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140.家族水入らず

 都合二時間――――三度目になる紅茶のおかわりから暫く――――私はようやく己の身の上話ともいえる、帰郷に至った経緯を話し終えた。


 途中ウルシュによる質問を挟んだり、唐突にフレイが泣き出した為に予定より長引く羽目になったのは予想外だった。私も熱心な聞き手に煽られ、語りが熱くなってしまったのが原因の二割程あるのでなんとも言えないが。


「うっ……ううっ、記憶を失い、最愛の師と死に別れ、唯一の肉親とは離れ離れ……残酷すぎますっ……!」


「泣きすぎだろ……」


 話の途中から涙を堪えきれず、泣き腫らしたフレイは、未だ嗚咽を漏らしながら父から渡された布で鼻をかんでいる。


 しかし……普段は特別気に留める事も無かったが、改めて他人の口から聞かされると結構壮絶な人生送ってるな、私。前世では引き篭もりの一般地球人男性だったのが、駆け落ちした王族(魔王家)と勇者との間の娘で、記憶喪失で希少種族である白竜人という設定の多さである。


 属性過多なのはイミアだけかと思いきや、私も相当神に愛されたキャラメイクの凝りようだった。


 いや、出自に関して融通が利かないのは当然としても、私の人生はオフロードもかくやと言わんばかりの起伏に富んでいるのは何故だろうか。一番平和だったのがぼっちで旅をしていた五年間って、誰かと関係を築こうとすると何かしらの問題フラグを建築する隠しスキルを所有しているのかと疑いたくなる程だ。


「うん、やっぱり連れて帰って来たのはウミノちゃんの仕業だったというわけですか。漸く合点が行きましたよ」


「いえ、私は特に何もしておりません。どちらかと言うならば、小賢しい魔女によるところが大きいかと」


「僕としては彼女――――ルフレ様が魔女と契約したというのもまたおも……信じられない話ですがね」


 ウミノは陶製のティーカップへと美事な所作で湯気の立つ紅茶を注ぎながら、ウルシュの言葉に淡々と返す。いつの間にやら、彼女は私が喋り始めてから暫く、喉が渇いたと感じた時には既に人数分のお茶を用意して斜め後ろへ控えていたのだから驚きである。


 普段は気配を消して待機しているので、どうやら呼べば即座に出てくるらしい。


 因みに彼女は先代魔王の重用した従僕の一人として母に随伴し、この国を離れた為かウルシュとは顔見知りのようだ。ウミノはハーフエルフにしては三十六歳と年若く、外見詐欺の多い魔人種の中でもとりわけ若々しいこの従伯父(いとこおじ)は二百五十歳。


 当時は年の離れた兄妹のような間柄だったのか、非常に仲睦まじい思い出話も幾つか聞いてしまった。


 少し年齢の話に戻るが、祖父は五百歳を超えていたと言う話であるし、二百歳前後が竜人族の感覚で言えば丁度結婚適齢期である事が分かるだろう。肉体及び精神的成長は人間同様に二十年程度で停滞するものの、それを踏まえて考えると父と母は衝撃的な歳の差婚だったようだ。


「さて、ここまでの経緯と、貴女の目的も理解出来ました。僕としては概ね反対はありませんし、元々この国は王族である貴女がたの為の物です」


「王の為の? 国は民の為のものではないのか?」


 ウルシュは黒縁の眼鏡を持ち上げて疑問気な私を見つめ、それから一拍置いてこの国の興りについて語り始めた。この人、質疑応答をしていた時から思ったが、何かつけて喋るのが好きらしい。


 しかして、聞いた感想を一言で言えば、彼の語る国家の興りは私の知る物と些かかけ離れていた。


 以前母の手紙で読んだが、そもそも有象無象の民の中から王が生まれたのではなく、生まれ出た一人の王の為に民が集い国の形を成したのが初代魔王の創り上げたウェスタリカである。そして、この国に変遷が起こる前――――即ち二代目魔王の時代――――までは正しく魔王の治める国は人類の敵だった。


 名こそ変わらないものの、一代目が築き上げ二代目までが君臨したウェスタリカと、三代目が興して四代目が守ったこの国は別のものなのだと。以前までの首都は此処より少し北へ行った所にある廃都ティルトヤであり、魔王の生まれた場所がその代の首都を冠するようだ。


 なんだかややこしいが、『幕府が変わって京都から江戸に遷都したようなもの』だと考えれば大体合ってる筈。


「――――つまり、母であるリーシャが王位継承権を放棄したこの今、国をどう扱うかは息女の貴女にほぼ委ねられているのです」


 ウルシュの言葉にウミノも、フレイでさえも同意するように頷く。


 王の意向は絶対なんていう人間社会では革命でも起きそうな王政を敷けるのも、魔種が強さによって序列を決定づけるきらいがあるからだろう。言ってしまえば原始的で短絡的な上下関係であり、力で屈服させる優越感は忌避すべきものなれど私とて多少の覚えはある。


 悪の親玉として君臨するのには割と憧れもあるが、現状の選択肢としては無し寄りの無し。


「うーん、私が統治に関われるようになったら……やっぱまずはこの国の生活水準を上昇させたい」


「ほう……内政ですか」


 そんな事をしている暇があるのなら食事情の改善や森の皆伐、とにかくもっと暮らしやすい環境を作った方がいい。農業や畜産は土台がしっかりとしているのに、料理や建築の概念が無かったり古かったり……落差が酷いので、全体的な均一化と文明レベルの上昇を図るべきだ。


「やはり外の世界と比べてここは過ごし辛いですよね……分かっています、祖父の生きていた頃はもっと栄えていましたから」


「それって、父さまが昔暮らしていたというティルトヤの……」


「ああ、あの頃はまだ外交も遮断されていなかったし、色々と外の文化に触れる機会もあった。猿人の長もあの時代からの付き合いだよ」


 ウルシュは懐かしむように眼鏡の奥の赤褐色の瞳を細め、小さく息を吐いた。


 三代目の君臨していた時勢においてはまだ外との交流も少なからずあったらしく、従伯父はその時代から生きていたので他の若い魔人たちよりも見聞に優れている。印象にも残る彼の黒縁眼鏡や、この国において珍しい金縁の施された黒の記帳は当時の想い出の品かもしれない。


「ただ……実権を握ると言っても、少し問題がありましてね。氏族の中には反対する者も少なからず出てくると思われるのです」


「特に、バーム様が亡くなられてから力を増した者達はどう出るかが分かりません。能力至上主義であるが故に、ルフレ様に力が無ければ謀反の可能性すら……」


「王の帰還を望まない連中も当然いる……と」


 二人の言葉に、私はどうしたものかと指の背で唇を押す。


 危惧していた事とは言え、家臣から反逆を受ける可能性があるのは御免だ。折角身内に背中から刺される危険性が無いと分かったのに……。それならばいっそ、最初にどちらが上か暴力で示してしまうというのも手か?


「それでも一度話してみなければ分からないでしょうし、明日にでも氏族長を集めましょう」


「族長会議ですね、ならば私はおばあさまに知らせに行きます」


 ……いや、まずは普通に話し合いですよね。


 こんな所でジャイアニズムを発揮しても良い事無いだろうに、なんだか最近少し思考が暴力的になっている気がするな。ともあれ、明日の会議で初顔合わせである氏族長と呼ばれる彼らが、私を認めてくれればそれでいいわけだ。


 この国の権力図を大幅に崩すことなく、それなりに発言力の高い場所に位置できれば及第点。果たして私に王族としての威厳があるのかどうかは別として、祖父のように為政者として認められれば満点である。


 そもそも別に偉大なる王をRP(ロールプレイ)しに戻って来たのではなく、ひっそりイミアと隠遁生活出来る場所づくりの為にそれなりに国で偉い地位に着く必要があるのであって、別に一番偉くなくても……いい。というか責務とか言っても王様とかあんまりやりたくないし、やっぱ日本人としては民主主義が一番だしね。


「家族水入らずはそろそろお終いでいいですかナ?」


「おや、その顔はホメロスくんか? 戻っていたのか、いやあ懐かしい! 何年ぶりかな、実家にはもう帰ったのかい?」


 そう言って、おばあさまとやらの元へ向かったフレイと、入れ替わるように部屋へ入って来たのはホメロスだった。そして、案の定ウルシュとは顔見知りと。やはり田舎はコミュニティが狭いから全員が知り合いだったりするのだろうか。


「つい先日、ルフレ様とご縁あって戻っていましタ。けれど実家は……まだですネ、というか戻りたくなイ……」


「アッハッハ! あの家の女は強いからねぇ、良かったら今晩はウチに泊まっていくといいよ」


「お言葉に甘えさせたいただきますヨ、どうせ暫くすればあちらから見つけるでしょうシ……嫌だけド」


「まあ、四十年経とうが僕んとこもそうそう変わらないけど。むしろ今はバーム様が亡くなられて、フレイが増えたから二対一だし……はは……」


 還暦近いホメロスが敬語を使う相手も珍しいが、それ以上に彼らの会話はなんというか――――前世の私にも覚えのある空気感に半笑いになる。これはアレだ、女の多い家同士、肩身の狭い親戚の男衆が集まりでする内緒話に近いのだ。


 しかしながら、次の瞬間にホメロスの表情は暗く曇ってしまった。


「その節……ロッテンフライ家の長兄という立場にありながら王の最期の時に傍におられず、申し訳ございませんでしタ」


「あっ、いや。別にそういうつもりで言った訳じゃないんだ、すまない」


 頭から外したリネンハットを胸に当てたホメロスは、初めて見るような後悔の混じった表情で瞑目する。ウルシュは慌ててそれを宥めるが、首を横に振ったホメロスによって再び口を噤んだ。


「逐電した身ながラ、あの場にワタシがいればと何度思ったことカ……」


「キミは悪くない、あれは……運命の悪戯が僕らに牙を剥いただけに過ぎないんだよ。だから、顔を上げてくれ」


「ですガ……」


 私には、ロッテンフライ家の長兄という立場が、一体この国において何を意味するのかは分からない。


 ただ、いつも飄々として掴み所の無い彼の顔が曇っているのを見て、確かに感じたのはこの国への強い想いだ。つい最近真実を知った私以上に、彼は祖国が危機に晒された時遠い地にいた事へ責任を感じているのだろう。


「さあ、辛気臭い話は終わり! そろそろ夕食の時間だし、ルフレ様もご一緒にどうぞ!」


 手を叩き立ち上がったウルシュによって話は打ち切られ、いつの間にかまた姿を現したウミノが手際よくティーカップを片付けて行く。


 まあ、彼の過去を私がどうこう出来る訳でも無し。


 無闇と触れる方が逆に傷口を抉る結果になるなら、ここは敢えて何も声を掛けず、いつも通りに接してやった方がいい。


「ほら夕飯だ、行こう」


「……はイ」


 取り敢えず、メシマズとはいえ胃に食べ物を突っ込めば幾らか気分も晴れるだろう。

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