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134.ゴエティアの悪魔

 まさか……これほどまでの存在が現世にいたとは我も思わなんだ。


 顔を顰めて我の元へやって来る童女を見て、内心恐々としながらも笑みが抑えられない。器としては逸材、肉体を我へと献上するに相応しい強さをしている。このまま上手い事口車に乗せて拘束を解いてもらい、そのまま体を乗っ取ってやろう。


「先程の戦いぶり、実に見事だった」


「あ、そっすか……」


 手始めに我が上位者である事を示して、如何に素晴らしく恐ろしい存在なのかを理解らせねばならぬ。さすればこやつも自ずと我の尊大さに平伏し、肉体を差し出して来るやもしれん。


 無理に体を乗っ取るというのも我はあまり好まんし……その方がいい。


「そこでだ、その力を認め、この枷を外してくれたら特別に偉大なる我の配下になる権利をやろうと思うのだが」


「……いや、別にいらんし」


 なぬっ……? こやつ即答で、しかも凄まじく嫌そうな顔で拒否しよった……。


 この地獄の悪魔公たる我の配下になる光栄を蹴るとは、そんな奴がいるというのか!?


  三千年生きて来た中でただの一度も敗北を知らず、地獄では最強の名を欲しいままにしていた我だぞ!? だが、心なしかげんなりしているし、口ぶりからして恐悦から来た謙遜でもなさそうだ……。


 もしや我、全然凄くない奴に見えてる?


 いやいや、そんな訳あるまい。だって我だぞ、望めばどんなものだろうと手に入れて来た我だぞ? 今はこんなジメジメした地下の檻にぶち込まれてはいるが、これ程までの強さを持つ童女が我の凄さを見誤るわけが無いだろう。


「つまりはだ、貴様には我が誰だか分からんと見えるな」


「当たり前じゃん、名乗れよ」


「グワハハハッ、ならば名乗ろう! 我は地獄の大公爵、悪魔公"ダンテ=リオンⅢ世"その人である!!」


「そっか、じゃあな」


「待て待て待て、人に名乗らせておいて帰るでない」


 こやつ、隙あらば元来た入口から出て行こうとしよる。今だって我が呼び留めなければ、そのまま本当に帰ってしまう流れだったぞ。しかし……ここから出て行きたいという事は、気丈に見えてやはり童女も我が恐ろしいと見えるな。


 ふふっ、我って罪な悪魔よの、魔種とは言え人の子をここまで怯えさせてしまうのだから。


「それで、何故我がこんなところにいるか気になるだろう?」


「全然、これっぽっちも」


「よいよい、遠慮するでないぞ。そうだな、あれは確か我が物珍しさから夜神の領域にて眷属の解析をしておった時の事で……」


「こっちの話を聞け?」


 そう、丁度二年前に神の眷属という性質を持つ彼奴等を調べる為、我はこの森に立ち寄ったのだ。ついでに丁度いい依り代でもあれば乗っ取ってやろうかなあ、なんて思いつつも悠々自適な研究生活を満喫しておったというのに……。


 まさか逆に我が捕まって研究の対象となるとは思わなんだ。


 悪魔として受肉せずにこの現世に顕現していられるのは、大公爵たる我とて数年が限度。その間にあの女めが星幽体としての我の体を調べ尽くし、何事かを企んでおった。何やら思念から魂を復活させる秘術などと言っていたか。


「魂の復活……? 一体何の為にそんな事を……それにあの実験体たちも気になるし……」


「お、やはり気になるか。 我の見立てではな、あれは恐らく複数の魂を結合させた変異体であると思うのだ」


「……成程、確かにあの村で生贄にされた村人たちは陀蛇に取り込まれていたな」


 我にではなく、我に行われていた研究に対して興味を示したのは些か不満ではあるが、まあこの際良い。このまま情報を餌に枷を解除させて、隙を見て体を乗っ取ればそれで終いだろう。


「それで、奴らが魂の研究していた理由は?」


「おっと、これ以上は我を自由にしてからでないと話す気にならぬなぁ?」


「……じゃあいいや」


「待て、嘘だ。嘘だから、話すから枷を外してくれ、頼む」


 全くこの童女め、人の足元を見よってからに。


 悪魔族は皆不死の癖して堪え性が無いというのに、これが寛大な我でなかったらそろそろ忍耐の限界であったぞ。だが、我の懐の広さが伝わったのか、童女はなにやら呟きながらも檻を手で捩じ……捩じ切ったあぁぁぁあ!?!?


「ほら、開いたぞ」


「お、おおう。ではこの枷……拘束具を破壊してくれ」


 その華奢な体躯からは想像もつかないような怪力、まさかこやつ魔法や瞬発力だけでなく膂力まで凄まじいとは……。益々欲しくなったぞその体! 絶対に我の物にしてやろうではないか、グハハ!!


「……これか? うっわなんだこの術式……無駄な構築してるなあ」


「ほれほれ、早くせんか」


「ちょっと黙ってろ、今やってるから」 


 幸いにも童女は拘束具へと意識が向いている。


 開放されたと同時に精神へ侵入し、魂へと干渉を及ぼしてしまえば後は抵抗すら許さずにこの身体は我のもの……。


 童女は剣を拘束具へと突き立てて亀裂を作ると、その隙間へ切っ先をねじ込むようにして力を籠める。しかして次第に亀裂が大きくなっていき、ものの数秒で拘束具は弾けるようにして砕け散った。


(グハハハ!! 隙だらけであるっ、その肉体頂くぞっ!!)


 それと同時、戻って来た魔力を全身に感じながら全てを童女へと向ける。


 精神を侵食する悪魔の腕が頭に触れるや否や、その精神(ココロ)を暴かんと我の魔力が童女を侵した……筈だった。


(な、んだ……これは!?)


 現世において肉体を乗っ取る行為自体が初めてであったとか、まだ完全に魔力が戻り切っていなかったとか、決してそんなちゃちな理由などではない。確かに我の全霊を以て肉体の所有権を奪おうとしたのに、それが叶わなかったのだ。


 我が童女の精神の内に見たのは、それを守らんとする何者かの意志。


 しかも一人では無く、強大な力を持った複数の者によって守護されているようだった。一つは青白く燃え盛る魔力の炎に、一つは暴風の如き荒々しさの中に慈しみを備えた意志の塊。そして我の侵入を遮る黒く巨大な狂気の渦……更に言えば、童女自体もが不可侵とも言うべき心の壁を張り巡らせており、到底立ち入る隙間などは存在しない。


 あな恐ろしや、まさかここまで堅牢に守られた精神の防壁があるなどと、我は今まで知る由も無かった。


「……どうした?」


「い、いや、何でもないぞ。一応解放されはしたがまだ調子がな、戻っておらんのだ」


「本当かな……? まさか体を乗っ取って自分の物にしようとか考えてないか?」


「べっべ、べべべべ別にィ!? そんな事これっぽっちも考えてはおらんがぁあ?!」


 ただ、我が精神干渉をした事に気付いてはいないようだ。もしかすると気付いていないふりをしているだけかもしれんが……。悪魔族ですら立ち入れないとなれば、最早我がこやつに敵う道理はないのでは?


 ……いや、この隙だらけの今の内ならば殺せるやもしれぬ。


 死体であろうと我が受肉すれば腐敗なども関係なくなるからな、不意を突いて殺しまえば……殺して……殺してしま……ころ……


「そこ、段差になっておるから"転"ばんようになっ!」


「えっ? ああ、うん。ありがとう……」


 駄目だ。そもそも隙なんてもの、この童女には無かった。


 一体どこから襲い掛かれば不意打ちになるのか、明確に敵意を抱いて手を出した瞬間細切れにされる未来しか見えん。我が圧倒的強者であるが故に事前にどうなるか想像がつくが、下位の悪魔であれば危機察知出来た頃には死んでおるだろうな……まあ、取り敢えず今はやめておこう。


「しかし、このままでは近い内に消滅してしまうのもまた事実。思いの他時間を取られた上に、あの女め我の魔力の殆どを奪っていきよったからに……持って数日と言ったところか」


「あ~、そういや受肉とかなんとか言ってたっけ。それって、その辺の死体とかじゃ駄目なの?」


「その場凌ぎにはなるであろうが、貧弱な肉体は我の魂に耐え切れずに朽ちてしまうからなあ……そうしたら貴様に色々と話す約束も守れなくなってしまう」


「それはちょっと困るな、どうにかならないのか?」


 余程我から話を聞きたいと見えるが、こればかりはどうしようもない。


 現世に顕現するのには多大な魔力を必要とする為に、ここで消滅してしまえば次に地獄からやって来れるのは数百年後になりかねん。老害のジジイ共にとっては一瞬でも、我にとってまた何百年もあそこで過ごすのはちとしんどいが。


「ふむ、貴様の肉体であれば問題なく魂は収まるであろうな」


「あ、そうなの? なら最初にそう言ってくれよ」


「ま、まあな……」


「それで、どうやってお前を私の体に受け入れればいいんだ?」


 おいおい……ほんの冗談のつもりで言ったのにこの童女め、まさかそんな言葉一つで我を受け入れる気か? 相手から受け入れてしまえば、我の匙加減一つで脆弱な肉体程度ならば内側からどうとでも出来るのだぞ? それに己の肉体へ別の存在の魂を受け入れるなんて忌避感の一つも抱くであろう。


 訳が分からん。


 圧倒的強者でありながら、まるで何も知らぬ子供のような甘さを見せるこやつは一体何なのだ。いや、今はそんな事はどうでもよい、こやつが受け入れるというのなら我が遠慮をする必要などないのだから。


 そう、


「…………貴様、その腰の袋に入った魔石を出せ」


「ん、これがどうした……って、うわ!?」


「仮宿にするならば、死肉よりも魔石の方が都合が利く。我は魔力を回復させるのに暫く眠る故、件の話は待つがよい」


 ない筈だった。


 我も我で、何故この時に童女の肉体へ魂を宿さなかったのかが幾ら考えても理解できない。本来の力を取り戻した後にじっくりと機会を伺えばいいとでも考えたのか。


「……いや待て、その前に貴様の名前を聞いておこう」


「ルフレ・ウィステリアだ。まあ、一応よろしくな」


「そうか、ルフレ……か」


 ただ一つ分かるのは、童女……ルフレの放つ魔力の浸透した魔石は存外居心地のいい宿であったという事だけだろう。

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