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125.天の落子

「おろろろろろろろrrrrrrrrr」


 王都に着いた、そして横ではアキトが嘔吐していた。因みに洒落です。


「ご、ごふっ……やっぱりあのチーズ、発酵してるんじゃなくて腐ってました……」


「おいおい、大丈夫か……」


 キラキラとしたエフェクト付きの吐瀉物を撒き散らすアキトの背を、ジンが困ったように摩っている。が、何故こんなこんな事になったかと言えば、王都の検問を抜けた直後に買った発酵乳製品が原因なのだ。


 まあ、初めての国という事と、明らかな旅装の輩をカモろうと商人が寄ってくる事はよくある。


 そんな連中の一人であろう胡散臭い中年商人に押し付けられるようにして、青いチーズを購入したまではよかった。


 ゴルゴンゾーラチーズを彷彿とさせつつ、少し違う趣の臭い……有り体に言えば腐臭を発するそれを嗅いだ瞬間の事。私は鼻の奥に刺激物を詰められたような衝撃に襲われて、半泣きになりながらチーズを持つアキトから飛び退いたのだ。我ながら凄まじい嗅覚と反応速度だったと思う。


 そして、忠告する間もなくチーズを口に含んだアキトも、数度咀嚼した後に顔色を変える事に。


 顔面蒼白になりつつもなんとか嚥下したが、三十分経った今頃体調に異変を来して嘔吐する羽目になったというわけである。彼の犠牲のお陰で他の連中は口を付ける事無く、私も暫く鼻が効かない程度で済んだ。


「全くもって、おえっ……商人の風上にも……うっ、置けませんね……」


「そうだな、でも吐くなら風下行けよ。匂いが移る」


「辛辣ゥ!? もうちょっと心配したりしてくれてもいいんですよっ!?」


「何でだよ、お前がスキル使えばよかっただけの話なのに」


「あっ…………」


 今更気が付きました、みたいな顔でアキトはこちらを見ると、俯いてしまった。


「それよか、早く荷物届けた方がええんちゃうん? 寄り道したせいで予定日より遅れとるんやろ」


「…………はい、そうですね」


 ただ、話題転換を図ったアカネの言葉に、アキトも死んだ目で頷いて再び歩き出す。そして遅れと言ったが……そう、実はヤソ村への寄り道のお陰で荷物を届けるのに数日の遅れが出てるのだ。

 

 元より馬車旅の上に魔物や野盗蔓延る世界の運び屋、一週間の遅れ程度ならばまだ許容範囲内ではある。早々いちゃもんは付けられないと思うが……。


「中身が何なのか知らないのがなぁ」


 私は元より、依頼を受注したジンですら中身の詳細については知らされていない。


「届け先的に、何らかの素材だとは思うけど……如何せん軽いんだよな。加工された金属や鉱石じゃねえぞこれ」


「この街にある鍛冶屋だっけか」


 鉱山で六年間石を運び続けたジンが言うのだから間違いは無さそうだけども、そう言われると余計気になってしまう。貴重な魔物の素材だったりした場合、それを加工できる程の腕を持っている事になるので、私的には武器の新調をしたいが。


「……あ、そんな事言ってる間に着いたな」


 指定された国の指定された街の地区、堅牢な石造りの建造物は紛うことなく鍛冶の工房であった。


 冒険者ギルドの工房に籍を置くのではなく、個人で店を構えるのは資金繰りと客足も鑑みると腕が伴わなければ自殺行為である。ドワーフであっても度々畳んで国へ帰る者が出ると言えば、こうして王都の中央にて仕事をする事の難しさが分かるだろうか。


 それ故にちょっとばかし期待してしまうのは仕方のないことだ、うん。


「……らっしゃい」


 私が代表して無骨な引き戸に手を掛けて顔を覗かせれば、肌へ張り付くような熱気と、鉄が燃える独特の臭気が鼻先で燻る。


 視線の先では骨太で筋肉質な、如何にもと言った風貌の小柄な男が槌を片手に此方を見ていた。首回りまでびっしり生えた髭と、特徴的な団子鼻を見ればすぐにドワーフであると得心が行く。


「武器の生産か? それなら今はもう受け付けてねぇぞ」


「いや、冒険者ギルドの者だ。ラーマ支部からあんた宛てに荷運びの依頼を受けている」


 おや残念、受注生産はしていないらしい。


 内心で少し落胆しつつもそう切り出すと、相当待ち侘びたらしい御方は目の色を変えて私へ駆け寄る。いやいや待て待て、半裸な上火の前にいたせいか筋肉が照る程汗掻いてますやんあなた。


 流石にこの格好で近寄られても困るので、咄嗟に体ごと水魔法で洗い流して脱水を行う。


「おうっ?」


 驚いて一瞬目を丸くするが、汗の不快感が失せた事の方が勝ったらしい。感心した様子で私と自分の体へ視線を往復させ、それからようやく壁に掛けられた毛皮の服を羽織った。


「こりゃすげえ、お嬢ちゃん魔法使いだったか」


「まあね」


「成程な、ギルドもしっかりと優秀な冒険者に仕事を任せたらしい」


「それで、依頼の品はこれで間違い無いか?」


 私が袋から小ぶりな木箱を取り出して渡すと、受け取ったドワーフは確認するように箱を回転させたり眺めたりした後に頷く。天地無用の品だろうからと丁重に扱っていたのに、逆さまにして振られた時は少し焦ったが。


「ああ、間違いない。確かに受け取ったぜ」


 ただ、大事そうに抱えているのを見ると、やはりそれなりに貴重な品が中に入っているだろう事は想像に容易い。


 つまりは中身が気になる訳で……


「もしよかったら……荷物の中身とか、教えてくれたり……しないかな?」


「おう、別に構わねえぜ。自分が何運ばされてたのか知らねえまま金貰うのも気持ち悪いだろ」


 そう言ってドワーフは、手早く不揃いの椅子を用意した。


「因みに俺はエンデっつー名前だ、アグリガラシャが渓谷のエンデ=オーエン」


「ルフレ・ウィステリアだ。一応Aランク冒険者やってる」


「ほほう、やっぱり俺の目に狂いはなかったって訳か」


 手前の丸椅子へ座るように促されるので、一応外の連中には待つように扉の隙間から一言言い含めて腰を下ろす。雑談も程々に木箱の開封を始めると、エンデは蓋の部分を横へと引いて開けて見せた。


 しかして、箱の中から現れたのは小さな宝石。


 ジンの予想通り単なる鉱石では無かったが、宝石だったとはあいつも中々に……いや、皆まで言うまい。


「燃えてる……?」


 そんな藁の中に沈む青白い宝石は僅かだが揺らめいており、見る角度によっては燃え盛る炎のようにも見える。エンデも魅入られたように宝石をジッと見つめると、徐に摘まみ上げて光に翳して見せ。


「こいつぁな、(そら)落子(おとしご)っていう特別な石なんだ」


 尋ねられた訳でも無いのに語り出し、その宝石について私に教えてくれた。

 

「かつて天空竜と呼ばれた白銀の古竜がいてな、遍く空の支配者としてこの大陸に君臨していた。吐く息は蹈鞴の火よりも熱く、鉤爪は森を薙ぎ払う程に鋭い。そんな強い奴らが唯一、涙する時があったんだが、お前さんはいつだと思う?」


「……家族の死?」


 急に問いかけられたので、思わず私がこの世界で初めて泣いた時の事を思い出してそう口走ってしまう。だが、私の答えは不正解、エンデは鷹揚と首を横に振った。


「目の付け所はいいが、逆だ。天空竜はな、自分の子供を……卵を産んだ時にだけ燃ゆる碧玉の涙を流すと言われている」


「それが、この宝石……」


「そう、絶対的な空の支配者の、我が子に対する愛情の証。故に(そら)落子(おとしご)と呼ばれているんだ」


 ロマンチック、その言葉が最も似合わないであろう、髭面のおっさんが語ったのは些かの不満はあるものの……確かになんとも胸躍る名前の由来話であるか。私は結構そういう話は好きなので、また今度ラフィにでも話して聞かせてあげよう。


「俺はな、これを使って武器を作りてぇんだ」


「宝石を武器に出来るのか?」


「言ったろ、こりゃあの天空竜の涙。刃に接げばどんな熱にも耐え、あらゆるものを切り裂く力を《付与》できるだろうよ」


「それってもしかして……!?」 


 エンデの言葉に、私は立ち上がって声を上げる。


 私の反応に対して口角を持ち上げると、御名答と言わんばかりに天の落子を掲げて見せた。その先で揺れるランタンの光が宝石の中で複雑に跳ね合い、ホログラムのように部屋の中を碧で満たしていく。


「そう、魔剣だ。俺ぁ魔剣を作る為に全財産をつぎ込んでこれを手に入れた」


「マジか……全財産って……おいおい」


 笑うエンデの瞳はいっそ剣呑さすら宿す程の真剣味を帯び、自身の言葉になんら嘘も過分な誇張もされていない事を物語っていた。いや、そうは言ってもこれは……些か度の過ぎた職人気質と言わざるを得ないぞ。


 文字通り人生を懸けて自身の最高傑作に挑む狂ったまでの鍛冶鍛造への情熱、非常に恐ろしい……。


「だがな……ちと困ったことがあってな」


「困った事?」


 狂ったドワーフの鍛冶師は、そう言って先程までの情熱はなんだったのかと問いたくなる程に気落ちした様子で頬を掻いた。爛々と輝いていた双眸も伏せられ、何処か気恥ずかしい様子すら伺わせるが一体何に困っているというのか。


「実は――――」








 ――――困った、そう言った彼の言葉の続きを聞いた私は、一瞬顔を顰めた後に大きな声で「はぁ?」と言った。多分……その時は余りに馬鹿げた話に、自分がエンデに何を言ったのかはよく覚えていないのだ。ただ、何かを捲し立てていたのだけは記憶にある。


 して、その悩みと言うのは……


「ま、魔剣を作る為の鍛冶工房を差し押さえらえたぁ!?」


「お恥ずかしい話で……」


 そう。


 卵を産むより先に鶏を取り上げられたと聞かされた私が、かような反応をするのも当たり前の事だった。

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