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135.幾つになっても心は少女

 なんか、悪魔を自称する怪しいおっさんを手に入れた。


 地獄の大公爵ダンテ=リオン、尊大で仰々しい名乗りとは裏腹な小物感溢れる奴だったな……。


 今は陀蛇から採れた魔石に宿っているらしく、存在だけはそこから感じられる。実体を持たない悪魔族は何にでも憑依できると聞いたが、きっと魔の物に由来する物質の方が居心地がいいのだろう。


 ただ、性格が面倒臭いし連れて行く気にもならないから、話を聞いたら適当にお別れしようとは思っている。

 

 悪魔族は地獄という別位相の世界に暮らす邪悪な種であり、自尊心が高く偉ぶるいけ好かない奴らだと歴史書にも書かれているのだ。契約すれば凄まじい力を手に入れる事も出来るらしいが、生憎と悪魔に魂を売る程困っている訳でも無い。


 袖振り合うも他生の縁。もし因縁があるのならまた出会う事もあるだろうし、心おきなく道端に捨てて行けるというものだ。


「あれ、もう終わってた」


 そして、部屋の入口から聞こえた声に振り向けば、メイビスがひょっこりと顔を出していた。その手に持つ木箱の中で蚯蚓だかチンアナゴだか良く分からない生物が蠢いていて、彼女が今まで一体何をしていたのかを物語っている。


「それなに……?」


「魔法研究の実験材料(モルモット)、飼ってた最後の黒蟲が死んだからここで補充しようと思った」


「私だけ最奥に飛ばしてお前は一人で素材漁りか……」


「そもそも黒蟲を殺したのはルフレ、それに此処にいたのは弱かったから直接手を貸すまでもない」


「その女、死に際に自爆したんですけど?」


 彼女は《魔女》と言うだけあって単に魔法をぶっ放すだけの固定砲台では無く、ちゃんと鉄鍋で得体の知れない怪しい物体を煮込んでお薬や魔道具の素材を作ったりもするのだが……。人にボス戦をやらせておいて、自分は悠々とアイテム探索する寄生プレイヤーっぷりは感心しない。


 その為に文句を言った所、メイビスは澄まし顔を崩すことなく此方へ歩み寄って来た。って、ちょい待て、そのキモイ虫入りの木箱は置いてから来い。


「ちゃんと魂は繋がってたから問題は無かった筈」


「……待て。じゃあ、あの尋常じゃない威力の魔法はまさか」


「魔女契約でルフレの魔法には私の魔力が乗算される。さっきもその感覚がした」


 つまり先程のは、彼女の助力を受けて放ったからあんな常識外れな威力が出たのか。魔力を供給するのは色々な意味でしんどいが、これは対価に見合うどころか私が貰い過ぎているのではないだろうか。


「私はルフレを信頼してる。だからこの程度の相手に心配はしない、私の力を貸与する事も厭わない」


「ん、分かった分かった。お前は凄いからな、私も信頼してるぞ」


「本当に?」


 メイビスはそう言うと私の手を握って、あざといくらいに上目遣いで小首を傾げてみせる。それだけでも私が狼狽するのには十分だというのに……。


「……ねぇ」


 優美な曲線を描く桃色の睫毛が瞬き、徐にメイビスが顔をこちらへ寄せて来た。唇の先が僅かに触れ合い、次の瞬間には彼女の吐息と共に甘い感触が背筋を駆け抜ける。軽く啄むようにキスをすると一度離れて行き、また唇を食むと今度は首へ腕を回してガッチリと私の顔を固定した。


 こうなるともう歯止めが利かずに彼女が満足するまで貪られることになるのは知っていたので、抵抗せずされるがまま受け入れてしまう。


「やばい、赤くなってて可愛い。このまま襲ってもいい?」


「……駄目、満足したなら戻るぞ」


「に゛ゃっ……」


 だが、魔力の徴収だけでは飽き足らず更に求めて来られたのでデコピン。


 勢いに流されてやらかす程私も若くないし、そもそも彼女とはそういう関係ではないのだ。これはあくまで魔力供給、契約上そうせざるを得ないだけであって、キス以外で供給出来るならそれでいいし。


「もう少し押せば行けそう……? 次は場所とシチュエーションを選んでリベンジ」


 何やら呟いているのに関しては聞かなかった事にして、私は部屋を出る。


 因みにこの地下空間は最奥の部屋を含めて、三つの箱が連結したような構造をしているようだ。二部屋目はどうやら実験部屋だったらしく、刺激臭と怪しげな器具共々前世の理科準備室を思い出させる。


 余り長居したくない気分になるのは、廃棄されたのだろう魔物の亡骸が箱に詰められたり、内臓が透明な液体と共に銀の容器に浸けられていたりしているからだろうか。いや、私の感覚の話だが、この空間は何か……酷く淀んでいるような気がする。


 言うなれば、夜の入院病棟で感じるような肌にへばりつくような不快な温度。


 人の内に潜む恐怖心を淡々と掻き立てる、湿った悪意と怨嗟が渦巻いているようにも感じられるのだ。あの女は、ここで一体何の実験をしていたというのか……。あの彷徨う鎧もどうやって作られたのかと、嫌な想像が湧いてくる。


「だから見ない方が良かった」


 背後でそう声を掛けた彼女の配慮を理解して、私は大きく息を吐いた。


 色々と考え過ぎる私の為を思って、敢えてここを見せないようにしてくれていたのだろう。実際、単純に敵との一騎打ちであれば私が心乱すことはないし、死人に口は無いから憂いを抱くことも無い。


「深く考えすぎないでいい、こういう狂った探究者たちはいつの時代にもいるから」


「そういうものなのか……うん、分かった。ありがとうな」


 折角の彼女の気持ちを無為にするわけにもいかず、考え過ぎる私の頭は今回に限ってお休みさせておくことにする。ダンテが目を覚ましたら色々聞けるだろうし、憶測で考察を行っても暇潰し以上の意味を持たせることが出来るわけでもないのだ。


 杞憂では無く事実に基づいた明確な対策を立てる事こそが大事。


 前みたいに正義感が先走って、"最良"が貰える筈が"可"判定になるなんて失敗も御免だしな。


 そして、そう結論が付いたところでこの部屋を後にしようと、扉へと手を掛けた瞬間のことだった。入り口横の壁が砕け、地面を跳ねる二つの鋼鉄の体が私の隣を通過して行く。


 彼らは数度バウンドした後に、ごちゃついた実験器具の山を崩しながらのたくり回った。が、


「だぁぁああああ!!! 畜生ッ!!」


 ものの数秒もしないうちに、鋼鉄の片割れであるジンがそれらを剛腕で吹き飛ばしながら飛び起きる。彼の下敷きになっているのは、おそらく彷徨う鎧だろう。随分と殴打の跡や無理やり引き剥がしたであろう部分の欠損が目立つので、相当ボコボコにされたらしい。


 しかし、既に魔力反応が無い事から、今しがた吹っ飛ばされたのには別の原因があるらしい。

 

「――――っらあ!!」


 派手に空いた壁の穴から何かが飛び出て来るや否や、私の顎目掛けて拳を振り抜く。一歩引いてそれを避けると動揺した素振りを一瞬だけ見せ、直後に下段からの蹴りが頬を掠めた。


「てめェがここの家主だなッ!! 大人しく死ねッ!!」


「人違い……だっ、おい待て!」


 ようやく姿を捉える事が出来た襲撃者は、金色の髪に金褐色の瞳、ネコ科っぽい耳を持つ……若い魔人の男だろうか?


 蹴り上げも回避した私を見て一瞬言葉を交えると、その眉間に皺を寄せ、今度は側頭部へ右拳が飛んで来た。


「しらばっくれてんじゃあねえぞ!! ここんとこネーアスティラトで起きてる失踪事件、テメェが攫ってんだろ!!」


「……誘拐? 記憶にないわそんなもんッ、冤罪!!」


 右手で力を逃がしながら払い除け、一瞬の時間差で迫る肘鉄を一歩踏み込んで避ける。一撃に掛かる速さと重さはジンを吹き飛ばしただけの事はあるが、見えているのなら受けられない攻撃ではない。


 型破りに繰り出されるパンチの数々を受け止め、躱し、いなす。


「なんだてめッ、女の癖に結構強いじゃねえかよッ!?」


 武術の中でも特に柔術に関して言えば、師匠がそこそこ齧ってた為に造詣はある程度深い。型も何も無いような喧嘩パンチしか知らない輩が相手であれば、素人も同然にあしらえるだけの能力はあるだろう。


「なら女だからって容赦はしねぇ……ぞおおおッ!?」


 安直かつ舐め腐った右の大振りを肩越しに空振りさせ、そのまま腕を掴み、足を引っかけて思いっきり投げ飛ばす。


「いっでえな、こん畜生ッ!!」


「お前はまず人の話を聞け、私はこの研究所の所有者じゃない!」


「っるせえ!! だったらなんでお前は部屋の奥から出て来たんだよォ!! あぁ? その女が抱えてる箱だって証拠だろうが!!」


 うるさいのはお前だろうに、虎人の男は吠えるだけ吠えると、再び私へと飛び掛かった。


「いつまでもわけわかんねえ理由で因縁付けてんじゃねえぞクソガキがッ!!」


「ぶぎゃ……ッ?!」


 が、その横から肩を怒らせ突進して来たジンに()ねられ、今度はあちらがもんどりうって地面を転げまわる。ちょっと容赦のなさに笑ってしまう程吹っ飛ばされたが、大丈夫だろうか。


「だから痛えって言ってんだろうがァ!! オッサンはすっこんでろや!!」


「俺ぁまだ二十六……まだ、ギリギリおっさんじゃねえッ!!」


「あ、大丈夫そうだな」


 敵愾心剥きだしなのも変わらずだが、あの体の丈夫さは少し目を見張るものがある。身体構造的に人より優れているというのもあるだろうし、ネコ科特有の柔軟さできっちり衝撃を和らげているようだ。


 あと、若者からすればアラサーは十分におっさんなのでジンは観念した方がいい。そうやって自分を誤魔化していると、誤魔化しのきかない年になっても認められずに老害化するぞ。


 私はって?


 私はまだ二十一歳だから大丈夫……まだ若い……精神年齢には四十過ぎてるけど……まだ大丈夫なのだ……。というか、この世界の基準で言えば魔人の平均年齢は三桁以上がザラだし、おばさんじゃないし?


「その目はなに……?」


「……メイビス、お前がいてくれてよかった」


「うん?……うん」


 魔女の若い部類で四百五十歳なのだから、長命種である竜人族で言えば私はまだ子供……子供……。


「なにをゴチャゴチャやってんだおいッ!! が、逃げる算段ならやめといた方がいいぜ? なんせ外は我らが獣将戦団が抑えてっから――――」


「タイガァ!! 独断専行するなってお姉ちゃん言ったよね!?」


「な゛ぁッ!?」


 そんな益体の無い事に思考が逸れた瞬間、虎人の後頭部に飛び蹴りが炸裂した。


 放ったのは同じ金褐色の色を持つ女性であり、タイガと呼ばれた虎人よりも幾らか背丈が高い魔人。恐らくは彼の身内なのだろう。彼女はタイガを吹っ飛ばした後に立ち上がると、私へ向き直って腰の革ポーチから筒に入った羊皮紙を取り出し……。


「いきなり武力に訴えたことは此方の落ち度ですがその上で言います。ウェスタリカ、ネーアスティラト領主代官の命によりこの地下室の持ち主……つまり、あなたがたを拘束する!」


 こともあろうに、そう言い放ったのだった。

私がおばさんになっても、がルフレに適用されるのは少なくともあと後百年程掛かります

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