音を言えば死にたくない。



 そして、そんな願いを叶えるが如く、俺の眼前で一筋の刃が煌めいた。


「我が身鋼と一身とし蒼天を衝け――――《天斬崩地ティアマット・ブレイヴ》」


「え……?」


 その、酷く落ち着いた声に俺は薄く目を開く。 


 目の前には見慣れた後ろ姿の、見慣ない構えのエイジスが立っていた。独特な姿勢のまま、最下段へ青龍刀を下げた彼の姿が一瞬ブレると、瞬きをした次の瞬間には炎竜の真下にいた。

 

 尚、いつまで経ってもブレスはやって来ず、代わりに聞こえたのは重々しい何かが地面へと落下する音のみ。不思議に思い、薄眼だった俺の瞳が開かれると同時に、眼前の光景に思わず絶句した。


 エイジスは、やや離れたところで下から切り上げるような構えのまま残心している。その真横、胴体から切り離された炎竜の頭があった。


 そして、更に彼の頭上、先程まで暗雲立ち込める空模様だったのが、まるで切り裂いたかのように一筋の光明が差し込んでいる。あれがエイジスの太刀筋の方向なのは偶然だろうか?


 いや、違う。


 エイジスは一太刀で、炎竜の首どころか曇天までもを切り裂いて見せたのだ。やはり、俺の師匠は凄い。


 世界で一番凄い。

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