127.地鳴りと共に
同日、数刻前。
「いやぁ、やっぱルフレさんに付いてきて正解だったねぇ」
「あたりまえだ、あんな強くて可憐な人、一緒に居るだけでも役得だろう」
「それに王女様だって言うし、こりゃもう冒険者なんて引退して終身雇用して貰うしかねえよなぁ」
ルフレら主要な面子と別れ、先行して月下の森の入り口にて野営拠点の設営を行っていた冒険者のグループは、一段落着いた所で談笑に花を咲かせていた。
「なにそれ、騎士にでもなるつもりなの?」
「宮廷語どころか読み書きすら怪しい癖に……。 いいか、騎士っていうのはな、気高く主君の為に命をも投げうって戦うかっこいい仕事なんだよ!」
「ガハハ‼ そういやお前、確か昔っから騎士の英雄譚に憧れてたっけか! 俺としちゃ、普通に衛兵とかでいいからコネ就職してえよ」
興奮した様子で立ち上がり、騎士のように剣を構えて見せたのはハイソン。
やや大柄な体躯に素朴な顔つきをした剣士で、彼も鉱山に囚われていた幼馴染を取り戻す為に悪辣な遊戯の玩具にされていた。
彼はウェスタリカ以外で魔人の多く住む国であるルクマンド――――ここより更に北へ行った小国――――の出身であり、今も口汚く言い合う他の冒険者と同郷の仲間である。
「ただ、僕としてはやっぱちょっとばかし胸がなぁ……そこだけ比べるとウミノさんの方がいい感じかも……ウヘヘ」
そんな幼馴染の一人であるビスケスは、胸部を盛るようなジェスチャーで栗色の癖毛を揺らしながら、遠くに見えるハーフエルフの胸元を見て下品に笑った。小人族の半魔である為か、実年齢よりおよそ十歳ほど幼く見えるが一応ハイソンとは同い年だ。
「おいおいおい、なーに言ってんだお前‼ 胸がデカけりゃいいってもんじゃあねえぞ!? 見てみろ、メイビスさんのあの慎ましやかながら美しい胸を。小さいってのは、イコールで価値が低いに直結しないの! お分かり!?」
「うわでたロリコン……」
「ロリコンゲイル……」
更に、小さい胸への熱い想いを語るのがこの三人組のリーダー格であるゲイル。
鷹のような鋭い眼光に整った鼻口と顔立ちはそこそこいいものの、所謂小児性愛者だからか今まで一度も彼女が出来たことが無い。尚、彼は三人の中で最も戦闘力も高く、身の丈程もある大剣を扱う為に《巨刃のゲイル》という二つ名を持っている。
だがしかし、ロリコンと言うだけで周囲からの評価は凄まじい程に低かった。
そして、何故この三人が鉱山に奴隷として幽閉されていたのかは、すぐ傍で顔を顰めて彼らを見る一人の少女の為に他ならない。
「もう、あんたらってばまたそんな下品な事言って……‼ ルフレ様もメイビス様も、私達の命の恩人なんだからちゃんと敬いなさいよねっ!」
少々気の強そうな目つきをした少女は、ポニーテールにした麻色の髪を揺らして苦言を呈す。
「ニーチェ、お前だって夜な夜なルフレさんの鍛錬の様子を、スゲェ気持ち悪ぃ笑顔で見てんじゃねえかよ……」
「私はそんな事してないしぃ? ただちょっと素敵だなあって見惚れてただけなのに、その言い草は何かしら。あんたらみたいに下品な目であの人を見るわけないでしょ?」
「腹立つなおい、一体俺達がどんな想いでお前をだな……!!」
「オホホ! 何か言いたいならハッキリと言いなさいよ」
いきり立つゲイルに、あしらうように笑うニーチェ。
村にいた頃は毎度似たようなやり取りをしており、立場も状況も違う今もその関係は変わらなかった。
「……いや、何でもねぇわ」
「全く、ゲイルは素直じゃないね」
「うっせ、チビ」
そう、普段のやり取りからは想像できない程に、Cランク冒険者パーティー《風竜の牙》の結束は固い。そして、若いながらに相応の実力も兼ね備えていた。
だからこそ、この中で一番に異変に気が付き、そして戦慄する。
「敵――――九時の方向だっ!」
「ゲイル……ッ」
「応‼」
小人族は種族固有の特性として非常に危機察知能力が高い。力も弱く、小柄な彼らが強大な力を持つ存在に唯一勝るのは、隠密性能と敵意に対する鋭敏な感覚。
ビスケスも例外では無く、今この瞬間にも森の中から迫ってくる複数の敵意を感知していた。
パーティー内で決めている敵襲のハンドサインは、既に何度も交わしたやり取り。ハイソンとゲイルはすぐに臨戦態勢を整えると、指笛を吹いてキャラバン全体へと合図を送る。
「ったくなんだってんだ、道中に狩ったラージボアの残党でも来やがったのか……?」
「…………違う、もっと大きい」
得体の知れない何かが近づいてくる音と共に、冒険者の一団は浮足立つ非戦闘員を馬車へと避難させながら臨戦態勢を整える。勿論歴戦の彼らとていきなりの急襲に不安はあるが、今この場には心強い味方がいた。
「うーん、折角もう少しで昼餉の時間だと思ったのにネ。早く済ませてご飯にしようカ」
超然とした態度で森の方向をねめつけるホメロスの手には二本の細剣が握られており、その異形然とした美貌も相まって不思議な威圧感を放っている。
「激しく同意だな」
「同上」
ルフレの従僕と右腕は元より、かつて魔王軍最強と謳われたアルテアの戦士までもが待ち構えるこの態勢は現状で盤石と言っても良い。単なる魔物であれば瞬きをしている間に終わってもいい程の過剰戦力だろう。
「……いや、油断せんほうがええな。何か嫌な音がする」
「嫌な音?」
ただ、ガルフレッドとラフィ、耳聡い幾人かの獣人だけは音に対してよからぬ予兆とも言うべき何かを感じ取っていた。
「接敵、およそ五秒前、五、四、三、二、一……来るぞ!!」
そしてビスケスの叫びを掻き消すような、地鳴りのような轟音を立てて現れたのは――――巨大な芋虫。
「おーっ!?おおっ、お!? なんだなんだ!?」
「で、でけえっ!」
「なんだよあれ……ヒトの顔……!?」
「いいから散開しろっ!! 槍持ちは前出て近寄らせんじゃねえぞ!!」
否、それを芋虫と呼ぶには多少無理があった。
毒々しい体表からは人間の腕のような触覚が伸び、頭部には目を伏せた石膏像の如き人面が埋め込まれている。意味不明な鳴き声を上げて突進してくるのは、有り体に言って恐怖でしかない。
「……なんだろうネ、アレ」
「前にルフレが倒した蛇神と似てる」
大きさこそこちらの方が大きいが、明らかに類似する点が多いその異質な存在は、彼の白蟲と同様の変質を遂げたものだった。
「しかし、それが何故ここに……?」
胡乱気に人面芋虫を睨むジェイドの問いに答えられる者はいない。
四百年分の叡智を宿す魔女にだって、今の状況は理解不能。殊更外界の知識となるとメイビスは余り持ち合わせていない上、この場にいる誰も知らない怪しい存在など分かる筈も無かった。
「今は考えている場合じゃア、無さそうだけド」
ホメロスの言葉通り、今しがた前衛を張っている冒険者たちは、未知の存在に対してどうしていいのか分かっていない様子。対する相手は敵意を剥き出しにして、今にも轢き殺さん勢いで彼らに迫っている。
「はぁ……1匹だけなラ、私が片付けて終わらせよウ」
「お前ら下がれッ!! ホメロスが出るぞ!!」
見かねたようにそう言うとダボついた服の下に隠れる翅が音を立て、ホメロスが飛翔する。
「《大気震動斬》」
「お、お、おおお」
昆虫特有の玉虫色に輝く翅は、易々と人面虫の頭上へとホメロスを上昇させていく。そして、レイピアを一振りして文字通り空を切ったかと思えば、直後に人面虫の頭部が見えない斬撃によって斬り裂かれた。
「あんまりダメージなさそうだネェ」
だが、浅いところで裂傷は留まり――――むしろ怒ったのか――――ホメロスを見上げて地団駄を踏んでいる。
レイピアを振る事によって発生させた震動を増幅させ、摩擦力を増した見えない斬撃《大気震動斬》。これはゴブリン程度なら数匹纏めて体を泣き別れにする程の威力誇り、今、ホメロスが放ったものも、決して手加減をしていた訳ではない。
(それをちょっとした切り傷で済ませるとハ……厄介だネ……)
跳んでいられる時間を過ぎた為に一度着地し、涼しい表情とは裏腹に歯噛みしそうな内心で思案を巡らせる。
「物理攻撃は効かなそうダ。流星の、ワタシが引き付けるからその間に攻撃頼むヨ」
「ルフレ以外が私に指示するな。それと、言われなくてもやるからさっさと特攻してこい」
「いやはや手厳しいネェ」
一応同意は得られたので、ホメロスは再び大地を蹴って人面虫の側面上部へと飛翔。
二本の獲物を指揮棒のように軽やかに振って見せ、人面虫の体へ交差するように斬撃が叩きつけられる。相変わらずダメージは入っていないようだが、側面からの攻撃は敵の体勢を大きく崩し、持ち上げられていた頭部が大きく下がった。
そして、その隙を突くようにメイビスの手から黒い稲光りが迸る。
「《黒御雷》」
重力を孕んだ雷鳴が見事人面虫の顔を捉え、黒煙と共に爆風が野営地を吹きすさぶ。頭部を抉られた人面虫は、そのグロテスクな肉の表面から煙を立ち昇らせて動きを止めた。
「おお、凄い威力ダ。これはやったかナ?」
だが、
「……ッ!」
「なニ!?」
直後、断面が蠢いたかと思えば、そこからまるで噴水のような勢いで触手が盛り上がる。加えて胴体に付着していたそれが密かに伸び、ホメロスの両側面から迫っていた。
「ガッ……ぐッ……」
足を掴まれたホメロスが凄まじい力で地面へと叩きつけられ、持ち上げられ、また叩きつけられ。かと思えば、突然飽きたかのように放り投げられる。
それはまるで子供の人形遊び。
背中から落下し、仰のいたまま血を吐くホメロスは忌々し気に人面虫を睨みつけた。頑丈な蟲人族の中では比較的柔らかいと自負していたホメロスではあるが、まさかここまでのダメージを受けるとは予想していなかったらしい。
「……本当に特攻しろとは言ってない、まだ動ける?」
「全く、手荒いったらありゃしない……けど、此処にいる者であの攻撃を受けるとまずいからネ。ワタシ以外の前衛は下がるように指示を出してくレ……」
「分かった。小人族、後退の合図を」
「りょ、了解でっす!」
ホメロスが投げ飛ばされた直後に、カバーの為に前へ出た冒険者達にも既に被害が出ている。
槍や弓で攻撃をしているものの、それだけでは距離を保つのだけで精一杯。そして、メイビスが吹き飛ばした筈の頭部は既に完全に再生していた。
「さて、このお返し……どうしてくれようカ」
それでもホメロスは依然、戦意に一分の濁りも見せないまま敵を見据える。
膂力や魔力、体の丈夫さなど、身体能力で言えばホメロスはもしかするとBランクの冒険者にも劣るかもしれない。だが、彼にはそれらを補って余りある程の天賦の才と、そして冒険者に最も必要な素質であろう土壇場での胆力を兼ね備えていた。
「少しだけ、本気になろウ」
故に、この未知の難敵を相手にしても揺るがない。
口の端を三日月のように歪め、奇譚の詠手の本領は此処からだと――――彼は、そう言わんばかりに笑った。
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