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14.生の実感

今回少しグロ要素があるので苦手な方はご注意を

 呻りを上げ、金属でさえも容易く引き裂いてしまいそうな炎竜の鉤爪が眼前に振り下ろされた。

 

 同時に発動した《識見深謀》によって俺の中から視覚以外の感覚が消え去る。音が遠ざかり、全身の触覚も酷く曖昧になって、世界と溶け合うような感覚が去来した。


 そうして、仮定未来が実体からブレて現れ、一秒先の俺が八つ裂きになるビジョンが脳裏を掠める。俺は垣間見た死の予見を避けるように身体を半身程捻り、それでも尚強力な風圧に顔を覆い隠した。

 

「っ……」


 その一瞬後、貧血の時のような吐き気と眩暈を伴って俺の世界に色と匂いが戻ってくる。 


 《識見深謀》を使った未来予知のリスクは使用後のこの隙だろう。一秒たっぷり見るとこうして眩暈や吐き気、全身への倦怠感が訪れるのだ。使用時間やインターバルなどは無いが、心身に影響が出ないレベルで使うなら恐らく一秒が限界。

 

『ゥグル……』 

 

 炎竜はこれで幾度か目の空振りをした事で、俺を忌々し気に睨みつけた。


 本気のものではないにしろ、攻撃が避けられる事に不快感を感じているようだ。いや、というか、本気で来られたら俺程度なら恐らく一瞬で死ぬ。

 

 故に、相手が蹂躙の片手間に子兎を甚振っていると思わせるためにも、奴が隙を見せるまでは、反撃は絶対に行わない。



 ――――炎竜から逃げる、という選択肢を放棄した後、俺はイミアとイェルドだけをここから退避させた。

 

 イェルドは魔種と言えど、そもそも戦闘員ですらない。街へ行かせ、炎竜出現を知らせる事くらいしかできないだろう。お陰で今頃街は大騒ぎ、住民も行商人たちもこぞって荷物を纏めている筈だ。


 イミアもそもそも飛竜討伐という話で連れて来たのだ。それが実は相手が炎竜でした、となれば話が違う。偶々この街へやって来ていただけの人間が命を懸けて立ち向かう義理も目的も無い。


 この街の問題はこの街の人間の物だ。せめて奴が街を滅ぼす前にどうにかするため、この場を離れて貰った。



『グルウウアアアアッッ!!!』


 私の思考の終わりと同時、脳髄を揺さぶるような咆哮と共に再び炎竜が攻撃を再開した。


 尾を持ち上げ、鞭のようにしならせて側面から振り抜かれる。それを受け流すように身体を捻って跳び、二転、三転と後ろへ飛び退く。

 

「重い……」


 ジンなどとは比較にならない程の圧力に、この熱量。


 俺がちゃんとエイジスの指南を受けていたのもあるが、この身体が魔人のものでなければ炎竜はそもそも相手にできなかっただろう。


「――ッ」


 炎竜は苛立たし気に尻尾で地面を叩くと、大きく息を吸い込み、胸部を膨れ上がらせる。その動作に俺は全身が総毛立つような感覚に襲われ、咄嗟に地面を蹴った。


「なんだこれ……」


 直後、触れていないにも関わらず肌を焼き焦がすような灼熱のブレスが、さっきまで俺の立っていた場所を蹂躙する。 

 

 荒れ狂う嵐のように燃え盛る火炎は、一瞬にして全てを灰塵に帰した。もし、こんなものが直撃すれば、俺の体などひとたまりも無いだろう。


 背中に嫌な汗が伝い、思わず奥歯を噛みしめる。


 俺は今、確かに目の前の上位者へ惧れを抱いていた。が、それと同時にどうしようもない高揚感に全身が震えるのが分かる。


「なんだこれは……」


 今まで感じた事が無い、魂が揺れるような生の実感は。 コボルドを相手にした時とは違う、胃の底から沸き立つ熱は。


「いや、そうか」


 俺は……嬉しいのだ。圧倒的な死の実感を目の当たりにして尚、恐怖より先に生への歓喜が訪れているのだ。思わず口角が上がり、歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。今までの俺では考えられないような思考だが、不思議と忌避感は無い。

 

「……とうとう人間を辞めた実感が湧いてきたって所か」


 理性ではなく魔人としての本能が、闘いを望んでいるのだ。


 互いの生存権を掛けた殺し合いに心躍り、どうしようもなく昂ってしまう。怖くて戦いたくないのに、闘いたい。矛盾しているが、今の俺の中ではその二つの感情がせめぎ合っていた。


「……ふぅ」


『グルルルル…………』


 大きく息を吐き、一度全身の力を全て抜く。

 けど、いいじゃないかこの感じ。


 ひたすら後悔と虚無感に塗れて自問自答を繰り返すよりかは、余程建設的に思える。

 

 大きく腰を落とし、だらんと手を降ろすと俺はしっかりと炎竜を見据える。長大で、恐ろしく、強者としての風格を体現したかのような姿だ。

 

『グルアァッ!!!』


 炎竜はその巨体を赤熱させ、巨大な前脚が俺を抉り潰さんと迫る。


 俺は予見するまでも無くふくらはぎへ一瞬全力で力を込め、斜め前へ大地を蹴った。お陰で鉤爪は獲物を捉える事無く空を切り、目を細めた炎竜は足元へ迫る俺を見て忌々し気に口から火飛沫を吹く。


 そうして、そのまま俺を焼き焦がさんと火の塊、いわゆる火球を吐き出した。


 巨大な液体状の炎が雫となって落下してくる。それを目視したと同時に、俺は《識見深謀》で最良の回避方向――――


「……ッ! ッ!」


 炎竜の脚がある前方へ頭から飛び込んだ。


「……っらあ!」


 そして、俺は腰からナイフを引き抜くと、炎竜の鱗へ向かって切りつけた。赤熱した体表と刀身が触れた途端、ナイフを伝って焼けるような痛みが襲ってくる。

 

「くぅ……!」


『グルゥアア!!!』


 いや、本当に凄まじく痛かったのだ。


 幸い火傷こそしなかったもののナイフは刃の部分が一瞬で融解、柄も手を離した途端に炎上してしまった。が、結果を見れば重畳だろう。


『グ……』


 鱗の一部が剥がれ、そこから多少血が滴っている。


 今の一撃は軽微ながらも炎竜に手傷を負わせ、その内に流れる肉と熱血を晒して見せた。


 風邪も引かず、劣悪な環境で生き抜く事ができ、炎竜にさえダメージを与えられる体に産んでくれた母に感謝しなければいけない。

 

 でなければ、もう何回死んでた事か。

 

『ガルルルゥア!!!』


 軽傷とは言え傷は傷。


 痛みに激昂し、怒り狂う炎竜の足元を駆け抜ける。真下は死角なのか、俺の正確な位置を把握できてない奴の背後を抜けるのは容易だったのだが……。


 ここで予想外の出来事が起こってしまう。


「おい! 一体これは何の騒ぎだ!」


 その叫び声に俺が目を向けると、街の方角に5人の男の姿が見えた。


 革の鎧と槍を装備していると言う事は恐らく衛兵だろう。この騒ぎを聞きつけてやって来たのだろうが、間の悪い事この上ない。


 ……というか、もう本当に最悪だ。


『ギャルアアアア!!』


「な、なんだこいつは!? 飛竜か!?」


「燃えてるぞ! こいつは飛竜じゃない、炎竜だッ!」


 俺を見失った炎竜は、新たに現れた彼らへ標的を変更。


 二足歩行から体を前へ倒して4足歩行になると、首を擡げて熱気を肺へと吸い込み始める。股の間にいた俺は何とか這い出したものの、これから起こりうる出来事が予見しなくても脳裏に過った。


「な……! こっちに来る!?」


「逃げろ! 逃げないと死ぬぞぉ!」


「あ……あぁ……!!?」


 丁度怒髪天を衝いた所だった炎竜は、憂さ晴らしとばかりに双眸をぎらつかせて口の隙間から炎を漏らす。そして、衛兵たちへ向かってブレスを発射した。俺へ吐き出した球状の物ではなく、全てを焼き尽くす放射状の火炎を。

 

「ひぎゃああああ!!」


 踵を返して駆け出す彼らの最後尾にいた一人が、劈くような断末魔を上げて炎に呑まれる。


「嘘だろ……」


 直後、一瞬の内に全身は炭化し、いとも容易く命を奪ってしまった。


 4人はそれを見てしまい、あまりの恐怖に足が竦んだらしい。その場に立ち止まり、呆然と息絶えた同僚を見つめている。 


 早く逃げてくれ――――そう念じる俺を嘲笑うように、もう1人が炎竜の尻尾に弾き飛ばされた。


「ふぐっ……!」


 くの字に体を折りながら、俺のすぐ横へ吹き飛ばされた衛兵は凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。


「い……やだ、じ……に、だ……ない……」

 

 そして、口の端から黄色く濁った泡を吐きながら何かを口走り、数度痙攣したっきり二度と動かなくなった。

 

「嘘だ、嘘だ嘘だ」


 余りに壮絶で、余りに呆気ない人の死に、茹った脳みそは急速に冷えて行く。それとは裏腹にと破裂しそうな程心臓が跳ね、手指を巡る血液が熱されて沸騰する。


「……やめろ」


 もう、やめてくれ。これ以上私に、ルフレに辛い現実を見せるのはやめろ。命を踏みにじり、壊すのをやめろ。


 俺の中で、何かが壊れた音がした。

読んでいただき、ありがとうございました。

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