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126.債務……ッ!!

 ――――魔剣とは、火を見る為に光を失った隻眼の鍛冶神アメノマヒトツの作品に由来する。


 極東よりいでし彼の神が生み出したるは至高の武具。特別な鞴の息吹で盛し火と槌で鍛えられた金剛鋼(アダマンタイト)へ不変の属性を付与させ、この世の何物にも壊せない剣を作り出したという。


 それが神の剣、神話級(ゴッズ)と呼ばれる神代の武具である。


 神話級の武具を生み出し続けたアメノマヒトツは、今となっては定かではない神の時代の終わりと共に自らの眷属を生み出す事とした。


 炉で燃え盛る炎と鉱石、そして灰を使って生まれたのがドワーフ。現在大陸に根付いた種の一つである彼らが鍛冶に優れたのは、アメノマヒトツの子であり、神の寵愛を受けたからだと言われている。


 だが、神の技術を受け継いだとは言え、所詮定命の種。


 その才の限りを尽くして生み出したとしても、精々が模造品にしかならなかった。


 それは(ひとえ)に時間が無かった故。悠久の時を重ねて鉄を打ち続けた父と違い、長命とは言え五百年しか生きられないドワーフにとって、神話の武具へ至るのに五百年という時間は余りにも短すぎたのだ。


 やがて時代を重ねる毎に神話級の武具はおとぎ話だけの存在となり、ほんの一握りの名工によって生み出された魔剣、及び武具は至高とされ、総じて伝説級(レジェンド)と呼ばれるようになる。これが魔剣の伝説の始まり。


 世に数多の冒険者が犇めく今の時代、魔剣を追い求める事は伝説を追い求める事と同義となった。


***


「馬鹿だな」


「馬鹿ですね」


「馬鹿やね」


「ぐっ……返す言葉もねぇ……」


 現在は私の叫びを聞いて何事かと飛び込んで来たジン達を宥め、事情を説明し終わったところ。満場一致でエンデが馬鹿だという事に結論着いた。


 そもそも、剣を打つのに工房を差し押さえられるって、それで今後どうやって生計を立てていくのか……。というか、今私たちのいるここって、既に借金のカタに持っていかれたって事だよね?


「実は、もうあと数日後にでも立ち退かなきゃ行けなくてな……打ち納めに最後の一本を作ってた所だったんだ……」


「うわあ……」


 つまり、今エンデは鍛冶師でも何でもない、住所不定無職のおっさんなようだ。


 後先考えない計画性の無さと、盲目的なまでの鍛冶への熱意が人生を破滅させるとは……私は彼を反面教師にして頑張ろう。とはいえ、報酬に関しては着払いなのでしっかりと頂くつもりではあるが。


「けどよ、別に自分で店を構えなくとも、冒険者ギルドの工房にでも就職すればいいんじゃねえの?」


「いや、それが……ちょっと訳があって」


 バツが悪そうに口籠るエンデに訝しみの視線を送るジンだが、私はもうこの先の展開が読めていた。


「工房の職人と反りが合わなくて……喧嘩して出て来た身なんだよ」


 職人にはそれぞれ個々に拘りを持って仕事をしている。


 それは時に誇りと呼ばれたり頑固と言われたりするが、同種の者同士で起きる争いの原因にもなりかねない。彼の気質上そう言ったものが人一倍強いように見受けられるし、恐らくは大量受注大量生産の組合工房の方針が気に入らなかったのだろう。


「……まあ、ともかく報酬はしっかりと払ってもらうからな」


「それなんだが、暫く待って貰えねぇかな……?」


 申し訳なさそうに帽子を取って頭を下げると、エンデはそう言ってこちらを伺い見た。


 この辺りまで予想出来ていたが、そもそも報酬と言うのは依頼者が冒険者組合に予め預けておくものである。


 今回であれば荷物の届け先であるエンデが依頼主であり、組合支部が持っている魔法の割符(マスターキー)と私たちがラーマ支部で預かっていた割符を合わせて晴れて依頼達成となり、報酬が支払われる仕組みなのだ。


 彼が報酬を預けていないのならば依頼は破棄となり、私たちには組合から報酬金が補填され、エンデには契約違反と本来の報酬金を合わせた追加の借金が課されるだけ。つまり、彼から報酬が支払われるのを待つ必要性が一切無いのである。


 尚、契約違反金に関しては相当重く、場合によっては報酬金よりもその額が大きくなる事さえあり、組合を介した依頼でやんちゃする依頼者は殆どいない。


「頼む、後生だ! 必ず払うから、ここで借金が嵩んじまったら奴隷に堕ちるしかなくなっちまう!」


「……ふぅん。なら、堕ちればいいんじゃないですか?」


「ひえっ……」


 膝立ちになりながら両手を合わせる姿は哀れみを誘うが、その言葉を無慈悲にも切って捨てたのは意外にもアキトだった。見たことも無いような冷たい目をしてエンデを見下ろし、辛辣な言葉を言い放つ。


 お人好しな彼ならば、てっきり文句を言いつつも仕方ないと聞き入れるかと。こういうビジネスの話になると若干人が変わるのは、やっぱり商人としての気質なのだろうか?


(あきない)において最も重要視されるのは金ではなく、信用。そしてあなたは僕たちの信用を裏切った。その状態で信じて待てと言われて、頷くとでも思ったのなら貴方はこの方たちを甘く見過ぎです」


「ち、違いねぇが……」


「因みに我がオーキッド商会では安心安全、人権を守られる労働奴隷として扱ってあげますが……どうします? 奴隷契約します? 技術のある奴隷は高く売れますし、上手くやれば貴族家のお抱えにもなれますよ」


「うっ……」


 黒い、滅茶苦茶黒い。


 普段はおっとりとしてどこか抜けた感じのする彼の姿が、今の私の目には人間を誑かす悪魔に見える。決して顔が怖い訳ではないのに妙な圧というか、有無を言わせない迫力のようなものを感じて仕方が無いのだ。


 もしかしてアキトは地上げ屋とか、不良債権取り立てとか、ヤの付く自営業の才能があるのでは……?


「それか、ウチは金融業にも手を出しているのでそこから借りるかですかね。低利子で借りられるので、真面目に働けばすぐに返済できますし」


「そ、それは本当かっ!?」


「ええ、契約書に拇印をしていただければ、銀貨単位で今すぐにでも御貸し出来ます。この国にも商会傘下の店は幾つかありますしね」


「分かった、報酬はそれで支払おう!」


 ドア・イン・ザ・フェイス。


 前世で耳にした一種の心理テクニックとして、予め過大な要求をしておいて、後に本命を切り出す事で断られる可能性を下げるというものがある。これを利用して、アキトは今エンデをオーキッド商会の債務者に仕立て上げた。


『奴隷になるのは困るが、この程度の借金ならまだいいかな……?』


 そう思ってしまった時点でエンデは嵌められていたのだ。


 低利子の真偽は不明ではあるものの、短い間に掴んだ彼の性格上地道に借金を返済するとも思えない。これからもアキトのカモとして毟られ続け、最後には本当に奴隷になる未来が待っている可能性すらある。


 ただ……よもや彼の属性が邪悪寄りだとは思いもよらなかった。浮浪児に砂糖菓子と高価な本を差し出す、何処までも純朴で優しいアキトを返してくれ……。

 

「ふぅ、これにて一件落着ですね。では契約の確認をしたら冒険者ギルドで依頼達成報告をしましょうか」


「だな、助かったぜ商人のあんちゃん! これで奴隷にならずに済む」


 騙されているとも知らずに、エンデは人好きのする笑みを浮かべてアキトへ礼を言う。


「でもよ、いくら借金してもその天の落子ってのを使った魔剣が作れねえんじゃ、意味ねぇんじゃねえか?」


「……!!」


 そうして悪い意味で纏まりかけていた話だが、ジンが口を挟んだことによってエンデの顔が途轍もなく歪んだ。


 まあ、確かにそうだわな。今を凌げても今後仕事が見つからなければ駄目な訳で、有望な働き口であるギルドの工房へは出戻りし辛い。他所で鍛冶屋をやるにも借金をしなければ元手すらない状況。


「な、なんとかならねえかなぁ!?」


「借金します?」


「……これ以上はやめとけ」


 更に借金を嵩ませようとアキトが指で硬貨の形を作るが、流石にこれ以上は希望の船に乗る羽目になりそうなのでストップをかける。


「そういうことなら……提案が無い訳でも無いが」


「おおっ! 一体なにをすりゃいい、俺ぁなんでもするぞ!」


 しかし、散々アキトの事を黒い黒いと言っておいて、私も大概打算に塗れた性格なのだ。


「あんたが作った魔剣を私にくれるのなら、資金の援助をしてもいい」


 こんな所で魔剣を打てるドワーフと出会ったのだから、その機会を逃すなんて以ての外である。今はこちらが優位に立っているので敢えて高圧的に提案と言ってみたが、むしろ金を積んで打って貰いたいくらいだ。


 ただ、


「……それは出来ねぇ」


 エンデは私の提案に難色を示した。


「俺の剣はその価値に見合う程の実力のある者にしか売らねぇって決めてんだ。だから幾ら金を積まれようがその提案は受けられねぇ、すまねえな」


「そうか」


 恐らく彼が工房から放逐されたのは、この拘りのせいだろう。


 組合の工房は良くも悪くも数で勝負している為、買い手の実力などを一々鑑みる事は殆ど無いと言っていい。彼はそれが耐えられなかった、自分の誇りを懸けて打った作品をどこの馬の骨とも知らない冒険者が振り回すのを由としなかった。


 ……いいじゃんかそういうの、私は好きだ。


「なら、実力を見せればいいんだな?」


「そう簡単に言うけどよ、魔剣に見合うとなればそれこそ……あんたは魔法使いだろうに」


「確かに魔法使いとは言ったが、剣を使わないとは言ってないぞ」


「いや、でもそんな細っこい体で剣が振れるとは思えねぇし……」


 魔剣が欲しいと言えば、尚も渋るエンデ。


 なんとか説得を試みようと私は近くに抜き身で置かれていた鋼の剣を手に取り、素振りでもして見せようかとした時の事だった。


「じゃあ、ちょっと見て――――」


「うおおっ!?」


 エンデが部屋の中へ不意に現れた存在にギョッとして声を上げ、一応初めてではないジン達は何事かと目を見開く。


「メイビス……‼」


「ルフレ、不味い……事に、なった……」


 血と泥に塗れたメイビスが息も絶え絶えに、私の元へ転移して来たのだ。その顔は血の気を失い、いつも何処か達観した表情も今は憔悴と焦燥で陰っている。


「おい、何があった」


「魔物、この前見た奴と同じ。あそこにいる冒険者じゃ歯が立たない。このままじゃ……皆死ぬ!」


 不測の事態を告げる彼女の言葉に、歪な変異を遂げた白い蟲の魔物が脳裏を過った。


 それと同時に、私の中で沸々と沸き上がる幾つかの感情。メイビスを傷つけられた怒り、怠慢への自責、そして戦いへの高揚が渾然一体となり、内に潜む黒き憤怒の権能が歓喜の声を上げた。


「案内しろメイビス。一体誰に手を出したのか、理解らせてやる」


 驚くほど低く響くような声を発した私に彼女が頷いた直後――――眼前に映る世界が切り替わりそして……凄まじい光景が目の前に現れた。

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