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130.雇用……ッ!

 簡易的な拠点を設営し、負傷者を運び込んだり治療したりと諸々雑事もやっていたら夜になっていた。


 現在は篝火を囲んで食事を摂りつつ、日中のことについて話し合いをするべく集まっている。いつもの面子は言わずもがな、いち早く敵襲に気付いた風竜の牙にも参加して貰う事にした。


 彼らが迅速な対応をした為に今回は大事に至らずに済んだらしいので、労いの意味も込めている。


「さて……じゃあまず率直な意見だが、私はこれが誰かの仕組んだことだと思う」


「同感。私は森の中から襲撃を受けた」


 私とメイビスの発言に、場の空気が少し固いものへと変わった。


 皆顔にこそ出していないものの、今回の事態は相応の計画性と悪意によって引き起こされた物だと薄々感じていたのだろう。特に、何者かによって襲われたメイビスと、ヤソ村付近で嗅いだ香と同じ匂いを感じ取った私は十中八九人為的なものだと確証を抱いている。

 

「まさか鉱山から解放された俺達を殺しに奴らの仲間が……」


「おいおい、遠路はるばるここまで追って来たとでも言いてぇのか!?」


 聖国の手勢――――彼らは創世の輩と認識している――――による追撃かと考えたハイソンが顔を青褪めさせてそう言うと、ゲイルが声を荒げて立ち上がった。まあ、確かにそう考えるのも無理は無いが、今回の襲撃は恐らく別の勢力からだ。


「いヤ、それは違ウ。教会の教義的に言えバ、奴らが魔物を使役して襲わせるというのは考え辛イ」


「ホメロスの言う通り別件だろうな。正体も目的も分からないが、魔物を使う点から見て邪悪勢力とみて間違いない」


 この世界において正義とは人類の下にあり、魔人や魔物、魔の物などの存在は邪悪に分類される。友好的な魔種も存在するのでその分類が絶対ではないのだが、悲しいかな邪悪勢力と呼ばれる大半はそう言われても仕方が無いくらいに根っこからのワルなのだ。


 私も人間にとっては価値観の違いから忌避される存在である事には違いない。


 ただ、結局人間たちが容認するかどうかに掛かっている為、堕落の対価に命を支払わせるメイビスなんかは邪悪に見えるし、友好的であろうとする私やホメロスは人間社会でやって行けている。


 殺したり致命傷を負わせたりは、一応犯罪者に限ってるんだけどね。


「魔人……いや、邪神崇拝の輩かもしれん」


「この辺りでそういう話は?」


「邪神と言えバ、夜神ダイアナも性質的には一応邪神だネ。あとハ……冒涜的で憚る神々なラ、西側にはごまんと居るヨ」


 冒涜的で憚る神々と言うのは、歴史書には載らない邪な怪異の事だ。


 日本で言う犬神――――いわゆる祟り神や妖怪――――の事で、神性を失った邪悪な神々の総称でもある。そして厄介なのが、それらを信奉する邪教徒もしっかりと存在する事。


 怪しげな部屋に集って密かに黒ミサを行うような連中は、異世界においても邪悪勢力として闇に蔓延っている。


「奴らの襲撃の可能性もあるって事だが、それだと何で俺達を狙ったかが不明なんだよな」


「これだけの人数のキャラバン隊だ、野盗でも滅多にちょっかいかけて来ねぇだろうに……」


 訝しむジンとゲイルは、そう言って首を傾げた。


 厳つい野郎二人がそういう仕草をしても可愛くないのでやめて欲しいが、確かに野盗でも襲うのを躊躇するこのキャラバンを狙うのは少し不可解である。ただ、頭のイカれた連中ならばあり得るか? と言われたらそうかもしれない。


「う~ん、でもなぁ……私が陀蛇を片付けて直ぐにこういうことが起きたから、やっぱり何かしらの目的があって襲撃して来たのは確かだろう」


「普通に蛇神を殺された復讐とかじゃないッスか? あの芋虫とルフレ様の倒した奴って似てたんスよね?」


「ゲイル君、いい所に目を付けたので明日の夕飯は抜きだ」


「えっ?」


 何となくそうかもしれないなぁと思っていた矢先にそういう事を言うのは駄目なのだ。それだと私のせいみたいだし、というか私のせいだろうし、全部私の短慮が引き起こしたということになってしまうじゃないか。


「ルフレさん、陀蛇本体は単なる魔物の変異種で、村人に信仰と生贄を要求する程の知恵はなかったんですよね?」


「ああ、会話どころか意思の疎通すらままならなかった」


「それもう確定って言ってるようなものですよ……」


 ……いや、なってしまったらしい。


「アキト。それはあの変異種の飼い主がいて、何らかの目的で生贄を要求していたということ?」


「その説が濃厚ですね、何らかの目的っていうのが分からないけど」


 あれほどの化け物を御しているのを見る限り、敵は何か得体の知れない力を持っているのだろう。そんな人間の目的と言えば、大抵において碌でもないと相場は決まっているが果たして。


「ルフレ、笑ってる」


「うわ、なんで笑ってるんですか……僕ら襲われたばっかりなんですけど……」


「いやなに、この規模の集団を襲ったんだし、そいつらはきっと"強い"んだろう? 今の私と比べてどうなのかなって考えたら、ちょっと」


「そんな恍惚とした笑みで言われても困りますし、俺らとしては何事もない方がいいんですがね?」


 今の私の顔がだらしなく緩んでいるのは自覚している。


 だが、日に日に増したこの戦闘力を試す場が欲しいと思うのは仕方のない事なのだ。それが強い相手ならば尚の事、この世界に私が存在しているのだと教えてくれる。


「時々、こうやって命のやり取りをしないと生きている心地がしない」


 私がそう呟くと、風竜の牙の三人が顔を青褪めさせて身震いした。


「思うに、生物の本質は闘争にある。平和だなんだと言っても、どうしても自分と他者との優劣を付けたがってしまう。しょうがない生き物だ」


「つ、つまり……どういう……」


 自分の口角が吊り上がっていくのを感じると共に、呆れ笑い半分でメイビスたちも笑う。アキトだけは肩を竦めて溜息を吐いているが、異論はないようだ。


「先に手を出したのは此方だが、敵対するというのなら…………どちらが上かを教えてやるだけだ」


 かくして、そんな私の宣誓に目の前の強者たちは嗤った。


***





 肉体言語で決着をつけるという話し合いを終えた後、私の元へやって来たのはエンデだった。


「あっ」


「お前さん、もしかして忘れてたな……?」


 色々と重なってたお陰で王都に帰すのとか、鋼の剣を壊した事とかはすっかり頭の中から抜け落ちていたようだ。エンデもその一言で察したらしく、色々と複雑そうな顔をしながら横へ腰を下ろす。


「にしてもまさか、お前さんが冒険者連合(クラン)代表(リーダー)だったとは、やはり俺の目に狂いはなかったって事だな」


「冒険者連合?」


 初耳の単語を聞いて首を傾げると、エンデは一瞬呆けたような顔をした後に眉を顰めた。


「数十人規模からなる冒険者の集団だ、近頃じゃ幾つかのパーティーが合併してクランが乱立したり、冒険者内での派閥が出来てるって話だが……知らなかったのか?」


「知らん、そもそも私はここに来るまでソロだったし」


 大体一年王女様の護衛に費やしたせいで、単独(ソロ)冒険者としては六年近いキャリアを誇っているんだぞこっちは。そんなリア充なシステムが発足してたなんて、ぼっちの私が知る筈無いだろう。


「最近じゃ、西だと《神威の閃剣》だとか《最果ての黎明》が話題だな。どれも百人を超えたでかいクランで、それらを仕切ってんのはお前さんと同じAランク冒険者らしい」


「ほほう、クランねぇ……。なんかネトゲみたいだな」


 感心したように私がそう呟くと、アキトがジッと此方を見ているのに気が付いた。


 なんかアイツ……時々こうして私の事を変な目で見るんだよなあ。厭らしい感じではないのだが、どことなく疑惑的な雰囲気を感じるのだ。


「おっと、俺がしてぇのはそんな話じゃなくてだな……昼間のバケモンの件だ」


「あ、そういえばあんたの作った剣、壊しちゃったんだよね……弁償はするけど」


「構わねぇさ、ありゃ俺の半端な仕事のせいだからな。それに、ただの鋼の剣じゃあお前の腕に見合わねえのも分かったしな」


 どこか感動の色を含んだ静かな声音以外には、薪が乾いた音を立てるのみ。そうして、ジッと火を見つめるエンデは暫く逡巡するように押し黙ると、何か決意したように小さく頷いて私へ向き直った。


「決めたぜ、俺ぁお前さんの為に魔剣を打つ」


「……本当か?」


 逸る気持ちを表に出さないようにそう尋ねれば、私を見つめるドワーフは鷹揚に頷いて見せる。


「ああ、男に二言はねぇ。その代わり、工房と製作の為の資金は工面してくれよな」


「勿論だ、借金は私が肩代わりするから工房も買い戻してやる」


「俺の人生を懸けた最高傑作を作ってやるから、期待して待ってろよ!」


 だが……魔剣欲しさに思い切り啖呵を切ったとは言え、こうもすんなりと納得させることが出来るとは思っていなかったんだけどな。半分くらいはダメ元でいたお陰か、了承を得られた時の嬉しさも心なしか大きい。


「今日はもう遅い、明日メイビスに頼んで王都まで送り届けよう」


「その前に一つ聞きたいんだが、冒険者連合じゃないならばこの大所帯でお前さんらは何処を目指してるのか……いや、というよりも、お前さん……本当はなにもんだ?」


 エンデは、まるで答えの浮かんでいる問題を眺める学生のような佇まいで問いかけて来た。


 私がもはや決まりきったカミングアウトを行えば、得心の行った表情で黙りこくってしまう。確かにこの大所帯で旅をしていれば何の目的かと、疑うのも無理はないが。


「俺がまだ工房に勤めていた頃、一度ウェスタリカと取引をしたことがある。当時卸したのは農具や包丁なんかだったがよ、あそこは鍛冶工房こそあるがまともな職人がいやしねぇ」


「……本当か? 田舎とは聞いていたが、それほどとは……」


 ウェスタリカってもしかして相当な後進国なのか……。


 ここだけの話、ホメロスは農奴の実家を継ぐのが嫌で出奔したとぼやいていたし、ウミノも不穏な事言ってたしなぁ……。


「そこでだ、俺を連れて行く気はねぇか? それなら旅を中断する必要も、ウェスタリカから完成した剣を態々ミシリアまで取りに来る必要もない。俺も王都で工房を買い戻すより、需要のありそうな場所で新しく店を構えた方が都合がいい!」


「それ、本音は最後の奴だけだろ……」


「ガハハ、バレたか‼ けどよぉ、お前さんの剣の腕に惚れたのは本当だ! 絶対後悔させねぇからよ、連れてってくれ!」


 明け透けな物言いながら、エンデが私をしっかりと認めてくれたのはその口調から伝わってくる。魔剣が作りたいからと自分の工房まで売り払う馬鹿という部分以外では、まあ有能な人物なので連れて行ってもいいのでは無いだろうか?


 特にウェスタリカに鍛冶職人がいないのはちょっと不味い。


 武器じゃなくても釘とか鍋とか、日常的に扱う物を実用に耐えうる品質で作れる人材がいなければ、満足に私の目的も果たせないのだ。どうせ今は無職のおっさんなんだし、ここで雇用する分には誰も文句も言わないと考えれば、エンデが良物件のように思えて来た。


「……因みにだが、鍛冶だけじゃなくて建築から彫金、木工まで一通りこなせるぜ?」


「はい採用」


「よっしゃァァ!!!」


 そしてこのダメ押しの一言で、履歴書に実用的な資格が大量に並んでいるのを見た人事の気持ちが少し分かった。伊達に王都で工房を開いているだけあるな、こんな人間……いやドワーフを遊ばせておくのは普通に勿体ない。


 思わぬ拾い物をした私は、後々になってこの判断が英断だったことを思い知ることになる。


 今はまだ、やたらとものづくりスキルの高い無職のドワーフを拾っただけに過ぎないが……。

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