132.閉じられたなにか
待ってたぜぇ!!この瞬間をよぉ!!
隠し階段を発見し、メイビスとジンだけを連れて降りて行くと六帖ほどの空間に出た。
倉庫のようなその部屋には、両脇に幾つもの檻が積み上げられている。その中にいるのは先日私達を襲ったものよりも数段小さい人面虫と、素体となる無数の白蟲。そして、地下空間だというのにそこまではっきりと目視出来るのは、壁に埋め込んだ魔石を光源代わりにしているからのようだ。
奥には扉があり、その先に続く部屋にも無数の魔力反応が感知出来る。
どうやらここが奴らのアジトで間違いない、最奥から一際大きな魔力を持った女と……なんだこれ? 少なくとも人間ではない、異質な魔力が傍に一つあるな。あとは入り口から死角になるように男が潜んでいるくらいか。
「それと、ここにも厄介そうなのが……いるな」
私達の侵攻を阻むかの如く扉の前に鎮座するのは甲冑の置物、では無く彷徨う鎧。
使役者がいなければ知恵も無く徘徊するだけの死霊系だが、受肉している鎧によって強さの振れ幅が非常に大きい珍しい魔物だ。今回は全身板金鎧タイプなので、恐らくは討伐難度C上位かBの下位はある。
「肉弾戦なら、俺が相手になろう」
私が何か言う前に一歩歩み出たジンが、硬質な音を響かせてその容貌を変化させていく。
成程、これがウミノの言っていた《魔人化》というやつか。確かにジンの潜在魔力が一気に膨れ上がり、外骨格の中に魔石と思わしき揺らぎも見えている。そして何よりカッコイイぞ、なんだそのファンタジーチックな変身能力は!!
どっしりと重量感のあるフォルムに対し、ギャップ感のある洗練されたシャープなラインを感じるモンスターフェイス。ダークファンタジーに出てくる強面系イケメンの敵モブそのまんまじゃん。
……と、私の感想はさておき、対する彷徨う鎧も立ち上がり、脇に置いてあった大剣と大盾を手に取った。
「――――お前が何処の何だろうとどうでもいいが、そこを退け」
「……」
両者が見合った事で扉への道が開かれると、ジンは目線で行けと私達へ合図を送る。
ここで観戦して今のジンの実力をしっかりと測っておきたい気持ちもあったが、あまり悠長にしても相手がどう出て来るかも分からない状況だ。幸い彷徨う鎧はジンに釘付け、横を素通りして扉を潜っても追ってくる様子は無い。
彼の健闘を祈りつつ次の部屋へと向かう事にしよう。
***
鉄気と香の匂いの中、我は一人静かに佇んでいた。
身動きを封じられ、檻の中に入れられている以上はそれしか出来ないというのが実情だが、そんな事はどうでもいい。
眼前で鈍く光る宝玉に手を当て、何事か呟いている女。これが諸悪の根源なのだ。何者にも縛られない筈である我を閉じ込め、あまつさえ下等な魔物との混成秘術に用いようと考えている。かつては地獄の大公爵であった我が、現世の生物と同等に見られるなどあってはならないというのに。
だが、悔しいかな星幽体である我では現世にてその力の半分も出す事が出来ない。地獄での生活に飽きたので現世へと顔を出してみたはいいが、よもや受肉する前に捕まってしまうとは……。
辛うじて体を維持するだけの魔力を保持しているだけで、残りは全てこの忌まわしい枷によって封じられている。
何とかして脱出したいとは思いつつも、自力では何とかできないのが歯がゆい。奴が油断して接触して来た隙に精神を乗っ取ってやろうか、それとも一度肉体を消滅させて地獄へと戻るのも手か。
「ぐぬぬ……」
いや、それは最終手段だ。
我はまだこの世界を満喫しておらん。《悪魔族》の殆どは悠久の時を地獄にて過ごすが、我はそんな停滞した生活はもう飽き飽きなのだ。厄災と刺激に満ちた破滅的な悪魔生を謳歌したいという若人の気持ちは、あの老害共には一生分からないだろうがな。
その為にもどうにかしてこの状況から脱しようと、もう何度目かも分からない枷の破壊を試みた時だった。
この部屋唯一の扉の向こう側、そこから急激に魔力が膨れ上がるのを感じたのだ。
「……?」
部屋の主である女が訝しむと同時、鋼鉄で出来た扉が金切り声を上げて軋む。向こう側から力を加えているのがはっきりと分かる程扉が揺れ、原形を見失ったそれは二つ折りの紙のようにも見える程に変形していった。
それから数度、蹴りつけるような音が響いたかと思えばとうとう扉は蹴破られ、砂塵を巻き上げて向かいの壁へと叩きつけられる。
ただ、我の思い違いでなければあの扉は強力な魔法による施錠がされていて、正規の方法で無ければ開かない筈なのだが。力でどうにかしようにもどうにもならないというのに、それを蹴破るとは……。
「カチコミの時間だ! コラァ!!」
そして、砂煙くゆる中から姿を現したのは白髪の魔人だった。
「……ってあれ、ここが最奥だっけ?」
絹糸のように流麗な髪に、魔種である事を示す艶のある双角と尾。絶世の美少女と言っても過言ではない容姿と相反するようなチンピラ紛いの言動に、思わず我を捕らえた女も驚き固まっておる。
三千年生きて来た中でもこのように破天荒な童女は我も初めて目にしたがな……。
「まあいいや……お前か? 私のメイビスに手を出したのは」
「だったら何? あなたは何処から来たの? ここに来るまでにいた筈の私の子らは?」
「質問を質問で返すな、殺すぞ」
「……ッ!?」
しかし、一度言葉を交わした瞬間に、大瀑布の如き重圧が部屋全体を覆った事で我は考えを改めた。童女の放つ殺気は、星幽体である我の体へと直にダメージを与える程に濃密な意志が籠められていたのだ。
いやはや……単なる殺気だけで悪魔族に精神ダメージを与えるのは尋常ではないぞ。
「ミ、ミストガ‼」
「御意」
更に、女の方がプレッシャーに耐え兼ねて、潜んでいた配下であろう男を差し向けたのだが……。
「えっ……?」
人間では不可能な軌道で壁を蹴り、童女の喉笛へと短剣を穿つ男は、次の瞬間には童女の背後で首から上を失って膝を着いていた。
転がる頭部は当初、何が起きたか分からずに困惑の眼差しで童女を見上げる。それから己の体へと視線を映して死を理解すると、白目を剥いて絶命した。いや、我にもあの瞬間に何が起きたのかさっぱりで、気が付いたら男の首と体がすっぱりと切り離されていたのだ……。
「あ、ああ……ミストガ……どうして……」
「お前が無策に突っ込ませたからじゃない?」
「ギィイイイ!!!! お前っ、許さない!!」
激昂した様子の女に、童女は今しがた襲われたとは思えない軽薄さでそう返す。その手に握られた剣を見るに、童女はあの男の剣に対して凄まじい速度で斬り返したのだろう。
だが、片手で両手に持った短剣をいっぺんにいなし、その上で反撃を入れるなどという芸当は果たして可能なのか? いや……剣に血が付いていないのは、血糊が付く暇もない程に剣速が凄まじかったという事かも知れない。
どちらにせよ、あの一瞬だけでも目視出来ない速度で動いたというのは確かなことだ。我を捕らえたあの女本人はさして強くはない、童女からしてみれば矮小な羽虫も同然だろう。
これはいよいよ、我にも運が回って来たという事かもしれんぞ……‼
魔夜寝威都無双




