129.真打ちは遅れるもの
メリクリ
以前も言ったような覚えがあるが、平穏とスリルの両立とはままならないものだ。
私の目の前で繰り広げられる、冒険者と良く分からない化け物二体との戦いを見れば勿論。重傷を負ったらしきホメロスが、キャラバンの女性に手当てされているのも含め、最早これがただの呑気な馬車旅とは言えない。
一度嗅いだことのある不思議な香の匂いと既視感のある敵の姿。
人為的介入を感じさせる襲撃が守るべき人々の安寧を壊したこと。どれを取っても私にしてみれば、火に注がれる燃料以外になり得ないだろう。
「ほんまに……」
実のところ、スキルのお陰で平静っぽく見えているだけで、私はブチブチにキレていた。
周囲を気に掛ける余裕がなかったのか、メイビスが連れて来てしまったエンデもいて、彼女がどれだけ焦って私の元へ飛んで来たかのも分かる。なんなら私なんて手に鋼の剣持ったままだからね、持ち主が近くにいなきゃ泥棒だよ。
「お、おいッ! こりゃ一体どういう事態だ!? なんで俺ぁいきなり外に放り出されて、それにあのバケモンは……」
「あー、色々と聞きたい事もあるだろうが、少しだけ待て。先ずはあれを片付けてからだ」
そりゃ動揺するわな、と言った風に喚きたてるエンデを宥め、私は如何にも邪悪な風貌をした人面芋虫へと向き直った。メイビスの言う通り、見ているとSAN値を削られそうな外見は確かにあの変異種と酷似している。
「けど、こっちの方がなんか強そうだな。色とか毒々しいし」
「……多分人間の基準でもB近くはある、気を付けて」
モンスターの討伐難度は、Cが小さな街や村を壊滅させかねない危機、Bが大規模な都市、Aが国の存亡に関わる危機みたいな感じで大雑把に決められている。メイビスの言う通り、これが暴れれば大規模災害レベルで被害が出るだろう。
即席にしては見事な連携と数の有利を生かして拮抗しているが、ここにいる冒険者は主要面子を除けば最大でC、殆どがパーティーでEからDランクなので本来は荷が重い筈だ。
「ああそうだ。エンデ、あんたは強い奴にしか剣は作らないんだったな?」
「あ、ああ。そうだが……なんだ藪から棒に、今はそんな話をしている場合じゃ……」
「なら、私の戦いを見て決めてくれ。魔剣を作るかどうか」
ただ、私にしてみればあの程度の魔物、試金石にするのが丁度いいくらいか。
自惚れるわけではないものの、どう転んでも私が奴に負けるビジョンは見えないし、そもそも石橋は叩いてから渡る主義なのだ。
「《先駆放電・天御黒雷》」
漆黒の瘴気と青白い電光が混じり、激しい魔力の噴出にスパークが迸る。
空間魔法を折り込んだ改良型であるこの身体強化は、重力を軽減させたことで更に光速へと近付いた。およそマッハ2――――秒速680m程度は出ているだろう、一歩踏み出しただけで周囲の光景がコマ送りで切り替わる。
一瞬で肉薄された化け物はおろか、奴と戦っていた冒険者ですら今だ私の接近に気付いていなかった。私は、そのまま借りて来てしまった鋼の剣を、最下段から敵の脳天まで斬り上げる。
「死ね」
率直な暴言と共に異形は頭部に埋まる魔石を砕かれ、半分に分かたれたその身を地面へ横たえた。
『はっ……!? い、一撃……?』
ようやく何が起きたか理解した冒険者の一人が、呆けたような声を上げる。
魔力の感知が容易になってからは、魔物であればどの位置に魔石があるかが大体見えている。そこに届きうる攻撃ならば、どんな相手であろうと一撃必殺だ。
「よく持ち堪えたな、お前らは下がって怪我人の手当てだ」
「あ、あいさー‼」
「お前らとっとと下がれ! 巻き込まれんぞ!!」
ドタバタと後退する冒険者達を見送り、残る一体に視線を移すと、あちらも私へ熱視線を送って来てくれていた。目は感情を映していないが、イソギンチャクみたいな縦に割れた口が威嚇音を発してる事から相当怒っているのだろう。
それと、私に向かって進撃する化物との間に一人逃げずに佇む翡翠の男が立っている。
「恐らく助力など必要ないのでしょうが、せめて道は作らせてください」
「いや、あの数の触手をまともに相手してたら骨が折れるからな、助かるよ」
すれ違いざまにそう言葉を交わすと、計ったように無数の触手が私へ向けて放たれる。片腕で処理しきるには些か面倒臭いのは事実だが、言葉通りにジェイドは私の為の道を作るべく動いた。
地面の窪みへと指をあてがい、ちゃぶ台返しのように地面を垂直の壁に起こしたことで、なんと私を狙った触手を全て塞き止めてしまう。
彼の持つ《縁下怪腕》というスキルは、何かを物理的に持ち上げる事に特化していた。物体の重量と本人の筋力は関係ないらしく、とにかく取っ手が付いているか手を掛ける所があればなんでも問題ないのだとか。
一度「地球を持ち上げようとしたらどうなるか」と尋ねた時、地面に指を埋めて逆立ちを始めたのには笑ったが。本人曰く、これで一応持ち上げた判定になるらしいので天地はあまり重要ではないようだ。
ともかく、彼が全ての触手を受け止めてくれたので、あとは切るだけ。
「よっ」
体を守るために残された触手たちを切り裂き、跳んで避け、隙間を縫うように体を捻って飛び込めば残るは無防備な胴体のみ。剣先を紫色の表皮に突き刺すと、そのまま内臓を抉るようV字の形に動かし、魔石を破壊する。
やっぱり豆腐みたいな感触で斬った気がしないが、一度大きく痙攣した後に芋虫はしっかりと動かなくなった。
「流石です、我々が苦戦した相手をこうもあっさりと……」
「まあ、得物はぶっ壊れたけどな」
刀身の半ばまで亀裂が入り、酷い刃毀れを起こした剣をひらひらと振ると、ジェイドは引き攣った苦笑いを浮かべる。神鉄流ならまだしも、やはりガル爺に教わった剛剣の型だと相応の耐久性を持つ武器でない限り、一度戦っただけで駄目になってしまうようだ。
「それで怪我人は? 死人とか出てないよね?」
「はい、軽傷者はいますが、幸い命に関わる程の怪我を負ったものはおりません」
その報告にホッと胸を撫で下ろしていると、フェリクスの肩を借りてホメロスがやって来た。
胸には丁度腕の太さ程の穴が空いており、手酷くやられたというにはちょっと重症が過ぎる感じになっている。いや、なんでこれで生きてるんだろう、普通に命に関わる程の怪我なんじゃないですかね?
「いやはヤ、このワタシともあろう者が無様を晒しましたネ」
「……お前、なんでそれで平気そうな顔してんのかだけ取り敢えず聞かせてくれ」
「あア、成程。ワタシら蟲人の体は人間とは違いますからネ、核となる魔石は存在しますガ、心臓のような臓器はないのでス。故に穴が空いた程度では死にませン」
詳しく聞けば、血脈の全てが心臓と同じ役割を果たす為に、人型と言えど急所は魔石と頭部以外存在しないようだ。因みに腕や足が吹き飛んだ程度なら、自然治癒で生えてくるとも言っていた。ナメック星人かな?
ただ……
「これは単なる仕事の依頼だったんだし、そこまで無茶する必要はなかっただろ」
胸に穴開ける程頑張れと言った覚えは無い。
普通なら逃げて良い場面で、どうしてこうも無茶をしたのかが分からなかった。まあ……私もつい先日怒られたばかりだし、人の事を言える立場ではないが。
「おやおヤ、もしや心配して頂けているのデ?」
「……別に、後で余計にお金を請求されても困ると思っただけです」
「フフ、素直じゃありませんネ」
「…………私はメイビスにお話を聞いてくるので、お兄さんは寝ててください」
なんかこれ以上話してると墓穴を掘りそうだから、強引に話を切り上げてメイビスの元へと向かう。けど、別に安否確認が終わったからであって逃げたわけではないし、断じて含み笑いをされるような他意などはないのだ。
「にゃっにっていってりゅにょ……」
そんな事を考えながらに歩いていたら、いきなり前方から伸ばされた両手に頬を挟まれる。
「素直じゃない」
「いいだろ、野郎相手に慰めなんて逆効ひゃふみゃんはひょ……ひゃめへ」
引っ張られたり掌で捏ねられたり。自分でも初めて知った非常に柔らかい頬の肉を好き放題弄るメイビスは、どこか不機嫌そうな顔で私をジッと見つめていた。
「ヤキモチ?」
「違う」
いつかの意趣返しでそう言ってやると、図星だったようで益々ジトっとした目が横に逸らされる。
よく見れば彼女もかなりボロボロの様子で、それなのにホメロスを先に心配したことに対して少し不満があったらしい。仕方が無いので抱きしめて撫でてやると、「んっ」とだけ言って肩に顎を乗せて身を委ねて来た。
「よしよし……って、私もつくづくお前に甘くなったもんだな」
「んぅ、良い変化。もっと撫でて」
特別な人という点で言うと、イミアとはまた別の形で彼女には"恋情"に似た何かを抱いているのかもしれない。
吊り橋効果、ストックホルム症候群と、感情に答えと理屈を付けようとしたらどうとでも出来るのだろうが、敢えて今は保留にしておこう。多分私も色々と戸惑っている最中だから、彼女が私に向けている気持ちに半端な答えを出したくないのだ。
「熱々なところ悪いが、そろそろこれがどういうことか説明してくんねぇかな」
「……空気の読めない男」
そんな桃色空間を生み出していた私らに、遠慮がちにジンが声を掛けてようやっと人前で抱き合っているのを思い出した。
メイビスは舌打ちをしながらジンを睨んでいるが、これ以上痴態を晒さずに済んだのでグッジョブである。かなり見られていたので最早手遅れである事はさておき、私が不在の間に何が起きたかを聞いた後、今後の話し合いをしなければいけない。
場合によっては少し進路を変更する必要もあるし、これ以上面倒なことが起きなければいいが。
【公開情報】
《討伐難度》
冒険者組合の定めた、魔物を討伐するに当たっての必要戦力を記号化したもの。尚、魔物と対峙する場合、魔物一体に対して三倍の戦力が必要という前提がある。それを踏まえ、討伐難度は同ランクで二人以上のパーティーを組んだ際の難度に設定されており、単独で討伐する場合の危険度は比較にならない。




