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139.ひっそり首都凱旋

 氏族長の娘と言えども、辺鄙と言っていい程の田舎であるこの国において行う業務は殆ど無い。


 現在は様々な所以あって、他国からの不可侵を貫いている――――南北を横断する――――広大な森の全てがウェスタリカの領地となっている。にも関わらず総人口は一万にも満たない程しかおらず、皆伐された区画はフラスカに存在する一領地にも満たないので、下手すれば一村の長よりもその業務は少ないだろう。


 そも、魔王こそが至高の存在という主義を掲げこそしてはいるが、ここは細かい所では習性の異なる種族たちが寄り合って暮らしているに過ぎない。国としての体裁を保ちつつもその実、(まつりごと)の主導者たちは住民から送られる陳情受付係に成り果てている。


「今日も今日とて暇ですねぇ」


 故に竜人の娘フレイは暇を持て余していた。


 失せ物や新しく建てる家屋の巒頭、果ては恋慕を抱く相手からの好感度などの実に凡常な占いの数々を請け負う以外、普段彼女に宛がわれる仕事は無い。


 一応……大きな仕事も偶にあり、先日魔王に関する啓示が出たのは記憶に新しいだろう。ただ、これらは時の精霊たちの気紛れとして齎される結果なので、フレイ自身がどうこうした訳では無いのも確か。


「……コハク家が見つけたという怪しげな集団の潜伏先についてもあれ以来音沙汰無いですし、何か面白い事でもあればいいんですけど」


 暇つぶしに藁葺屋根の居並ぶ道を歩きながら、そんな事を独り言ち。時たますれ違う住民と挨拶を交わして、気付けば執務館――――と言う名の寄り合い所――――から街の端まで歩いて来てしまっていた。


 これで一刻も過ぎていないと言うのだから、そもそもとしての領土の狭さが凄まじいとしか言いようがないだろう。尚、街の端には木材と獣の牙や角で誂えたお手製の門が鎮座しており、基本的に暇を持て余した衛兵の若者たちがダレている。


 加えて丁度昼下がりのこの時間であれば、元気に働く太陽神のお陰でうたた寝をしているかもしれない。


 そう、いつもならその筈だったのだが


「――――ら、よそ者は通せないって言ってるだろ!」


「一応ピート氏に許可を頂いた上デ、鷹文で連絡が行っている筈なんだけどねェ……」


 門前から聞こえて来たのは間の抜けた欠伸の声では無く、誰かと言い争うような青年の声だった。


 「すわ問題か」と声のした方へを向けば、フレイの目に一組の男女を通せんぼする若い猿人と兎人の衛兵の姿が映る。何やら言い合いになっている男――――蟲人族――――の青年の方が困り果てたように立ち往生しているのを見る限り、少なくとも賊の類ではないらしい。しかして、上司として話を聞く為に彼、彼女らへと近づいた時のこと。


 後ろに佇む少女の、その灰被りの髪の下から覗く紅玉のような瞳がフレイを見た。


 氷雪を以てしてもこれ程までに透徹とした白は無いだろうと思える肌に、端麗の限りである顔立ちへ艶やかな紅が添えられている。フレイはその純粋に完成された美を見て息を呑んだが、更に驚いたのはその直後。


「嘘……」


 両のこめかみから一周して後頭部へ蜷局を巻く白磁の角と、驚きの余り一本の弦の如く張った尾を見て、脳天へ衝撃が走った――――






「――――かわいい……!!」


 ではなく、


「ゴホンッ……‼ や、やっぱり、啓示は的中していたんですねっ!」


 魔王の帰還に紐づけられた竜人の血族、即ち四代目魔王バームの子孫が帰って来たのだと。


「見た所一人ですし、父さまの話では従伯母様である可能性が高いと言っていました……つまりは‼」


 フレイはそこまで行きつくと、門前に見える同族の少女へ向かって駆けだした。


 尚、白竜人全体に言える事だが、往々にして彼らは深謀に優れた思慮深い一面を持ちながら……感情的になると酷い短慮を起こしたり、向こう見ずな行動を起こす傾向にある。そんな悪気の無い思い違いや、逆に思い込みによる被害妄想に囚われたりといった事は度々他種族との諍いの原因となって来た。


 要するに早合点しやすく、一時の感情に呑まれて自分の考えの矛盾に気が付かない。


「下がりなさい、そこにいる方を誰と心得ますか」


「フレイ様!?」


 故に間違えてしまう。


 まず、彼らの後ろからそう声を掛けたフレイは、その双眸を細めて部下の失態を諭した。


 驚きと同時に、外からやって来たであろうこの二人を知っているような口ぶりに、衛兵の一人は猿顔を困惑に歪めて躊躇いながらも道を開け。相方の猿人と違い食い下がった兎人は、尚も二人がフレイへ近づくのを阻むようにして間に立っていた。


「フレイ様‼ あ、危ないですよ! いくらおんなじ魔人たって、コイツらは外から来たんですよ!?」


「……ラピ、二度同じ事は言わせないで。下がりなさい」


「ひゃ、ひゃいいいっ……!!」


 ただ、少し怒気を孕んだフレイの声ですごすごと後退りする羽目になったので、猿人と一緒に大人しく道を開けていた方が良かっただろうが。


「知らなかったとはいえ、部下が無礼をしてすみません」


「あ、ああ……いや、それは別にいいんだけど私たちは――――」


「ええ、ええ。分かってますよ」


 さも理解していますよ的な雰囲気を醸し出しつつ頷くフレイと、訝し気な顔をしつつ彼女を見る竜人の少女。二者の間で視線が交わり、その可愛らしい口元が自慢げに弧を描く。


「啓示の通り、おかえりになられたのですね。リアシャルテ従伯母(おば)様」


「…………え、おば?」


 リアシャルテと呼ばれた少女はそんな言葉を漏らすが、フレイはそれを意に介すことなく彼女の手を取った。そうして蟲人の青年を押しのけて元来た道へ踵を返し、そのまま盟主の館へと向かうべく歩き出す。


「さあ、父さまが待っています。行きましょう!」


「ちょ、まっ!?」


 フレイに促されるまま、引き摺られて行く少女を見て唖然とする三人を置いて。


「それデ、ワタシはあの方のお目付け役な訳だけど……道、開けてくれるかナ?」


「「アッハイ」」


 残された蟲人――――ホメロスは苦笑を浮かべながら衛兵にそう訊ね、こうなってしまっては通さない理由も無い二人は素直に従った。まだ成人を迎えたばかりかと言う程度の彼らは知る由も無かったが、後々に相対していたのが一体誰だったのかを教えられて卒倒するのはまた別の話。




***




 さて、これは一体どういう状況なのか、誰でもいいから私に教えて欲しい。


 丸太と木板で組まれたぬくもり溢れる家屋の中、隣にはなんとも素敵な笑顔を浮かべた少女が並んでおり、正面には呆気に取られたような顔の青年が立っている。


 少女の……私よりも深く短い灰色の髪と右眉の上から生える一本の角、加えて私には無い翼を持っている姿を見れば、相手が誰であるかおおよその予想は着くが……。因みに青年の方は比較的小さめの双角と、穏やかそうな顔立ちが特徴だ。それもどことなく母に似ている気がするのは、勘違いではないだろう。


 この二人は私と同じ白竜人だ。

 

「えっと……フレイ、これはどういう事かな? その娘は、随分と見覚えのある姿をしているんだけど……」 


「そうです、父さまの言う通りです。そして私が受けた啓示の通りでした、帰って来たんですよ――――」


 父さま、というからにはこの若そうな男の人は彼女の父親なのだろう。フレイという名前らしい少女は興奮を隠さずに立ち上がって、彼へとそう叫ぶ。


 啓示とはなんやら、ピートが一体どんな内容の書面を鷹へ持たせたのか。色々と疑問は尽きないが、恐らく彼女が何か盛大な勘違いをしている事だけは分かった。それを訂正する機会を失った為に今こうしているので、さもありなん。


「――――リアシャルテ様が!!」


「いや、違うよ」


「えっ?」


「私、ルフレ。リアシャルテ、私の母親、リアリー?」


「えっ?」


 とは言いつつ、誤解したまま展開が進むなんていうお約束を守るつもりは一切ない。


 フレイは自らの発言を否定した私を見つめたまま、間の抜けた顔で硬直。感動詞以外口に出来なくなってしまったのか、その後も私が口を開く度に「えっ?」を連打していた。対面にいる彼女の父も呆れたように息を吐いている事から、これが日常茶飯事であると伺えるのがなんとも言えない。


「じゃ、じゃあリ……ルフレ様はリアシャルテ様の息女様で、私とは二歳差の又従姉妹って事ですか!?」


「という事です」


 ともあれ、誤解を解いたついでに軽い自己紹介も行えたので結果オーライか。第一村人が同族のフレイだったお陰で、すんなりと街中に入る事も出来たし。


 衛兵の猿と兎? あれはノーカン。


 彼女も得心が行ったのか、今度は感嘆の声を上げながら私を見つめている。それにしても……従伯父であるウルシュ共々こうして見ると益々母と似ているな、私はどちらかと言えば父に似たのか、髪や瞳の色以外は余り母とは似ていないので猶更思うのだ。


「いやすみませんね、ウチの娘が粗相をしたようで。頭は良いんだけど……割と考え無しだから、大目に見てやってくれますか?」


「それはいいんだけども……何故こうもべったりと?」


 先程見つめていると言ったが、より具体的な描写をするなら『私の手を両手で握りながら顔がくっ付くほどの距離で』と、後に続くことになる。うん、こうも前のめりに密着されると流石に拙い。王族と一年暮らしたお陰で美形耐性があると自負する私でも、この距離はちょっと心臓に悪いぞ。


「あはは! 僕とデボラ様以外の初めての同族で、しかも女の子だから珍しいんでしょう。かく言う僕も、なんというか……未だにあのリーシャの子が戻って来て、目の前にいることに驚いている最中ですが」


「成程、そういうものか」


 いや、まあ確かにそりゃ……突然親戚の娘が実家に帰ってきたら驚くわな。


 立場的には公爵――――魔王の氏族だっけ? の本家筋が帰って来たのだから、本来はもっと慌ただしくなっていてもおかしくはない。母数の少ない白竜人だからこそ、今こうして静かに話が出来ているのだろう。


 それならば、この場で伝えるべきことは伝えておくべきか。少なくとも非協力的ではないようだし、事情の説明をしておけば他の権力者を相手にした時も多少スムーズに事が進むはずだ。


「啓示によれば……いや、うん。まずは、貴女について、これまで辿って来た旅路の話を聞かせてくれますか? 」


 そんな私の考えを透かしたかのように、ウルシュは理知的な瞳に好奇の色を浮かべてそう言った。懐疑的に訊ねるでもなく、単に土産話を聞きたがる親戚のような顔を見るに、フレイの好奇心旺盛さはどうやら親譲りらしい。


 私としても、そちらの方が好ましいと思える態度の二人に誘われるまま椅子に座る。


 それから一度深呼吸で心を宥めてから、母以外で初めて出会う血の繋がった家族へと、私の凡そ二十年を費やした帰路の旅を語り始めた……。

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