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148.同郷の彼

「お前が殺した」


 違う。


「お前が殺した」


 違う。


「お前が――――」


 違う。


 俺が殺したんじゃない、アイツのせいだ。アイツらのせいだ。


「お前■殺し■■だろ■? ■嗣も、■■■スも、シ■■ィーも、■■ー■も」


 違う、違うんだ。全部アイツが悪い、俺は悪くない。

 俺はただ、言われただけだ。

 脅されて従っただけなんだ。

 じゃなきゃあんなことしないし、俺は。

 

 私の知らないところで勝手にいろんなことが動いて、気づいたらそうなっていただけなのに。誰も何も教えてくれずに、理不尽だけが這い寄って足を引っ張る。それがなんで私のせいになるのかが、全然わからないの。


「お前が殺した」


 俺は、殺してない。


 ただちょっと口走ってしまっただけだろ。 

 それでどうして俺が殺したことになる。

 いや、罪悪感がないわけじゃないけど、そういうことが言いたいんじゃない。


「お前が殺した」


 違う、俺が殺したわけじゃない。

 あの時は力が足り無かったかもしれないが、俺のせいじゃない。

 全部、全部アイツが悪い。

 俺から大事なものを奪ったのは、アイツだ。


「お前が殺した」


 違う、私が殺した訳じゃない。どうしてもそうしなければいけない理由があって、それもあの人の意志だった。私は拒んだのに、こんなちっぽけな存在の為に命を捨てて――――







 寝苦しさに意識が揺さぶられて薄らと瞼を開けば、まだ月が高い所にあるような夜半だった。


「……またあの夢」


 汗ばんだ首元を服の襟で拭い、一度大きく息を吐いて起き上がる。寝台の傍らに添えられた丸机から水差しを取ると、コップへと注いだそばから喉へと流し込んだ。それから数度、水を飲めば、胸焼けのような不快感が幾許か楽になるようで、ようやくいつもの平静を取り戻すことが出来た。


 目の前で師が逝ったあの日から、一種のトラウマと化したのか頻繁にこういった夢を見る。


 いや、ともすれば、何時からかは定かではない。


 一度目覚めてしまうと再び寝付けない性分なので、夜風でも浴びようかと夜着の上から外套を羽織って静かに外へと足を運ぶ。冬期は過ぎたが今一つ暖かいとは言い難い時節柄、外の空気はまた一段と冷たかった。


 冷感が鈍いとは言え、寒さというのは一過性の冷気とは違う。


 じわじわと、爪の先から侵食するように体と心を凍えさせていくのだ。しかし、今はそれが内で昂ぶった感情を冷ますのに丁度良い。吸い込んだ空気は刺すような冷たさを孕んで、白い靄になって吐き出されると世界がぼやける。


 前世でも今生においても夏生まれの癖して私は冬が好きだ。特にこれと言った理由はないが、いつもより早く訪れる夜や年末の浮かれた雰囲気が好きだったのかもしれない。


 そうやって、暫し考え事をしながら歩いていると、小さな丘になっている広場へと出た。


「あれ、ルフレさん?」


 先客もいた。


 黒髪の青年がなだらかな丘の斜面に座り込み、こちらを見ている。そのアーモンド色の瞳をとぼけたように丸くするアキト・メイブリアの姿が、何故か酷く懐かしいように思えて、私も思わず立ち止まってしまった。


 ここは丁度首都の外れ、彼の生活する場所から訪れるには一時間はかかる。そんなところで何をしていたのだろう。


「……なんだか眠れなくて、散歩してたらいつの間にかこんな所まで来ちゃいました」


 そんな私の疑問を尋ねるよりも先に答え、アキトは照れ隠しのように笑ってみせた。


「私もだ、ちょっと嫌な夢を見た」


「へぇ、因みにどんな夢ですか? 怖い夢ですか?」


「なんだよ、凄い喰い付くじゃんか……」


「いやあルフレさんでも怖い夢見るんだなって思って、因みに僕は普通に寝付けなかっただけです!」


 まだなんにも言ってないだろうに、実際見たかどうかは置いておくが……。ともかく、真夜中にこうして出会ってしまったのだしと、彼の横へ腰を下ろすと丁度流れ星が瞬いた。


「ここ、星が綺麗ですよねぇ」


「そうだな、よく見える」


 月下の森でもそうだったが、この世界は排気ガスや環境汚染などとは無縁のお陰で星灯が曇ること無く夜も明るい。星の並びや星座は違えど、その美しさは世界を隔てても変わらず健在だ。


「僕の故郷は、星が全く見えなくなっちゃったんですよね。だからこういう景色は未だに新鮮です」


「そうか」


「まあ、自業自得なんですけどね――――自分たちが豊かになる為に他のことを鑑みずに、僕らよりも未来に生きる人々の空から星を奪ったんですよ」


「酷い話だ」


 二人して空を見上げ、間が空いたり、途切れたりしながらも言葉を交わし合う。尤も、私は只生返事にも聞こえる相槌を打つのみだったが。それでもアキトは、吐き出すように言葉を紡ぎ続けた。


「それでも時々、無性に帰りたくなる時もありますよ。例えば、今日みたいな夜は特に」


「ホームシックか?」


「……そんなところですが、帰りたくても帰れないんです」


「――――」


 三角座りのまま空を見上げる彼の横顔は、郷愁に耽っているように見えた。いや、アキトがこんな話をするのは初めてだったから、きっと本当に懐かしんでいたのだろう。


「一つ、話を聞いて貰ってもいいですか」


「何を?」


 彼はそのまま言葉を接ぐと、一度真剣な眼差しで私を見やる。


「笑わないで聞いて欲しいんですけど……あ、笑ったら怒りますからね?」


「だから何をだよ」


 しかもなんだか執拗に釘を指してくるので、私は半笑いで返事を返した。


 そんなに笑われたくなければ、むしろ前置き無しで話してしまえばいいものを。アキトは一度私を見て、決心したように短く息を吐いた。それから、唇を潤すように舌で舐めると、


「僕、こことは違う世界から来たんです」


 大きくも、小さくもない声量でそう言った。


 こころなしか震えていたし、尻すぼみに語尾のトーンが下がっていたような気もするが、私の耳にはハッキリとそう聞こえた。それを踏まえた上で私も彼を見て、それから一度瞑目し、口を開く。


「知ってた」


 と、当たり前のように。


「えっ」


 そして、私の返答で呆気にとられたように表情を歪めるアキトが面白くて、そのまま吹き出してしまった。まさか、こういう言葉が返ってくるとは思わなかったのか、傑作である。


「な、え……なんで、いつ、何時から知って」


「くふっ……ふふ……アキトお前、外国語のリスニングは大体完璧なのにリーディングは苦手だろ」


「それが、どういう……えぇ……なんでバレて……?」


「フラスカの城の地下で、メイビスをスキルで鑑定した時、お前はこの大陸の何処でも使われていない文字を書いてた」


「あっ!?」


 数値やその他の文字は標準語を用いていたが、STRやAGIと英字で書かれていたのを私ははっきりと覚えていた。あの時点で、アキトが恐らく私同様に異世界から転生してきた地球人であることは、ほぼ感付いていたと言っても過言ではない。


「隠してたのならもう少し気を配るべきだったな。自分の他に転生者がいないと思いこんでいたんだろう?」


「えっ、まさか……!?」


「そのまさかだ、私もこちらで前世が同郷の人間に出会うとは思わなんだがな」


 それでも今の今まで何も聞かなかったのは、いつかこうして自分から話してくれることを望んでいたからだろう。勿論、隠しておきたいのならそのままでも良かったのだ。関係性が大きく変わるわけでもあるまいし、私にとってアキトはアキトなのだから。


「故郷はずっと東に行った小さな国、道に物乞いの子供もおらず、人は親切心から道案内をするだっけか。それにアキトという名前も、その顔もどことなく日本人を彷彿とさせる。正解だろう?」


「その日本語、本当なんですね……。僕の他にも転生者がいたなんて……」


 アキトは私の口から転び出る日本語に驚きつつも、得心したような顔つきでまじまじとこちらを見つめる。


 彼がなんの因果で何歳の時に死に、転生してきたのかは知らない。が、時折見せる悪い顔や肝の座った物の見方を考えるに、精神年齢で言えば私と大差ないのだろう。しかしこの……顔だけ見れば、まだ高校生と言われても信じてしまいそうなほど童顔……もとい女顔なのは詐欺だぞ。


「僕と違ってルフレさんは本当に主人公みたいですけどね……強いし」


「まあ、生まれの差だろう。自分で言うのもなんだが、勇者と魔王の血筋のサラブレッドなんて滅多にいるものじゃあるまい」


「いやいや、どちらかというと環境の差ですよ。僕は平和な国の生まれで成人まで学校に通ってましたし、現代知識のお陰で途中まで特に苦労はありませんでした……それに比べてルフレさんの人生はなんというか……凄いじゃないですか。色々と」


「色々と……なあ、確かに必要に迫られて強くなった面も否定は出来ないか」


 アキトと私が最初に出会ったのは、まだ物乞いから卒業出来ていない頃だ。


 当時、小綺麗な格好をしていた彼を見て、良家の学徒かなにかだと予想していたが合っていたらしい。それがなにがどうなったのか、今じゃ私に付き合ってこんな大陸の端っこまでやってきてしまっている。


「思えば、随分遠くに来たもんだ」


「そうですねぇ」


 尚、彼は商会に入る前と、学校を卒業したあとの空白の期間を語ろうとはしない。自分の素性を明かしたとて、未だ他人に踏み入られたくない領域があるのだろう。


 そして、それは私も同じ。


「ところで、つかぬことをお聞きしますが、前世のルフレさんは一体どんな――――」


「黙秘権を行使する」


 私が転生して性別が変化したことに関しては絶対に自分から口にしたくない。しかもよりによって同郷の人間に、そんな恥ずかしい秘密を打ち明けた日にはその後どんな顔して顔を突き合わせればいいのか分からなくなってしまう。


「いや、別に前世がどんな人間だろうと僕は態度が変わったりは――――」


「黙秘権を行使する」


「言動が妙にボーイッシュなのはやっぱりそういう―――ー」


「も く ひ け ん を こ う し す る」


「あの、それだともう自白したも同然では……」


「察したとて、口外は厳禁だ。もし誰かに言ったら……、分かっているな?」


「アッハイ」


 アキトが誰かにこの秘密を話そうものなら、ちょっと口では言えないような事をしなければいけないだろう。努々そのことを忘れずに、これは私と彼とだけの秘密に留めておくように、と視線で訴えかけた。


「……ところで、ルフレさんが死ぬ直前では忍殺って何処まで出てました?」


「いや、それは守備範囲外だから知らんけど、デップーなら何故か集■社で連載始まってたな」


「マジ……?」


「マジ」


 それから暫くの間、この世界では恐らくこの二人にしか分からないような話を繰り広げ、夜は更けていった。

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