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145.王となる決意

 墓前で幾ら泣いたとしても、そこに死者の魂は無い。


 いつだったか、前世で聞いた覚えのある歌の歌詞を思い出しながら、それでも私は祖父と父の墓を前にして言葉に出来ない感情に揉まれていた。一度たりとも顔を合わせた事が無い筈なのにね。


 石碑に刻まれていたのは、かの魔王と勇者の名とその功績。そして、何故この国が人類の標的となったかが、暗喩として綴られている。


「答えとは言っても、本当にそのままの意味とは……」


 ――――魔種が再び繁栄を願いし時、人類はそれを許容しない。領土を広げる事も、文明を栄える事も、竜の魔王が台頭することも。仮にウェスタリカの真祖が帰還してこれを読んだのならば、かつて尊い犠牲の上に得た教訓により、王権を復活させる事が国を自ら滅ぼす未来に繋がるのだと心に刻め。


 遥か昔、邪悪な先祖による所業のお陰で魔人の国は発展を許されず、停滞の中を生きる事になった。


 繁栄すれば目立ち、再び魔王の侵略が始まると人間はこの国を襲い、再び悲劇が繰り返される。この国の重鎮はそれを是としないが為に、最低限生きる為の力だけを残して発展の芽を摘んだと言うわけらしい。


「出る杭は打たれる。然らば、安寧の為不自由に目を瞑り、陽の光も浴びれぬかような場所を王の墳墓に選んだか」


「その通り。国父の葬儀ですらあの時勢では憚られ、静かに葬られたのです。シシドかマシラがやるとは思っていましたが、やはり教えてしまいましたか」


「何故、はじめにこの事を教えては貰えなかったのだろう? 御婆様……いや、デボラ。私は今、王として尋ねている」


「自由の種はこの土地で芽吹く事は無い。僭越ながら申させて頂きますが、貴女様はここへ帰ってくるべきでは無かったのですよ」


 私の背後、後から部屋へと入って来たデボラの言葉に、小さく息を吐いた。


 魔王の意思こそが絶対であるこの国にして、女王という席は存在しないに等しい。石碑に刻まれた言葉が語るそれは、さも私よりも権力を持つかのような大長(デボラ)の言動が虚勢である事を物語っていた。


 本来は口を(はさ)むこと自体憚られる。そんな、立場で言えば分家とそう変わらない彼女がそうまでして隠したかった事とは、『国の発展が自らの首を絞める』というなんとも救いようのない事実。


「レオニスとの組手は、(わたくし)も見ておりました。あれほどに強大な力があれば亡き祖父、先代にも劣らないような国力を持つことだって不可能ではないでしょう」


「だが、それは駄目だと、そう言うのだろう。竜人の王はあまりに人間に畏れられ過ぎているから」


「中途半端な力では悲劇を繰り返すだけです。また、多くの民草を失う事になる、私は亡き王に代わりそれを防ぐ義務がある」


 私も悲劇は本意ではない、彼女の言葉も尤もだろう。


 何も出来ない、救えない、中途半端な力がどれだけ己を苦しめるかもよく知っている。先代は相当に強かった筈にも関わらず、それでも国を守るには足りなさ過ぎた。だからデボラは私の魔法を見て、あんな顔をしたのだ。


 だが、


「……自由へと伸ばす手を捥がれた末に得た安寧は、如何程の価値があろうか」


 私が求めている安寧とは、自由を犠牲にして狭い世界に押し込められる事を言うわけではない。


「自由を求めるのなら、この国を去る以外にありません。ここには、あなたの求める物は存在しないのです」


「まあ、それも選択肢の一つだろうと思っていたが……少し気が変わった」


 公に葬儀すら行えず、人目につかない地下へとその遺骨を埋めた父と祖父。その両人の墓前に立ち、前世を持つ"私"では無く"只のルフレ"として、一つ思う所があった。デボラがこう言おうとも、祖父はきっと自由を求めていたんだと。


 でなければ、己を討伐しに来た勇者を招いて晩餐を振舞ったりなどするだろうか?


「私もな、ここへ来た時は特に野心も無く、一人の王族として当たり障りなく国に帰属出来ればいいと考えていたよ」


 少なくとも、二十年前にはこの国は文化的な暮らしを送っていた。態々調理という物を禁じているのがその最たる証拠であり、不用意な食文化の興隆は文明を進歩させかねないからだ。


 それが気に入らない。


 この国の人々が人類に発展を抑圧されて生きていると考えると息が詰まる。


 遥か太古の先祖たちは、穀物を長く保たせる為に粘土を焼いた壺に詰めて煮た。肉を腐らせないようにと野草や香辛料を使って菌の繁殖を防いだ、小麦を挽いて水と混ぜて練った。


 食欲という根源的欲求を持つ人にとって、食文化を発展させるのは当然の帰結。


「……狩りをより効率的にする為に、古代の人間は槍の穂先に削った黒曜石を着柄した。頭いいよね、穂先が固く鋭ければそれだけ殺傷能力が増す事を、誰に教えられるでも無く学んだのだから」


「一体なんの事を言っているのですか?」


「それもこれも、全部食べる為。食を豊かにするというのは、文化を豊かにするのと同義だ」


「だから何を――――」


「祖父は、一度でもそれを疎かにした事はあったのかな?」


「……ありません、でした。あの方は、色々と凝り性でしたから」


 いや、きっと無い。


 母からの手紙に、石碑に刻まれた文字を見ればそれが分かる。彼女が禁欲的と言えるまでに食を縛るのはそういう事だ。


「やっぱり血筋なのか、私も結構凝るタイプだし。あんな土の付いたまま食べるのは、正直言って文化の違いで済ませられない程嫌いだ。そんな馬鹿みたいな掟は今すぐ破棄したい」


 私の言葉に、デボラの瞳は段々と剣呑さを増していく。


 恐らく気に入らないのだろう、私の語る文化的でよりよい生活について思う所があるのだろう。そんな理想を語ったところで若輩に何が出来るのか、と言った顔をしているから良く分かる。


 だが、


「というかもう決めた、この国は発展させる」


「あなたは自分が何を言っているのか理解していますか? (わたくし)は先程それがどれだけ国を危険に晒すかを告げた筈です!」


 今の私の目はとんでもなく据わっていた筈だ。


 彼女の眼光に負けない程に、決意に満ち満ちていた事だろう。こういうのは久方ぶりだ、前世にやっていたMMORPG内で拠点開拓機能が実装された時以来かもしれない。


「メイビス」


「……ん」


 私が虚空へとその名を呼べば、声に纏わせた魔力の波長が魔女を呼び寄せる。撫子色の少女が小さな返事と共に灰色の空間へと姿を現わせば、さしもの氏族長と大長とて一瞬驚愕の面容を浮かべた。


 いつもの如く私にだけ信頼を寄せる眠たげな瞳が向けられ、今か今かと用件を待っているがそれは一旦置いておくとして。


「私には二つ、人間の国の王族と個人的な繋がりがある」


 いつ切ろうかと機を伺っていたカードを一枚、この場にて使う事にする。元々大した国力を期待していた訳ではない以上、こういった類の保険は当然かけてあった。本来は私が王にならずとも、居場所として国を守る為の物だが。


「フラスカと、アルトロンド。一方は父の出生地であり、もう一方は強大な貿易国家だ」


「なんと……あの女王の国と!」


「あのアルトロンドとも……親交を?」


 そう口にした途端、単純な感嘆の声が2人から漏れた。


 フラスカとは、キリシア大陸中央に蟻集(ぎしゅう)する国家群の頂点にある。中小合わせて都合八国、それらを傘下に置く列強として他の追随を許さない。また、北の大国ラグミニアとも親しく、軍事力を除けば大陸で最も強大な勢力と言えるだろう。


 次いでアルトロンドは中堅と言えどその歴史は彼の聖国より古く、最古の木簡では三千年前より国の前身が存在した古都だ。故に腐敗も多いが、東側でこの国を軽視できるのはアルグリア統一帝国とイグロス神聖王国以外にはない。


「それほどの国々と繋がりがあるとは、一体何を仕出かしたのやら……いや、今はそんな事は問題じゃあないかね」


「不可侵の条約を交わしたとはいえ、元々この国へ目を付けたのはアルトロンドただ一国。そこと友誼を結べるとなれば……」


 即ち、人類圏国家を後ろ盾に、ウェスタリカは再び歴史の表舞台へ立つことが出来る。


「そして彼女は《魔女》だ、闇属性の魔法――――空間転移を修めている。態々書簡を陸路でウェスタリカからアルトロンドへ運ぶ必要も無い、この意味が分かるな?」


 その言葉にメイビスは不遜な態度で無い胸を逸らす。だが容姿はともかく実に有能な私の魔女のこと、その単語を耳にしただけで二人はまた愕然と目を見開いた。闇属性魔法はリフカの書物にもない失伝した魔法が為に、その希少性は長命である彼らの方がよっぽど価値を理解している事だろう。


「ですが、そんな簡単に行く筈はありません……第一この件で人間国家相手に借りを作ればその後どうなるかなど……」


「分からないな、私だって何もかもうまくいくなんて考えてはいないさ。いいように利用される部分もあるだろう」


「ならばやはりそんな事はせずに今まで通り、不自由なれど誰にも見つからないように生きて行けば――――」


「まあ、それも選択肢だろう。しかし、私とて世界征服のような野望があるわけでもない」


 ただ、何か達観したような顔で、役を崩して振り込まない安牌を捨てるような気分になるのが嫌なだけだ。


「有り体に言えば、これは私の我儘。祖父と父には日の当たる場所で眠っていて欲しいと思っただけだよ」


「分の悪い賭けではありません、ですが貴女はそんな……そんな事の為だけに民を危険に晒すと言うのですか!?」


「晒さない、ただの人間程度に私は後れを取らない。これは驕りじゃない、確然たる事実だ。それにこのままでは、この先何かがあった時に対処しきれない。穏やかに慎ましく暮らしていようとも、悪意というのはそれを考慮してくれないのだからな」


「それは…………確かにそうです」


 今その場凌ぎをしたとして、次の瞬間にはどうなっているのか分からないのもまた可能性。何もせずとも五代目の魔王が勝手に誕生し、また人間と戦争になるやもしれない。数百年先、いや数十、数年、明日にでも魔人排斥主義者たちがこぞってウェスタリカを侵略しに来るかも知れない。


 それならば、予め大国とのパイプを繋いでしまった方がいい。


 相手が魔人であろうと互いに対等な立場に立てば、政治的な交渉が可能となる。つまりは、私達が蛮族と舐められず、もっと公に国として認められれば馬鹿な事をする国も出て来なくなるはずだ。そこまでの道すがらであれば、私一人であっても武を示す事は出来るだろう。


「…………本当に、やるつもりなのですか?」


「失敗するか、無理だと思ったらやめるさ。万が一があれば、その時は私を断首するなりして場を収めてくれればいい」


 祖母の問いかけに、私は冗談めかしてそう答えた。尤も、あちらは一分も笑いはしなかったが、責任を取る覚悟があると伝わっていればそれで問題無かろう。やぶさかではないと言いつつも、死ぬつもりは毛頭ないのだけど。


 まあ、やりたい事をする為に親家族を説得するのなんて、どの世界においても大抵難しいものだ。

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