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119.一時の別れ

「本当にもう行っちゃうの……?」


「ああ。急ぐ旅ではないけど、長居もしてられないからな」


 引き留めるような台詞を呟くアザリアを頭を撫でながら、私はそう言って額にキスをする。一時期は身長を抜かされてしまった為か、こうして見下ろすように彼女を抱きしめるのも久しぶりな気がする。

 

 ただ……そんなやりとりをしてはいるが、これはウミノの報告を受けてから翌々日の事なので十分長居はしている。


 今は別れの挨拶をする為に彼女の自室を訪れている所で、既に城外では馬車の用意も旅の準備も済んでいた。別れの挨拶が済んでしまえば、また彼女とは暫く会えなくなると思うと若干離れ難いような気もして、もう一度強く抱きしめる。


「ねえ……ここで出会った時の事、憶えてる?」


「勿論。あの時はまだアザリアも小さくて生意気で」


「そうよね、第一印象最悪。子供なのは私だったのに」


 そうは言っても、彼女に対する第一印象がクソ生意気なガキだったことは黙っておこう。多分口にすると普通に脛を蹴られるやつだ、そういう所はちっとも変わってないからな。


「でも、ちゃんと私を見てくれたのはルフレが初めてだった……いや、違うわね。あなたは私に目をくれた」


「目?」


「うん、目。私ね、なんにも出来ない嫌われ者だって自覚があったから、それならいっそ自分から皆と距離を置いちゃえばいいんだって思って、わざと態度をキツくしてたりしたの」


 確かに素のアザリアは芯の強さはあるものの、そこまで他人に強く当たる人間ではない。


 元々は大人しい少女だったと考えると、彼女が気丈な振舞いを覚えた経緯が見えるような気がして、健気さに心がキュッと締め付けられる。ただ、私はこの奔放なアザリアも好ましいと思っているので、彼女の本性がどちらであっても愛しいことに変わりはないだろう。


「だから益々孤立して、周りに敵しかいないんだ~とか思っちゃって、ちゃんと私を見てくれる人の事まで自分で見えなくしてた」


「それで目ですか」


「ふふっ、昔の口調に戻ってるわよ。でね、ルフレとアルバートが戦ったでしょ?」


「そんな事もありましたね、あの時はとんでもない無茶ぶりをされて内心でヒヤヒヤしてたんですから」


 竜狩りとの邂逅に関しては、今思えば良かったと言えるイベントだった。


 "俺"自身がアルバートが思い詰めた時、彼へと掛けた言葉で己を叱咤していたのだと思う。あの時既に合成魔法も魔力による身体強化も習得済みで、その上で伸び悩んでいたからな。多分俺も足が止まるのが怖くて、アルバートを奮起させるフリをして自分の不安を拭っていたのだ。


「あの時はアルバートにルフレが勝てる筈ないって思ってて、でも違って……しかもそれは勝ち負けとかに全然関係なかった」


「それというのは?」


「あなたはあの場面でアルバートに勝てた筈なのに、それを捨てて私とリルシィを守った。でしょ?」


 アザリアはそう言うと、私の掌を取って誇らしげにジッと見つめる。


「勝ち負けに拘らずに動いたあなたを見て、私は自分の中で何かが崩れて行くのを感じた。勝つか負けるか、そんな一つの視点でしか物事を測れない自分が恥ずかしくなって、それから色々と考えるようになったわ」


「……そうですか」


 別にそんな含みを持たせたつもりは無かったんだけど、彼女が変わるきっかけになったのなら結果オーライ。痛い思いをしてアルバートの刺突を防いだ甲斐があるというものだ。


「嫌いな人や物も、ちゃんと理解してからその上でどうすべきか考えるようになったし、お陰でリルシィやお母様、バーソロミューがちゃんと私を見てくれているって分かった」


 うんうん、やっぱり成長したなあ。アザリアが色々と考えて行動するようになったのは知っていたし、とても喜ばしいとも思っていた。そこに私が関わっていたと知ると、より一層この一年間が無駄に終わらずに済んでよかったとも思う訳で。


「それとね、お母様から聞いたの。ルフレは最初リルシィが目当てでこの仕事を請け負ったって」


「事実ではありますね」


「その理由って、あなたが聖女様……イミアさんを探しているからなのよね」


「はい。見事エイベルにしてやられましたが、本当はここで手掛かりを見つけるつもりでした」


 聖女に関する手掛かりがあるからと餌を撒かれて喰いついたわけで、本来ここまで国家の問題に深く入り込むつもりは無かった。結果として全部が上手い事回ったが、もしも私が無関心だったのなら、今頃はイミアを探しに一人で何処か違う場所にいたのだろうか。


 メイビスともアキトとも知り合わず、自分の出自も知らないままにただ探し人だけを求めるのは、今思えば間違いだったのかもしれない。後出しでこんな事を言っても益体無しかもしれないが、今こうしている事が唯一正解の道のように感じるのだ。


「けれど、今はそれだけじゃ……無い。イミア以外にも、大切が増えたから」


「わ、私もルフレのこと……大好きよっ!」


 そう言って抱き着いてくるアザリアを受け止め、私たちは別れを惜しむかのように残り少ない時間を過ごした。


***



「で、お前(アキト)はまだ私たちに付いてくると?」


 王都の城壁の外。


 随分と短くなったキャラバンの最前列に位置する馬車の前で、私は随分と見慣れた黒髪の青年を半目で睨んでいた。てっきりここでお別れかと思って、内心でしんみりしてたんだけど……。


「僕とルフレさんの仲ですよ、当たり前じゃないですか!」


 えっと、そんないい笑顔でサムズアップされても、何が当たり前なのかが分からんのやが。


「いやいや、メルエスにある商会本部に戻るんじゃなかったのかよ」


「ちょっと事情が変わりましてね、こんないい金d……友人の手伝いをしないでどうするんだという事になったんですよ」


「今、何を言い掛けた? お前、金づるって言おうとしただろ」


「……へへっ、まいどあり」


 仄暗い笑みを浮かべながら指で硬貨の形を作ると、アキトは小さくそう呟いた。まて、それってもう私たちと既に何かしらの取引が為された後って事じゃないのか……!?


「一体誰が何を買ったんだ……」


「心配ありませんよ、既に支払いは済ませてありますんで……今後とも御贔屓に」


「だから何をだよっ!!」


 結局後で確認してみれば、大量の食糧と生活必需品を購入したと書かれた伝票を発見。それと、何故かアクリルスライムから採れる潤滑剤やベビードールが購入されていた。前者はウミノが補充した物として、残りの無駄な買い物をした犯人に目星は大体つくので、後で電流失神の刑に処すことにする。


 あのエロ魔女、その内魔力駆動のマッサージ器具とかも何処かで見つけて来そうで怖い。



 そして、そんな馬鹿なやり取りがありつつも、旅は再開される。


 尚、難民の内の殆どはフラスカへ置いて来たが、元冒険者の面々――――総勢58名とそれに付随する家族や恋人――――は同行を願い出て来た。理由は様々だが、大半は腰を落ち着ける場所を求め付いて来たらしい。


 元々住んでいた村や町にまだ居場所があるかも分からないので、それならば魔人の国に行って一から生活の基盤を整えた方がいいと考えたようだ。


 此方としても、屈強な冒険者がこれだけいれば、道中野盗や盗賊なんかに襲われずに済むのでwin-winだろう。食費に関しては謝礼金や賠償金があるから余裕で賄えるし、なにより大所帯の方が賑やかでいい。


『ほら見てみろよ、スライムの雨だ』


『うわ!? なんだありゃ!?』


『お前スライムレインは初めてか? この辺りじゃ有名だぞ』


 後ろから聞こえる声に空を見上げれば、少し曇った空から不定形の青い流動体が幾つも振ってきている光景が目に映る。


 夏が終わって暫くすると、低気圧の層に魔素が絡んで空からスライムが大量に降ってくることがあるのだ。


 亜種も多いアレの原種は98%が水で出来ているので、水素と魔素さえあればどこでも湧くからな。今もぽよぽよと草原に着地するスライムたちを、初めて見た奴も恒例行事と言わんばかりに慣れた奴も、皆一様に眺めている。


「ごしゅじん、スライムがいっぱいです……!」


「だな、別に害は無いしびびらなくても大丈夫だよ」


 この光景に怯えたラフィがそう言ってしがみ付いてくるので、頭をぐしぐしと撫でて安心させる。


 スライムは雑食だが、主に腐敗した動物の死体や排泄物を食べるのだ。生きた人間を捕食したり分解する程の力は無く、加えて非常に大人しい種である事からペットとしても人気がある。


「おいルフレ、スライムって実は食えるの知ってるか?」


 馬車に着地したスライムを払い除ける冒険者たちの中、ジンがプルプルと揺れるそれを抱えて私の元へやって来た。


 が……食用のスライムなんて聞いたことが無いな。もしやコイツ、実はゲテモノ食いなのか?


「いや、殆ど水じゃん。食えないだろこれ」


「それがな、こうして中にある魔石を……っと、取り出すとほら」


 ジンは器用にも流動的なスライムの体の中に腕を突っ込んで砂金のような魔石の粒たちを取り出すと、急にスライムの体が水分を失って干乾びて行く。まるで空気を抜かれた浮き輪か、もしくは……


「葛切りだ、これ……」


「これを刻んで煮ると美味いって、昔親父が教えてくれたんだ」


 細い麺状にして鍋で肉や根菜、海藻のダシと煮ればさぞ味が染みて美味しいであろう事は見ただけで理解る。《識見深謀》の味覚情報もマロニーちゃんと相違ないと言っているし、確かにこれは、食えるぞ……‼


「よし、今夜は鍋パだ」


「……鍋パ?」


 その日の夜に振舞われた葛切りモドキ鍋は大好評で、今後も定期的に鍋パが催されることが決まった。特にアキトが相当お気に召したらしく、商会の取り扱う商品にするかどうかを悩むほどだったと言えば、その美味しさは推して知るべし。


 尚、通常の食材よりも難しい魔物の調理において、仕込みを怠ったり半生を食した連中が翌日大量に腹を下したのはまた別の話である。

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