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141.氏族長たち

 結露した雨樋から水滴が滴り、冬の訪れを感じさせる明朝。


 紫と橙の入り混じる空へ太陽が昇る頃、堂めいた空間に私は居た。従伯父曰く、事ある毎に氏族長たちが集まり、様々な事柄の是非を問う場らしい。


 目測で二十帖ほどの部屋の真ん中、囲炉裏を囲うように置かれた藁の円座が十二。その一つへ胡坐を掻いて座し、黙して役者の揃いを待っている。時計回りで三時と九時の位置には既に二人程先客がいるが、正面の空席が埋まるまでは挨拶をしないのが暗黙の了解なのだろうか。


 私の背後へ控えるフレイとウルシュも、氏族長であろう二人の付き人たちも静かに佇むのみ。誰も一言も発しようとはしないので、私も声を掛けられずにいた。


 正直言って、滅茶苦茶居心地が悪い。


「……時に、(しし)の。アレだな、こういうのを晴天の霹靂というのかね。もう何年生きとるか……覚えとらん程やけ、なんかあっても驚かん思うとったが、死んだ筈の婆さんが墓から出て来た時ぐれぇ驚いたぜ」


「いやいや、ちんと前に巫女様が予言なすっただろうに。うちとしちゃあ、ようやくその時が来たかと思うとるよ、ほんに。とはいえ、待ち侘びたが、こりゃあえらいわっぱじゃ。そこんとこはわしも驚いとるなぁ」


 あ、いや、普通に喋っても良かったのか。


 因みに、はじめに口を開いたのが、右に座す猩々(しょうじょう)の如き外見を白い毛に覆った大柄な老人だ。そんな彼が言葉を交わしているのが、対面の――――巨大な猪の頭部を持つ魔人で、どちらも相当な高齢らしく、口調や仕草から重ねた年の深みを感じる。


「ちょっち待て、まずは帰って来たこん御方に挨拶が先やけ。ワシらの茶飲み話しとる場合じゃなかろ。ほれ、お前から先にせんかい」


「そうさなそうさな、すっかり忘れとったわ。いんや、年取ると、何でもええが何かしたかどうか分からなくなるのだきゃ、どうにかしてぇもんだわな」


 猪頭の老人は蹄のような指先で頭を掻くと、すっかりと弛んだ瞼の隙間から黄褐色の瞳を此方へ向けた。しかし、その動作の一つ一つが緩慢であまりに遅い為、言葉を挟んでいいものか躊躇してしまう。


「さて、ワシは猪人(ハイオーク)の長、家名はカヴァル、名をシシドと申しまする。曲がりなりにも竜血を継ぐ一族へ仕える者の一人にごぜえますから、今度の貴女様の本国への帰還、大変嬉しゅう思うとります」


「うむ、私はルフレだ。祖父の跡を継ぐために戻って来たが、今はまだ王ではない。単なるウィステリアの血族として扱え」


「はいな、仰せのままに」


 シシド・カヴァルと名乗ったその猪人は、私に対しておもむろに頭を下げる。


 年長者に畏まられるのはなんとも落ち着かないが、こうして偉い人っぽい体裁を取り繕ろう為に偉ぶるのも大事だ。(くらい)で言えば、この国に存在するどの氏族よりも圧倒的に偉いのがウィステリアの本家なので、あまり腰が低いと逆に不自然でもある。程々に踏ん反り返るのも必要なことだろう。


 ……内心では心拍数爆上げ状態なのは秘密です。


「そんで先日ピィ坊の書いた手紙を受け取りましたんがワシ、猿人(ショウジョウ)の族長マシラ・エンリオですわ。持って来た若い虎人はよう疑ってましたが、老眼拗らせたワシにもありゃ直ぐ本物だと分かりましたんで拳骨食らわして反省させましたけ。どうか怒らんと穏便に済ませてくだせぇな」


「ああ、別に腹を立てたりなんかはしてないから安心しろ。国を守る戦士ならば、そういう手合いに対して疑ってかかる位が丁度いいだろう」


「ガバババ! 流石リーシャ様のご息女、懐が広いっちゅーものですな」


「こらマシラ、王族の御前でそげな下品な笑いかたはよせよせ」


 と、まあこんな感じであっさりと私を本物の王族と認め、反抗どころか何の問題もなく挨拶が終わってしまった。


 海千山千の老公相手にどうしようかと考えていたと言うのに、拍子抜けも甚だしい。


 結果だけ見れば満点に近しいので、別にいいんだけどね? 後は遅れている最後の氏族と顔合わせを済ませれば――――田舎国とは言え即位の式典とか色々とあるんだろうけど――――晴れて私はこの国のトップに腰を据える事となる。


「応々、遅れてすまなんだ!! 今到着した……ってまだジジイ共が出席してんのかよ!」


 噂をすれば影、予定とは少し遅れて集会所へと姿を現したのは大柄な獅子の魔人とその取り巻きだった。黄金の(たてがみ)と獰猛さを感じる双眸、見ただけで分かるその豪胆な性格はどこぞのAランク冒険者を想起させる。


「ライネスのガキめ、喧しいぞ。ワシらはまだまだ現役でい、テメェこそ若い奴の教育がなってねぇようだが、そこんところどうなっとるんか?」


「ジドの件に関しちゃすまねえとしか言いようがねえが、アンタらもそろそろ引退しろよぉ? あんまりジジイ共が憚ってると下の世代が育たねぇしよ……」


 ライネスと呼ばれた男は、肩を竦めて丁寧に手入れの成された鬣を手で梳く。


「……あ?」


 そうしてなにやら視線を何度か部屋の中を彷徨わせてから、最後に私へその瞳の焦点が向いた。なんだか穏やかではない様子だが、これは一体……。


「ああ、ああ。お前がレオとタイガの言ってた王族を語るガキか、つーかちいせぇな」


「……聞き捨てならないぞ、これでも背は伸びたんだが?」


 いや、何を思うでも無く、これは懐疑的な目だ。


 ライネスは値踏みするように爪先から頭頂部までを見やると、私の元へ大股でやって来る。しかし一歩歩く度に音が鳴る程の巨体だ、私が立ち上がったとしてもどうせ見下げられることになるので座ったまま待ち受けてやろう。


「テメェ、ウチのガキ共の前で王の血筋を名乗りやがったらしいじゃねえか。いい度胸してるぜ」


「まるで私が嘘を吐いてるとでも言いたげだな」


「言いたげっつーか、疑わしきはとことん詰めるようにしてんだよ俺ぁ。この耄碌ジジイ共は騙せても、俺の目は誤魔化せねぇ」


「お前には何が見えていると? 猫と言えば視力はヒトより悪いと聞く、ぼやけて見え辛いの間違いじゃないのか?」


「んだと……?」


 繰り出される挑発の数々をいなしていれば、段々とその瞳に剣呑さが宿り始める。第一印象から短気だとは思ったが、ちょっと言い返した程度で怒るのなら初めから舌戦なんか仕掛けて来ない方が良かったのでは?


 と、


「親父殿! 疑わずともルフレ様は確かにほ――――」


「レオ! 口を挟むんじゃねえよ。今俺ぁコイツと話してんだ」


「は、はい……」


 背後からライネスを諫めようと声を掛けたレオが叱られた。


 この二人が親子だった事はさておき、相当お怒りな氏族長殿をどうするか考えなければいけない。竜印を以てしても相手が疑うというのならば、他に証拠を出すのが妥当か。いや、他に提示しろと言われても、出せる証拠があるとは言ってないけど。


 尚、私が白竜人であることは、恐らく王族かどうかの判断には関係ないのだろう。


 白竜人は無条件で王族だなんて話だったら元より疑念を抱かれるわけも無し。


 私が偶々同種だったが為に王族を偽り、成り上がりを野心するだけの存在と見做されるのは必然だ。むしろ私の知る範囲で二つ、いや都合四つの目しかないのは少なすぎるとも言える。


 が、


「この血が嘘だと言うのなら、お前は魔王である私の祖父の血を穢した事になるぞ」


「祖父、祖父ねぇ……口先だけなら何とでも言えるんだろうさ。そういう戯言は力の一つでも見せてから言って欲しいものだぜ、全く」

 

 その少ない疑惑の瞳に安堵も、無視をする訳にも行かない。


「そうも私を侮るか、獣魔風情が」


「おう?」


 丹田に籠めた力で低く絞り出すように言葉を吐きながら立ち上がり、逸らした顎で獅子の獣人を嘲るように見据えた。たったそれだけで相手は殺気立ち、暗い金の瞳が私を縫い留め、肌を刺すような得体の知れぬ空気が辺りに充満する。


「……表へ出な」


「ああいいとも、その木偶の体に身の程を叩きこんでやるさ」


 堂の外へ向かうライネスは誰が寄越したのか木剣を担ぎ、尻目に一度私を眇めて見る。


 (いよいよ)以て暴力での解決と相成ったが、果たして彼はどれ程までに痛めつけられれば私を王と認めるのか。当事者ながら見物であるな。


 もっとも私のこの自信が自惚れでなければ、の話ではあるが。

 

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