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124.帰還の先触れ

 田園風景に囲まれながら、あぜ道の上を馬車はゆったりと歩みを続ける。


「長閑だなぁ」


「ですねぇ」


 季節は秋から冬へ移り替わろうとしているものの、冬将軍は出不精なのか今日も太陽神が燦々と陽の光を振り撒いていた。これでは衣替えも暫くしなくていいだろうと、冬着を背嚢の奥へと押し込む者もちらほらいる。


 流れで村を救ってからおよそ四日。現在はミシリアの国境検問所を抜け、国の中央を目指す為に少し南下している所である。


 因みにヤソ村だが、その後鼠避けの高床倉庫の提案や、獣避けの草汁の散布などアフターサービスを施したので、恐らく陀蛇を倒したことによる病害や害獣被害は無い筈だ。


 んー、やっぱりこの辺まで来ると空気が綺麗と言うか、都会と比べて澄み具合が違う気がするなあ。梢の擦れる音に耳朶を心地良く揺さぶられながら、金木犀が香る絹のような風当たりを肌いっぱいで感じる……田舎最高かもしれん。


「メイビス様、先程からごしゅじんを占有しすぎです。そろそろ私にも」


「駄目、ラフィは昨日ルフレと一緒に寝た。今日は私がずっと構う」


 態々風通しのいい幌馬車に移って昼寝でも決め込もうかと思った矢先、何方が膝枕をするかで争い始めた美少女二人がいなければの話ではあるが。


 いや、贅沢な悩みだとは承知しているのだ。それでも今は一人で静かに風を感じていたい気分であり、柔らかくいい匂いのする彼女らの太腿では気になってそれどころではなくなってしまう。


「「あっ」」


 よって私が選んだのはメイビスでもラフィでも無く、冬着の詰め込まれた背嚢。綿製の厚着が丁度いい高さと弾性を保持し、即席枕としては他の追随を許さない性能である。


「ごしゅじん……」


「むぅ……」


 残念がる二人を余所に馬車内のスペースを思い切り使って寝転がると、丁度視線の先に空が映し出された。


 秋晴れの蒼天には雲一つなく、ただ眺めているだけでも心が凪ぐような気がする。少しだけ冷たい風と背中から伝わる木板の硬い感触すら、旅の風情を感じさせて私には好ましい。そして、久方ぶりに新しい魔法の開発を進めるには絶好の日和だろう。


 今、私が試行錯誤しているのは、魔力によって感知範囲を広げるという探索系の魔法。


 尚、魔力波や身体強化等の魔素を事象変換しないものを含め、《無属性魔法》と定義付けた。便宜上そうしただけであり、魔術師ギルドにも認められていない私独自の魔法理論な為、今後変更する可能性もある。


 そして、この探索魔法に付いてだが――――酸素や二酸化炭素と同じように大気や水の中に溶けている魔素へ魔力を流し、見えない手を広げるような感覚で人や物の存在を感知する魔法である。


 粒子状であるそれは、元素へと変換しなければ魔力を留めて置く性質がある為、ソナーや反響定位(エコーロケーション)のような反響音を拾うモノよりよかレスポンスが早いのだ。


 これを閃いたのは、グラディン戦で咄嗟に切り離された腕を魔力で繋げた時の事。


 自身の魔力を体よりも更に遠くへ伸ばす事が出来るのなら、それを応用して感知に使えてもいいじゃんかと……我ながら突飛な発想である。


 そこから魔素の性質を調べたり、間違えて発火させたりしながらも試行錯誤している内に『これも知覚能力ならば《識見深謀》が適用されるのでは?』と考え、試してみた所見事に魔力を通した魔素が認識出来るようになった。


 元々強い魔力なら視認出来ていた為、その精度を高めるだけならなんてことは無く。今では私の索敵魔法の網に触れた物体は、目で物を見る時と同様の鮮明さで感知する事が可能になっている。


 基本範囲はおよそ半径十五メートルの円形。集中すればそこから更に三〇メートルは伸び、本気になれば百メートルまで広げることが出来る。


 ただ、試行錯誤していると言ったのも事実で、三百六十度全範囲の感知はかなり脳へ負荷が掛かるのだ。必然的に他の知覚能力を下げざるを得なく、現在同時に《識見深謀》の恩恵を受けられる感覚器は魔力視を含めて二つまでとなっている。


 その為、今はもっぱら昼寝をしながらキャラバン全体を覆うように索敵魔法――――魔力感知と名付けた――――を広げ、並列して全ての感覚を少しずつ高める練習をしていた。


「……空が青いなぁ」


 野兎や猪なんかは見られるが、周囲に敵性生物無し。


 このまま順調に行けば、あと一日でミシリアの王都に着くだろう。ソーセージやチーズなどの特産品があるこの国には、物資補給(お土産の買い出し)も兼ねて三日は滞在する予定だ。道中で受けた荷運びの依頼は王都までとあり、魔物の駆除は月下の森との中間なので、一部は先行して森の手前までキャンプを作りに行って貰う。


 逗留するのは私と近しい面子というわけだが、今回メイビスだけは先行隊に同行する。


 空間転移の使える彼女がいれば、討伐証を持って王都のギルドとを往復できるからな。立場上怒れる人がいないので何も言ってはこないが、短縮できるところはしないと、私の寄り道のせいで旅程が引き延ばされるのだ。


「ドナドナドーナー♪」


 まあ、どうせ急いだとて、何か変わる訳でもあるまいし。


 すべての"計画"は長い目で見て行こう。


***



「父さま、父さまはいますか!?」


 乱暴に開け放たれた扉から、台風のように飛び込んで来た女性を見て、白皙の男はずり落ちかけた眼鏡を戻しながら嘆息する。


「ど、どうしたんだいフレイ。そんなに慌てて……また雌雄同体のコカトリスでも発見したのかい?」


「違います!」


 左のこめかみから歪に伸びた一本の白角、赤銀にくゆる前髪の下から覗く真紅のどんぐりまなこ。彼女、白き竜人フレイは珍しく肩を上下させる程に息せき切って、ウェスタリカ氏族団族長の一人であるウルシュの元を訪れていた。


 執務室の窓から爽やかな葉擦れの音が静かに部屋に響き渡り、一瞬の沈黙の間に鳥の囀りが冗長な秋の午後を彩る。


 ……と、そんな間の開いた直後、フレイが大股でウルシュへと歩み寄り、胸元に抱いた本を事務机に叩きつけた。勢いで開き癖の付いたそれはびっしりと文字の綴られたページを露わにし、次いで奇怪な図形の並ぶ見開きがウルシュの目に留まる。


「精霊占術により、"遠からずに魔王帰還の予兆あり"との啓示が出ました」


「それは……」


 そう告げたフレイは、魔法陣の上へと殴り書かれている文字を指で指す。対してウルシュは歯切れ悪く一言呟くと、考え込むように瞑目してしまった。ただ、占術士である娘の言葉を疑う訳では無く、単純に述べられた言葉が衝撃的過ぎるがあまりに一度脳内で咀嚼する必要があったのだ。


 数拍置いて、再び目を開いたウルシュは大きな溜息を吐く。


「フレイの事だ、これも多分当たってるんだろう。にしても……まさかこんな啓示が出るとはね……いやあ……はは……」

 

 現在ウェスタリカの統治をおこなうのは、中央の四氏族と広大な森に散った八家の豪族。


 中でも竜人族(ドラグノイド)虎人族(ワータイガー)猪人族(ハイオーク)猿人族(ショウジョウ)の四氏族は絶対であり、統治者である魔王のいなくなった国の支えとして機能している。


 絶対王政から分権制度へと切り替わるのに対し、魔王没後当時は当然かなりの反発があった。それらを乗り越え、やっとこさ国としての体裁を保てる程度には落ち着いて来た矢先、この啓示を持って娘が現れたのだ。


 一氏族として、竜人族の現族長としても溜息の一つや二つ出るのも仕方が無い。


「それにしても、随分と曖昧だね。"帰ってくる"という表現も遠まわしだ。普段は何処の誰が~とか、何々に何が~とか、具体的だろう?」


「……失せ物探しで占うのと、魔王顕現の先触れが同じな筈無いでしょう。これでも文字が出ただけマシなんですからね!」


 黒縁の眼鏡を揺すりながら、(まじない)文字をまじまじと見つめる父を窘める娘。


 事実、普段であれば簡単な失せ物程度は具体的な場所や無くした日時まで分かる時もあるが、魔王が顕現するという遠大な題目の啓示に同じ結果を求めるのは酷と言える。


「この事は、他の族長たちにはまだ?」


「ええ、勿論。あの小煩い虎に伝えたら、一体どうなるか分かったもんじゃありませんし」


「魔王様の帰還……喜ばしい事ではあるけど、次に《魔神ゼニス》様から選ばれる氏族……豪族が一体何処かによっては争いに発展しかねないからね。慎重に事を進める為に、猿人の長と人馬の長にだけ話をしよう」


 そんな、優し気で学者気質の父にしては珍しい真剣な表情と言葉に、フレイは無言で頷いた。


「もしかしたらフレイ、キミが選ばれるかもしれないんだ。何せ僕の叔父も、叔父の曽祖父も魔王だったんだからね」


「ですが、もしかするとその……父さまの従兄妹の……」


「……そうか、いや……待て!? その啓示だと、リーシャが帰ってくるという意味にも捉えられる!」


 何を隠そう己の従兄妹であり、失踪するまでは王位継承権一位であった彼女の帰還を示唆している可能性は十分にあると、ウルシュは目を輝かせてフレイを見る。


 当時二歳だったフレイは殆ど覚えてはいないが、動乱の最中(さなか)に処刑された祖父と大伯父の話は父から何度も聞かされていた。そして、勇者との子を孕んだ従叔母は今も大陸の何処かで密かに生きている筈だという話も。


 彼女が戻ってくるとなれば国は頭を取り戻し、新たな魔王選定による混乱は恐らく起こらない。


「リーシャはね、僕らと同じで体は弱かったけど凄い魔法使いだったんだ。それに頭もいいから戻って来てくれればきっと、この国を豊かにしてくれる筈さ」


 実はこの国においては【魔王の直系に無ければ長男であろうとも王位継承権は付与されない】という決まりがある。しかし直系血族がこの国からいなくなり、法律が改訂された際に、事実上玉座に最も近かったにも関わらずウルシュはそれを固辞した。


 誰も突出せず、複数の氏族で(まつりごと)を行おうと他の族長を纏めたのは、リアシャルテが必ず帰ってくると信じていたから。


「もしかすると、フレイの従姉妹になる子も連れて帰ってくるかも。そしたら僕と僕の母さん以外で初めての同族と会う事になるね」


「わ、私……ちゃんとお話出来るでしょうか? 親戚どころかお友達も全然いないのに……」


「大丈夫だよ、リーシャの子だ。きっと優しいに違いないよ」


「いや、でもまだそうと決まった訳でもありませんし……でもああ、本当だったら緊張します……!」


 まだ可能性の話ではあるものの、そんな話を花を咲かせ。


 白竜人の親子は、自分たちの予想が遠からず的中している事を、暫くしてから知ることになる。

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