147.内政とはかくも難しい
さて、私がこの国を盛り立てるにあたってまず初めに行ったのはフラスカ、アルトロンド両国への信書を送る事だった。
幸いにもアキトが商会から持ち込んだ品の中に植物紙があり、私がしたためたそれを持ってメイビスに王宮へ赴いて貰ったのだ。尚、手紙の中に返信を受け取る日時を指定しているので、再び彼女を介して受け取る算段になっている。
空間転移の出来る魔女様々だが、あまり無茶をさせる訳にもいかない。国家間の条約についても早めに結論を出すべきだろう。
次いで国内の事柄で言えば、組織構造の軽い見直しと最高権力者として私が着任する旨の式典が執り行われた。これもかなり簡略化されたもので、主だった氏族長のみの参加につき粛々と進められた。
そしてその組織構造の見直しというのが、
「氏族制度を一部撤廃、元老院の解体と役職の追加……ですか」
「その通り。国と言えども纏まりがあんまりないようだし、手始めにその辺りの基盤を固めてみようかと」
氏族毎ではなく、役職により部門を分けるというもの。
この国では氏族単位で一つの事業を全て担っているので、国主として私、その下に宰相、各部門ごとに責任者を立てて種族の垣根なく配属するという見直しを行っている。農林水産省とか、税務省とか、日本の官僚イメージだ。
私とて政治に関しては素人も同然なので、その辺りは識者であるウルシュに手伝ってもらいながらだが。今のところ、軍部をレオニスとガル爺が、コハク家の直轄地代官を務めるピートと牧畜のプロであるイェルドが農産のトップとして、色々数値化して貰っている最中である。
具体的に何か施策するというのは、もう少し先の話。先ずは国力がどれ程あるのか正確に測ると共に、私の方針を国民全員に伝える所から始めなければいけない。
「う~ん、ルフレくんの発案に文句を言うべきでは無いのでしょうが、大分穴が多いですからね。少なからず反対する者もいるでしょう」
「それは分かってるつもりだよ。そもそも私、政には疎いし、具体的な事は丸投げするつもりだったし……」
「えぇ……、一応僕、貴女の伯父なんですよ……? もう少し歯に衣着せませんか?」
私の丸投げという発言に、書類を読み込んでいたウルシュが顔を上げて抗議の声を漏らす。
心配しなくとも、どの部門も責任者に丸投げだから安心して欲しい。私がするのは精々アイデアの提案と、上がって来た政策への許可出し程度なのだ。素人が手を出したところで失敗する未来しか見えないので、これが一番間違いない筈だし……。
まあ、追々勉強して行くつもりではあるので、そんな不安そうな顔をしないでくれ。
「はぁ……、別にいいですけどね。それでその……実は国民へ政見の提示にあたって、ルフレくんによる演説を、と思っているんですよ」
「演説って響きが何だか嫌だが、何にせよ国全体へ運営方針を伝えるのは必須だろうな」
現在の私の立ち位置は魔王の子孫と言えど、魔王に非ず。
ごく一般的な国家と同様に国を動かしていくことになるので、当然反対する者も出てくる。そんな彼らとの折り合いをどうにかつけるのに、私の命運が懸かっていると言っても過言ではない。つまり演説は、前準備としてそもそも私が何をしたい王様なのかを国民に伝える為の物なのだ。
「先祖の墓前であれだけ啖呵切ったんだし、反対意見少ないといいんだけど……」
『辺境の地で一から国づくり』のような触れ込みの作品を読んだことはあるが、あれは主人公の方針を理解した上で人々が集う結果になっている。違う考えの者達が集まり、国として成立しているこの土地を更に発展させるのはそれより難しいだろう。
「ウェスタリカの住民の四割以上が満二十歳以下の若者、先のアルトロンドとの争いを知らない世代です。その辺りは発展によるメリットを提示すれば従順でしょうけど、問題はそれより上の世代ですね」
「人間に対してあまりよくない感情を持っている連中がいるのは聞いた。その上でどうしようかと考えているんだがなあ」
噛み砕いて言えば、私が行うのは『人間も魔人も一緒に仲良くしましょう』的な方針だ。国内で軋轢を生まない為にも、侵攻して来た人間に対して恨みを持つ、中年からお年寄り連中を納得させなければいけない。
私という存在が一番人間を恨んでいてもおかしくはないのだから、そうではないのを知って相手方の考えが変われば楽なのだけど。
「そういえば、私自身は、人間をどう思っているんだろうか……」
今まで元人間ということで余りそちら方面に思考を傾けてはこなかったが、思い返せば私が人類に寄与する理由も義理も殆ど見当たらない。むしろ、師と父と祖父と乳母が死ぬ原因となった人間と何故私は仲良くしようとしているのだろう? あんな独善的で排他的な種、滅んでしまった方がいいのでは?
いや、人間は滅ぶべき、やはり滅ぼすべき――――
「――――あ、まずいまずい」
危く思考が暗黒面に堕ちる所だった。憤怒の権能を関与させないと、意外に私の精神は脆いからな。元々「生きるの辛い」とか言って引き篭もったような奴だし、辛い事を思い出すと普通に病む。
とはいえ、人間とはかくも愚かであるのは変わらず。
個人的な交友を持つ相手以外は利用するだけに留めるのが最良か。先程挙げた連中にもそのような旨が遠まわしに伝わるように言葉を選べばいい。人間とは基本争わないが、別に進んで友好的に振舞う必要もないと。
「ルフレちゃーん! 設計図式と建築様式の変遷資料を持ってきましたよー!」
程よい感じに方針が定まりつつあった所で、フレイが執務室の扉を開いて飛び込んで来た。
初対面時から思ってはいたが、フレイは私や母とはまた違う溌剌とした愛らしさがある。ぱっちりと開かれたどんぐりまなこに、喜怒哀楽の感情表現が豊かな面、肩の上で切り揃えられ、センター分けにした前髪を編込みにした髪形は実に可憐だ。
「しかしなあ、ルフレちゃんはちょっと抵抗が……」
「えぇ~? なんでですか! 可愛い可愛い私の従妹ちゃんなんですから、いいじゃないですか!」
フレイはそう言って、不満気に首を傾げて見せる。が、その敬称は今までそういう扱いを余り受けてこなかった身からすると歯痒いのだ。男と女、両方の性で人生を過ごした者にしか分からない――――普通は無い――――が、私の性自認はどちらかと言えば中性や両性に近い。
「様は付けなくてもいいからせめて呼び捨てか、別の呼び方にしよう?」
「むむ……分かりましたよぉ、じゃあこれからはルフレって呼びますからね」
一応職務上の立場としては私が上。しかし、親類である以上はあまりそういった壁は作りたくないし、宗家と分家の仕切りもその内無くそうかと考えている。彼女の言う通り、私は「フレイの従妹」なのだし。
妹属性フリークとしては、私にその"属性"があるとは思えないんだけども。
「それで、書類を持って来て貰ったのだっけか。助かるよ」
話を戻し、フレイが机に置いた資料は過去の建築様式で書かれた図案だ。鉄筋を骨組みとしたセメント造りの頑丈な物が建造されていたらしく、図面だけでもこの国の建築技術の高さが一目で良く分かる。
「これは三代目の考案した物ですね、かく言うこの執務館は"彼"が建てたものですし」
「成程、だからここだけ立派な造りになってるというわけだな」
この国の一般家屋は木を嵌め合わせて造ったものが多く、そんな中で執務館だけは外観こそ無骨ながらも根本的な構造が違っていた。三代目の時勢から修繕しつつではあろうが、数百年保つ建物を建造したというその有能さは凄まじい。
「三代目は他にも農法の改革や便利な道具を幾つも開発しましてね、それが今のウェスタリカの基盤を築いたと言っても過言では無いんですよ」
加えて、私も一度見たネーアスティラトと呼ばれる本国の東部に拓かれた農地では、四圃式――――四輪作法による連作が行われている。諸外国を巡った私も三圃式を採用している所は見たことがあるものの、ここまで大規模かつ四圃式を用いた農業を実施している国は初見だ。
三代目魔王というのは恐らく相当に見識の広く、頭のいい人物だったに違いない。
「そして、一度は無くなってしまったその技術をルフレが再び復活させるというわけですねっ!」
「それも技術者……、国民がどれくらい私に賛同してくれるかにもよるだろうな。基本政策には従うだろうが、そこから先を言われると拒否する可能性はあるし」
日本でも基地問題や政治家の汚職に対するデモが頻発したり、海外にもなるとそれ以上に為政者と民の間の温度差は酷かった。私はその溝を出来る限り作らないようにしたいのだが、具体的にどうすればいいかは先も言ったが良案は思いついていない。
「いっそ、いきなり人間と交流を持たせてみるのも手か?」
「アキトくんといういい協力者がいるのですし、彼に頼んでみては如何でしょう」
「なんか不穏なルビが見えた気がするけども……、確かにそれはいいかもしれない」
アキト含めた少数のヒト種は余計な問題が起きないようにと、リフレイアとネーアスティラトの中間部に生活拠点を築いている。元々ウェスタリカとの交易路確保の為に訪れた彼は、未だその本懐は遂げられてはいないものの、これを機に外の流通品を持ち込むのもありだろう。
あちらも自社の商品を売れて嬉しい、こちらも外の品を仕入れることが出来て嬉しい。win-winの関係ではないか。
「人間という種は脆弱ですが適応は早い。この国が過去のように悪い存在でないと知れば、次第に我々との関係性も変化してくる筈。その足掛かりとして、目に見えるメリットを提示することが肝かと思われますね」
「つまりなんだ、物で釣れってことかな?」
「言ってしまえば、多分ですが」
「多分?」
成程、いつの世もやはり生き物というのは欲求に弱い、自分たちに理があるとわかればそれだけで首を縦に振る可能性はある。
「……おい」
いや、ウルシュが顔を逸らしたのを見るに、五分五分……四分六分……三分七分くらいかな……?