138.ウザ悪魔
ダンテ君をぶち殺して地獄に送り返そうの会会長
「まあよいだろう。契約に関しては気が変わったら言え、我はいつでも待っているからな」
「変わらないから安心してくれ。それよりも……早くあの地下室で行われていた事について教えろ」
変わらず尊大な態度のダンテに辟易しつつも、私は本題へと話を切り返す。
あの怪しげな女は地下に集めた魔物で一体何をしていたのか。地理的にもウェスタリカに程近い場所である事を考えると、無視できる問題でもない。正確な情報を掴んでおくに越したことはないだろう。
「ふむ、そうだな――――」
そんな私の問いかけに対してダンテは腕を組んで暫し考え込む素振りを見せた後に、
「死者の復活」
今までで一番悪魔らしい声音を以てそう述べた。
「……それはまた、大層な野望だな」
死者の復活とは前世でも古くは宗教、呪い、現代では科学分野において禁忌の命題の一つであると言える。この世界であってもそれは限りなく非現実的な事象に近しく、倫理的観点から良くない方へ分類される思想だろう。
一度死んだ魂を蘇らせることは命の冒涜に値し、神ならいざ知らず定命の存在が行えば家を追われ、国を追われ、終いには世界の隅ですら生きる事を憚られる程の罪を背負うと言われていた。
「我も最初は半信半疑だったのだが、現世において魂のみで存在出来る我ら悪魔族の魔力を触媒にし、死した魔物を不完全ながらに蘇らせたのを見て考えを改めた」
ダンテのいう魔物とは、恐らくあの人間と組み合わせたような蟲型の魔物のことだ。
およそ単なる魔物として逸脱した外見と戦闘能力を見るに、悪魔の魔力によって培養された存在であるのも信憑性が増す。それに加えて、
「ヤソ村で出会ったのは六十年も昔からいたんだよなあ……」
「だろうな。あれほどの技術、一朝一夕で生み出せる物でもあるまい」
半世紀単位でこの悍ましい禁忌の実験が続けられていたのかと思うと、背筋へ寒気が走る。魔物とて生き物であり、凶暴だからと言っていたずらにその命を弄んでいい道理はない。
魔物に肩入れするわけでもないが、平然と命を踏みにじっていたであろうあの女を思い出すと不快になる。倫理観を母親のお腹に置いて来たとしか思えないマッドな連中は、どの世界でも基本害悪である事に変わりないようだ。
「それに、研究をしていたのはあの女一人でもなかろう。奇異な個体というのは群れるのを嫌うが、不思議と同族とは惹かれ合うと言うしな」
「どこかに本拠地があり、仲間もまだいると考えた方がいいという事か」
「うむ」
鷹揚に頷くダンテを見ながら、私は瞑目してベッドへと倒れ込む。
まあ、概ね妥当な意見だろうし、今後あの女の仲間が何か此方へちょっかいを掛けてくる可能性は高い。死者蘇生の秘術なんか求めて最終的に何がしたいのかは知らんが、対立した際の事は考えておかなければならないだろう。
専守防衛を基本として、あちらから手を出してこない限り静観するのとは別に備えはしておくべきなので、その辺りは連れて来た冒険者やこの国の軍部とも相談するか。国の内側でまだ終わってない問題があると言うのに、それに加えて外部の問題を二つ三つと抱えたくは無いんだけども……。
「当面の課題は、私がちゃんと王族として国の運営に参加できるかだなあ……」
上述の問題も私の目的であるイミア達の権力による庇護も、絶対条件として王族として認められてそれなりの地位と権限を手に入れる事が挙げられるだろう。
代表である十二の氏族による統治と主要な権力者の相関図はピートに聞いて大体頭に入れることが出来たし、基本的にどの氏族も親魔王派である事は共通している。
一部は例外として絶対王政からの解放で、勢力を増そうとしているらしいが、魔人は基本的に人間社会よりも純粋な力による上下関係の節が強い。元より魔王という絶対的な力を持つ存在を頂点とした勢力故に、力を示威出来ればそれだけ氏族の地位も向上するのが普通なのだ。
「ならば、我と契約を――――」
「しない」
「まだ全部言っておらんであろう、貴様が魔王となり恐怖でこの国統べる為には我の力が必要な筈――――」
「しないから」
「むう……我の力があれば少なくとも地上にいる生物で貴様に敵う奴など殆どいなくなるというのに、無欲というか強情というか……」
「あのね、私は確かに強くなりたいとは思ってるけど、悪魔との契約で得た力は本物とは言えないだろう?」
人の褌で相撲を取る、虎の威を借る狐、アルグリアでは炎竜と兎に例えた慣用句があったか。信頼のおける相手ならともかく――――いや、信頼のおける相手だからこそとも言えるが、他人から借り受けた力で驕るなんて事はしたくない。
なので、メイビスとの魔女契約の恩恵もなるべく乱用することなく、自力だけで戦えるようにしておくべきだと思っている。
「……成程、似ているな」
「なんだ」
「いやなに、貴様と同じ事を言ってのけた輩を一人思い出したのだ。昔地獄に迷い込んで来たのだが、あやつも貴様と同じくらいの強者であった」
「地獄に迷い込むって、どれだけ方向音痴だったのやら……」
私は半目になってダンテを見るが、奴も奴で肩を竦めているので相当な事なのだろう。
地獄とは別位相に在る為、現世と繋がる門を通らなければ訪れる事の出来ない世界と言われている。そこへ迷い込むなんて故意でない限り不可能に近い芸当だろう、方向音痴というよりもはや一種の才能ではないだろうか。
「名は……自らを賢者とだけ称しておった。それももう二千年も昔の事だがな」
賢者と言われ、私の脳裏に一人の魔導書著者が浮かぶ。
賢者リフカの本は確認できるもので数千年前からの写本から、最も新しいのは二百年前に世に出回った《真正元素魔導書》の上下巻だ。
性別年齢種族に加え存命かどうかも不明だが、自ら進んで魔導の深淵をガン見しているような御仁である。有史以前からずっと生き続け、その最中に道に迷って地獄に行ったりしていてもなんら不思議ではない。
「しかし、我は思う。繋がりによって得た力もまたその者のカリスマ、言い換えれば人を魅了する力なのだと。貴様にぞっこんなあの桃色女も、人間だか魔人だか分からん黒男も、他の連中もここまで付いて来たのは貴様の人徳あってこそのものだろう。そしてその助力を受けるのは決して悪い事ではない、違うか?」
「いや、まあ……そういう見方も出来なくはない……けども、言う程私は凄い奴じゃないし……」
真面目な顔でそんな言葉を説かれて一理あると危く納得しかけるが、
「我もな、貴様には並々ならぬ将来性を感じておるのだ。分かったら契約を――――」
「しないからね?」
「ぐっ……狭量な女め、そんな偏屈な性格だと誰も付いては来んぞ。うむ、よく見れば友達いなさそうな顔してるし、やはり我の見立て違いであったか」
そこは駄ーモンクオリティ。
結局は契約の理由をこじつけたいだけであり、断られた瞬間に態度を一変させて私の事をディスり始めた。というか友達くらいいるわ! いや……ジンもホメロスも友達と言うよりかは仕事の同僚みたいな感じか……。
アキトは友達……いやビジネスでの関係で、メイビスは……友達という括りに入れるには特殊過ぎる。
あれ、もしかして私……友達と呼べる相手がいない? いやいや、いるし……いるかも、一人……くらい……いる、いるもん。アザリアっていう友達が一人いるもん。
「……」
「おやおや? どうしたのだ、そんなにプルプルと震えて。顔も真っ赤であるな~? もしや、図星を突かれて怒っているのか~? ほれほれ、悔しかったなにか言い返してみろ」
「……すぞ」
「おん? 声が小さくて聞こえんなあ、ほれ、ちゃんと大きな声でお話出来んと友達も出来ん…………ぞ…………?」
「殺 す ぞ」
余りの煽りに思わず口を衝いて出た言葉と共に、凍えるような寒さが部屋を包み込む。それに加えて、私が足を付けている床板に霜が張り、天上からは氷柱が伸び始めていた。
「……人をここまで虚仮にしたからには、覚悟は出来てるのだろうな?」
「あ、え……いや、少し揶揄っただけであろう、そこまで必死に怒ることない……とあ、おい!! やめろ、目が本気だぞ!」
怒りで漏れ出した魔力に充てられたダンテは鼻白むと、魔石から伸びる身体を精一杯私から遠ざけようと必死に体を仰のかせる。所詮動けない石に縛られているので、逃げられない事に変わりは無いが。
「……いいだろう、そんなに恐怖支配がお好みならしてやろう」
「待て、ほんの冗談だったのだ! なにも本気で言った訳ではない!! ユーモアと言う奴だろう!! だから――――」
「《紫電》」
「アバババババババババッッ!?」
弁明の言葉を言い終えない内に、ダンテは紫電に打たれて全身を痙攣させた。数秒後、うつ伏せで地面に倒れ込み、ビクンビクンと震えるその悪魔の背中を踏みながら、私は独り言ちる。
「友達なんていなくても、人は生きていける。いけるんだ、そう、行ける。別にぼっちって訳じゃないし、ただ友達がいないだけだし」
友達が多いとなあ…………人間強度が下がるんだよ。
だからもう、私の前で 二度とこの話はさせない事にする。他意はない、私が全然友達いないからと憐みの目で見られたくないとかではないのだ。
***
秋口という事で若干冷え込みを見せた朝の空気の中、軽やかな蹄鉄の音が澄んだ空へと響き渡る。
土地柄、背の高い樹木は作物の成長を妨げるからか、遮るものの無い農園を突っ切るのは肌を撫ぜる冷たい風とも相まって心地が良い。私を乗せたおこげも、ここの所馬車の牽引が主立った仕事で満足に走れていなかった為、久方ぶりの遠乗りにはしゃいでいるようだ。
今日向かう目的の場所はウェスタリカの統治機関である都――――首都リフレイア――――である。
食糧生産のみを目的とした東西南北四方に存在する荘園とは違い、リフレイアはこの国で唯一街として機能している場所であり、有力な氏族の殆どが集う中枢らしい。ただ、昨晩の歓待を見るに、首都と言えども文化的な発展を遂げた都会である事を期待するのは些か無謀とも言えるが。
「まさか料理の概念すらないとは……いや、粗食主義者と言った方がいいか……」
昨日の晩餐において私ら余所者が目にしたのは、正しく僻地に住まう原住民たちによる食事風景のそれだった。
具体的な事を言えば、彼らは収穫したてで瑞々しい野菜たちを生食していたのだ。
軽く土を払われた程度で、葉っぱの裏には虫が付いていたり、火を通さねば毒素にやられて腹を壊すであろう茸類なども平気で皿――――大きなイネ科の葉の上――――に乗せられていたり……。
魔人種は人間と同じく雑食ではあるが、身体構造も限りなく彼らに近しいので普通に毒になる。獣系の亜人や蟲人のホメロスなど、例外はあるものの他の面々は明らかに食指が進んでいる様子も無かったので、恐らく私と同じ気持ちだったのだろう。
『だかラ、帰って来たくなかったんダ……』
と、元々菜食家のホメロスも、葉にしがみ付いたイナゴを摘まみ上げて呟いていたし。
一応客人として持て成しを受けている立場上完食はしたが、胃腸に問題ないのが不幸中の幸いだろうか。因みに味の方は、深みがある土の風味が凄かったですとしか言いようが無い。有り体に言えば、じゃりじゃりとした食感と苦みとえぐみが口の中で渾然一体となって、本来野菜の持つ甘味や旨味が虚空の彼方へと消え去っていった。
「――――ほら、見えて来た」
そして、少し嫌そうな顔で俯きながら昨日のハイライトを遡っていた所、横から聞こえた声が無意識に目線を上に向けさせる。
向かう先に見える雑木林の更に奥、木々よりも頭一つ抜けて大きな建物の影を見つけた事で、私は首都が間近に迫っている事を察した。都合二時間弱、領地間の移動にしては酷く短い小旅行だったが、あと半刻もすれば門の前までたどり着けるだろう。
「ここに戻ってくるのは四十年ぶりだガ、全然変わっていないようだネ。ハハ」
「それって良い事なのか……発展してないって事だろう?」
「その感想は正しいですヨ。都なんて大仰な呼び名をしている割にちゃちなのデ、がっかりされると思いまス」
果たして下がりきったハードルを以てして、これ以上落胆させられることがあるのかは不明だが……。この時ばかりは先入観がいい仕事をしそうなので、そういうものだと心構えを作っておくことにしよう。
私はそう、薄っすらと見えて来た木の門を横目に内心で独り言ち、肩を竦めたのだった。