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128.蟲の詩

 先程と何も変わらない筈なのに、人面虫は――――便宜上ここではそう呼ぶ――――人型の群れの中にいる一匹の蟲人から目が離せなくなった。


「まずハ、その無駄に多い腕からだネ」


 冒険者は蜘蛛の子を散らすようにして逃げて行くにも関わらずその蟲人、ホメロスだけはそう言って人面虫へと歩み寄ってくる。それがどうしようも無く恐ろしく感じて、動かない筈の顔面が引き攣る錯覚すら起こした。


 そして、次の瞬間、


「《空圧裂破(ソニック・レイ)》」


 感情を映さない瞳の閉じた能面が、無数の斬撃に斬り刻まれた自らの触手を捉える。


「そモそモ、キミは同じ虫として品が無さ過ぎル。これだとまだ蜘蛛人(アラクネ)の方が幾分かマシだネ」


 紅を差したような唇を吻にも似た唇で舐め取り、煽情的かつゾッとするような笑みを浮かべてそう言うと、今度は更に倍の数の触手が細切れになって地面を跳ねた。


「おっ、おっ」


 人面虫も『斬られれば斬られた分だけ』 そう言わんばかりに腕、もとい触手を再生させてホメロスを襲う。


 だが、短時間とはいえ飛べるホメロスは易々とそれを回避し、逆に半端に寄って来たものを震動の刃で片っ端から切り裂いた。まるで踊るかのように二つの細剣を扱う様は、ルフレとはまた違う戦いの美を感じさせる。


「これもオマケだヨ、《風砲(エアリアル・キャノン)》」


 そして、手隙であったもう一対の肢からは、風の魔法が攻撃に転じた触手を吹き飛ばして一切寄せ付けない。


 圧倒的なセンス、そして種族的特性を用いた手数の豊富さと複眼による多面的視野の確保。初見の敵と相対した際に発揮されるポテンシャルに関しては、彼以上となると上から数えた方が早いだろう。


 これこそがホメロスが、弱冠15歳ながらにAランクへと昇格した所以。


 本来なら完全な『未知』という優位性を持つ筈の人面虫からすれば、恐らくホメロスは最も相性の悪い相手だ。


「残念だけド、もう見切っタ」


 その言葉を証明するが如く、縦横無尽に伸ばされる五指付きの触手を僅かな身じろぎで避ける。そして、空振りして彼の背後の虚空を掴んだ腕の全てが切り刻まれ、ホメロスがとうとう本体へと肉薄した。


 物理的に損傷を与えたとしても尋常ではない再生力で元通りになる相手を前に、彼が選んだのは"内部からの破壊"。


「精々綺麗に爆ぜてくれたまヘ」


 ホメロスはレイピアを二本ともその表皮へ突き刺すと、残る肢で体を抑え付ける。その直後、揺れというには余りにも静かで、音というには荘厳で重々しい音を奏で――――



「魔典第五章四十一節《柒星唱・樹(ユピテル・ブリンガー)》」



 ――――人面虫が破裂した。


 首元から胴体までが、まるで空気を入れ過ぎた風船のように弾け飛び、肉片が宙を舞う。


 体内ではホメロスによって揺さぶられた内臓と水分が膨張し、圧し留める為の術を持たなかった人面虫は無惨にも臓物と肉を撒き散らす羽目となった。


「他愛も無かったネ」


 そう言って、肉の雨の中満足気に佇むホメロスは、汚れを払うように肩を叩き冒険者達の元へ戻ろうと踵を返す。背後では落下した頭部が鈍い音を立てて転がり、この勝負の勝者がどちらかを示していた。


 ただ、あの毒舌な魔女が『何か』を伝えようと必死の形相で叫んでいるのが見え、ホメロスは訝しむ。


 一体何事かと、敵は打倒した筈だというのに、彼女はどうしてあんな声を荒げるのかと。


「なんダ……?」


 一瞬仕留めそこなったのかという可能性が過り、背後を振り向くがそこには石膏のような顔面が転がっているだけ。相変わらず能面のような顔には感情は宿っておらず、死んだ魚のような瞳が此方を映すのみ。


「……目なんて、開いていたかナ?」


 そう、目。


 閉じていた筈の目が開かれ、ただジッとホメロスを見つめていた。


 そのことに凄まじい違和感と、得体も知れぬ恐怖を覚えたホメロスは……ようやく察する。奴は"まだ死んでいない"という事を。


「早く逃げてッ‼」


 遥か遠くから聞こえる少女の叫び声と共に、人面虫の取ってつけたような口が悍ましい形状に歪んだ。唇の真ん中から縦に割れ、本来歯茎があるであろう場所では無数の短い触手が蠢く。


 その異様とも呼べる光景を前にホメロスは動けなかった――――否、動くことが出来なかった。

 

「えっ」


 胸の辺りがやけに熱く、疼くような感覚と共に酷い熱を帯びて行く。肢を伸ばすと、滑る感触と共にべったりと付着していたのは、赤紫の血液。そして、彼の肉体から離れて行く血を帯びた粘膜のような一本の触手が。


 視界が目まぐるしく変化し、次の瞬間には空が映し出される。


「あ、これやらかした……ネ」


 ようやく、詰を誤って胸を貫かれた事を理解した時にはすでに遅かったらしい。仰向けで倒れたまま動かない体と、やけにはっきりとした誰かの叫び声を聞きながらホメロスは自嘲気味に微笑んだ。


「ぎゅいええいえいえいえいええええ」


「おっ、おっ、おお、おっ」


「お、おお、おお」


 既に最悪と言っていい状況の最中、奇怪な鳴き声を上げた人面虫に応じるように森の奥から更に二体の仲間が現れる。


 この場で二体を相手に戦うとなれば、直ぐに負けこそしないものの確実に大量の死人が出るだろうとそう、ホメロスも、後ろでただ見ている事しか出来なかった冒険者達も察した。


『ヤバイな、これ』


『ああ。でもこんな修羅場、初めてって訳でもねえだろ』


『そりゃそうだ、つまりはいつものお仕事となんら変わんないな』


『俺、今からあの化け物共ボコして英雄になるわ。戦い終わった後ホメロスに詩作って貰お』


『これギルドの臨時報酬出るんじゃね? ワンチャンAランク昇格あるんじゃね?』


『ばっかお前! 俺が無双すんだからお前らにはおこぼれしか行かねえよ!』


『……取り敢えずホメロスを助けろ、話はそれからだ。名誉が欲しいか、死にたい奴だけ俺に続けッ!!』


『『『『応ッ!!』』』』


 そうやって叩かれる軽口も恐怖心を紛らわせる為か、はたまた本心か。殆どの者は前者だろうが、それでも彼らにホメロスを見捨てるという選択肢はなかった。


 ジェイドの合図で、冒険者たちの中でも命知らずが飛び出しホメロスを回収。すぐさま陣形を整える。


 二体の人面虫を分断するようにして取り囲むと、即席にしては噛み合った連携によって攻撃をいなし、的確に反撃を与えていく。ダメージこそ通っていないものの、敵の攻撃自体は防げている為このまま時間稼ぎ程度は出来るだろう。


「メイビス様、彼らが保たせている間に早くルフレ様へこの事を」


「分かった」


 横に立つウミノに言葉だけで返事を返すと、メイビスは転移魔法を使うべく術式を脳内で構成していく。


「……この権能(スキル)は使いたくなかったけど仕方ない」


 指定した場所への転移はおよそ千二十五節からなる魔法術式を組まなければいけないが、稀代の魔法使い《魔女》である彼女ならばそれを半分の五百節。更に今までルフレ以外に明かしていない《並列至考シュプリーム・パラレル》を併用する事でおよそ二百五十節x2を十五秒で構成する事が出来る。


 だが、逆に言えば彼女が転移するまでには約十五秒もの時間を要するということ。


 相応の腕を持つ戦闘者ならばその時間の間無防備になる彼女を殺すのも容易であり、また彼女も並列して物事を考えられるこの権能を全て術式に注ぎ込む事のリスクをよく知っていた。


 知っていた筈なのにその判断を下したのには焦りもあったが、何より……ルフレよりこの場を任せられた筈の己が無様を晒し、ホメロスに重篤な怪我を負わせた事にある。現場の責任者として彼一人で戦わせたのはメイビスであり、その結果目も当てられない状況に陥った事を誰よりも悔いていた。


 今ここで戦えば時間はかかるが二体の人面虫はメイビスでも倒せるだろう。が、その間にも死傷者は確実に出るし、運が悪いとメイビスですら大怪我を負いかねない。


 彼女はそれこそ己の怠慢が招いた失態をさらに広げる事になると分かっていた。


 それ故に、この状況を無傷で覆す事の出来る英雄に頼る他ない、どれだけ罵られようともこれ以上無様を晒す訳にはいかなかったのだ――――







「『――――そう、彼女はこの状況を結論付けて、窮地を脱する一手を投じる事とした』」


「っ……‼」


「メイビス様!?」


 所在不明の声。


 どこから聞こえたのかも一体誰なのかも分からないままに、メイビスの背中で炎が爆ぜた。焦るウミノに、彼女は息も絶え絶えに手で制止をかける。その瞳が捉えていたのは森の奥深く、人面虫が現れたであろう方向に佇む一つの影。


「でも残念、少し遅かった」


 これが人為的である事を告げるその宣戦布告に、メイビスは悪魔的な笑みを浮かべて全身へ黒霧を纏ってその姿を覆い隠す。



「『――――次に戻ってくるまでに尻尾を撒いて逃げていなければお前は終わりだと、そう言わんばかりに』」


 

 霧が晴れた時既にメイビスはここにはおらず。影もまた、直前の言葉通りに森の奥へと消えて行った。

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